死蔵喰らいと間違えない女 1/6
俺は旅人である。
名はグリンと名乗っている。
各地をさすらう旅人と言えば聞こえはいいが、実際はただのプータローである。
定職に就かず、大した目的を持たず、籍を入れる予定も無い。
異なる世界から迷い込んでしまったので、いつまで経ってもお気楽な旅行者気分が抜けない。
一生、自由を謳歌する所存だ。
だけど、それなりに長く過ごしていると、無くては不便なモノが出てくる。
それは、身分証明書だ。
デジタル化された地球とは違い、真っ当な身分証を持たない者も多い世界だが、どうしても必要とされる場合も少なくない。
特に様々な国や都市を巡り、厄介事と縁がある旅人なら尚更である。
これまでは、腕力と金力で誤魔化してきたが、裏技にも限界はあるので、ここら辺で一つ真っ当な身分証を手に入れておきたい、と思ったのが事の発端。
そうなると、次に考えるべきは、入手方法。
この世界で個人を認識させ保証を得る方法は大きく区分して、三つある。
一つめは、貴族が治めるような大都市で市民権を取得する方法。
農村のような小さな村では知名度が低いため他地域で通用しないが、どんな地図でも明示されるような都市であれば、各国共通の身分証明書となりえる。
よって、一番簡単なのは、俺が拠点にしている冒険者の街オクサードから認定してもらう方法だが、これは嫌。
都市に属するということは、その地を治める領主の庇護下に入るということ。
つまり、世にも珍しい厄介なスキルを持つソマリお嬢様に死ぬまで捕らわれ続けるのと同じ。
そんな拘束プレイに興じるほど俺のマゾ属性は強くない。
だから、パス。
二つめは、国が認める絶対的な地位を得る方法。
簡単にいえば、どっかの国の貴族になること。
だから、パス。
一般人が貴族になるケースは稀だが、なれるなれない以前に問題外。
そんな七面倒くさい立場になるくらいなら、俺は一生パンピーで十分。
三つめは、公的で大規模な機関に属すること。
ノーマルなところでは、世界共通機関である職業別の組合、いわゆるギルドに入ること。
アブノーマルなところでは、知名度の高い宗教に入ること。
どうしてか縁がある宗教が多いので、そこに頼み込めば難なく発行されるだろう。
むしろ頼んでいないのに激レアブラックカードを発行されそうで怖いから、これは最後の手段。
となれば、残された道は、ギルドへの登録。
俺の能力に鑑みて適性があるのは、商業ギルドと冒険者ギルド。
商業ギルドは、意識高い系の金持ちが集まってそうなので、パス。
最後に残った冒険者ギルドは、命懸けの危険な仕事だが、だからこそ分け隔てなく受け入れ、自己責任で細かな規則に縛られない自由度が高い組織、だと思われる。
消去法なのはちと不安だが、異世界人である俺が異世界特有の職業である冒険者になるのも異世界でのお約束といえる。
今更感は拭えないが、どうせ身分証を得るのだけが目的なので、最初の登録時にだけ真面目にしていればいい。
後は、世界各地を回る流浪の冒険者という体にしておけば、余計なしがらみに囚われる心配もないはず。
言うなれば、ペーパードライバーみたいなものである。
楽勝楽勝!
「そんなわけで、冒険者ギルドへの登録を所望する! でござる!!」
はい、そんなわけでやってきました冒険ギルド。
とにかく身分証さえ手に入ればいいから、表向きの顔である旅人グリンが出張る必要はない。
こんな時は、裏方で荒事を得意とする忍者バージョンのクロスケの出番である。
せっかく用意した衣装を使わないと勿体ないからな。
忍者バージョンは、基本的に甘党メイドとの秘密の特訓でしか使っていないので、この姿で街に出るのは初めて。
風貌と文化が違う様々な種族が入り交じる世界だから、全身黒ずくめで顔さえも黒頭巾で隠した似非忍者姿でも怪しまれないはず。
木を隠すなら森の中、である。
……ちょっと違うかな?
