オジサンに優しいギャルに分からせられたオジサン 2/3
「あっ、やばっ」
ギャルと呼ばれる彼女が、次はどこへ案内しようかと視線を廻らせていた先に、花売り幼女の姿が映った。
緑髪の男は、口では勘弁してくれと言っていたが、実際に引き合わせたら笑って金を出してくれるだろう。
だから、問題は、そこではない。
問題は、花売り幼女が、ゴロツキに絡まれていることだ。
「ちょっと、やめなよっ」
その場面が目に入った瞬間、彼女は走り出し、両手を広げて二人の間に割り込んだ。
「…………」
花売り幼女は、がたがたと震え、喋ることもままならない。
そんな相手と向かい合うゴロツキは、今まで街案内していたオジサンと同年配の中年男。
仕方なく中年ゴロツキに話を聞くと、どうやら花売り幼女が走っている際にぶつかってしまったらしい。
それだけ聞くと幼女の方に非があるのだろうが、大人の男に子供がぶつかった程度で負傷するはずがない。
中年ゴロツキは、ナメられたら終わりだとか、訳の分からないことを叫んでいる。
一人だけならまだ逃げようもあるが、他のゴロツキ仲間が近くで見物しながらニヤニヤしている。
最低だけど、割とありふれた出来事。
要するに、慣れっこだ。
「ん~、話は分かったよ。こっから先はあーしが相手するから、この子は許してあげて」
中年ゴロツキも、子供相手に本気で難癖つけている訳ではない。
ただの、憂さ晴らし。
溜まっているものを吐き出せれば、何でもいい。
そんな連中だから、抱き甲斐の無い子供よりも、成人した自分の方がいいはず。
そう考えた彼女は、そう提案し、想定どおり中年ゴロツキから了解を得た。
後は、優しさの足りない乱暴者に少し付き合えば済む。
それだけで、丸く収まるはずだったのに。
「おいおい、金を払わず暴力で女を抱くなんて、社会経済の中核を担うオッサンの風上にも置けない奴だな」
もう一人の中年男から、邪魔が入った。
「ちょとオジサンっ、空気よんでよ空気っ。ここは他人のフリして立ち去るとこでしょ!」
「ふはははっ、空気を読まないのはギャルだけじゃなくて、オッサンの特権でもあるのさ。そもそも、俺という先約があるのに割り込みなんて許されないぞ。俺には小汚い竿オジサンにNTRされる趣味は無いんだぞ。そんなの見せられて性癖が歪んでしまったらどうしてくれるっ!?」
「意味不だけど、ほら、前払いでもらったお金は返すから、それでいいでしょ」
「金貨三枚のうち案内料を除いて一枚だけ返すちゃっかりさは好ましいが、たとえ全額返金されても駄目な者は駄目。どんなに急いでいても、後ろに並んで優先順を守るのは日本人の美徳なのだよ」
相変わらず、よく分からない。
ふざけた物言いと薄ら笑いだが、怒っている様子が感じられる。
もしかして、今日会ったばかりで金喰い虫の自分と、花売り幼女を助けようとしているのだろうか。
金を持っているだけの頼りないオジサンだと思っていたから、驚く。
もっと普通の台詞で助けてくれたら、格好よく見えたかもしれないのに。
「――――」
口が回る相手に、中年ゴロツキも話し合いは無駄だと判断したようで、怒声を上げながら殴りかかっていく。
口だけが達者なぼんぼん中年と、暴力に慣れたおらおら中年。
どちらも冴えない顔のオジサンだが、力の差は歴然。
「っ!?」
そう、実力差のある二人が衝突すれば、一撃で決着がつく。
殴りかかったはずの中年ゴロツキは一瞬で姿を消し、残ったのは片足を前に出した緑髪の中年男。
目を凝らせば、その片足が向く遠方に転がっていく塊が見える。
「風呂に入らず身体も洗ってないような小汚いチンピラ風情が、毎日朝シャンを欠かさない俺を差し置いてご婦人方から選ばれると思うなよ。清潔感と年収だけが中年婚活の頼りなんだぞ」
緑髪の男は、まるで清潔さが腕力に勝るといった物言いで、勝利宣言する。
手を使わず足の裏で蹴っ飛ばしたのも、不衛生な相手に触れたくなかったからだろう。
「「「――――」」」
しばらく間を置き、ようやく状況を理解した仲間のゴロツキが襲いかかるが、結果は同じ。
緑髪の男の決めポーズも、寸分違わず同じであった。
「…………」
彼女は、言葉を忘れて、ぼーと眺める。
片足を上げたまま、微妙だにしない、その姿は。
逞しくて安心感のある樹木のように思えた。
『花が好きな男を捕まえなさい。花を大切にできる男は、余裕があるはず。余裕がある男は、それだけの強さを持っているはずだから』
ふと、母親の言葉を思い出す。
そうそう、そんな男に依存する気満々の理由だった。
花好きの男は、どんな場所でも咲き誇る花と同じように、何者にも屈しない強さを秘めているのだ。
「ほら、花売りのお嬢ちゃん。悪いオジサンはいなくなったよ。だから安心して、この良いオジサンに花を売っておくれ」
「うっ、うわーんっ」
緑髪の男は、片足を上げたポーズのまま器用に回転し、そのまま片膝を地面に着けたポーズに移行する。
そして、幼女を守るために頑張ったという体で話し掛けるが、その相手は泣きながら逃げてしまった。
「…………」
おかしくない? ここは感激した幼女が抱き付いてくる場面じゃない?
