割とどうでもいい深刻な問題 4/4
「ふう……。とりあえずは、予定どおりに事が進んだな」
一仕事終えた俺は、孤児院に構える自室のソファに腰掛け、安堵の溜息を吐いた。
レベルで強化された肉体は何日も寝ずに活動可能だが、長時間連続して働くと反射的にげんなりしてしまう。
寿命の短い人族である自分が、限られた時間を削ってまで無駄な作業を行ってしまったという、後悔の念に苛まれる。
気晴らしに夜の街へと繰り出してキャバクラをはしごしたい。
「最初の実験としては、これで十分だろう」
サンプル数は少ないが、細工は流々仕上げを御覧じろ、ってところ。
「ふふっ、後は経過を観察して、良好なら拡大。もしも変化が無ければ、魔物をけしかけるだけ、ですね」
俺の横に腰掛けたフィーが、嬉しそうに言った。
まだ実験は始まったばかりなのに、失敗しても他の方法を模索すればいいのに、彼女は魔物特攻作戦を実行したくて仕方ないらしい。
エルフ族を救うというのは建前で、実は弱体化させて支配するのが真の目的ではないかと疑うほど乗り気だ。
それだけ怠惰な同族に腹を立てているのだろう。
キリスト教では七つの大罪に数えられるほどの極悪だからな。
「とにかく、場当たり的な突貫工事だったが、上手くいって良かったぞ」
「そうは言っても、きっとあなた様以外には誰も真似できない所業ですよ?」
「別に謙遜などしていない。今回は本当に裏方ばかりだ。なにせ俺の役回りは、役者を集めて運んで返しただけ、だからな」
「ふふっ、そのようにまとめてしまうと、本当にそう思えてしまうから不思議ですよ」
本当も何も実際に裏から手伝っただけなので不思議ではない。
「怠惰なエルフ族を矯正する」というミッションにあたり、俺が選んだ解決策は「怠惰を相殺させる」こと、だった。
「怠惰」の対語として思いつくのは、「勤勉」「活発」「能動的」などなど。
これら対語の根源となる心の動きは、どこから来るのか。
それは、「興味」を抱くこと。
すなわち、「好奇心」である。
この単語に辿り着いたとき、俺の脳裏に一つの方策が浮かんだ。
――――あの無駄に元気なソマリお嬢様の「好奇心スキル」を拝借して、怠惰なエルフどもに植え付ければいいんじゃね?
荒唐無稽な考えだが、ここは摩訶不思議がまかり通る異世界。
試す価値はあるように思えたのだ。
方針が定まれば、後は早かった。
課題は、たったの三つ。
一つめの課題は、スキルのコピーが可能か。
これについては、冒険者三人娘のスキルを使って、先に行った実験で証明されているので問題なし。
というか、コピー能力ありきの方策である。
「そういえば、ジィーとミーはもう帰ったんだよな」
「二人は疲れたらしいので、自分の家に帰りましたよ」
「だったら、フィーも疲れているんじゃないのか?」
「わたくしはまだ大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
俺も疲れているので一人になって休みたいから帰ってくれないかなー、と暗に言ったつもりだが、あっさり流された。
きっと、言葉の裏を分かっていてそうしたのだろう。
まだ話したいことがある、ってことだ。
「ジィーとミーが協力的で助かったな」
「わたくしの事情を汲んでくれたのでしょうが、それ以上にあなた様が提示した報酬が効いたのでしょう」
「ジィーは攻撃力を上げるソードタイプのアイテムとカレー1年分。ミーは素早さを上げるブーツタイプのアイテムと生魚1年分。どちらかというと、武具よりも食事の方を喜んでいた気がするぞ」
「食欲は生きる源。あの二人はエルフ族が失ってしまったものを全て持っているのでしょうね」
いい話でまとめたようだが、ただの食いしん坊だと思う。
それが彼女達の魅力であるのは否定しないけど。
「ところで、好奇心スキルを提供してくれたお嬢さんには報酬を出さなくてよかったのですか?」
