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人形売りの少女①/動く人形売りとの出会い




 ……客が寄りつくのを拒否しているような最奥の売り場にて。


 敷かれた布の上に置かれた看板には、小さく可愛い字で『動く人形』と書かれていた。

 看板の横には、余った生地で作ったと思しき継ぎ接ぎだらけの人形が並んでいる。

 数は10体で手の平サイズの小さな人形だ。


「なるほど、動く人形か……。見せてもらってもいいかな?」


 人形の後ろで体育座りをして俯いていた少女が、ビクリと肩を震わせ、恐る恐ると頭を上げる。

 徐々に顕わになっていく素顔は、弱々しい上目遣いでありながら何かを期待するような表情。


 髪の色はブラウン、見事な三つ編みとソバカス。年は十代半ば。

 上着とズボンが繋がっている作業着みたいな服を着ている。

 素朴な雰囲気の彼女には似合っているが、十代の女の子としては寂しい格好かもしれない。

 眼鏡が似合いそうだが、眼鏡属性を持たない俺にとっては今のままがいい。


「――――――――――」


 視線を上げた少女は、愕然とした面持ちで俺の顔を見ている。

 何だろう。客を見るにしては驚きすぎだ。

 俺はまだ犯罪を起こしていないので、指名手配されてないはずだが。


 ……何故だか失意が感じられる。

 もしかして他の待ち人が居たのかもしれない。

 すまんね、こんなおっさんな客で。



「――――あ、あああのあの、おお客さん? ですか?」


 やがて気を取り直し、接客モードに移行した少女が問いかけてきた。


「ああ、そうだよ」


 まだ商品の性能を確認してないので冷やかしで終わる可能性があるが、安心させるために肯定しておく。

 だって、不安そうに聞くんだもん。


「!? そそそうですかっ。いいらっしゃいませませ!」


 中々あざとい語尾だな。まあ、単に噛んじゃったのだろうが。

 一応客だと分かって安心したのか、少女はぎこちないながらも笑みを浮かべた。

 初対面の相手を怖がりながらも、来客を喜ぶ純朴な笑顔が眩しい。

 守りたい、この笑顔。――――そして壊したい。真っ白な雪の上に真っ赤な血でしたためるが如く。

 冗談はさておき。


「人形が動くみたいだが、仕組みは魔法かな、それとも機械かな?」


 こちらも気を取り直して、話を進めるとしよう。


「あああの、その、まま魔法ですっ」


 であれば、求めていた『付与魔法』の可能性が高い。

 ――――付与魔法。

 ゲームでよく聞く単語だが、正直なところ正式な定義は知らない。

 物質に魔法を込めて機能を追加する便利な魔法だと理解しておけば、大体合ってるだろう。たぶん。


「実演してもらえるかな? それとも1つ買った方がいいかな?」

「いいいえいえっ、もちろん、こここで動かします!」


 少女は慌てて何度も首を横に振ると、体育座りから女の子座りにチェンジ。

 意気込んで並べてある人形から1体を手に取り、口元まで持って行き「動いて」と小声で命令。

 そして、ゆっくりと人形を立たせると――――。   


「おおっ」


 人形は命を吹き込まれたかのように、腕をバタバタと動かしながらクルクルと回りはじめた。

 注目すべきは動きが一定ではない事だ。洗練された動きではないものの色々な踊りを繰り広げている。

 それだけ複雑なじゅちゅしゅき、……失礼、噛みました。リテイクして、それだけ複雑な術式を組み込んでいるのだろう。


 だが――――。



「あっ…………」


 少女の悲しげな呟きと共に、人形は電池が切れたかのように動きを止め、ぱたりと倒れる。

 ……この間、わずか10秒である。


「ああああの、その、ごめんなさい……」


 叱られた子供のようにしゅんとした少女が詫びてくる。

 非難してないのだが、もしかして不満げな顔をしてしまったのかもしれない。


「えーと、これで終わりかな?」

「はははい……。その、ごめんなさい…………」


 なるほどなるほど。持久性に問題があるみたいだな。

 どんなに素晴らしい動きでも10秒しか持たないのなら、用途がかなり限定される。

 人をビックリさせる程度は出来そうだが。


「人形が動き続ける時間は、制作時間や金額とかに関係するのかな?」

「いいいえいえ、そそその、わわたしの魔力では、これが、限界ででっ」


 魔力量の問題だったか。

 ここは失礼して、ステイタスを確認させてもらおう。

 さあ! 本当の君を見せてくれ!



