オジサンに優しいギャルに分からせられたオジサン 3/3
彼は、人と話すのが苦手だった。
だから、思い出せない。
飲んだくれの父親か、些細な理由で殴った男か、安い金で抱いた女か。
誰に言われたのか、覚えていない。
『自分が言ったことがない言葉は、相手からも言われないよ』
だけど、その言葉だけは、なぜか覚えていた。
◇ ◇ ◇
刻々と流れゆく日々。
ぼーとしていたら、それだけで一日が終わる。
気づいたら、一年、十年、三十年が過ぎていた。
毎日が楽しくないわけではない。
飯を食えば満足するし、敵に殴り勝ったら嬉しいし、女を抱けば興奮する。
だけど、それだけ。
それだけで十分だけど、それだけでしかない日々。
いつからそんなゴロツキに成り下がったのかは、覚えていない。
そうなった理由も、覚えていない。
重大な転機があった気もするし、成り行きでそうなった気もする。
つまり、どうでもいいってことだ。
そんな毎日を送る彼は、今の自分に不満はなく、同時に空虚さを感じていた。
このままずっと、その日暮らしの生活を続け、前触れも無く死んでいくのだろう。
他者と暴力でしか接点を持てない奴らなんて、そんなもんだ。
その予感は当たっていて、災厄は突然やってきた。
彼はしがないゴロツキの一人であるが、それなりに大きな組織に属している。
社会に反して生きている連中は、大勢が集まってこそ本領を発揮する。
一人では歯が立たない相手でも、百人が団結すればどうとでもなる。
だから、今回も、大した出来事ではないと思っていた。
数は力。数は暴力。
それなのに、ソイツは、よりによってゴロツキ共が集まる本拠地へ、しかもたった一人で乗り込んできたのだ。
少し前に逃げ込んできた仲間の話では、相当強いらしいが、とてもそうは思えない外見。
くすんだ緑色の髪に、変な作りの服。
大胆不敵に凄むわけではなく、余裕綽々に笑うでもなく。
まるで、母親からお使いを仰せつかったかのように、とても面倒くさそうな顔で、ポケットに手を突っ込んだまま、のたりのたりと歩いてくる。
この手の輩は、偶にいる。
頭がイカれてる奴らだ。
怒鳴っても脅しても通じないので、殴るしかない。
まあ、どのみち殴るのだが。
憂さ晴らしの相手が自らやって来たとばかりに、近くにいた者から殴りかかっていく。
そして、標的に近づくと同時に、吹っ飛んでいく。
全員、それの繰り返しで、全員、一撃で終わり。
一瞬で蹴っ飛ばされ、壁に叩きつけられ、もう動けない。
当たり所が悪かった者は、ピクピクと痙攣し、声を発することさえできない。
痛みと恐怖が支配する中、怯えながら見上げた先にある顔は、やはり面倒くさそう。
死屍累々なゴロツキ共はもとより、自分自身さえどうでもよさそう。
人という生き物は、こんなにも無関心なまま、人を傷つけることができるのか……。
数は、強さだと思っていたのに。
数こそが、最強の暴力だと思っていたのに。
暴力の権化――――暴君を相手にして初めて、本物の暴力を知った。
暴力がこんなにも怖いなんて、知らなかった。
彼らには、屈服するしか、生き延びる道がなかった。
自分たちが従順になった相手に優しさを見せるのと同じで、暴君もまた、優しかった。
命の価値が安いゴロツキ共に高価な魔法薬を使い、致命傷さえも一瞬で回復させ、優しくぽんぽんと肩を叩き、嘘くさい笑顔で、こう言った。
「この俺と、これから会う少女に、服従せよ。さもなければ、次は手加減せずに蹴る」
こうして、ゴロツキが集まる組織は、解散した。
大層な名前を付けていた気がするが、今となってはもうどうでもいい。