「全部夢オチで片付ける予定だから、報酬なんて出したら矛盾して困るじゃないか。主に俺が」
「あの子には、わたくし以上に冷たく当たるのですね。とても羨ましいです」
「……そんなんじゃない。というか、冷たくされて喜ぶのはどうかと思うぞ」
俺はS寄りだからMと相性が良いはずだが、そんな熟年夫婦みたいなプレイはお断りだ。
特にソマリお嬢様と夫婦だなんて、黒歴史が思い出されて鳥肌が出てしまう。
そう、二つめ課題は、好奇心スキルの持ち主であるお嬢様の協力を仰ぐこと。
ぶっちゃけ、これは簡単だった。
彼女の護衛役である某メイドさんに甘い賄賂を渡して見ない振りをしてもらい、夜中に忍び込んで拉致するだけで済んだ。
護衛失格な気がするが、某メイドさんは本気の俺を止められないと知っているから、こういう格好で妥協してくれたのだろう。
面倒くさがりな俺に、就寝中の少女を強奪して危害を加える趣味は無いと信頼されているのかもしれない。
嫌な信頼もあったものだ。
スキルをコピーしている最中、相手の同意は必要ないし、意識がある必要もない。
さすがはお嬢様というべきか、途中目を覚ましたのだが、手と足を拘束され、目と耳を閉ざされた少女に抵抗する術などありはしない。
小生意気な少女が拘束され恐怖に怯える様には、個人的な満足を覚えた。
愉快や愉快。
憂さ晴らしに偶に拉致して恐怖体験を刻み込むのも面白そうだ。
そうすれば、あの無駄に元気なお嬢様も少しは大人しくなるかもしれない。
お嬢様が再び目を覚ました時には、いつものベッドの中。
無駄に聡い彼女は俺の仕業を疑うだろうが、証拠は無いのだから知らんぷりしておけばいい。
奇妙な言動が多い問題児だから、いつもの発作だろうと勝手に周囲が納得してくれる。
かくして狼少年ならぬ狼お嬢様は、ますます友達を無くしてしまうとさ。
うん、何も問題無いな!
「あの好奇心旺盛なお嬢様については気にしなくていい。あんな変態スキルの持ち主だから、不思議な体験ができたって逆に喜んでいるだろうさ」
「ふふっ、分かっております。あの子に関しては詳しく聞くつもりはありませんよ」
「…………」
こえー、老獪エルフさんまじこえー。
フィーには俺のプライベートな情報を極力与えたくないので、本当はソマリお嬢様と引き合わせたくなかったのだが、今回ばかりは仕方あるまい。
一応お嬢様には隠蔽アイテムを勝手に装着させ、ステイタス情報は隠していたから鑑定されても素性まではバレないはず。
まあ、最悪バレても特に困ったりはしないのだが。
何というか、弱みじゃないはずなのに弱みを握られた感じがして居心地が悪い。
「他はともかく、エルフ族には事情を話してもよかったんじゃないか?」
三つめの課題は、好奇心スキルを植え付ける相手であるエルフ族の了承を得ること。
これには、けっこう手こずると思っていた。
種族の特性とはいえ、好き好んで怠惰な生活を送っている彼らが、効く保証のない変な薬を受け入れるとは思えなかったからだ。
彼らにとっては、実際のところ余計なお世話であろう。
「素直に話しても戸惑うだけですから、時間の無駄です。全ては自業自得。自身が許容してしまった悪行の報いですよ」
笑う場面でもないのに、笑顔で答えるフィー。
彼女は、三つめの課題にして最大の問題をあっさり解決した。
そう、あっさりと、強制的に。
鳴かぬなら殺してしまえホトトギス、ってヤツだ。
いやまあ、実際に殺したわけじゃないけど。
実際に行った方法は、こんな感じ。
お面を被って強盗に扮した俺とフィーが、奇声を上げながらとあるエルフ族の家を襲撃。
深夜の眠りから叩き起こされた彼らは、必死の抵抗を試みるも、あっさりと叩きのめされて気絶。
その後はソマリお嬢様と同じで、転移アイテムで移動させ、ジィーとミーに協力してもらって好奇心スキルを植え付け、返却。