「お尋ねしますが、『そんなわけで』、とはどういった意味でしょうか?」
冒険者ギルドの窓口にて。
受付嬢の綺麗なお姉さんが、笑顔を崩さず、でもほんのちょっぴり困り顔で聞いてくる。
うむ、美女の困り顔はいいものだ。
「そこは気にしないでくだされ。にんにん」
「……要するに、本日初めて冒険者ギルドに登録される、という解釈でよろしいのですね?」
「慧眼でござるな。そんなわけで、可及的速やかにちゃちゃっとお願いするでござるよ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
話が早くて助かる。
俺のテキトーな忍者言葉もスルーしてくれる。
冒険者ギルドの受付嬢といえば、強面や変人にも臆さない妙齢のお姉さんと相場が決まっている。
隣の窓口のスキンヘッドなオッサンから「そこの黒い奴こっちが空いてると言ってるだろうがっ!?」と怒鳴られても断固として聞こえない振りをし、彼女が待つ窓口に並び続けた甲斐があったぜ。
ここは、冒険者の街オクサードに構える冒険者ギルド、ではない。
いくら忍者姿で偽装しているとはいえ、わざわざ知り合いが多い街で登録する理由はない。
縁もゆかりも義理も無い遠方の都市を選ぶのは当たり前。
だから、銀行員のようなお堅い制服を着る受付嬢と対面するのも初めて。
毅然とした顔立ちに、すらっとした体形で、年齢は20代半ばと思われる。
うなじが露わになるようアップさせた黒髪と、頬にかかるよう垂れ下がった両端の前髪が、隠しきれない大人の艶っぽさを漂わせている。
居住まいを正し、鋭い眼光で書類をチェックする姿は、まさに仕事が出来るキャリアウーマンって感じだ。
地球で社畜していた頃、こんな魅力的な女性が上司だったら、もっと楽しく刺激的な生活を送れたんだろうなぁ。
「お待たせしました。所定事項の記入が済みましたので、後はクロスケ様の署名を以て登録完了となります」
「……おや、登録には適性審査や試験は必要ないのでござるか?」
それ以前に、俺はまだ名乗ってさえいないはずだが?
「地域によって若干の違いはありますが、この街における冒険者ギルドへの登録条件は、戦闘向けの魔法やスキルの所持、もしくはレベル15を超える者。クロスケ様はどちらも高い水準でクリアされているので問題ありません」
「なるほどなるほど、鑑定で確認したのでござるな」
「はい。ギルドの受付担当には適正かつ迅速に処置するため鑑定アイテムが配布されております。こちらの登録書にクロスケ様の名前、種族、レベル、取得魔法及びスキルを記入しております。ご確認の上、間違いなければサインをお願いします」
「……承知、でござるよ」
さすがは異世界、個人情報の保護なんて概念さえありゃあしない。
事前に了解を取ることもなく勝手に鑑定され、あまつさえ書面に記録されている。
それがこの世界の、そしてこのギルドのルールだから文句を言うのは筋違いであろう。
無駄な試験や自分で記入する手間が省けたと喜ぶべき。
忍者用に偽装したステイタスなのでどうでもいいが、一応言われたとおりに確認しておくか。
名前:クロスケ
種族:人族
レベル:33
魔法ランク:「火魔法3」「風魔法3」「地魔法3」
スキルランク:「体術3」「剣術3」「投擲3」
うん、間違っていない。
忍者らしく忍術スキルも付け加えたかったが、この世界にはそんなスキルが無かったので自重してる。
そもそも、忍者という職業が存在しないのだから仕方がない。
「年齢の上限は無いのでござるか?」
「ございません。その辺は能力主義といいますか、自己責任といいますか……」
年齢が記されていなかったので尋ねたら、苦笑気味に答えてくれた。
仕事が一番って感じのお姉さんだが、意外と表情は豊かだ。
冒険者業が命懸けなのは当然承知しているはずだから、ご勝手にどうぞということらしい。
適正基準を設けているだけでも良心的なのだろう。
ここは魔物に殺されるよりも病死の方が遙かに多い世界だからな。
だけど、実技試験が無いのは、ちょっと残念。
イケメンな若造が試験官だったら顔だけを執拗に攻撃して最後は金玉を液状化させてやろうと思っていたのに。
ゲームで重要イベントを取り逃してしまったような寂しさが漂う。
「よろしければ、ご登録される前に、冒険者ギルドの規則についてご説明しましょうか?」
「ふむ、要点だけを簡潔にお願いするでござる」
そういえば、俺は冒険者のルールを何一つ知らない。
事前の確認は大事だが、身分証以外に用は無いので必要最小限知っておけばいいだろう。
「かしこまりました。それでは――――」
えーと、なになに?
