割とどうでもいい深刻な問題 3/4
フィーが招集をかけてくれたお陰で、翌々日に冒険者三人娘が集まった。
場所は、孤児院カラノスの院長室。
時間は、昼食後の昼下がり。
健全でビジネステイクな会合である。
だというのに……。
「どうしてミーは、部屋に入るなり服を脱ごうとしているのかな?」
「んにゃ?」
挨拶もそこそこに、上着のボタンを外しはじめた彼女に待ったをかける。
質問しているのは俺の方なのに、可愛く首を傾げてはてなマークを出されても困るのだが。
「こっ、こんな真っ昼間から子供達が勉強する学び舎で、しっ、しかも三人同時とはっ、恥を知れっ!」
一方のジィーは、顔を真っ赤にしておかんむりのようだし。
いったい何をするために、ここに来たのだろうか?
「おいおい、フィーちゃんよぉ、一応確認しておくが、ちゃんと事情を説明しているんだろうなぁ?」
「ええ、もちろんです。あなた様がわたくしたち三人と一緒に是非ともやりたいことがあるから、とちゃんと説明していますよ」
説明していないだろう?
大事な所をまるっと省略しているだろう?
っていうか、明らかにわざとだろう!?
俺を貶めようとしているのか、それとも単にジィーをからかっているのか。
きっと、その両方なんだろうなぁ。
「べっ、ベッド一つも無い部屋で我々に何をさせるつもりだっ!?」
テンパっているジィーは、自分の後ろでほくそ笑んでいる性悪エルフに気づいていない。
正直な話、あたふたする騎士娘を観察するのは楽しい。すごく楽しい。
よしっ、もうちょっとだけ誤解させたままにしておこう!
「こんな下劣な男に一度ならず二度までも弄ばれるとはっ」
妙に芝居がかったというか、悲劇のヒロインを演じているような台詞が続く。
彼女の中の俺は、ゴブリン並みに卑猥な男なのだろう。
……あれ?
本当に嫌なら、この部屋に来なければ済む話だよな?
彼女はもう、俺に対価を支払っているから、普通に断れるはずだよな?
今もこうして文句を言いながらも、逃げ出さないってことは――――。
「???」
うーん、謎である。
女心と秋の空は予測不能だと言うし、女心に疎いおっさんが考えるだけ無駄だろう。
とにかく、無駄に真面目な表情のまま無言で見つめ続けて謎のプレッシャーを与えよう。
「――――」
「くっ、やはり脱ぐしかないのかっ」
俺は何も指示していないのに、物語は愉快な方へと転がっていく。
甘党なメイドさんにしてもそうだし、若い娘さんはおっさんの前で脱ぎたがる習性があるのだろうか。
それとも、ストリップ会場のようにおひねりを期待されているのだろうか。
よーし、こうなったら大盤振る舞いしちゃうぞー。
――コンコン。
「はいはい、どうぞー」
「しつれいしますっ。……あっ、いんちょ先生っ、来るのが遅くなってごめんなさいっ」
「いやいや、急ぎの用事じゃないから気にしなくていいんだぞ、リノン」
出張ストリッパーにお捻りを投げようとしていたら、ドアをノックしてリノンが入ってきた。
小さな体にメイド服が似合っていて大変素晴らしい。
この子ほど笑顔が似合うメイドさんは他にいないだろう。
「わっ、我々だけでは物足りず、こんな少女まで連れ込むとはっ!? やはり貴殿は、街中で噂されているように孤児院の少女達にまで手を出して――――」
「名誉毀損だっ! 弁護士を呼んでくれっ!!」
純真無垢なリノンの前で何てこと言いやがるっ。
暴走機関車を放っておいたら、とんでもない事故を起こしやがった。
やはり、愉悦部は身を滅ぼすようだ。
他人の不幸を愉しむのは、ほどほどにしないと。
それはそれとして、ジィーに変態ロリコンオヤジと思われていてショックなんですけど。
それ以上に、街の人からも誤解されていてショック過ぎるんですけど。
偶に街中を歩くと変な視線を感じるのは、そのせいだったのか。
俺、この街にけっこう貢献していると思うんだけどなぁ。
孤児院の人数分、ちゃんと住民税を納めているんだけどなぁ。
街の名物としてカレーを無料提供するの、止めようかなぁ。
でも好感度を上げとかないと、誤解されたままだろうしなぁ。
とにかく、これからは今まで以上に、孤児院の外に出るのはやめておこう!
住民との折衝は、全てメリルママに任せてしまおう!
そして街のお偉いさんには、賄賂を渡しておこう!