そして今は、「迷子捜しから魔物退治まで何でも笑顔でやります隊」として、街の雑用と警備を引き受ける便利屋へと様変わりした。
当然、他人からこき使われるのが我慢できず、逃げ出す輩もいた。
無事に別の街へと逃げ果せたのだろうか……。
脱獄者のその後の姿を、街中で見ることは無かった。
賢明な者は、理解していた。
暴力そのもので、人の心を持たない暴君には、決して逆らってはいけない。
反抗すれば、問答無用で消されてしまう。
元ゴロツキにとって暴君は、どんな魔物よりも恐ろしい恐怖の象徴であった。
暴力が一番の売りだった組織がその暴力で一新された後、それなりに慎重だった彼も、どうにか迎合し生き残っていた。
一般人への暴力が禁止され、常に作り笑いを強要され、やりたくもない仕事に身を投じる毎日。
ストレスばかりが積もり積もっていく。
このままでは気が狂う者が多発すると思われたが、不思議と正常が保たれていた。
その理由は、元ゴロツキ集団のリーダーになった、元娼婦の派手で明るい少女の存在であろう。
彼女もまた無理やり任命された身として、当初は仕方なくやっていた感じだが、徐々にその真価を発揮していった。
偏見の無さは、時と場合によって大きな武器となる。
特に、脛に傷を持つ男共には効果的だ。
過去の過ちや外見を気にせず、ただ単純に能力だけで仕事を割り振っていく。
強要される仕事に不満があっても、適応力があれば失敗が少なく、必要以上のストレスは生じない。
それに失敗しても、彼女は絶対に責めない。
人が失敗するのは当たり前。
それを責めるのは間違っている。
だから、次は大丈夫だと、明るい表情で励まし、頑張ったら満面の笑顔で褒めてくれる。
物心がつく前から叱られてばかりだった元ゴロツキたちに、褒めて伸ばす教育は新鮮で、驚愕で、蠱惑的であった。
そう、とにかく彼女は、優しい。
暴君から元ゴロツキの生殺与奪権を与えられているのに、それを使う素振りを見せない。
むしろ、暴君が無慈悲な処分を下そうとしたら、反対に制止して説教するほど。
今やこの命は、彼女の手によって繋がれていると言って、過言ではない。
絶望の中に差し込んだ一条の光。
元ゴロツキの全員が、そんな彼女を「姐さん」と呼んで忠誠を誓うのも、当然の流れであった。
聖母のように慈愛に満ちた彼女だが、たった一つだけ大きな欠点がある。
あろうことか、最恐最低の暴君を「ダーリン」と呼んで慕っているのだ。
駄目だ。
絶対に駄目だ。
これまで散々好き勝手やってきたくせに、どの口がと言われるだろうが、それでも暴君だけは絶対に駄目だ。
感情を抱かずに人を殺せるような奴が、人を幸せにできるとは到底思えない。
自分たちと彼女の関係は暴君ありきなので、最早どうしようもないのだが、せめて彼女だけは逃げ延びて幸せになってほしい。
絶対に許してはならない暴挙。
しかし、絶対に覆せない序列。
彼は、暴力という絶対の力を再び実感するのと同時に、暴力に虐げられる相手の悲しみを、ようやく知ったのである。
◇ ◇ ◇
「――――オジサンっ、※※※※※っ」
仕方なく手を貸したガキが、何か言いながら走り去っていく。
「けっ、どうせ悪口だろうがよっ」
最近、よく聞く言葉。
なのに、よく聞き取れない言葉。
安い金で請け負った雑用が終わった時に。
街の近くを徘徊する魔物を命懸けで退治した時に。
ふて腐れながら街中を見回りしている時に。
街の住民は、決まってその言葉を口にする。
『自分が言ったことがない言葉は、相手からも言われないよ』
……もしかして、これが関係しているのだろうか?