冒険者パーティーの強さを示すランクはABCDEの五段階に区分され、ギルドに依頼された案件の達成度や魔物の討伐数で上昇していく。
依頼案件の場合は、掲示板に張り出された依頼書から選び、受付嬢に受託する旨を伝えてから仕事開始。
魔物相手の場合は、勝手に倒した後に報告してもいい。
ドロップアイテムは、冒険者ギルドに売ってもいいし、他にツテがあれば好きに流してもいい。
腕に自信があるのならソロで問題なく、大物狙いでパーティーを組むのも構わない。
その街に滞在する冒険者には、非常時に強制的な依頼が出される場合もあるそうだが、定住せず普段は冒険者であることを隠す俺には関係ない。
……うん、予想どおりのお約束な内容で、自由度が高くて都合が良い職業だな。
「基本的な規則としては、このような内容となります。もっと詳しくご説明しましょうか?」
「いや、もう十分に理解した故、結構でござるよ。……よし、署名はこれでいいでござるな」
「はい、不備はございません。それではこれが、冒険者ギルドが発行する身分証となります」
そう言って手渡しされたのは、金属で作られた首飾り。
金属で作られた長方形の中には、冒険者ギルドのマークと何種類かの文字や番号が刻まれている。
地球での戦争時に身元確認するため使用される認識票と同じものだろう。
犬用の鑑札とよく似ているため、ドッグタグと揶揄される首輪だ。
にんにん、ならぬ、わんわん、である。
「この首飾りを見せるだけで身の証明になるのでござるか?」
どうやら、固有名までは記されていない。
随分とシンプルな作りだが、本当にこれで大丈夫なのだろうか。
「はい、詳細な照合はギルドへの問い合わせが必要となりますが、身元を証明するだけならそれで十分です。特に当ギルドは対魔族の常備戦力としても各国から重宝されておりますので、無下に扱う者は少ないはずです。それだけに、初回の登録料が金貨1枚、再発行には金貨5枚が必要となります」
「つまり、失くしたり奪われないよう心掛けるのも冒険者の務めでござるな」
「ご理解いただけて幸甚です」
微笑む受付嬢に金貨を渡し、これにて無事登録完了となった。
クセの強い人物が多い異世界の中でも特に我が強い連中を日々あしらっているだけあってスムーズに終わった。
営業スマイルと困り顔が素敵なお姉さんだが、もう二度と会う機会は無いだろう。
できれば毎日通って馬鹿なことを言って困らせ続けたかったぜ。
別れは惜しいが、礼を言って回れ右をして退場しよう。
「受付嬢殿、大変世話になったでござるよ」
「依頼書を貼り出している掲示板はあちらになります。是非ともご活用ください」
「承知、でござる。ではでは、にんにん!」
「……はい、ご活躍をお祈り申し上げます」
さてさて。
目的は果たしたが、ある意味ではここからが本番。
冒険者ギルド内に入ってきた時は、初めて見る黒ずくめの怪しい人物に戸惑って見逃されていたようだが。
その正体が、年甲斐もなく初登録にやってきた普通のおっさんだと知れた帰りには、血気盛んな若者達から馬鹿にされるに違いない。
冒険者ギルドにおけるお約束だからな!
「その年で初めての就職ですかぁ~」「ママは同伴してくれなかったんでちゅか~」「オッサンが無理してもギックリ腰になるだけだぞ~」「奥さんに逃げられたからってヤケになってんじゃねーよ」「なんだか加齢臭が匂うんですけど~」「その覆面はハゲを隠すためですか~」
……ヤベェ。
想像しただけでブチ切れそうになってきた。
特に体臭と頭皮について触れたヤツは金玉ぐちゃぐちゃにしてやる!
おらぁ、冒険者を引退したいヤツはかかってこいやぁ!!
「…………?」
あ、あれ?
誰も絡んでこない?
絡むどころか、陰口さえも、見てすらもいないっ!?
意図して無視しているわけではなく、ただ単にご興味が無いご様子。
ほ、ほらっ、イキリ上手な若造どもよ、遠慮せずに弄ってきていいんだぞっ?
こんなに分かりやすいサンドバッグが目の前を歩いているんだぞ?
こっちは完全にツッコミ待ちなんだぞ?
「――――――」
ああ、好きの反対は嫌いではなく、無関心だと言ったのは誰であっただろうか。
まさかこんな場所で実感するとは思っていなかったなぁ。
ナウなヤングにとって、ただのおっさんは嫌悪感を抱くゴキブリよりも価値の無い存在なのだと思い知らされた。
「るーるるるー……」
こうまで無関心を貫かれると、孤高を気取るロンリーオヤジでも視界がぼやけてくる。
もしかして、こんな俺にいつも構ってくれるソマリお嬢様は天使なのでは?
あれ、記憶の中のお嬢様が急に可愛く思えてきたぞ???
