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病村の母娘②/中年男を疑わしむれば則ち慈母も信ずる能わず




 その後は、母娘が仲介してくれたので警戒されず実験を続ける事が出来た。


 幸いにも手遅れな村民は居ないようだ。

 俺のステイタスの中では運値が最も低いので、これは少女が持つ強運のお陰だろう。

 是非あやかりたいものだ。


 実験の結果は全て良好で予想通り。

 アイテム薬の混合と摂取方法は、如何様にしても問題なかった。

 どんな薬の組合せでも全ての効用が発揮される。摂取箇所は口からでも患部に当てても肛門……は試してないが、とにかくどの場所からでも染み込ませさえすれば体全体に効果が及ぶようだ。

 また、薬以外の液体と混ぜても問題ない。

 蜂蜜を混ぜて甘くした子供用の薬は特に好評だった。良薬苦しの時代は去ったのである。


 実験を続けていくと、一人、また一人と回復して元気になった村人に付き添われ、大所帯の御一行になってしまった。

 ……頼むから拝まないでほしい。俺みたいなものぐさな奴に、信者を従える聖者の役は似合わない。

 むしろ子供を連れ去るハーメルンの笛吹き中年男の方がはまり役だろう。むろん少女限定だ。


 いやほんと、仰々しくされるほど罪悪感に苛まれるので止めてくれ。

 俺はあんたらで人体実験をしたかっただけなんだから。失敗しても責任なんか取るつもりないんだから。

 あんたら病み上がりなんだから家で安静にしてなよ。

 俺には手を繋いでくれるリノンだけで十分なんだよ。




 ――――最後の病人が立ち上がると、一際大きい歓声が上がった。


 皆で抱き合いながら喜びを分かち合っている。

 ああ、もうトンズラこける雰囲気じゃない。諦めてエピローグにまで付き合うしかないのか。

 会社の飲み会で帰るタイミングを間違って、二次会に連れてかれる気分だ。付き合いの飲み会ほど神経を使うものはないんだよな。


 伝染病なので一度治っても安心すべきではないのだが、心配なかれ。

 なんと薬アイテムには耐性を生み出す効用まで付いているのだ。

 つまり薬アイテムで回復すると、その際に治った病気には二度と罹る心配がなくなる訳だ。

 魔法万歳! 魔王様万歳!

 



