割とどうでもいい深刻な問題 1/4
「街の創立記念日、か……」
メイド仕様の衣服を着た女性から報告を受け、俺は呟いた。
「はい。来月の初めに、この街一番のイベントとして、大規模な催しが行われる予定です」
淡々と要点を説明してくれるのは、俺と同年代だけど、俺と違って子持ちの未亡人であるメリルママである。
ここは、孤児院カラノスに構えた院長の部屋。
俺は不在な場合が多いので、来客用としても使用されている。
「自分が住む場所に愛着を持つこと、そして活気があるのはいいことだ」
十日に一度、決まった日に顔を出し、こうして不在中の出来事や今後の予定などをメリルママからまとめて報告してもらっている。
むろん、面倒くさがりな俺の性質に合わせて必要最小限の内容だ。
有能な彼女は無能な上司の判断を仰ぐことなく自分で処理できるので、いつもは「問題ありません」の一言で終わるのだが、今回は違った。
どうやら、商工会の集まりで、毎年開催している街の創立祭に孤児院カラノスも参加してくれないかと打診されたらしい。
「それに、子供達が街に馴染むため、そして孤児院の存在を受け入れてもらうためにも、良い機会だろう」
お偉いさんとの折衝は、孤児院のトップである俺の仕事だろうが、同性と仲良くできる自信が無いから、もっぱらメリルママ任せになっている。
商工会の会議はおっさんが多いはずだから、孤児院の代表代理として、彼女のような美人が出席した方が喜ばれるだろうとの目論見もある。
彼らもそう思っているようで、俺に対する出席要請は今まで一度もない。
それはそれで釈然としないのだが……。
「はい。子供達のために、街の創立記念日には参加するべきだと私も思います」
俺の怠慢を批難することなく、粛々と話を進めるメリルママ。
彼女は、母親や教育者だけでなく、秘書としての能力も高い。
俺の知人の中では最も常識人で、その枠内では最も優秀な人物だろう。
非常識な俺に欠けている部分を埋めてくれる貴重な人材だ。
しかしそれは、非常識な分野には手が回らないといった意味合いも持つ。
「参加するのは決定事項だとしても、実際に行動するのは子供ばかりだから、数は多くとも凝った催しは難しいだろうな」
創立記念日は、街の中心にある広場を舞台として、各団体が好き好きにイベントを行うらしい。
教室毎に催しが行われる学園祭みたいなものか。
子供が得意な催しはお遊戯だろうが、あれは身内の贔屓目があってこそ成り立つイベントだし。
見ず知らずの少女が拙い芸を披露しても、俺以外に喜ぶ者はいないだろう。
おや? 俺が楽しいのなら、それでもいいじゃないか?
この機会に、少女達に歌と踊りを仕込むのも一興では――――。
「こほんっ。準備期間も少ないので、出来ることは限られます。最も確実なのは、料理を作って振る舞うことでしょう」
「……ふむ、それなら問題ないだろう」
俺の邪な企みに気づいたのか、メリルママが釘を刺すかのように進言してきた。
理性的な反論ができない俺は、これを承諾。
孤児院アイドル化計画はあっけなく頓挫したようである。
気を取り直して、と。
学園祭みたいなお祭りだから、見世物だけでなく屋台料理もありだったのか。
孤児院カラノスは、全員で料理を作り、全員一緒に食べるのを信条としている。
本物の料理人には及ばなくとも、批難されるような失敗はないはずだから、ベストなチョイスと言えるだろう。
「それに、商工会からも料理を作ってほしいとの要望がありまして……」
「ん? 何か問題でも?」
催しのバランスを図るために、商工会から要望が出されるのは当然だろう。
それにしては、メリルママが若干言いにくそうにしているのが気になる。
「……実は、よく作っているあの料理の香ばしさが孤児院の外にまで漂っており、気になっている人が多いそうでして」
「ああ、そういうことか」
確かにアレの匂いは強烈だから、印象に残る者も少なくないのだろう。
この世界は手抜き料理が主流で香辛料なんて使わないから、あれほど強烈に香る料理は他に無い。
もしかして、商工会が孤児院カラノスへ参加を促してきたのは、その料理が目的なのかもしれない。
「いいじゃないか。アレだったら、子供達も上手に作れるだろうし。例え口に合わなくとも先方の要望とあれば文句も出ないだろうし。他に良案もないし」
これ以上考えるのも面倒だし、な。
本命は別だとしても、街の連中から歩み寄ってきてくれているのだ。
無駄にするのはもったいない。
