割とどうでもいい深刻な問題 2/4
「エルフ族は、存続の危機に晒されているのですよ」
孤児院の少女達が寝静まった夜間。
院長室にて。
エルフ族のフィーが軽い感じで語りはじめた内容は、想像以上に重い話だった。
「それ、他種族の俺が聞いても大丈夫なヤツ?」
「ええ、もちろんです。何の問題もありません」
遠回しに拒否しようとしたら、すごくいい笑顔でスルーされてしまった。
問題ありまくりな気がするんだけどなー。
「……とりあえず、最後まで話を聞こう」
「ふふっ、ありがとうございます」
仕方ない、話を進めてテキトーに解決する方針に舵を傾けよう。
乗りかかった船から簡単に降ろしてくれそうな相手じゃないし。
俺の阿漕な商売も「助け船商法」だしな。
「それで、危険が危ない理由は? 俺は平和主義だが、暴力的な理由だったら簡単に解決できると思うぞ」
「頼もしい限りです。しかし残念ながら、外的要因ではないのですよ」
「それは……、面倒な話になりそうだな」
「ええ、まったく。お恥ずかしい限りですよ」
原因が外側じゃないとしたら、残るは内側。
つまり、種族特有の込み入った内輪話となる。
これが家族内だけの話だったら、遺産相続や跡目争いだろうが。
種族全体の話なら、エルフ族の特徴が関係してそうだ。
エルフの特徴として思いつくのは、菜食主義、潔癖症、閉鎖的、超美形、プライドが高い、寿命が長い、耳が長い、肉体が小さめ、胸も小さめ。
「どうして、わたくしの胸元を見ているのですか?」
「ちょっと確認したいことがあってな」
「いまさら服の上から確認する必要はないと思いますが?」
「……人の記憶は曖昧だからな。それよりも、話を続けよう」
女性は自分の体に向けられる視線に敏感という都市伝説は本当だったのか。
俺にはもう関係ない話だが、現代の日本では見ただけでセクハラ呼ばわりされそうだ。
ともかく、エルフの特徴としてはこんなところか。
まあ、全て漫画で得た知識だけど。
さて、この中に当たりがあるだろうか?
「ご存じのように、エルフ族は大変長い寿命を持っていまして……」
「ふむふむ?」
想定の範囲内だが、あまり関係なさそうな要因だ。
「このため他種族とは時間のズレが生じてしまい、森の中でひっそり暮らす者が増え……」
「ほうほう?」
エルフ族の寿命は1000年。
他種族の寿命は100年程度が多い。
一夏を越せない蝉に比べたら人も十分長生きだが、その10倍になるともはや想像するのも難しい。
「与えられた時間があまりにも長いせいか、段々と気力が失われ、エルフ族全体が何事にも興味を抱きにくい体質へと変容していき……」
「おやおや?」
話の流れが変わってきたぞ。
「それが極まり、ついには異性への興味まで失う者が多くなり……」
「あれあれ?」
ここにきて、まさかの恋バナ?
「その結果、子供を残す者が減ってしまったエルフ族は、緩やかながらも確実に、滅びへと向かって絶賛驀進中なのです」
「…………」
そんな種族、滅びてしまえ。
「…………」
「…………」
沈黙ではなく、無言の溜息がしばらく続く。
冗談っぽく語っていたフィーも、笑顔のまま若干疲れたような表情をしている。
「それって、助ける必要、ある?」
ついつい本音が漏れていた。
彼らは助けなんて求めていないだろうし、助けてもらう資格も無いと思う。
生も死も自由に。
長寿のエルフらしい考え方なのかもしれない。
「あなた様のお気持ちは、痛いほどに理解しますよ。わたくしもまったく同じ気持ちですから」
「…………」
「ですが、仮にもわたくしに世界を与えてくれた両親、その親族、その同族。割り切って縁を切ってしまうほど、わたくしはまだ老成していないのですよ」
「200歳超えているけどな」
ついついツッコんだら、笑顔で睨まれてしまった。
だって、どう考えてもツッコみ待ちじゃん。
だが、まあ、彼女が言いたいことはよく分かる。
大した思い入れが無いつもりでも、生物はより近しい立場の者におのずと親近感を抱いてしまう。
高校野球では母校に。駅伝では県代表に。オリンピックでは日本代表に。
普段は気にしてなくても、目に入ったらついつい応援してしまう。
だから、家族や同族を完全に見捨ててしまうのは、案外難しいのだ。
「要するに、『怠惰』という名の大罪ならぬ大病がエルフ族を蝕んでいるのか」
「とてもぴったりな病名ですね」
これも鬱病に含まれるのだろうか。
躁鬱なる状態は、健康体で日々真っ当に生きている者からすると理解しずらいが、現代社会における大きな闇であり、立派な病気でもある。
だとしても、エルフ族のケースは病気の枠に括りたくない。
女を食い過ぎて飽きてしまったイケメンが「あーもー女の顔も見たくねーわー」とほざいているのと大差ないぞ、まじで。
とはいえ、思考を放棄しても話は終わらない。
思いつくままに解決策を出して、それをきっかけに検討してみよう。
「とどのつまり、エルフ族の出産率を上げればいいんだよな?」
「身も蓋もありませんが、そのとおりなのですよ。妙案がありますか?」
