モンスター・フェスティバル 1/3
世界には、奇祭と呼ばれる風変わりな祭りが存在する。
地域特有の習慣や、特異な体験が関連する場合も多いが、祭事を行う当人には奇抜さを主張するつもりなど微塵もない。
真剣に感謝や祈りを捧げ、ソレを崇めているのだ。
たとえ、外部からどう見えようとも。
その地でもまた、奇祭の名に相応しい祭りが開催されていた。
奇祭の中でも特に変わり種で、民が善良であるほど理解できないその祭りは「モンスター・フェスティバル」と呼ばれていた。
「ぬふふふふっ、魔人ちゃんの可愛らしさが余すところなく表現された絵画は傑作ですぞ」
「ぬかせぬかせ、拙者が魂を込めて作り上げた魔人たん人形に敵うものなどありませんな」
「なんのなんの、細部まで完璧に再現したわたしの魔人様コスプレこそが最強なのですわ」
その祭りは、簡単に言ってしまえば、魔族でありながらも人とよく似た姿をしている魔人を主題にした二次創作の集まりであった。
参加者は優に千を超え、女性も少なくない。
ある者は、大きなキャンバスに魔人の姿を描き出し。
ある者は、6分の1スケールの人形を創り出し。
ある者は、自作した衣装を着てポーズを決めたり……。
表現の方法は自由で多彩。
ただし、共通点が一つだけある。
それは、魔人を愛する熱い心。
「いやぁ、今年も大盛り上がりですなぁ」
「年々と同志が増えるにつれ、供物も多彩になっていきますなぁ」
「我々の祭りを見たら、本物の魔人様もさぞかし喜んでくださるでしょうなぁ」
魔族の幹部であり人類と隔絶した力を持つ魔人が人里に姿を現すことはない。
高ランクの魔物が集うスポットや魔王が住まう城の近くに配置され、門番のようにそこから動かない。
突撃した命知らずは圧倒的な実力差の前に一蹴されるのが関の山。
それでも、魔人を愛して止まない彼らは、実際に対面し運良く生き延びた者から入念に聞き出し、時には自らが特攻して直接見ることで、不可侵領域に咲く可憐で危険な花の姿をある程度記録していた。
僅かな情報を頼りに、世間一般から批難されながらも、ここまで祭りを発展させてきたのだ。
その執念は言うに及ばず、自分こそが最も敬愛な信者であると誰しもが自負している。
「「「――――っ!?」」」
しかし、今年の祭りはひと味違った。
そんな彼らを驚愕させるゲストが登場したのだ。
熱心な信者達を驚かせた相手は、くすんだ緑色の髪と服の中年男。
誰もが初めて見る顔で、今回の祭りが初参加らしい。
「……おや?」
囲まれるように一定の距離を保ったまま注目されている中年男は、訳が分からず首を傾げている。
どうして自分が――――いや、自分達が視線を向けられているのか理解できない様子。
「たくさんのヒトから見られてるっすね、マスター?」
「邪魔だから燃やした方がいいんじゃないの?」
「……マスターは、人気者です」
モンスター・フェスティバルの参加者が驚くのも無理もない。
何故なら、その男は、魔人に似た少女を三人も同伴させていたのだから。
◇ ◇ ◇
「……何だか、すっごい悪寒がするのだが」
かつてないほど気味が悪い視線と予感に怖気が走る。
偶々立ち寄った街で祭りをやっていると聞き足を伸ばしただけなのに、何故こんなに注目されるのだろうか。
俺のお洒落な作業着にようやく時代が追いついてきたのだろうか。
「す、すごいでおじゃる! まさに圧倒的なクオリティでおじゃる!!」
聞き耳を立ててみると、オタクっぽい喋り方で噂されているようだ。
翻訳アイテムを使っているのにそう聞こえるのは、祭りというよりコミケの集まりのようだと俺が感じているせいだろう。
異世界に来てまでこの独特な喋り方を聞くとは思わなかった。
いや、日本に住んでいた頃も実際には聞いたことないけどさ。
観客の視線は、やや下向き。
具体的には、俺のズボンを掴みながら周囲を威嚇しているポンコツトリオに向けられている。
俺の作業着に釣り合うよう仕立てた緑と赤と黒色のゴスロリ服が目立っているわけではなさそうだ。
