モンスター・フェスティバル 3/3
聞きたかったことは聞けたし、一応オチもついたし、男二人の会話はもう十分だろう。
思いのほか勉強になり、朧気ながらも魔族の本質を掴むヒントになった気がする。
俺の隣でヨダレ垂らして眠り続けているポンコツトリオが神その人だとは到底認められないが、高尚な意図のもと存在しているのは間違っていない気がする。
ヤベー奴らを崇めているヤベー団体だったが、有意義な情報をもらえたので良しとしよう。
「俺はここら辺の世俗に疎いから、勉強になったぞ。だから、礼をさせてくれ」
「とんでもないです。私はただ教義を説き、あわよくば勧誘したかっただけですので」
魔族崇拝教の教主がしれっと本音を暴露してくる。
やっぱり勧誘だったのかよ。
「そうだとしても、有益な情報は有料であるべきだ。俺は貸しを作るのは好きだが、作られるのは苦手なんだ」
「……では、お言葉に甘えましょう。もし不都合が無ければの話ですが、そちらのお三方を私どもに預けていただけないでしょうか?」
白髪の老人は、熟睡中の魔人娘に視線を向けて、そう言った。
心なしか、その眼差しはとても優しいように感じる。
まるで、年に一度しか会えない孫を見る祖父のような……。
「ふむ、さすがに突拍子も無い話に思えるが?」
「これは失礼。ですが魔王様は、ずいぶんと子守りに苦労されているように見受けられたものですから」
「それは否定しないが、縁もゆかりも無い子供を三人も引き取ってどうするつもりだ?」
「外見が魔人様に似ているだけで、魔族崇拝教では重宝されましょう。ご本人も魔族に対して悪い印象をお持ちでないようですから」
意外な要求に真意を測ろうと尋ねてみても、今ひとつ要領を得ない。
俺のネグレクトを心配しているのか、ただ単に教団のアイドルとして確保しておきたいのか。
それとも――――。
「俺にとっても厄介者を処分できてありがたいが、止めておこう。雑に扱って監禁するのならいいが、あんたらに預けると余計に増長しそうで怖い」
「それは残念です。ならばせめて、次回の祭りにも参加していただけると嬉しいのですが?」
やけにあっさりと引き下がった教主は、次の要望を出してきた。
難しい要望を出した後に簡単なものへと切り替えるテクニック。
そして、先に情報を与えたことも含めた一連の交渉法は、ドア・イン・ザ・フェイスと呼ばれる営業用語である。
汚いなさすが教主きたない!
自然崇拝教から食事会に誘われた時も同じパターンに陥ったことを今更思い出したが、まさに後の祭り。
目の前の相手が白髪の老人だけに、「まるで成長していない」と言われた気がする。
「……まあ、昨日の祭りでは楽しませてもらったし、断る理由は無いのだが、先のことだから確約はできないぞ?」
「もちろん、都合が良い場合で結構ですから」
「それだったら、善処しよう」
「楽しみにお待ちしております」
魔王様プレイは面白かったから、また参加するのも悪くない。
だけど、そんな未来について約束したくない。
魔族崇拝教が提唱する説が本当なら、いつなんどき本物の魔王様からアプローチされるかもしれないし。
普通に忘れてブッチしてしまう恐れもあるからな。
「しかしそれだと礼にはならない。……よし、ならばこれでどうだ?」
借りは即日確実に返しておきたい。
相手の要望を聞いてばかりでは主導権を奪えないので、こちらから提案して押しつけてしまう。
そう思い立った俺は、懐からスケッチブックと色鉛筆を取り出し、さらさらっと描き上げた。
「おおっ、この水色の長い髪が見目麗しい女性は、もしやっ」
「誰も辿り着けない極寒地帯で一人寂しく真面目に門番している氷の魔人だ。得意技は氷の微笑とダイヤモンドダスト。好きな食べ物は温かい料理。彼女の肖像画は見当たらないから、ちょうどいいだろう」
「何よりのプレゼントですっ。これでまたご神体が増えました。本当にありがとうございますっ!」
「……自分で言うのも何だが、昨日会ったばかりのおっさんの法螺話を信じていいのか? その絵が本当に氷の魔人である証拠なんて無いんだぞ?」
「魔人様はみな独特の雰囲気を纏っています。この肖像画には、それが完璧に表現されている。疑いようもありません」
「そうか。だったら、これで貸し借りなしのチャラにしてくれ」
「勿体ないお言葉です」
良かった。無難に収まったぞ。
氷の魔人を無断で売った格好になるが、この世界には肖像権が無いから問題ない。
魔人のまとめ役のくせにマイナーな彼女もまさか、非公認のファンクラブの中で有名になっているとは思わないだろう。
ふむ、次回の祭りには、人化薬を飲ませた氷の魔人を騙して連れてくるのも面白そうだ。
自分の正体が知られているどころか、敵対する人類に崇め奉られているとは夢にも思わないはず。
氷の魔人だけにクールを気取っている彼女が、慌てふためき涙目になる様子をすっごく見たいでござる。
「それでは、この辺でお暇しよう。美味い茶を馳走になった」
「楽しい時間を過ごすことができました。またいつでもおいでください」