そんな聞こえない言葉を聞きながら送る日々。
嫌々ながら仕事に励む日々。
暴力に屈しつつも、自分自身は何も変わらず、ただ行動だけが変わった日々。
それなのに、住民の見る目が変わっていく日々。
意外とマメに顔を出す暴君に怯え、唯一の希望である姐さんも奪われ、どうにかなっていた所為だろう。
夜間、一銭にもならない見回りを強要されていた時。
柄にもない行動を、取ってしまったのは。
「くそっ、なんでオレがっ、こんな目にっ」
偶然、運悪く、見てしまったのだ。
人攫いが子供を抱えている姿を――――。
一人で巡回していたので、大声を出して助けを呼べばよかったのだ。
それで役目は果たされるし、自分が無理する必要なんてなかったのだ。
でも、泣いている子供を見て、身体が勝手に動いていた。
……結果、どうにか子供は取り戻せたが、無理した代償に、刺されて大怪我を負ってしまった。
「ぐはっ」
咳き込むと同時に、口から血が吐き出る。
人を殴ってばかりの人生だったから、よく分かる。
これは、間違いなく、致命傷だ。
「オジサンッ、オジサンッ、※※※※※っ、※※※※※っ」
ははっ、最後まで悪口かよ。
自分なんかには、それがお似合いだろう。
でも、最後は格好を付けることができた。
それだけでも、自分が生きてきた意味がある、のかもしれない。
「あーしが近くにいて、運が良かったね」
「…………」
そう自己満足に浸っていたのに、騒ぎを聞きつけた姐さんにあっさりと助けられてしまった。
暴君の愛人である彼女は、いざという時に備えて魔法薬を譲渡されているらしい。
決死の救出劇だったのに、なんとも間の抜けた結末。
それでも、命を拾ったのは確か。
暴君は、姐さんのために魔法薬を渡していたはず。
そんな貴重な魔法薬を、いくらでも替えの利く下っ端に使ってくれるなんて。
暴力しか取り柄がない自分を、許してくれるなんて……。
「姐さん、ありがとうございました。姐さんのお蔭で、命拾いしました」
「いいよいいよっ、こっちこそあの子を助けてくれて、ありがとねっ」
「――――」
「どしたの、変な顔して?」
「……今、なんて言いました?」
「変な顔?」
「じゃなくてっ、その前っすよ!」
「ん~? ただふつーに、ありがとうってお礼言っただけだよ?」
「ありが、とう?」
「さっき、自分も言ってたじゃん」
「オレが……? そんな、言葉を……?」
その瞬間、頭の中で、たくさんの言葉が反芻した。
『オジサンっ、ありがとうっ』
『ありがとうっ!』
『ありがとうございましたっ』
『オジサンッ、オジサンッ、ありがとうっ、ありがとうっ!』
そうか。
そう、だったのか。
『自分が言ったことがない言葉は、相手からも言われないよ』
その意味が、ようやく分かった。
人に感謝できない奴は、誰からも感謝されない。
感謝する気持ちを理解できないような奴は、たとえ感謝されても、それに気づけない。
「――――」
暴君にボコボコにされる前は、好き勝手やれて楽しかった。
楽しくて、楽しいだけの、空っぽだった。
対照的に、今は、地獄。
暴君に怯え、小娘にも頭が上がらず、好きでもない仕事を強制される日々。
まさに地獄だけど、不思議と充実した日々だった。
嫌々だったのに。
作り笑顔だったのに。
心の中ではいつも悪態をついていたのに。
いつのまにか自分は、人から感謝される人になっていたのだ。
「――――――」
何よりも、それを嫌に感じていない自分自身に、驚く。
「……姐さん」
「なーに?」
「オレ、これから頑張りますからっ!」
「今までも頑張ってたと思うけど?」
「やっぱり姐さんは、どんな奴にも優しいっすね。でも、甘やかされたり強制されたりじゃ、駄目なんっすよ。オレがオレのままで、頑張らなきゃ……」
「ん~、意味不だけど、やる気あんのはいーよねっ」
「うっす! これからは何でも命令してくださいっ!」
「じゃあさっ、あーしのダーリンとも仲良くしてねっ」
「――――はい! それだけは死んでも嫌っす!!」