◇ ◇ ◇
「スキルの実験が目的なら、どうして最初からそう言わなかったのだっ!?」
メンバーが集まったところで改めて説明すると、ジィーが顔を真っ赤にしながら抗議してきた。
誤解していても誤解が解けても、けっきょくお顔は赤いまま。
そして俺は怒られてばかりである。
「俺は最初からそう言っていたのだが……」
「わたくしもそう説明したはずですよ?」
いけしゃあしゃあと、嘘つきエルフが嘘をつく。
ほんとこいつ、いい性格しているよ。
「昨日話を聞かされた時に、フィーはスキルについて一言も口にしていなかったぞっ」
「説明不足であった点は否めませんが、少なくともジィーが誤解していたような事をするとは、一言も口にしていないはずですよ?」
「ぐぐっ、そ、それはそうかもしれないがっ、あんな言い方をされたら誰だって…………」
「まあまあ、話が進まなくなるから、ジィーはもう気にしない方がいいぞ。フィーもからかうのはその辺にしておきなさい」
「貴殿に諭されるのが一番腹が立つっ」
「どないせいっちゅうねん」
へいへい、どうせいつもおっさんが悪者ですよ。
怒っている女性にはとにかく謝っておけ、ってのが鉄則なのだ。
「……確かに子供の前でこれ以上争うのは教育上好ましくない。これまでのことは全て忘れて、本題に入るとしよう」
「ええ、そうしましょう。ほら、ミーも起きてください」
「ふぁ~~~。順番はもう決まったのかにゃ?」
いつの間にかソファで寝ていた自由人のミーを、フィーが叩き起こすと、これで本当に役者が全員揃った。
ジィーとミーがまだ言い合っているようだが、切りがないので説明パートに移ろう。
「――――我々三人のスキルを同時に使用する、だと?」
本題を知ったジィーは、なおも首を傾げた。
それも仕方あるまい。
この世界にはスキルを複合して使う常識が無いし、俺も聞いたこと無いし。
しかし、魔法以上に何でもありなのがスキル。
しかも、連動しそうなスキルが三つ同時に集まっている。
運命論者ではなくとも、関連性に期待するのは当然だろう。
「まあ、物は試しだ。成功しなくても害は生じないだろうし。ジィーも、できることなら自分の謎スキルの謎を解き明かしたいだろう?」
失敗しても誰も損しないってところが素晴らしい。
謎スキルの用途が不明なまま終わっても現状維持。
科学じゃないから混ぜたら危険、ってわけでもなさそうだし。
もしもの場合は、リノンだけは絶対守ろう。
「……貴殿がそう言うのなら、試してみるか」
リーダーであるジィーがそう言うと、他の二人も気楽に頷く。
彼女達が孤児院の教師役になってしばく経つが、ジィーからは信用されているのかされていないのか、よく分からない。
きっと、強さ的な指標では認められているが、男性としては信用されていないだろうなぁ。
それなりに稼いでいるはずなのに、家庭内での発言権が弱い父親みたいで悲しい。
そんなんだから、お父さんが黙って失踪しちゃうんだぞ。
「実験を承知したというのに、どうして貴殿は悲しい顔をしているのだ?」
いかんいかん、報われない父親の心情を想像して落ち込んでしまった。
「気にしないでくれ。……こほんっ、ならばさっそく実験を始めるとしようっ」
誤魔化しも兼ねて、ちゃっちゃと始めてしまおう!
「……ふむ、さすがはレベルと魔法がはびこる奇天烈世界。スキルもご多分に漏れず、ってところか」
謎スキルの所持者である冒険者三人娘と一緒に実験した結果、思いのほか上手くいった。
むしろ上手くいきすぎて、逆に不安になるくらいだ。
「スキルって、やっぱ危険だな」
エルフ族のフィーが持つ「複写スキル」。
人族のジィーが持つ「移譲スキル」。
猫族のミーが持つ「変換スキル」。
彼女達のスキルがこれまで発動しなかったのは、各々の部品だけでは意味を成さなかったからだ。
複写スキルの能力は、他者のスキルを自身にコピーすること。
移譲スキルの能力は、他者から他者へスキルを移動すること。
だけど、スキルといった特殊なデータは、受け入れるハードが違うと使用できない。
ウインドウズで作られた専用データをマックに入れようとしても、互換性が無いため起動できないのと同じである。
そこで必要となってくるのが、変換スキル。
元来の所持者用にカスタマイズされているスキルデータを、別の所有者に合わせてコンバートする機能を有するのだ。
言葉で説明するとややこしく感じるが、実際のやり方は簡単。
複写する場合は、フィー(複写スキル所持者)にミー(変換スキル所持者)が触れた状態で、コピーしたいスキルの所持者とフィーが手を繋ぎ、複写スキルを発動させると、フィーにそのスキルがコピーされる。
移譲する場合は、ジィー(移譲スキル所持者)にミー(変換スキル所持者)が触れた状態で、ジィーの片手にスキルの持ち主、もう片手にスキルの受け取り主となる人物と手を繋ぎ、移譲スキルを発動すると、そのスキルが移動される。
つまり、複写と移譲を組み合わせると、任意のスキルをどれだけでも、そして誰にでもコピーできるという、恐るべき効用を発揮する。
ちなみに、変換スキルの所有者であるミー自身にも、スキルの移譲が可能。
地球でパソコンを使用している者にとっては、割と分かりやすい仕組みであり、当たり前のシンプルな法則に思えるが。