「…………」
魔族崇拝教の教主は、ソファーから立ち上がり、そう挨拶した後に一礼してきた。
丁重で友好的な相手だから偶に顔を見せる程度なら支障ないが、深入りするのは不味い気がする。
俺は返事せず、曖昧な笑顔のまま惰眠を貪るポンコツトリオを担ぎ上げ、そそくさと逃げるように立ち去るのであった。
◇ ◇ ◇
「ずいぶんと盛り上がっていたようですね」
中年男が熟睡している少女達を雑に抱えて帰った直後。
入れ替わりで、追加の茶を持ってきた老婆が入室してきた。
「……うん。こんなにも刺激的な時間を過ごしたのは、僕の長い人生の中でも二度目だよ」
魔族崇拝教の教主であり、開祖でもある男は、隣のソファに座った老婆――――最愛の妻に笑いかける。
二人にとって、こうして一緒に茶を楽しむ時間が最も幸福であった。
「あの三人の少女は、そんなにも魔人様に似ていたのですか?」
「似ているなんてものじゃないよ」
「でも、実際に拝見したのは、私達が結婚する前の、ずっと昔の話でしょう?」
「うん。だから僕の記憶も薄れていたのだけど、彼女達の顔を見て一気に蘇ったよ」
年老いてなお美しい妻の手を握りしめながら、男は自身の信仰心が正反対に引っ繰り返ったあの日の出来事を思い出していた。
男もまた、魔族がドロップするアイテムの恩恵を受けた一人であった。
隣に座り、並んで茶を飲んでいる妻こそが、その対象者。
60年以上も昔、大病を患った彼女を救うため、上位の魔物ばかりが棲まう「死の森」に単身で飛び込んだのが全ての始まり。
レベル20にも満たない男が倒せる魔物など一体もおらず。
使命感と焦燥感ばかりが空回り。
必死に応戦しつつも、森の奥へと追い詰められていき。
そこで、出遭ってしまった。
森の主である「木の魔人」と、遊びに来ていた「炎の魔人」と「闇の魔人」の三体に。
死そのものと対面した男は、最愛の女性を救う崇高な使命さえも吹き飛び、本能的に逃げ出した。
そんな弱者に対し、三体の魔人はその場から動かぬまま、攻撃魔法を放ってきた。
さながら、鬱陶しい害虫を追い払うが如く。
男の幸運は、即死級の魔法が当たらなかったことばかりではない。
流れ弾が徘徊していた魔物に直撃したこと。
そして、その魔物が落としたアイテムが、探し求めていた回復薬であったこと。
男は、感謝した。
必死に逃げ回りながら。
恐怖で涙と鼻水を流しながら。
それでも、魔族の存在に感謝した。
どうにか逃げ果せた後、元気を取り戻した最愛の女性を見て、感謝は崇拝へと変わったのである。
どれほど評判が良かろうとも、姿を見せようとせず、試練さえ与えてくれない、本物の神。
どれほど無慈悲であろうとも、試練を与え、乗り越えた暁には対価を渡す、作り物の悪魔。
はたして、どちらが崇める対象に相応しいだろうか――――。
「……そう、似ているなんてものじゃない。あの三人の少女は、僕らの恩人である魔人様そのものだったよ」
魔族崇拝教を設立した男は、まず最初に、木の魔人と炎の魔人と闇の魔人の肖像画を作ることにした。
しかし、一瞥しただけで逃げ出したため、記憶がおぼつかず、あまり似ていない姿になっていた。
それなのに、今回の祭りに途中参加した中年男の連れ子を見て、あの瞬間の記憶が鮮烈に蘇ったのだ。
だからこそ教主は、魔人と同じ姿の少女達に慕われる中年男に親近感を抱き、自宅に招いたのである。
「でしたら、肖像画を描き直さないといけませんね」
「……いいや、絵はそのままにしておこう」
妻が口にした至極真っ当な提案を、教主は否定する。
少し前まで向かい側のソファで寝ていた三人の少女は、本物の魔人そのものであった。
見た目だけでなく、あの時に感じた雰囲気さえも……。
もしかしたら本当に、彼女達は魔人その人なのかもしれない。
だとしたら、くすんだ緑色の髪と服の中年男は、魔族の頂点に立つ魔王その人になるだろう。
緑髪の中年男は言っていた。
強すぎて退屈な魔王は、互角に戦えるライバルを求めている、と。
そう、魔王と魔人の一行は、強者を探して人の世を歩き回っているのだ。
――――ああ、魔族を崇める信者にとって、なんと心躍る話であろうか。
魔人の完璧な似顔絵が知れ渡ってしまうと、お忍びで旅する彼らの妨げになってしまう。
機嫌を損ねて魔族の世界へ帰られては、ご尊顔を拝する機会を失ってしまう。
恩を仇で返すことだけは、絶対にやってはいけない。
「大切なのは感謝する心だよ。それを忘れなければ姿形はどうでもいいんだよ」
「はい」
「それよりも、魔王様と魔人様は祭りがお好きのようだから、次回はもっともっと盛大にしよう」
「まあっ、それは素敵な考えですねっ」
「うん。そうすればまた参加してくれるはずだよ」
「今から楽しみですね」
魔族崇拝教の教主とその妻は、そんなことを企みながら微笑み合うのであった。
こうして、魔族に感謝を捧げる祭りは、お忍びで人里に降りてきた本物の魔王様一行を歓待する世界有数の大祭に発展していくのだが――――。
知らぬは亭主ばかりなり。