「……ですが、アレは大変貴重な料理ではないのですか?」
子供第一主義のメリルママにしては珍しく躊躇していると思ったら、そんなことを気にしていたのか。
確かにアレはこの世界ではまだ開発されていない料理かもしれないが、別段高価でも作るのが難しいわけでもないから気にしなくていいのに。
「この地域では珍しいだろうが、俺の地元では誰もが知っている大衆的で安価な料理だ。公表しても問題ないだろう」
「院長の認識ではそうなるのでしょうが、この街には似た品さえありませんし、私もこの孤児院で初めて知った料理です。珍しさには、それだけで価値があります。また、味も際立っています。専門の料理店で売り出せば莫大な富を得るのも可能でしょう」
大衆料理ってのは、それだけ大勢の人から愛されているってこと。
特に子供は大好きだろう。
「気遣いはありがたいが、それでも問題ない。孤児院を運営する資金は十分に確保している。何だったら、今回の祭りをきっかけとして材料とレシピを提供するから、この街の名物として売り出してもらっても構わないぞ」
「……そこまでする必要はないと思いますが、本当によろしいのですか?」
「問題ない。アレが評価されることで子供達の地位が安定するのなら、むしろ積極的に広めよう」
「――――かしこまりました。では、そのように進めて参ります」
最後に頷いたメリルママの表情は、晴れやかだった。
どうやら、彼女が失望しない程度には対応できたようである。
……ふう。
正直な話、彼女との会話のやりとりが、一番緊張する。
彼女に愛想を尽かされて孤児院から出て行かれたら、まともに続けていく自信がない。
名ばかり経営者は、優秀な従業員に頭が上がらないのだ。
どんなに俺が駄目人間だったとしても、落第点を取らぬようしっかりせねばなるまい。
「…………」
それでも、時間は限られる。
俺のやる気も、彼女の寿命も、いつかは尽きるのだから。
俺がいなくても存続できればいいのだが……。
「とにかく、孤児院カラノスの催しは、カレーに決定だ!」
こうして、変則的なカレーパーティーが開催されることになったのである。
◇ ◇ ◇
「経緯は理解した。事情も納得できる。……だが、どうして我々がその祭りの当日に呼ばれる必要があったのだ?」
冒険者三人娘のリーダーである人族のジィーが、ぶすっとした表情で聞いてくる。
彼女がふて腐れているのはいつものこと。
むしろ笑顔の方が珍しい。
というか見たことない。
「やれやれ、今の話の流れで分からないとは、相変わらずジィーちゃんは脳筋だなぁ」
「全くですよ。どうしてこう、ジィーは察しが悪いのでしょうか」
「全くだにゃー。全部ジィーが悪いにゃー」
「どうしていつも私だけが悪者なのだっ!?」
俺の悪ふざけに、エルフ族のフィーと猫族のミーが追随してくれた。
四面楚歌なジィーは泣きそうになっている。
融通が利かない堅物のくせに、けっこう精神が弱い子である。
凜々しい騎士娘の涙はたいそう美しいだろうから、いつかガチ泣きさせたい。
察しが悪いジィーとは正反対で、フィーは俺が意図するところを瞬時に読み取り、完璧に対応してくれる。
その完璧すぎるところが怖い。
一方のミーは、事なかれ主義というか、長い物には巻かれる主義なので、多数決で勝る俺とフィーのコンビに賛同してくれる。
猫ならではの気まぐれさが怖い。
この会話からも分かるように、最近の俺の趣味はジィーちゃんいじりだ。
彼女は、俺の知り合いでは珍しい正統派のツンデレ属性。
比較対象として、コルトは、ツンも弱ければ、デレも弱く、ただ単に男として見られていない。
メイドさんは、ツンデレよりもクーデレっぽくて、すぐ脱ぎ出すから痴女枠。
水の都のミズッちは、ツンがそこそこ強いが、デレる様子が想像できない。
だからこそ、真っ当なツンデレ枠であるジィーは、とっても貴重である。
まだ明確なデレは現れていないが、俺を男として強く意識しているのは間違いない。
主に悪い意味で、だが。
それが苦手意識であったとしても、冴えない中年男として意識されるのは嬉しいものだ。
「しょうがないなぁ。察しが悪すぎるジィーちゃんにも説明するか」
「どうして上から目線なのだっ。貴殿が我々に依頼しているのだろうっ?」
ジィーが顔を赤くして抗議してくる。
打てば響くとはこのこと。
その点、ソマリお嬢様も優秀なのだが、色気が全く感じられないのが残念すぎる。
若さは最高の武器だが、恋の駆け引きには向いていない。
駆け引きなんてしたことないけどな!