お嬢様と違うのは、自宅に戻した後も証拠を隠滅せず、気絶した状態で床に転がして放置したところ。
事前説明はもちろんのこと、事後のフォローさえ一切なし。
エルフ族の視点で見た場合、突然襲われ、意識を取り戻したらヘンテコなスキルが発生していた、という結果になる。
世にも奇妙な怪事件。
記念すべき最初の犠牲者に選ばれたエルフ族は、フィーの父親と母親である。
ちなみに、フィーの家族はこの二人だけ、らしい。
……だとすれば、最初に出会ったときに渡した薬アイテムは、そのどちらかに使われたはずだが。
うん、きっと複雑な家庭なのだろう。
「この際、内緒にするのはいいが、強襲して力尽くで気絶させなくてもよかったはずだよな?」
いやね、確かにね、俺がお嬢様にやった行動と似通っているのは認めるよ。
でもね、いくら強制的とはいえ、強盗の真似事までして実際に殴って気絶させる必要なんて一切無いからね。
お嬢様と同じように、寝ている時に拉致って拘束するだけで済む話だからね。
人類の天敵と恐れられる魔族から暴君と呼ばれている俺でもガチで引くほどの悪逆非道ですよ。
「好奇心スキルの植え付けと一緒に、せっかくなのであなた様からご教授頂いた命の危険で本能を取り戻す方法も試してみたかったのですよ」
やめて。全部俺が元凶みたいな言い方やめて。
「あなた様が気に病む必要はありません。長年、病魔に屈してきたエルフ族の目を覚ますには劇薬が必要。これが本当のいい薬ですよ」
うるせえよ! ボケるのは俺の役割だぞ!
「……まあ、いい。依頼主はあんたで、被害者もあんたの身内だから、家族の問題ってことで口出ししないでおこう」
「正直な話、何もしようとしない両親に腹が立っていたので、つい感情的になってしまったのは否めません。わたくしの両親で効果が確認されたら、他の同族にはスキルの植え付けだけで済ますつもりですよ」
「ノリノリで強盗を演じているかと思ったら、私怨も混じっていたのかよ……。詳しく聞こうとは思わないが、複雑な家庭なんだな」
「全てはエルフ族の明るい未来のため。そして、家族故の愛、ですよ?」
最後が疑問形でなければ、それなりに格好がついたのになー。
「それで、他のエルフ族に好奇心スキルを植え付けるのは、いつにするんだ?」
「こちらから頼んでおいてどうかと思いますが、あまり急ぐ必要はないでしょう。良くも悪くも、エルフ族は長寿ですから」
「それもそうか……。だが、フィーの両親に施した実験の成果はどう確認する? そもそも、何を以て成功だと判断できるんだ?」
「事件の前後を比較して、言動の違いで判断するつもりです。最も確実で明瞭な成果は、やはり出来てしまうこと、でしょう」
「できる? 何が?」
「もちろん、子供が、ですよ」
「…………」
「わたくしの弟、もしかして妹かもしれませんが、両親に二人目の子供が宿れば、それは大成功と判断して間違いないでしょう」
「そういえば、種族存続の危機は出産率の低さ故に、と聞かされた気がする」
「はい。実験の成果とは、わたくしの両親にとって二百年ぶりの赤子なのですよ」
エルフ族の寿命は人族の十倍とはいえ、随分と年の離れた姉弟になりそうだ。
にこにこと笑う彼女を見ると、本当に心の底からそうなることを望んでいると感じる。
生々しい話だが、種族の存続にはそれが一番だからな。
だけど、少し、引っかかりを感じた。
彼女にとって、それは悲願であり、本音に違いないが、また別の目的もあるような――。
「弟が産まれれば、わたくしはエルフ族の長を継ぐ立場から解放されます。集落に連れ戻されることなく、このまま外の世界に居続けることができるのですよ」
「……なるほど、それも目的の一つ、か」
俺が疑問を覚えたことに気づいたのか、フィーはあっさりとぶちまけた。
