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死蔵喰らいと間違えない女 3/6




「あっ、受付嬢殿っ! 拙者、無事任務を終えたでござるよ!」

「…………」


「女っ気が皆無な現場だったけど、なぜか少年にやたらと嫌われたけど、最後まで飽きずに放り出さなかったでござる! 面倒で面倒で仕方なかったけど頑張って我慢したでござる!!」

「………………」


「だから褒めてほしいでござる!!!」

「……お疲れさまでした」


 全力で依頼を完遂し、全速で帰ってきた俺を、冒険者ギルドの受付嬢は実に微妙な笑顔で労ってくれた。

 笑顔なのに眉毛をハの字にさせた困り眉が最高だ。

 ちゃんと仕事してきた俺に対し、どうしてそんな顔が向けられるのか分からないが、そそる表情を拝見できたので満足である。


「これがサイン付きの依頼書でござるよ」

「まだ半日しか経過していないのに、本当に完了されたのですね……。もしかして、移動中に魔物が一体も現れなかったのですか?」


「何匹か見かけたけど、すぐに消えてしまったので、荷馬車の上で昼寝もとい監視していただけで終わったでござる」

「……死蔵案件は運の要素も強いので、そのような場合もあるのでしょう。経緯はどうあれ、引き受けた仕事を終わらせることこそが大切だと思います」


「えへん、でござる。拙者、これでも仕事だけは出来る男でござるよ」

「そのような悲しい主張をされなくても存じております。それでは、次の案件ですが――――」


 納得された理由は不明だが、屈強な男連中をあしらってきた彼女だけが分かる何かがあるのだろう。

 とにかく、さっさと二つめの案件を片付けて今月のノルマをクリアしよう。

 夏休みの宿題のように、7月中に全部終わらせ、8月は丸ごと遊び回るのだ。


「先日の大雨で崖崩れが発生し、近隣の村に続く道路が埋まってしまい、往来が出来ない状態になっております。クロスケ様には、緊急性が高いこの案件の受けていただければと思います」

「はいっ、先生! 質問がありますっ!」


「先生ではありませんが、どうぞ」

「それはお役人が対応すべき案件ではないのでしょうか?」


「官職の方々は他の災害に対応中で手が回らないため、当ギルドに依頼が出されたようです」

「……もしや冒険者ギルドとは、そんなに暇だと思われているのでござるか?」


「魔物は基本的に特定のエリアから出てこないため、急を要する案件はそう多くありません。このため、地味な力仕事もよく回ってきます」

「冒険者って、思った以上に庶民的な仕事でござるなぁ」


 街の何でも屋さんかな?

 命懸けで過酷だけど格好いい仕事だと思っていたのに、ままならないものである。


「疑問が解消されたようですし、早速――――」

「待って待ってでござるっ、やむを得ない事情があったとしても、そんな大仕事、冒険者が一人二人集まってもどうこうなるとは思えないのでござるがっ?」


「ですから、仕事内容と対価が釣り合わない死蔵案件なのです」

「あ、うん、そうですね」


 はい、論破。されました。


「……ちなみに、どこまでやれば依頼達成になるのでござるか?」

「道路本体の復旧や補強は依頼に含まれておりませんので、とにかく通行できる状態にまで戻せば問題ありません」


「つまり、大量に積もった土砂を全部取り除く必要があると?」

「はい、それだけで構いません」


 そんな簡単に言われましても。

 いやまあ、簡単にできますけど。


「もちろん、手間がかかる案件であることは私も理解しております。ですが、クロスケ様が望まれる大量ポイントを稼げる依頼は全て似たようなものですよ?」

「うっ、またもや論破されたでござる」


「どうしても気が乗らないのであれば、他の案件も用意しておりますが?」

「……いや、駄々をこねて申し訳なかったでござる。確かにこれは、拙者向きの案件でござるよ」


「はい、私もそう思います」


 効率性の観点から鑑みるに、なるほど、これほど俺向きの案件もあるまい。

 さすがは熟練の受付嬢。

 冒険者と依頼のマッチングは完璧のようだ。

 うんうん、これからは全部彼女が勧める仕事をしていけば安心だな!


「前向きに受け止めることができるクロスケ様は、本当に冒険者向きですね」

「能力でいえば、そうなるでござろうなぁ」


 認めたくないが、火力重視の脳筋スペックだからなぁ。

 できれば音楽や絵画みたいな芸術面の才能が欲しかった。

 のだめ先生とのピアノレッスンで培った技術だけが、文化人としての最後の砦である。


「……それでは、この依頼書を持って現場に向かってください。仕事内容の詳細は、依頼主である村長に確認をお願いします」

「合点承知の助でござる!」


 そうと決まれば、即決行。

 俺の華麗な忍法を見せてやるぜ!