「あれほど魔人に似ている娘を探し出すとは、恐れ入るでおじゃる」
「しかも、三人も揃えるとは、称賛すべき執念ですぞ」
「しかもしかも、魔人界のロリ三人衆と名高い木の魔人と炎の魔人と闇の魔人をコンプリートするとは、レベル高けーなオイ」
確かに俺のレベルは高いのだが、そういった意味ではないらしい。
会話の内容や周りの衣装を見て、ようやく事情が掴めてきた。
……本当は会場に足を踏み入れた瞬間から薄々感じていたのだが、あまりにも現実離れしていたの脳が理解しようとしなかったのだ。
このままずっと現実逃避していたいが、それで状況は改善されない。
そう、とても信じられないが、この祭りは人類の天敵であるはずの魔人娘を崇めているらしい。
正気か、こいつら。
「彼の本当のすごさは、あれだけ魔人に似た娘を集めておいて、衣装は揃えていないところでおじゃる」
「なるほどなるほど、中身で勝負できるから、あえてコスプレさせる必要がないのですな」
「人の服に身を収めておきながらも、あの存在感。まじでレベル高けーなオイ」
「まるで本物の魔人様が変装して、お忍びで下界に降りてきたかのようだ」
「ですが、仕掛け人である彼自身は何も工面していないように見えるが?」
「あれではせっかくのクオリティが台無しでおじゃる」
「自身はモブに徹することで愛娘を主役に引き立てているのではないですかな?」
「い、いやっ、あれはもしかして、麗しき魔人を侍らせる豪放な魔王様を表現しているのではっ!?」
「なるほどっ、それでこその自然体! 飾り気を必要としない姿が逆に神々しく感じるぞっ!」
「まさにこの世界の覇者に恥じぬお姿でおじゃる!」
「彼こそが魔王様の名を冠するに相応しい!」
「魔王様のなりきりプレイ、最高にレベル高けーなオイ!」
「魔王様! 魔王様! 魔王様!」
未知のモノに対する恐怖で状況を窺っていたら、どんどん誤解がエスカレートしていく。
最終的に俺は、魔王様に憧れて魔人に似た少女を集め悦に入る変態レベルが高い中年男、だと認識されたようだ。
拝啓、本物の魔王様。
こんな人類、さっさと滅ぼしちゃってください。
「…………」
しかしこの状況、どう対応するべきだろうか。
逃げ出すのは簡単だが、それだと余計に誤解され、本物の魔王様が魔人娘を連れ回して全国各地を旅しているなんて悪評が立ちそうだ。
いやまあ確かに、魔人娘は本物だけどさ。
やっぱりこいつらは疫病神だ。
「あの、お話ししてもよろしいでしょうか?」
「魔王様っ、脆弱な人類に慈悲をお与えくださいっ」
「是非とも献上品をお納めください、魔人様!」
対策を練っているうちに、相手方が動き出した。
俺の周りには、魔人のコスプレをしているらしい露出の多い女性が。
ポンコツトリオの周りには、鼻息の荒い男連中が集まりだしたのだ。
どうやら祭りは、アイドルとファンが直接交流する第二段階へ移行したらしい。
「――――愚かな人類どもよ。闇の眷属を統べる暴虐で無慈悲な夜の魔王である俺様に何を望む?」
乗ったね。
全力で乗っかったね。
俺が連れてきたポンコツトリオは紛う事なき本物だが、人化薬で人に化けているから鑑定されても正体がバレることはない。
だから、あえてコスプレ祭りに参加すれば、ちょっと姿が似ているだけの同類だと思われて、ここ以外で噂されることもないはず。
それに、せっかくお祭りに来たのに手ぶらで帰るのは負けた気がするし。
何よりも、露出が多い服を着た若い娘さんにチヤホヤされるのは悪くない。
彼女達も魔人娘になりきっているらしく、俺を本物の魔王様に見立ててラブラブ光線を送ってくる。
お金の上に成り立つ風俗とはまた違った楽しみ方ができそうだ。
偽物だけど、キャバクラよりは本物寄りで、本物の恋愛ではないのに、金では買えない一時の火遊び。
ポンコツトリオを押し付けられてから今まで迷惑ばかり被ってきたので、偶には役得があってもいいよなっ。
よーし、本日の俺は一日魔王様だぜ!!