実際のところ、特定のスキルを持つ三人が揃わないと実行できない三位一体の必殺技。
複写だけで自己完結せず、誰にでも移せる点が特に素晴らしい。
「スキルを自由にコピーできるスキルとは…………。我ながらとんでもないな」
ジィーが初めて超能力に目覚めてしまった一般人のように、自分の両手を見つめながら驚愕している。
「非常識な存在が近くにいると、自分までそうなってしまうのか…………」
真剣な表情で人のせいにしないでくれ。
俺はスキルに関してはパンピーの部類だから。
「にゃははっ、これでもっと強くなれるにゃー」
お気楽極楽猫娘のミーが冒険者らしい感想を述べる。
今のところリスクは無さそうだから、戦闘関連のスキルを集めれば強くなれるはず。
でもまあ、レベルや魔法と比べて、戦闘におけるスキルの貢献度はそう高くないから、そこそこだろう。
「確かに素敵な能力なのですよ。ですが、そう簡単ではありません。相手の了承を得ずにコピーするのは難しいでしょうから」
フィーは既に、使用上の問題点まで洗い出しているようだ。
他の二人が当てにならないから、けっこう苦労性かもしれない。
彼女が懸念しているように、スキルをコピーする際には相手に直接触れる必要があるため、黙って実行するのは難しい。
それ以前に道徳的な問題から、確認せず勝手にコピーするのは如何なものか、という話になる。
別に奪うわけではないので素直にお願いすればいいのだが、そうするとレアスキルの正体がバレてしまうので大変危険だ。
有用なスキルを増やしたい冒険者が押し寄せるどころか、悪用するため拉致監禁しようとする輩まで現れるだろう。
なので、スキルコピーの存在は秘密にしなければならない。
「リノン、このことは内緒にしておいてくれ」
「うんっ、りょーかいしたよ、いんちょ先生!」
リノンは、片手を上げながら頷いた。
今回の実験では、まずフィーが俺から料理スキルをコピーし、次にジィーがリノンへと移動させた。
コピーしたスキルはランク1からはじまり、元の所有者と比べて潜在ランクも低くなるようだが、それでも有ると無いとでは大違い。
今後、リノンが作る料理は大きく発展していくだろう。
その恩恵を受ける少女は、いつも以上に笑顔である。
守りたい、この笑顔。
「あっ、でも、いんちょ先生、おかあさんにも言っちゃだめなの?」
「孤児院の行く先にも関係するかもしれないから、彼女には後で俺から話しておくよ」
冒険者三人娘の協力が不可欠だが、孤児院の子供達の能力を補強するためにスキルコピーが役立つ。
生まれつき視力が弱い種族の子に、視力が強化されるスキルを付け足すとかな。
それに、これまでは持ち前のスキルに合わせた職業訓練を行っていたが、今後は本人が望む分野への進出も可能になるだろう。
選択肢に余裕が生まれるのは悪いことではないはず。
それに、俺自身もレアスキルに興味がある。
アイテムは概ね集め終わったから、次は有用なスキルを揃えるのも良さそうだ。
実在するかは知らないが、精神系の攻撃や女難の相を回避する防御系統のスキルが特に欲しい。
こればかりは、どんなにレベルを上げて物理耐性を鍛えてもどうにもならないからな。
「なあなあ、ジィーちゃんよ。今後、スキルのコピーをお願いすると思うから、コピー1回当たりの値段を決めておいてくれ」
「か、金を取るのかっ!?」
もちろんさ。
金を受け取るのはあんたの方だがな。
「稀少で有用な力だから、対価を得るのは当然だ。そして高価になるのも当然だろう。見知らぬ仲じゃないし、できればお友達価格にしてもらえるとありがたい。具体的には、アイテムで物納させてもらえるとありがたい」
「あ、ああ、それはもちろん……」
ジィーは、降って湧いたような儲け話に、頭がついていかないらしい。
脳みそが筋肉でできているからなぁ。
「まあ、スキルコピーの値段や活用方法についてはおいおい考えるとして、まずはフィーの問題を片づけないとな」
「あら、忘れられていなかったようで安心しましたよ」
「ははは、元々そのための実験なんだから、忘れるわけないだろう?」
「ふふっ」
俺にとっては、孤児院の少女達に比べたらエルフ族の存続なんて取るに足らない問題だが、だからといって依頼内容を忘れたりしないぞ。
だから、にこにこ笑いながらプレッシャーを与えてくるのはやめてくれ。
「我々のスキルの使い方が判明したのはいいが、しかしこの力をどう使ってフィーの問題を解決するつもりなのだ?」
ジィーがもっともな質問をしてくる。
ジィーとミーも、エルフ族の死に至る病を知っていて、協力してくれるらしい。
協力は惜しまないが、その難題に対して、スキルコピーをどう役立てるべきかピンときていないのだろう。
「強くなることの他に、使い道があるのかにゃ?」
スキル=強さと結びつけるのは、冒険者として当然だろう。
病気を治すみたいなスキルは発見されていないようだし。
「つまり、スキルを増やして強くなったわたくしたちが、山賊に扮してエルフ族を襲撃し危機感を煽るのですねっ!」
違います。
それは最後の手段だって封印したのに、よほど気に入っているらしい。
もしかして、同族を根絶やしにするのが本当の目的なのか?