「ふむ、生殖行為とは生物の本能。そして本能は、生命の危機に反応して高まると聞く。だから、魔物をいっぱい捕まえてきて、エルフの里に放り込めば解決するんじゃないのか?」
名付けて、「エルフの森を燃やせ!」作戦である。
嫌がらせを多分に孕んだ作戦であることは言うまでもない。
「それは素敵な解決策ですねっ。ぜひ実行しましょう!」
「…………」
フィーは、まさに喜色満面といった様子で、拍手しながら賛同してきた。
犠牲を厭わず何が何でも解決したい意志が滲み出ている。
今さら冗談だとは言いにくい雰囲気だ。
フィーとエルフ族の確執は思ったより闇が深そうである。
自ら「変わり者」だと言っていた理由がこれだろう。
「うん、まあ、これは最後の手段にとっておこう。子供を増やそうとしているのに子供が犠牲になりそうな方法は極力避けるべきだ」
「お優しいのですね」
あんたが厳しすぎるだけだから。
「ともかく、一筋縄ではいかない案件のようだ。時間がかかるから、解決した際に俺が頂戴する対価を先に決めておきたいのだが……」
まだ他の解決策が思い浮かばないので、一旦話を変えよう。
このままだと強攻策に決定してしまいそうな勢いだし。
思った以上の難題だから、これに釣り合う対価をフィーが用意できなければ、話はここで終わり、といった目論見もある。
「この問題を解決した対価として、あんたは俺に何をくれる?」
「全てです」
「……え?」
「わたくしの全てを差し上げますよ」
ドラクエの竜王様でさえ半分しかくれないのに、大盤振る舞いなこって。
「全て」とはつまり、みんなが大好きな「何でもします」も「何度も」してくれるってこと。
分かりやすく言えば、フリーパスソープ券。
だが甘いな。
童貞なら籠絡できただろうが、素人童貞である俺は騙されんぞ!
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「それは存じていますが、どうして今その話題を?」
すまん、言ってみたかっただけ。
「こほんっ。確かに自己犠牲は美しいが、正直な話、俺は女にも金にも困っていないのだが?」
これもまた、一度は言ってみたい最低な台詞である。
「それも存じています。……ですが、あなた様に優るものが、わたくしには一つだけありますよ」
エルフ娘は、しかし怯むことなく、真っ直ぐに俺を見ながら自分を売り込んでくる。
「それは、寿命、です」
「……なるほど、人族の俺は、エルフ族のあんたよりずっと早く死ぬだろう。だが、それがどんな対価になる?」
「長寿であるわたくしは、あなた様の後継となり、孤児院の院長を務めることができます」
「…………」
「あなた様が御隠れになっても、わたくしの寿命が尽きる時まで……。いいえ、あなた様が望むのなら、わたくしの子孫に引き継ぎ、未来永劫この孤児院を守り続けましょう」
「……なる、ほど」
それは、予想だにしなかった対価。
だけど、心の内にあった心残り。
「孤児院の行く末については、あなた様もお気になされているはず」
「まあ、創設者としての責任があるだろうし、な」
「あなた様は人並み以上に責任感をお持ちですが、人並み以上に面倒事を嫌うようにも思います。ですから、落としどころを探していたのではないでしょうか?」
「そう、だな。最悪金があれば、とは考えていたが……」
金銭面では、あまり心配していない。
孤児院を卒業した者のうち、一定以上を稼ぎ出す成功者を対象に寄付を募る仕組みを確立させれば、循環して末永く続けることができる。
実践的な教育を施している孤児院カラノスならではの方法だろう。
これについては、実質的な責任者であるメリルママにも相談しており、理解も得ている。
「金銭は人類に共通する価値ですが、絶対ではありません。そこにあなた様の意志を受け継いだわたくしが加われば、限りなく絶対に近づくと思いませんか?」
運営は、資金だけではままらない。
人を取りまとめる強い代表者が不可欠。
それが、懸念材料だった。
エルフ族のフィーに、代表者たる資格があるのかについても懸念すべきだが。
残された寿命の長さだけでなく、これまで200年以上生きてきた経験から得られる知識、柔軟性、腹黒さ、目的のためには冷酷になれる意志の強さ。
元平社員のおっさんなんかより、よっぽど事業主として相応しい人材だ。
あまり認めたくないが、俺と似通うところがあって、相性も悪くなさそうだし。
後は、武力と金力さえ譲渡すれば、立派な独裁者ができあがるだろう。
「確かに、まとめ役は、必要だよな……」
まいったな。
何だかんだで最後には言い包められ、大人の付き合いとして体で返す対価に収まると思っていたのに。
こんなガチな対価を示されたら、逆に気後れしてしまう。
……それを差し引いても、魅力的な対価であると認めざるをえない。
同時に不安にもなる。
人は人の弱みをここまで把握できるのか。
「もちろん、お望みであれば、孤児院以外の事業も引き継ぎますよ?」
もうこれ以上俺を追い込むのは止めてくれ!