 ……とりあえず、これにて治療は完了である。


 この後は、そうだな、病気が回復した後の楽しみといえば風呂だろうが、村の真ん中に露天風呂を創るのは目立ち過ぎる。

 であれば、旨い飯しかあるまい。

 病気で飯が食えなかったのか、それとも食料が足りなかったのか、村人は一様に痩せこけている。見た目はまだ病人のままだ。


 まあ、難しく考えず、とにかく飯にしよう。

 祝い事といえば食事なのだ。

 食欲が満たされ、酒でも呑んで騒ぎ出せば、俺への興味も薄れるだろう。

 その間にこっそり去れば気づかれまい。


「奥様にリノン。皆様が元気になったので、ご飯を食べてお祝いしましょう。手伝ってもらえますか?」

「うん! わたしがんばるよっ」

「しかし商人様、この村には食料が残ってないのですが……」


 やはり食料不足だったのか。

 村人の大半が病気になっては稼ぎぶちもないだろうしな。備蓄も余裕がなかったのだろう。

 加えて出入り禁止となれば兵糧攻めされているに等しい。


「材料は私が用意しますので、二人は調理を手伝ってください」


 日本の料理を複製すると説明が面倒なので、この世界の食材を使う事にする。

 まず、複製魔法でドラム缶を半分に切ったバーベキュー用の巨大コンロと炭を出し、炎魔法で火を付ける。

 次に、肉アイテムとオクサード街で買った野菜を取り出し、母娘が適当に切って焼きまくる。

 最後に、焼けた肉と野菜を村人が食べまくる。

 素焼きでは味気ないので、照り焼きのタレをぶっかけて味付け。

 ついでに酒も適当に配る。子供にはオレンジジュースだ。



 村の住民は必死に食べている。

 涙を流している人も居る。

 飯が旨いだけではないのだろう。

 食事により感覚が刺激され、本当に回復出来たのだと実感したのだろう。

 安心安全な日本で育ち、大病を患った事がない俺にはよく分からない感情だ。

 ……不謹慎だが、少し羨ましくも感じる。


 一心不乱な食事会が終わると、そのまま宴会へと突入する。

 薬で体力も回復しているとはいえ、飲み過ぎはいかんよ。

 程々に、程々にな。

 まあ、強めの酒を渡して乱痴気騒ぎをお膳立てした本人が心配する事じゃないがな。



 村人が夢中で騒いでいる隙を見て、母娘と村長を連れて物陰に隠れる。

 皆が俺の事を忘れているうちに、さっさと立ち去ろう。

 ただ、その前に一応の後処理と挨拶を済ませておこう。

 社会人の常識である。今はプータローだけどな。 


「――――商人様。この度は村をお救いいただき、誠にありがとうございました。しかも無償で高価な薬をご提供いただき、感謝の念に堪えません」

「こちらこそ新薬の実験に協力してもらい助かりました。お陰様で十分な成果を得られたので、今後利益を上げる事が出来そうです」


 村長からの仰々しい挨拶に対し、下手くそな敬語で返事する。

 実際、このカプセル型に加工した薬を売れば、巨万の富が築けるだろう。

 目立ち過ぎるので控えざるを得ないが。


「もしも移り住む必要があるのなら、お手伝いしましょうか?」


 出入りが禁止されているという事は、ここの村人が伝染病に侵されていると国中に通知されてるはずだ。

 病気が治ったと国に報告しても、信じてもらえるか怪しいものだ。

 念のため、村中を飛び交っていた病気持ちの蚊は付与紙に命じて一掃してある。

 これで村の外から人がやって来ても、新たに病気になる確率は低いだろう。


「ご心配には及びません、商人様。この農村は病気さえなければ自給自足でやっていけます。それに1年も経てば噂が消え、行商人も行き来するようになるでしょう」


 なるほど、そういうものなのか。

 魔物が闊歩する戦乱の世だけあって逞しいものだ。

 そういえば日本でも自給率アップを目指していたが、自給率を上げすぎて諸外国との関係を疎かにしてしまうと、緊急時の輸入が滞る危険があるそうだ。

 会社が景気がいい時でも銀行から金を借り続けるのと同じだな。……うん、あまり関係ない話だな。


「それなら大丈夫ですね。念のため予備の薬と当座の食料を置いていきます」


 リノンをはじめ今は発病してない者が、今後病気になる可能性があるので予備の薬を渡しておこう。

 食料は低ランクの肉を大量に複製しておけば当分持つだろう。


「……最後までお世話になりっぱなしで、申し訳ありません。何かお返し出来ればいいのですが…………」

「いえ、今回はお互いに益があった話なので、お気になさらず」


 申し訳なさそうに深々と頭を下げる村長の言葉を丁重にお断りする。

 金持ち相手なら躊躇なくふんだくるのだが、この村に金があるとは思えない。

 借金代わりに若い娘を差し出させるのも、何処の悪魔だよって話だしな。

 問答しても得られる物はなさそうなので、早急に退散しよう。



「それでは所用があるので失礼させていただきます。村長さん、それに奥様とリノンもお達者で」

「――――お待ちください、商人様。是非とも私ども親子に礼をさせてください」

「商人さまっ、お願いします!」


 これまで黙って話を聞いていた母娘が、揃って頭をくだげてくる。

 事前に申し合わせしてたのだろうか。

 何やら必死な感じが伝わってくる。


「いえ、それは…………」

「従者にしてくれとは申しません。お手伝い出来る事があれば何でもお申し付けください」

「わたしもがんばるよっ」


 んぐっ。

 断ろうとしたら言葉を被せられてしまった。どうにも意思が固いらしい。

 だが、今回の一件は互いに納得した上での契約なのだ。

 母親は失敗して死ぬ危険もあった訳だしな。その点、身の危険がなかった俺は気楽なものだ。

 だから、このままだと一方的にお礼される格好になってしまう。


「…………」


 ……物は考えようかもな。

 母親は教養が高いようだし、娘も溌剌として物覚えが良さそうである。得難い人材といえよう。

 実は、やってみたい事があるのだ。

 それには女性の協力者が必要となるので、友達が少ない俺は躊躇していたのだが、渡りに船なのかもしれない。


「…………」

「…………」


 うん、そうだな。

 せっかくなので手伝ってもらおうか。

 ちゃんと賃金を払って雇用すれば問題ないだろう。

 合縁奇縁を大事にした方が運気も上がりそうだしな。


「…………分かりました。ちょうど新たに始めたい事業があったのです。忙しい仕事になりますが、手伝ってもらえますか?」

「うんっ。まかせてっ、商人さま!」

「……はい。お任せください」


 怪しい商人の誘いに、二人は頷いてくれた。

 娘は笑顔で。

 母親は真剣な表情で。



「それでは、これからよろしくお願いします」


 かくして腹黒商人は、有望な協力者を見つける事が出来たのである。

 人付き合いが苦手な俺にとって、今日一番の収穫なのかもしれない。

 ――――願わくば、愚かな中年男の犠牲になりませんように。





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