 ◇ ◇ ◇




 交通手段を失った村の長は、心労で眠れない日々が続いていた。


 例年に無い大雨が続き、村と街を繋ぐ道路が土砂崩れで広範囲に渡って封鎖。

 農村なので自給自足は可能だが、物資の流通が閉ざされる損失は大きい。

 日持ちしない野菜の出荷ができず廃棄が増えていく。

 村人が交代制で土砂撤去にあたっているが人手が足りず、このペースでは一ヶ月以上かかるだろう。

 一歩ずつだが着実に進んでいるはずなのに、目の前に積まれた大量の土が絶望感を突きつけてくる。

 この上、作業中にまた豪雨に見舞われれば、土砂はどんどん積み上がっていく。

 一刻も早く撤去して、崩壊箇所を補強せねばならない。


 それなのに、街から増援が送られてこない。

 期待していないと言えば嘘になるが、原則としてその村のことは自身で解決するもの。

 街が有事の際には、村から支援する余裕は無いからお互い様であろう。

 だから、対価を用意し、冒険者ギルドに依頼を出した。

 魔物討伐を主な仕事とする彼らであるが、それだけにレベルが高く腕力に自信があるものが多い。

 災害現場はとにかく体力を必要とするから、冒険者は大きな戦力になる。

 

 ……しかし、その依頼書を手に取る者はいなかった。

 深く考えるまでもなく、当然である。

 淡々と土を掘り続け、汗と泥で全身を汚し、長い時間を費やしても得られる報酬は僅かばかり。

 討伐が容易な低ランクの魔物を相手にする方が簡単で実入りが良い。

 もはや、依頼を受ける理由を見つけることが難しい。


 これが人命に直接関係する緊急の案件であれば、まだボランティア精神に目覚めた者が集まっていただろう。

 大きな災害ではあるのに、なんとも中途半端な被害であったことが処置の遅れを招いていた。



「そっ、村長っ! 冒険者の方が手伝いに来てくれまして――――」


 そんな折に、土砂の撤去作業を行っていた村の青年が慌てた様子で村長宅に入ってきた。

 全身泥まみれの姿が、進捗の難しさを物語っている。


「おおっ、それは有り難い。それで、何人が集まってくださったのだ?」

「いえ、その、人数は一人なんですがっ」


「そ、そうか……。それでも有り難いことには違いない。熟練の冒険者の力は、村人の何人分もある。それで、冒険者ランクはどれ程の方なのだ?」

「いえ、その、本日冒険者に登録したばかりの新人らしいのですがっ」


「そ、そうか…………。それでも我々よりは戦力になるはずだ。では早速、大きな岩が埋まっている箇所から手伝ってもらってくれ」

「いえ、その、それが――――」


 落胆を隠しきれない村長は、うろたえて要領を得ない青年に疑問の視線を投げる。

 半ば諦めていた助っ人だけに驚くのは仕方ないとしても、そこまで興奮している理由が分からない。


「なにか問題でもあったのか? ……まさか、追加の報酬を要求されたとか?」

「いえ、いいえっ、問題なんてありませんっ」


 苛立つ村長に臆することなく、青年は大声で、こう言った。


「だって、土砂はもう全部、取り除かれてしまったのですから!」

「――――へ?」


「ですから、もう作業は終わってしまったんですよっ」


 青年は、見たままの事実を簡潔に述べているのだが、村長には伝わらない。

 あまりの落差に、理解が追いついてこない。


「ど、どうやって?」


 だから、尋ねるのが精一杯。


「それがっ、冒険者の方が片手を前に出し、ただ歩いていくだけで、目の前の土砂がどんどん消えていったのです。土砂が全部無くなるまで、一時間もかかりませんでしたっ」

「そんな魔法、聞いたこともないが……」


「魔法やスキルではなく、どうやら収納アイテムを使われていたようですが」

「な、なるほど、それならできないことも、ないか……。だ、だがっ、収納アイテムの容量はそれほど大きくないはずだがっ」


「きっと、高ランクの収納アイテムをお持ちだったのでしょう」

「それにしても、いくら何でも限度があるはずだが…………」


 ランクが上がるにつれ、アイテムの性能は増していく。

 収納アイテムの場合は、当然その収納量が拡大される。

 だとしても、限度も当然あるはず。

 体積が大きく広範囲に及ぶ土砂を一度に収納してしまうアイテムとは如何程であろうか。

 はたして、一介の冒険者が持ち得るものであろうか。


「方法よりも今は結果を喜ぶべきですよっ、村長」

「あ、ああ……」


「その結果を出した冒険者の方が、依頼達成の証明が欲しいそうなのです。お急ぎのようでしたので、僕が渡してきますよ」

「そ、そうか。では、これを…………」


「はい。それでは渡してきますねっ」


 署名された依頼書を受け取った青年は、せかせかと外へ出ていった。

 功労者である冒険者に粗相があってはならないと必死なのだろう。


「はっ、儂もご挨拶をっ」


 感謝の意を伝えようと、ようやく気を取り直した村長は慌てて外に出るが、件の冒険者は既に走り去った後であった。

 行き場を失い、まだ半信半疑のまま災害現場に向かうと、高く積み上がっていた土砂が本当に無くなっていた。

 長く続く道路の先には、取引先の街が小さく、しかし確実に、視界に入ってくる。


「――――――」


 呆然とする村長の脳裏に浮かぶのは、「今日からはちゃんと眠れるだろう」という場にそぐわない感想であった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 200話を目前にしてお久しぶりです、書籍買ってますよ。 やっぱ脳筋構成ってシンプルに便利だなあ… [一言] 力こそパゥワー
[良い点] 日常がかえってきた非日常。 [気になる点] はっ!! 新人どの!! 新人どのとの是非々々ご面識を~な村長その後 [一言] 死蔵と聴くと、 なんかもっと不穏等な印象があるのに なんて平和…
[一言] すぐ飽きそうなのが最大の問題ですねぇww
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