 名前:ミシル

 レベル:7

 魔力:700

 スキル:無し

 魔法:『付与魔法3(潜在10)』



 おおっ、期待通りというか何というか、とてもアンバランスな能力だ。

 レベルは年相応。魔力も平均的。

 つまりは、彼女の付与魔法は魔力消費量が大きいのだろう。


 注目すべきは、付与魔法のランクである。

 レベルが10に満たないのに対し、取得魔法のランクが3だとは、よほど優れた才能だ。

 それは潜在ランクがマックスである事からも明らか。

 それでいて一般的な魔法は取得出来ていない。

 通常は火や水といった生活に欠かせない魔法を取得するはず。


 ――――要するに、この少女は付与魔法に特化した魔法使いなのだ。



「くくくっ……」

「ひっ!?」


 おっと、いかんいかん。

 歓喜に酔って下品な笑みが漏れてしまったようだ。

 怯える少女も乙なものだが、この場面ではよろしくない。


「失礼。あまりにも素晴らしい出来栄えに感動が漏れてしまったよ」

「すす素晴らしいっ!? でですか!?」


 信じられないといった面持ちで、少女がこちらを見てくる。

 褒められた事がなく、持久性がない欠陥品だと諦めており、本当の自分の才能に気付いてないのだろう。


 ――――ますます好都合である。


「そうだよ。これだけ緻密な付与が出来るとは、本当に素晴らしい才能だ。……この素敵な人形を全部頂けるかな。動かなくなった人形も含めてね」

「ぜぜぜっ全部ですか!?」

「ああ、幾らになるかな?」


 人形は必要ないのだが、心証を良くするために先行投資しておこう。

 相手の心に訴えかけるのは商売の基本である。そして詐欺の基本でもある。


「あああの、そそその、ぎぎ銀貨1枚になります。その、ごごめんなさい……」


 なぜ謝るし。まるで俺が脅し取っているようではないか。

 10体で銀貨1枚だから1体100円程度か。

 唯の人形なら適正かもしれんが、付与魔法が施された動く人形としては安過ぎる気がする。

 初見だし、お試し価格かもな。

 まあ、今の俺は唯の客なので気にする必要はない。


「これでいいかな?」

「あっ……」


 言われた金額を差し出すと、少女は座ったまま目を見開き、ゆっくりと両手を伸ばして受け取る。

 なんだか人形っぽい仕草だ。

 女の子座りと上目遣いと頂戴ポーズの三連コンボ。……なんだこれ、俺を萌え殺す気か!


「いい買い物が出来たよ」


 思わず下卑た笑いが零れそうになるのをぐっと堪え、商品を受け取って爽やかに微笑みながら立ち去る。

 なお、爽やかに見えるかは相手次第である。




 ――――彼女こそが求めていた人材。


 もっと話したい事が沢山あるのだが、ここでは他人の目があるので一旦去って仕切り直すとしよう。

 店から離れると物陰に隠れ、少女が帰り出すのを待つ。

 まだ座ったままだが、商品が売り切れたので直ぐに帰り支度を始めるだろう。


 目論見通り、暫くしてふらふらと帰り始めた少女の後を付ける。

 しかしあれだな、隠れて追跡するのは結構楽しいものだな。

 ストーカーの気持ちがよく分かる。癖になりそうで怖い。


 このままストーキングし続けるのも一興だが、本日は目的があるので先回りして待ち伏せしよう。

 ……そう、運命の再会を果たすために!






「やあ、どぐう……もとい奇遇だね」

「え、えええっ? ささ先ほどのおじさまっ!?」


 人形売りの少女は、俺の顔を覚えていたようだ。

 まさか別れて直ぐ再会するとは思っていなかったのだろう。

 大層驚いている。


 それにしても、オジサマとはな。

 俺は子孫を残すどころか結婚さえしてないのだが、そう呼ばれるのも案外悪くない。

 欠落していると思っていた父性が目覚めそうだ。


 母親は我が身に子を宿す事で自らが母になったのだと自覚するそうだが、父親はどのようにして自覚するのだろうか。

 それは、生まれてきた子供に「お父さん」と呼ばれた瞬間である。

 そう描かれた漫画を読んだ事がある。

 本当の父親になる自信はないが、可憐な少女にそう呼ばれるのは甘美かもしれない。

 合法的に「お父様」と呼ばれる方法でも考えてみようかな。



「これも何かの縁かもしれないね。君と仕事の話がしたかったんだよ。少し時間をもらえないかな?」

「ししし仕事ですか!?」


 そう、俺はビジネスの話に来たのだ。

 けっして営利誘拐目的ではない。お間違えなく。


「もう夕食は済ませたかな?」

「いいいえいえ。まだでです」

「だったらご飯を食べながら話そうか。近くに美味しい店があるそうだからね」

「え、ええっ!?」


 驚いてばかりだな。

 俺の見た目は怖くないと思うのだが。

 しかし、年下の女の子向けの優しい喋り方って難しいな。自分で喋ってて砂糖吐きそうになるよ。

 だが、目的のためには、今後の安寧のためには、どんな大根役者だって演じきってみせよう!



「――――さあ、こっちだよ」


 獲物を決して逃がさぬよう、中年男は笑顔で少女の手を掴むのであった。





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