捨てられた子犬の目をしながら、緑髪の男がそう目で訴えかけてくる。
どうしてこうも、情けなさを曝け出すことができるのだろう。
普通の男は無理してでも格好良さを見せようとするのに。
やることなすこと駄目な方に向かうのは、もはや才能。
うっかりときめいてしまった乙女心を返せと、彼女は嘆いた。
「……ふむ、想定外の事態に巻き込まれたが、終わり良ければ全て良しだな。ちょっと変則的な『悪漢から襲われる彼女を守るイベント』だったと思えば悪くない。やはり、プラス思考は偉大だな」
泣きそうな目で落ち込んでいた男の頭に手を乗せ、仕方なくヨシヨシすると、すぐに復活して偉そうな台詞を吐いてくる。
女に良い姿を見せたいのか、それとも逆に情けない姿を見せたいのか、よく分からない。
嘘でもいいから普通に格好付けてくれたら、もっと見直しようがあるのに。
そんなモヤモヤした気持ちを押し殺し、まだ残っている大きな問題を口にする。
「ぜんっぜん終わってないし、良くもないよっ! オジサンが強いのは分かったけど、この後どーすんのっ!?」
「この後? ああ、一応手加減して半殺しにしているが、ちゃんとトドメを刺した方がいいかな?」
「違うしょっ! ゴロツキたちの下っ端やっつけても、何も解決しないってこと! 逆に悪い方に進んでるんだよっ!!」
蹴り飛ばされたゴロツキ全員を始末しても、もう手遅れ。
遠巻きに様子を窺っていた他のゴロツキが慌てて逃げ帰った様子を、彼女の目は捉えていた。
ゴロツキは、厄介なことに組織に属している。
時間を置かず、その組織に情報が伝わってしまう。
ゴロツキ共は数の多さこそ強さだと思っているから、百人を超える仲間がいる。
いくら緑髪の男が強くても、そんな大勢から襲われたらどうしようもない。
下手したら、緑髪の男だけでなく、自分や花売り幼女もターゲットにされてしまう。
「……ごめんなさい。考え無しの脳筋でごめんなさい。金と暴力と薬に頼ってばかりの人生で、本当にごめんなさい」
それについて説明すると、ようやく事態の深刻さを把握した緑髪の男が、正座しながら反省している。
複数のゴロツキ相手に、堂々と啖呵を切っていた勇士はどこへやら……。
けっこう強いはずの男がここまで情けないと、逆に笑えてしまう。
街で一番の厄介者を一蹴した男。
そんな男に説教するギャル。
この街のヒエラルキーが完全に崩壊した瞬間であった。
「でっ? どーするのっ? ガチでどーすんのこれっ!?」
「はいっ、先生! 俺の地元には『三十六計逃げるに如かず』って戦略があるので、俺がギャル子ちゃんと花売り幼女を連れて別の街に逃げるってのはどうでしょうっ!」
「あーしがこの街を離れたら、小さい子の面倒は誰が見るのっ!?」
「面倒見が良すぎるギャルは本当に存在したのか……。それじゃあ、他の幼女も全部連れて逃げ出すってのはどうでしょうっ?」
「それだと誘拐魔になっちゃうでしょ!」
「なるほどなるほど、他からするとそう見えるかもな」
実現性の無い案を出す男に対し、彼女は激昂する。
実は、十二分に実現可能で、割と本気で男が言っているとは、夢も思わない。
「やれやれ、やはり俺が介入すると、ろくなことにならんな」
「反省はいいからっ! もう他に方法が無いし、今から謝りに行くよ!」
「ほうほう、逃げの一手ではなく、謝罪一辺倒とな?」
「そーだよっ、許してくれるか分かんないけど、ゴロツキたちの親分に直接ゴメンするしかないよっ。オジサンはお金をいっぱい持ってるから、それ渡したら許してくれるかもしんないでしょっ」
助かる方法は、もうそれしか残されていない。
ゴロツキ集団はメンツを気にするが、それ以上に女好きで、その女以上にお金が大好きなのだ。
「つまり、お話し合いで解決すると?」
「もうそれしかないんだよっ!!」