ずっと笑顔のままの彼女に悪びれた様子は無い。
「一応聞いておくが、後継者作りが本命で、エルフ族の存続を憂いていたのはオマケ、ってわけじゃないよな?」
「種族の未来を第一に考えているのは、間違いありません。そもそも、エルフ族が健全であったら、後継問題など発生していないでしょう」
「それはそうだろうが……。まあ、いいか。俺も跡取りとして田舎の実家に籠もれと命令されたら逃げ出すだろうしな」
「あなた様は自身の役目に殉ずるような気もしますが?」
「それも買い被りだな。俺のチャームポイントは天邪鬼なところなんだぞ」
「ええ、本当にそう思いますよ」
うーむ、話が通じない相手にはイライラするが、話が通り過ぎる相手も考えものである。
「やっぱり、女って生き物は怖いよな。どんな思考の上に成り立っているのか、さっぱり分からん」
「それはお互い様でしょう。わたくしにも男性の考えは、よく分かりませんから」
「男って生き物は、スケベで単純馬鹿だから分かりやすいと思うが?」
「そんなことはありません。現に、あなた様の思惑はさっぱり読めませんよ」
「思惑? 俺はただ、フィーから提示された対価を魅力的だと思ったから、協力しただけだが?」
「いいえ、あなた様がその気になれば、他者の手など借りず全て収めてしまうでしょう」
「…………」
「人が生きていくためには、対価も打算も義理も必要でしょう。ですが、それ以前に心を揺り動かす何かが無ければ、人は動けません」
ほら、な? 女は怖いだろう?
「ご安心ください。これ以上は深入りしませんよ。この度のお願いと引き換えに、わたくしの全てはあなた様に捧げたのですから」
「……誤解されそうな言い方は、やめてくれ」
本当に感謝していて恩返しするつもりがあるのなら、繊細な俺を追い詰めるような発言は控えてほしい。
ほんといい性格しているよ。俺と同じように、な。
寿命の長さだけでなく性格的にも俺の後継者として、やはり彼女は最適なのかもしれない。
「それでは、わたくしはこの辺で失礼します。男女二人がいつまでも個室に籠もっていると誤解されるでしょうから」
「そうしてくれ。我が孤児院は健全な教育をモットーにしているからな」
「ふふっ、性教育が必要な際には是非ともお呼びくださいね?」
「うちの子は嫁にやらんから不要だ」
最後まで軽口を叩きながら、エルフ娘は退室していった。
一人残された俺は、異様な疲れを感じ、ソファの上に体を倒した。
「やっぱり、男は女に勝てないんだろうなぁ」
フィーの裏の目的を暴いていい気になっていたら、最後にまたやり返されてしまった。
女が特別なのか、彼女が特殊なのか。
その両方だとしたら、とても太刀打ちできない。
「怠惰、か……」
今回の騒動の元になった単語を口にする。
怠惰、とは。
悪く言えば、なまけていて、だらしないこと。
キリスト教において七つの大罪に指定されるほどの、罪深さ。
だけど、良く言えば、それは「余裕」ではなかろうか。
俺が欲してやまない余裕と同じものだとしたら――――。
「怠惰とは、本当に、悪、だろうか?」
エルフ族が存亡の危機に立たされている理由を聞いたとき。
それが、恵まれた環境故に、と聞いたとき。
俺の心の内に湧き出た感情は、呆れ、ともう一つ。
羨ましさ、だった。
エルフ族は、何もする必要がないから、何もしない。
何でもできるのに。自由なのに。
だからこそ、何もしない。
それは、もしかしたら、余裕の究極形態かもしれない。
そう思った俺は、羨ましく感じた。
俺がまだ手にしていない余裕を、彼らは謳歌しているのだ。
だから、壊してやろうと思った。
羨ましさで、やっかみで、八つ当たりで、余裕を奪ってやろうと思った。
たとえ奪っても、自分のモノにはならないと分かっているのに。
「俺の余裕も、まだまだ、だな」
俺のそんな心の狭さを、フィーは見破っていたのだろう。