……このくだり、前もやった気がするなぁ。
「ふぅー、落ち着け落ち着け……。メンヘラおじさんなんてBL界隈にしか需要ないから……」
こういう時は、文字を見ると落ち着く。
掲示板に貼られている依頼書でも見て落ち着くか。
どれどれ?
簡単なものは薬草の採取みたいな雑用から、難しいものは高ランクの薬アイテムの取得まで、様々な依頼が貼り出されている。
依頼書の右上にはABCDEのいずれかが刻印されているので、これと同等以上のランクに認定された冒険者だけが受託できる仕組みのようだ。
新入社員の俺は最下位のEランクなので、選択肢はEに限られる。
まあ、依頼を受けるつもりはさらさら無いから関係ないけど。
……おや?
右上に×印が付けられた依頼書は何だろう。
遂行中や達成済みの依頼なら剥がされているはずだし。
張り出されている場所も目立たない端っこだし。
×印を見ていると、XYZの三文字を思い出す。
駅内に設置された伝言板に書かれるXYZの意味は、もう後がない――――。
「そちらの依頼書は、ワケありの案件となっております」
「ほへ?」
ヘラっているところに突然話しかけられたので、間抜けな返事をしてしまった。
声の主は、先ほど登録手続きをやってくれた受付嬢。
もう二度と会話する機会はないだろうと思っていた相手。
笑顔と困り顔が素敵なお姉さん。
今は、完全に困り顔。
困り顔って、ハの字に歪んだ眉毛が可愛いんだよな。
「ワケあり、とは?」
「率直に言えば、誰も依頼を受けようとしない案件。冒険者の間では死蔵案件と呼ばれています」
死蔵とは、ソレを役立てずに放置されている状態を指す言葉、だったと思う。
その意味どおりに考えると、依頼書を活用できない冒険者が悪い、ってことになるが、実際には冒険者が選べないような依頼を出した依頼主が悪いはずだ。
依頼主に気を使って死蔵案件と呼んでいるのか、もしくは皮肉であろう。
「具体的にどのような案件が死蔵認定されるのでござるか?」
「依頼料と比較して難易度が高すぎる案件、命の危険がある案件、時間が掛かりすぎる案件と様々ですが、総じて報酬と作業量が釣り合っていない案件となります」
難しい案件は高ランクの冒険者向けで、当然依頼料も跳ね上がる。
だけど、依頼する側の事情としては、作業量は固定されるが、手出しする依頼料には上限がある。
作業量を減らせれば問題無いのだが、中途半端だと意味を成さない案件があるのだろう。
弱者に厳しいのは、どこの世界も同じだな。
「釣り合いが取れていない依頼は、最初から受け付けない方がいいのではござらぬか?」
「ご忠告はもっともですが、明確な基準を設けるのは難しいのです。判断するのはあくまで冒険者の皆様なので、個々の能力や心境次第で基準が変わります。それに、下手に基準を設けて却下しても、依頼主は納得されないので……」
「仲介役は板挟みになって大変でござるなぁ」
「痛み入ります」
ギルドに依頼を出すといえば格式高く思えるが、実際はフリーマーケットと変わらない。
値段を決めるのは売り手の自由。買う買わないは買い手の自由。
冒険者が自由であるように、依頼主もまた自由であるべきなのだろう。
まあ、良く言えば自由、悪く言えば自己責任である。
「…………」
「拙者の顔に何か付いているでござるか?」
俺が「ほーん?」ってな感じで聞き流していたのを不快に思ったのか、受付嬢がじっとこちらを見ていた。
笑顔でもなく、困り顔でもなく、初めて見る表情。
「……そういえば、クロスケ様にお伝えし忘れていたことがございます」
「な、何でござるか? 拙者は金を持っていなくもないでござるよ?」
「それはますます好都合です」
「ほわいっ!?」
思わず、似非忍者言葉ではなく似非英語が飛び出してしまった。
これまでは、事務的な対応をするお姉さんだったので、俺も萎縮せず対話できていたのだが。
急に親しげというか、一歩踏み込んだ感じで接してくるから対応に困る。
独身のおっさんをからかっても金しか出ませんよっ。
「実は、冒険者ギルドに登録し続けるためには、毎月一定以上の依頼達成ポイントが必要なのです」
「……まじで? ……えっ、今更?」
とてもいい笑顔のお姉さんの口から飛び出た言葉は、本気で衝撃的だった。
自由業に等しいと思っていた冒険者業に、まさかノルマが課せられているなんて……。
そんな大事な規則を登録した後に言うのって、反則じゃない?