「おーけーおーけー、任せてくれ。この世界でオッサン相手の話し合いなら、俺の右に出る者はいない。そう、右曲がりのダンディーと恐れられる俺に任せておけば万事おーけーさ!」
「ほんと大丈夫なのっ? 意味不って顔してるけどっ!?」
とにかく、武装した連中が襲いかかってくる前に、こちらから乗り込むしかない。
そう決断した彼女は、逃げ出さないよう緑髪の男の手を引きながら、街の暗部へ入り込んでいく。
ギャルに手を握られデレデレしている男に多大な不安を覚えるが、ビビって縮こまるよりはマシだと思うしかない。
「おや、そこに蹲っているお嬢ちゃん。お腹が減っているのかな? 俺のあんパンをお食べよ」
「後にして!」
しばらく進むと、ゴロツキ集団の棲家へと辿り着いた。
陰鬱な空気が漂う暗部においてより一層の醜悪さが感じられる。
「あーしの身体が持つといいけど……」
地獄の入り口を前に、思わず弱気が漏れる。
緑髪の男は金次第でどうにかなるかもしれないが、自分に払えるモノはこの肉体しかない。
人数の多さは仕方ないが、できれば暴力は勘弁してほしい。
「まあまあ、そう心配せずに。案ずるより産むが易し。為せば成る。結局最後は運次第なのさ。だからまず、俺が一人で行って挨拶してくるよ」
「で、でもっ」
「元はと言えば俺が原因だからな。大人の俺が責任を取るのは当たり前なのさ」
「それはそう」
実際その通りで、緑髪の男が我慢していれば、ここまで事態が悪化せずに済んだのだ。
その元凶が格好つけても、なんだかなーって感じである。
「そんじゃ、行ってくるよ」
緑髪の男は、呑気に片手を上げ、軽い足取りで建物の中へと入っていく。
その緑色の背中は、先ほどと同じ、巨木のような安心感がある。
嵐にも動じず、小鳥が棲まう豊かさがあり、有事には何者も押しつぶしてしまう強さ……。
「「「――――っ!?」」」
緑髪の男が入ってすぐ、建物の中から多くの怒声が漏れてくる。
それは仕方としても、その中に悲鳴が混じっている気がする。
中には切実に助けを求める声もあるようだが……。
少なくとも、まともな話し合いが行われている様子ではない。
「……あれ?」
でも、少し時間が経つと、声が聞こえなくなり、逆に不気味な静けさが支配する。
話し合いが順調に進んでいるからだろうと、彼女は信じることしかできない。
「あっ、出てきたっ!」
程なくして、緑髪の男がまた、片手をひらひらさせながら出ていた。
五体満足な様子に、一安心。
それはいいのだが、緑髪の男の後ろから、大勢のゴロツキ共が、まるで付き従うようにゾロゾロと出てきた。
ゴロツキ共も怪我していないが、一様に死んだ魚のような目をしているのに、懸命に笑顔を浮かべている。
いつものピリピリした怖さは無いが、それ以上の不気味さが感じられた。
「……ねえ、オジサン? 話し合い、上手くいったんだよね?」
「もちろんさ! 俺が頭をぶん殴って、じゃなくて頭を下げて誠心誠意お願いしたら、みんな笑顔で納得してくれたよ。……だよな?」
「「「はいっ! 僕たちが間違ってました! これからは街を良くするために頑張るのでよろしくお願いします、姐さん!!」」」
まるで軍隊みたいな、一糸乱れぬ宣言。
本心かどうかは定かでないが、鬼気迫る必至さが伝わってくる。
だからその言葉に、嘘は無いのだろう。
しかし、である。
いったい、どんな話し合いをしたら、こんな結果になるのだろうか。
どれほどの金を積めば、従順な兵隊が出来上がるのだろうか。
「…………」
いくら教養の無い彼女でも、これくらいは理解できる。
話し合いじゃない。お金でもない。
幼女が大好きな変態オジサンは、有無を言わせぬ腕力で従えたのだ。
自分を買った冴えないオジサンは、この街で一番の厄介者集団をあっさり片付けてしまったのだ。