今すぐ何もかも捨てて自由になりたくなるから!
「…………分かった。そのような対価も可能ということで、話を進めよう」
「ありがとうございます」
最後にフィーは、深々と頭を下げた。
もちろん、笑顔のままで。
なーにがありがとうだよっ。
こちらこそ渡りに船だよこんちきしょうめ!!
さて、話を戻そう。
事情は理解した。対価も納得した。
だけど、打開策がまだ見出せない。
俺の有り余る力を以てしても手に余る難題である。
力の大小というより、方向性が違っていて噛み合わない感じだ。
明瞭な敵が存在するなら対応できるのだが、姿が見えないあやふやな敵には物理攻撃が通じない。
あやふやな相手には、同じくあやふやな力で対応するしかない。
この世界で例えるならば、そう、スキルのような――――。
「……ふむ、スキル、か」
電球がパッと点くまでは至らないが、一筋の光明は見えた気がする。
とりあえず、この線で考えてみるか。
「そういえば、フィーのスキルは確認してなかったな。いまさらだが、鑑定してもいいか?」
「最初にお逢いした時には、確認されなかったのですか?」
「あの時は緊急事態だったから最小限の項目――――名前とレベルくらいしか見なかったんだよ」
「年齢も、ですよね?」
「……訂正しよう。名前とレベルと年齢、だ」
「ふふっ」
いつもと変わらぬ笑顔が怖い。
なぜ女性はこうも年齢に反応してしまうのか。
悲しい性である。
「それじゃあ、改めまして、と――――」
もう面倒なので、勝手に見てしまおう。
名 前:フィーグリッド
性 別:女
種 族:エルフ族
年 齢:203歳
レベル:24
スキル:複写1
「もう一度、年齢を見る必要があったのでしょうか?」
「み、見てない、ぞ?」
鑑定アイテムで見える項目は、見る側が選ぶことができる。
年齢を指定したつもりはなかったのだが、話題に出たから無意識に見えてしまったようだ。
もしかして本当に、彼女は俺の心が読めるのかもしれない。
それは、ともかく。
「こりゃまた、とんでもないスキルを持っているな」
ヒントになるかも程度に思っていたら、いきなり正解を引き当ててしまった気分だ。
このスキルは、まさか――――。
「残念ですが、わたくしの『複写スキル』は使い方が分からないのですよ」
「これまで一度も発動したことがないのか?」
「はい、様々な品で試したのですが、何も起こりませんでした」
「物体は対象外、か。……だったら、他人の取得魔法やスキルを模写することはできないのか?」
「それも、効果がありませんでした」
フィーは同情を誘うように目を伏せて言ったが、やっぱり人体実験もやってたのかよ。
そりゃあ、せっかく備わった力だから有効利用しなきゃ損だけどさ。
「スキルはあやふやな能力も多いが、それにしたって一切効果が無いってのはあり得ないはずだが?」
俺が装備している最高ランクの鑑定アイテムを使っても、スキルの効用までは表示されない。
それほどあやふやで、使用者によって大きく左右される力、ってことなんだろう。
緊急時にのみ発動するタイプかもしれないが、俺の何倍も生きている彼女が一度も発動できていないってのは異常だ。
その希少性から強力なスキルだと思われるので、発動条件に制約があるのかもしれない。
たとえばそう、一人では発動できない、とか……。
「もしかして、ジィーとミーも変なスキルを持ってたりしないか?」
「ご明察です。ジィーには『移譲』、ミーには『変換』といったスキルがありますよ」
「……その用途は?」
「わたくしと同じで、一度も発動していません」
「ちなみに、三人で一緒に試したことはあるか?」
「いいえ?」
まあ、そうだろう。
魔法やスキルは自己完結する力だから、他人と合わせて使うって発想が出てこない。
それにしても、「複写」と「移譲」と「変換」とは……。
これは、もしかしなくても、もしかするのではなかろうか。
彼女達三人のスキルを上手く使うことができれば、問題解決に繋がる気がする。
「物は試し、だな」
「何か思いついたのですか?」
「ああ、フィー、ジィー、ミーの三人一緒で試したいことがある。都合をつけてくれ」
ヘンテコなスキルを持つ三人が同じパーティであることをご都合主義だと思わなくもないが。
世の中は不都合の塊だから、バランスを取るために少しぐらいのご都合があってもいいだろうさ。
大切なのは、どう使うか。
そして、どう思うか、であろう。
「お任せください。ジィーは抵抗するかもしれませんが、必ず引っ張ってきますよ。時間は深夜、場所はベッドの上で良いですよね?」
よくねーよ。
三人一緒ってそういう意味じゃねーよ。
「……それはまた、別の機会に」
こうして、どこまで本気なのか議論の余地が残る、エルフ族の救出ミッションが始動したのである。