だからこそ、エルフ族の後継者問題を自白し、同じ穴の狢であることを示し、ささくれた俺の心を和らげようとしてくれたのだろう。
「……いや、そこまでは、考えすぎか」
あの老獪なエルフにそんな優しさがあるとは思いたくない。
優しさを自覚したら、絡め取られて、離れられなくなってしまう。
もし本当に、そこまで計算ずくなら、どのみち敵う相手ではないだろう。
「今回のオチは、自分の後継者問題を解決するつもりが、他人の後継者問題を解決していたってところか。結局は、まんまと乗せられたわけだな」
企業の寿命は30年と言われるように、二代目への引き継ぎは難しい。
俺が立ち上げた事業もどきは、暴力と札束で殴って作り上げたようなハリボテなので、特に難しいだろう。
そんな面倒くさい事案を任せられるのは、経験豊富なやり手のババアに限る。
……たとえ失敗しても、それはそれで仕方ないだろうし。
無責任だと思われるだろうが、全てを投げ捨てることができるのは、人に許された最後の権利だと思う。
自分の命を含めて、な。
「プラス思考プラス思考。何はともあれ、事業の引き継ぎはどうにかなりそうだし、暇になった後はどうするかを考えよう」
会社を辞める前には次の就職先を探しておくべきだが、特に決まった予定はない。
しばらくは本物のプー太郎らしく、ぼーっとするのもいいだろう。
焦らずとも心に余裕を持って日々を過ごしていれば、いずれ次にやりたいことも見つかるはず。
もしかしたら、無職な俺を見かねた誰かがスカウトに来るかもしれない。
「異世界に来てまでスカウト? ははっ、まさかな」
俺みたいなぐーたら中年男を欲しがる会社があるとは思えんが。
どんな理由でも、認められて悪い気はしない。
その際は前向きに検討するのも、悪くないだろう。
◆ ◆ ◆
―――― 半日後 ――――
「……ねえ、旅人さん?」
「何かご用かな、お嬢様?」
「…………ううん、やっぱり、いい」
「おやおや、俺に話したいことがありそうに見えるが?」
「だからっ、もういいって言っているでしょ!」
「そいつは静かで結構」
孤児院での野暮用を終え、オクサードの街に戻ってきた俺は、当然のようにソマリお嬢様と遭遇。
昨晩の拉致疑惑について追及してくるだろうと待ち構えていたところ。
しかしお嬢様は、もじもじするばかりで言い出せないご様子。
「………………」
「用が無いのなら、俺は部屋に戻らせてもらうぞ」
「あっ、ちょっと待ってよっ」
「なんだ、やっぱり用があるのか?」
「そっ、そうよっ、昨日の夜にっ……」
「んん? 夜がどうしたって?」
「…………やっぱり、何でもない」
「え? なんだって?」
「だからっ、何でもないって言っているでしょ!!」
「そいつは平和で良かった」
再び口を開きかけたお嬢様は、迷った末にもう一度口を閉ざした。
ものすごく聞きたいのに、どうしても聞けない理由があるらしい。
「へいへい、どうしたどうした若人よ。悩みがあるなら大人の俺がちゃんと聞くぞ?」
「なっ、悩みなんて無いわよっ!」
お嬢様が図星を指されたように、焦りまくりな声色で否定してくる。
口から生まれてきたような彼女が会話を拒否する様子は、新鮮で面白い。
隠蔽工作が、うまく嵌まったようである。
昨晩、お嬢様を拉致した際、証拠を隠しても俺が疑われるのは目に見えているので、あえて大きな証拠を残してきたのだ。
それは、おねしょの痕跡。
失神したお嬢様をベッドに戻した後、股間めがけてぶちまけてやった。
もちろん、黄色に染めたアンモニア水を。
その結果お嬢様は、拉致された記憶はあるけど、物理的な証拠がないので、夢である可能性を捨てきれず。
もしも夢であった場合、悪夢を見て失禁してしまった事実を自ら暴露することになりかねないので。
もごもごと口ごもっているのである。
ふはははははっ!