そりゃあ、詳細を聞こうとしなかった俺も悪いけどさ。
「申し訳ございません。あまりにも基本的な規定ですので失念しておりました」
「…………」
「ですが、クロスケ様はこうして依頼書を確認されていますので、改めて口にするには及ばなかったようです」
「は、ははっ、そうで、ござる、よ?」
もしかして、身分証だけもらってバックレる気満々なのがバレてる?
俺のやる気の無さがお気に召さない?
怖い。
段々と笑顔を増していくお姉さんが怖い。
「ち、ちなみに、冒険者になったばかりの拙者のノルマは、如何ほどでござろうか?」
「最も簡単なEランクの案件を二日に一度の頻度で達成すれば問題ありません」
「二日に一度っ!? そんなにっ!?」
「毎日仕事に励むべきなので、これでもかなり甘い査定となっております」
「あっ、はい、そうですね……」
そうだった、この世界の住民はあまり休みを取らないワーカホリックばかりだった。
俺も日本で働いていた頃は結構な社畜だったが、それでも平均で週に1日は休めていたはず。
冒険者なんて飲んだくれのオヤジでもできる楽な職業だと思ってゴメンナサイ。
こんなに過酷な労働環境だと知っていたら、冒険者ギルドで身分証を取ろうとしなかったのにっ。
俺は確かに仕事をしていないが、どうしてだか毎日のスケジュールはかなり埋まっている。
それなのに、二日に一度も冒険者ギルドに出頭するだなんて無理。
精々、月に一度がいいところ。
これ以上誤魔化しても仕方ないので、素直に受付のお姉さんに相談してみよう。
「拙者は、その、他にも野暮用がある故、冒険者業に多くの時間を割くのは難しいのでござるが?」
「問題ございません。そのようなお忙しい方にぴったりの案件をご用意しております」
「おおっ、そんな裏技があるとはっ!」
「はい、それこそがこの死蔵案件なのです」
「ということは、もしやっ?」
「死蔵案件は、Eランク案件の何倍ものポイントが付与されます。ですから、月に1~2本受けるだけでノルマが達成されるのです」
「それは凄い! ……でも、そんな魅力的な案件、初心者マークの拙者には受けられないのでしょう?」
「ご安心ください。こんなこともあろうかと、死蔵案件はどのランクの方でも受託できるよう配慮しております」
「ありがてぇっ、ありがてぇっ」
「…………」
よかったよかった。
これで冒険者を続けられそうだ。
何だかテレビでよく見る通販みたいな会話の流れに似ていたけど、とにかく助かった。
ああっ、目の前の受付嬢が女神に見える。
彼女のよく通る声には力強さがあり、遵守すると不思議な安心感に包まれる。
本物の女神様のように、俺を楽天地へと導いてくれるだろう。
「今すぐに始められる案件がございます。順調に行えば日中に終わる内容ですので、この時を逃すと他の冒険者が受けてしまうかもしれません。クロスケ様は、いかがなさいますか?」
「むろん、その案件は拙者のものでござる!」
「――――かしこまりました。それではこの依頼書をお持ちになって指定の場所へ向かってください。後はこちらで処置しておきますので」
「何から何まで、かたじけないでござる」
ありがたすぎて、思わず手を合わせて拝んでしまう。
ドーモ、受付嬢=サン、クロスケです。
「……ん?」
今更ながら、周囲の若造どもから注目されている気がする。
俺が綺麗なお姉さんに贔屓されているから羨ましいのだろう。
やっぱ大事なのは、滲み出るような大人の魅力なんだよなー。
若さと足の長さが自慢の若造なんぞに、風俗で鍛えたおっさんのねちっこいテクニックが劣るわけないんだよなー。
「ではでは、受付嬢殿、ぱぱっと行ってちょちょいと気張ってくるでござるよ」
「はい、次の案件を選定してお待ちしております」
「なるべく手間のかからない案件をお願いするでござる」
「お任せください」
いやー、笑顔と困り顔が可愛いだけじゃなく、仕事が出来るお姉さんが受付嬢でラッキーだったなー。
死蔵案件なので難易度と報酬とが不釣り合いだが、俺は金に困っていないので、早く終わってポイントさえ高ければそれでいい。
時は金なりなので、むしろ儲けたまであるぞ、これ。
俺をおもんぱかり親身に接してくれた彼女のためにも頑張らねば。
よーし、さっさと終わらせて、いっぱいヨシヨシしてもらうぞー。
わんわん!