花を好むオジサンは、誰よりも女に甘く、お金持ちで、余裕を持っていたのだ。
『花が好きな男を捕まえなさい』
……ほんと、それな。
「姐さんって、もしかしてあーしのこと?」
「そうそう、こいつら全員、ギャル子ちゃんに絶対服従するそうなんだよ。なーに、そういった特殊プレイだと思えばいいのさ」
「いきなりそんなの言われても困るんだけどっ!?」
「テキトーに街の清掃でもさせておけばいいんじゃないか?」
「でもそれじゃ、この人たちの稼ぎが無くなって困るでしょ?」
「ゴロツキにまで優しいなんて、小悪魔ギャルじゃなくて天使かよっ! ……ふむ、だったら腕に覚えがある奴らは外に出て魔物退治に勤しみ、それが苦手な奴は街の便利屋さんにでもなって食い扶持を稼がせればいいんじゃないかな」
「いいの? そんなテキトーで?」
「世の中、テキトーなくらいでちょうど良いのさ」
緑髪の男は、審査機構が聞いたら怒りそうな台詞を呟きながら、親指を立てたポーズを決める。
相変わらず、決めるべきところで決まらない。
「そんなテキトーでいーなら、オジサンが命令すればいいじゃんっ」
「俺は根無し草の旅人だからなぁ。今夜はギャル子ちゃんと遊んで、明日には街から出ていくし」
「……そんなの、勝手じゃん」
「男は勝手な生き物なのさ」
勝手にどこにでも生えて、勝手に視界に入ってきて、愛着が湧いたら、勝手に風に乗って遠くへ飛んでいく。
ほんと、花みたい。
でも、そんな自由気ままな花にも、欠かせないものがある。
それは、太陽の光。
緑髪の男は、自分のことをギャルと呼び、そしてギャルとは太陽みたいな存在だと言っていた。
そう、花と太陽は、一緒にいなくちゃいけない。
この街には、花が必要なのだ。
「――――ダメっ! やっぱりダメっ! 絶対にダメっ! あーしだけじゃムリムリムリっ!!」
「なんとかなるって。こいつら脳筋ばかりで稼ぎは少ないだろうけど、いないよりマシだって。それに、本当にどうにもならなかったら『自害せよ』って命令すればいいぞ」
「そんなのかわいそうでしょっ!」
「ギャル子ちゃん、まじ天使! どんな相手にも優しいなんて、まさにギャルの鑑!」
「そーだよっ、あーしはギャルなのっ! ギャルってのは、優しくて、太陽みたいで、それに我が侭なんでしょ!!」
「おおっ、そうだともっ、それこそギャルってもんだっ」
「だーかーらーっ、ギャルのあーしが我が侭言うのは当然なのっ! あーし一人じゃムリなの! オジサンも一緒じゃなきゃダメなのっ!!」
「いいねいいねっ、ギャルの我が侭は可愛さ。それを許すのは紳士として当然の務め。むしろ本懐なり!」
まんまと乗せられた緑髪の男は、嬉々として受け入れる。
年下の女性からお願いされて、嫌な顔をする中年男はいない。
それが可愛いギャルなら、尚のこと。
「はぁ……」
今更ながらというか、改めてというか。
晴れて本物のギャルへと進化した彼女は、あっさりと懐柔されてしまった緑髪の男の駄目さ加減を実感した。
『花が好きな男を捕まえなさい』
そう偉そうに、講釈を垂れていた母親。
だけど、その母親が選んだ父親は、どうしようもないろくでなしだったことを、やはり今更ながら思い出す。
男の趣味が悪いのも、遺伝かもしれない。
かくして、必殺の泣き落としの甲斐あって、どうにかこうにか、引き留めるのに成功した。
漕ぎ着けた約束は、最低でも十日に一度は様子を見るため、必ず逢いに来ること。
一緒にいられる時間は短いが、後は自分の頑張り次第。
――――いつか、母親になって、娘が産まれたら、こう伝えよう。
花が好きな男を捕まえなさい。
女に甘くて、お金持ちで、強い男だから。
でもね、ちゃんと捕まえておかなきゃ駄目だよ。
花のように、風に乗って、どこか遠くへ行っちゃうからね。