愉快や愉快!
どうやらお嬢様にもまだ、羞恥心の欠片が残っていたらしい。
彼女は領主襲撃事件の時にもお漏らし疑惑があるので、余計に触れたくないのだろう。
仮に犯人が明らかだとしても、加害者が訴えなければ事件にはならない。
これこそ本当の完全犯罪。
どんな名探偵でも解決できない。
まるっきり性犯罪者の思考だけどな!
「きょ、今日はもういいわっ。またねっ、旅人さんっ」
そう言ってお嬢様は、逃げるようにそそくさと帰っていった。
ダメージは大きいようだが、再会を宣言しているので、まだ心が折れていないようだ。
相変わらず無駄に図太い神経を持っているな。
くくくっ。
こうなったら、毎晩お嬢様の寝室に忍び込んでお漏らしさせ続けてやろうか。
「――――なん、だとっ!?」
そんなことを企みながら、何気なくお嬢様の後ろ姿を鑑定してみたら。
名前:ソマリ
スキル:好奇心7
「好奇心スキルのランクが、6から7に、上がっている、だとっ?」
昨晩、コピーする直前に確認した時は、ランク6だったはず。
その後、拉致されたことが切っ掛けになって上がったのだろうか?
だけど、レベルと同じでスキルランクも上位になるに連れ上がりにくくなるから、今更あの程度の刺激で上がるとは思えない。
だとしたら、別の要因があるわけで…………。
「もしかして、スキルのコピーが影響しているのかっ?」
コピー元であるお嬢様のスキルは、言うなれば元締め。
そこから増殖したスキルは、言うなれば出稼ぎ部隊。
遠方へ送り出された出稼ぎ部隊の稼ぐ経験値が、親元にも還元されているとしたら。
コピーすればするほど、お嬢様の好奇心スキルは成長することになる。
「どうするんだよ、これ」
好奇心スキルの出稼ぎ部隊は、成果がでれば今後もどんどん増殖される予定だ。
それは、お嬢様の好奇心スキルの成長を手助けしているのと同じわけで。
「……お嬢様を利用したつもりで、本当はこっちが利用されていたのか」
お嬢様が自主的にやったのではないが。
無意識だからこその恐ろしさを感じる。
「結局のところ、エルフ娘と同じオチになってしまったな」
6から7へとランクアップした好奇心スキル。
エルフ族の怠惰を喰らって威力を増す好奇心。
「怠惰」に成り代わって、「好奇心」を七つの大罪に認定すべきだろう。
「罪は、被害者が存在することで、初めて罪と呼ばれるようになる、か……」
お嬢様の好奇心スキルがカンストしても、俺にどんな実害が発生するか不明なのだが。
少なくとも、覚悟だけは、しておく方がいいだろう。
「……覚悟? 何に対して?」
自身に聞き返しても、答えは出てこない。
唐突に決まってしまった後継者。
着々と階段を上っていくスキル。
今回の一件で、俺を取り巻く状況が変わった気がする。
変化を実感できるほど何かを積み重ねたつもりはないが、それでも、これまでと違った方向へと進み始めた気がする。
いや、方向の違いというよりは、先へ進んだ感じだろうか…………。
「大は小を兼ねる、が正しいと思っていたが、過ぎたるは及ばざるが如し、かもしれないな」
エルフ族が証明しているように、俺が求める余裕でさえ突き抜けてしまうと、怠惰へと変容してしまう。
極めることは美しいが、リスクもまた増大するのかもしれない。
俺が目指す、その先。
それは、道楽探しの旅の果て。
道楽が自堕落へと成り下がる瞬間。
功績と罪過が清算される終着点。
そこには、いったい何が待ち構えているのだろうか。