だったら、武器アイテムと付与紙で創った使い魔を貸すから一人でやってくれ。
「まてまて、何でもかんでも力尽くで解決するのはよろしくない。暴力は何も生まないし、ペンは剣よりも強しだし、ラブアンドピースなんだぞ」
「「「…………」」」
「今一度よーく考えてみよう。この世界には、技能の強化以外にも様々な効用を発揮するスキルが存在する。それは今回、お三方のスキルが合わさり前代未聞のコピー能力を発露させたことからも明らかだ」
「「「…………」」」
脳筋三人娘は黙って聞いているが、まだ理解には至っていない。
「俺も最初は、スキルとは本人が積み重ねた技能の結晶、もしくは先天的な才能の顕在化だと思っていた」
「「「…………」」」
「だけど、それだけじゃなかった。スキルとは、もっとあやふやで、概念的な能力さえも内包する」
「「「…………」」」
「魔法が自然から発生する魔力に起源を発するのだとしたら、スキルとはいったいどこから生まれてくるのだろうか。外部的な要因に寄らず、それこそ人の本質を暴くような――――」
「他人の癖にとやかく言いたくないのだが、持って回った説明を延々と繰り返すのは貴殿の悪癖だぞ。要点だけを簡潔に言ってくれ」
感動的な結末に向かって徐々に盛り上げていく男のロマンを台無しにするのも女性の悪癖だと思うぞ。
「……つまり、毒を以て毒を制すればいいのさ」
水を差されてやる気を失った俺は、おざなりな結論を述べた。
もういいや。
どうせしょうもない仕事だから、このままおざなりに進めて一気に終わらせてしまおう。
◇ ◇ ◇
「――――っ!?」
草木も眠る丑三つ時。
彼女は、目を覚ました。
詳しい状況は分からなかったが、寝ている間に拉致されたのだと強く感じた。
「んんーっ!?」
眠りから覚めたのは、身の危険を感じたから、ではない。
彼女が持つスキルが騒いだから、である。
「むぐっ、ぐぐぐっ、むむーーっ!?」
目が覚め、瞼を開いたはずなのに、そこはまだ闇であった。
ごそごそと体を動かすことで、目隠しをされた上に、手足を縄で拘束されている事実にようやく気づく。
「ちっ、目を覚ましやがったか」
近くから、男の声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声が……。
「やはり、睡眠薬を使った方がいいのでは?」
「この娘にはあまり効かないから、そのままでいい」
もう一人は、女の声。
こちらは、聞き覚えがない。
「どうせ朝になれば、全て夢だったと思うはずだ」
「そういうものでしょうか?」
「証拠を隠滅して知らぬ存ぜぬで押し通せば、周りは妄言だと諦める。日頃の行いが悪い娘だからな」
「外見は可愛らしい少女なのに、とても雑な扱いですね?」
「相応な扱いだ。ただ、本題を聞かれるのはまずいから、ヘッドホンを嵌めてヘビメタを大音量で流しておこう」
知らない単語が聞こえた後、今度は耳がふさがれた。
耳栓ではなく、耳全体を柔らかい物体で覆い尽くされる。
「――――ひぎっ!?」
「あら、とっても苦しそうにしていますよ?」
「いきなり音楽が聞こえてきたので驚いているだけだろう。もし鼓膜が破れても、家に戻すときに回復薬を飲ませばいい」
「それなら問題ありませんね」
「ああ、問題ない」
問題ありまくりよっ!
……二人の会話が聞こえていたら、彼女は全力でそう抗議しただろう。
だけど、耳に入ってくる音は、神経が擦り切れるような絶叫と轟音だけ。
「んごぉぉぉーーーーーっ!!!!!」
こうして、賑やかな深夜の宴は、鼓膜を破壊された彼女が気を失った後も続けられた。