「魔王様っ、その尊大さが素敵ですっ」
「一刻も早く脆弱な人類を屈服させ世界の覇者として君臨してくださいませっ」
「ああっ魔王さまっ、人に後れを取ってしまった愚かなわたくしめに罰をお与えくださいっ」
俺の勝手なイメージで創り出した尊大な魔王様像がウケている。
魔人コスしている女性陣はマゾ属性ばかりらしい。
本物の魔人娘も、威張っているくせに隠れマゾっぽいので完璧なリスペクトといえよう。
三馬鹿や氷の魔人には何かこう違和感を覚えて反応しないのだが、いま目の前にいるのはコスプレしただけの普通の女の子。
露出が激しい服で密着されると堪りませんなぁ。
よーし、全員まとめて俺の自慢の魔王様で天国へ導いちゃうぞ!
「キイコの正体が木の魔人だと見破るとは、ヒトにしては中々やるっすね!」
「炎の魔人であるエンコに服従するのなら、苦しまず一瞬で燃やしてあげるわよ!」
「……アンコは、本物の闇の魔人です!」
「おおっ、この美少女達は見た目だけでなく演技も素晴らしいでおじゃるっ」
「小生意気な口調とポーズがそそりますなぁ」
「しかりしかり、しかも声までイメージとピッタリですぞ」
「こんな小さい子にまでなりきりプレイを仕込むとは、やっぱりレベル高けーなオイ」
ポンコツトリオの方も、人類を馬鹿にするお家芸がウケているらしく、男連中が騒いでいる。
お巡りさん、ここにロリコンがいっぱいいますよ。
一応弁明しておきますけど、俺は違いますよ。
まあ、いいさ。
いつもは正体を隠すのに苦労しているが、今日はどんどん自分を晒していいぞ。
それがお祭りだからな!
「ふははははっ、愚かな人類に鉄槌を下す前祝いである! 飲め!食え!脱げ!! 今日は無礼講だぁ!!!」
「「「おおーーーっ!!!」」」
調子に乗った俺が適当に煽ると、全員が乗ってきた。
まるで会場全体が叫んでいるかのような雄叫びが響く。
こんな奇抜な集まりに参加するだけあって、みんなお祭り好きなのだ。
日本で普通にリーマンしていた頃は、特段お祭りが好きというわけではなかった。
……いや、手をこまねいていたという方が正しいだろう。
遊び方を知らないぼっちなおっさんは自分をさらけ出すのが苦手だから、陽キャラが多い祭りとは相性が悪い。
一歩引いたところから見て、分かっている風な顔をして、混ざることに躊躇ってしまう。
周囲の楽しみを享受して自分の楽しみに変換できない独り身に慣れきった者の末路。
だけど、こうして一歩を踏み出すだけで簡単に吹っ切れて、全てが違って見える。
自分が主役だからかもしれないが、相手の行動だけでなく自分の行動も気にせずに没頭できる。
理性が先行する年齢なのに、恥ずかしさなんて感じない。
今日、俺はついに陰キャラを卒業したのだ。
子供部屋おじさんから、自動車メーカーがターゲットにするようなちょいワルオヤジへとランクアップしたのだ。
おらっ、どんどん酒もってこいや!