「今日は街の創立記念日で、この孤児院からは料理を出すってところは覚えているよな?」
「その話に我々がどう関わるのかが分からないと言っている。……その、料理に期待されても困るのだ」
「安心してくれ。それは全く期待していないから。そもそも戦闘しかできない脳筋ジィーちゃんに期待するのが間違いだから」
「……それはそれで腹が立つぞ」
うんうん、予想どおりの反応ばかりだな。
俺はアドリブが苦手だから、想定内に事が進むと凄く安心する。
「一番のポイントは、その料理で失敗できないところ。つまり、あんたらに客寄せをお願いしたいのさ」
「客寄せ、とはなんだ? 大声を出しながら宣伝して回ればいいのか?」
「そんな面倒な真似をする必要はない。普通の客として普通に食べてくれるだけでいい」
「本当にそれだけでいいのか?」
「ああ、先客がいるってだけで人は安心する。それが美味しそうに食べている客なら尚更だ」
「そういうものか……」
そういうものなのだ。
新規開店する料理屋では、中古のタクシーを買って店の駐車場に置いておけば客が入りやすくなると聞いたことがある。
常に街中を走り回って舌が肥えているタクシー運転手が選んだ店に間違いはない、という理屈だ。
ちょっと詐欺っぽい気もするが、そのくらいの営業努力なら許されるだろう。
料理店は、リピート客で成り立つのだから。
「だが私は、美味そうに食べる演技なんてできないぞ?」
「それも問題ない。いつもどおりに食べてくれればいい」
不満というより、不安そうなジィーの背中を押して席に着かせる。
百聞は一見にしかず。
そして、百見は一食にしかずである。
「――――なっ、なんだこの料理はっ。こんな強烈に美味い料理が存在するなんて信じられんっ!」
漫画だったら即堕ち2コマで表現されそうな勢いで、ジィーちゃんが叫んだ。
すっかりカレーの魅力に取り憑かれたらしい。
「辛いのに美味い! 噛みごたえが無いのに美味い! 見た目が悪いのに美味い! どうしてこうも美味いのだっ!?」
見た目は言うな。
「美味いっ、美味すぎるぞぉぉぉっ!!」
金をもらっている食レポでもそこまで褒めないだろうってくらい、大げさに喜んでいる。
カレー特有の刺激的な味はもちろんのこと、彼女は男性ホルモンが多くて感性も子供っぽいから好みに合うと思っていたんだよ。
そんなんだから蒙古斑が消えないんだぞ?
「おかわりだっ! 大盛りでお願いする!」
どんだけ食うつもりだよ。
カレーは飲み物みたいに食べやすいから、自制しないと後で大変だぞ。
ハンバーグカレーがこれほど似合う女戦士もおるまい。
目論見以上に、優秀な客寄せになりそうだ。
「「「――――」」」
期待どおり、少し離れた場所から孤児院カラノスの出展ブースを窺っていた客が次々と入るようになった。
大勢が押しかけても対処できるよう、昨晩から頑張って作っていた子供達の苦労が報われたのだ。
よきかな。よきかな。
これで孤児院の悪評も払拭できるだろう。
悪評の大半は俺が原因だろうがな。
「催しは大成功のようですね、院長様」
一段落ついた隙間を縫うかのように、エルフ族のフィーが話しかけてきた。
気配を消して後方から話しかけるのは止めてほしい。
「ああ、お陰さんでな」
ちょいと意地悪な顔をして、いまだに食べ続けているジィーの方を見ながら答える。
客寄せの役目はもう立派に果たしたのに、延々と食べ続けている。
消化が良いのか燃費が悪いのかは知らないが、新しい客の邪魔になるので早く帰ってくれ。
「子供みたいに夢中で食べ続けていますね。ジィーはいつまで経っても変わらないのですよ」
「それが彼女の魅力なんだろうさ」
「ええ、本当にそう思います。普通、あの手のタイプは男を知れば変わると思っていたのですよ」
「…………」
過去形で言うの止めてくんないかなー。
「そう言うあんたも、何も変わっていないように見えるが?」
「取り繕うのが上手なだけで、一番変化があったのはわたくしでしょうね。だから、いつもどおりのジィーやミーを見ていると不思議に思うのですよ」
「…………」
よく分からんが、よく分からんからこそ、俺にとってあまり好ましい話題ではない気がする。
さっさと話を変えてしまう。
「……ところで、エルフ様のお口には合ったのかな?」
「ええ、複雑に配合された料理のはずなのに、とてもシンプルで強烈な味わいに感動しましたよ」
「それは良かった。エルフ族はベジタリアンなイメージがあったからな」
「菜食主義者も少なくありませんが、エルフ族の中でわたくしは変わり者なのですよ。それに、体を資本とする冒険者がそれではやっていけません」
エルフ族のお嬢様っぽいのに、現実的な考えをする娘さんである。
変わり者、ってところが気になるが、詮索するのは止めておこう。
「それにしては、ミーはあまり食べていないようだが?」
「ミーは辛いのが苦手なのにゃー」
もう一度話題を変えるために、近くでちびちび食べていた猫娘に声をかける。
彼女もまた食欲旺盛なのに、残念ながらカレーは舌に合わないようだ。
「繊細な猫舌にスパイシーな料理は合わなかったか。だったら、向こうにトッピング用の魚があるから、それを食べるといい」
「サカナっ!? それを早く言ってほしいにゃ!」
「いっぱいあるから、慌てなくていいぞ」
「行ってくるにゃー!!」
ミーは凄い勢いで走っていった。
魚は苦手な子供も多いから、売り切れることはないだろう。
「辛い料理が苦手なミーのために、わざわざ魚まで用意してくださったのですね。ありがとうございます」
「偶々だ。深読みしないでくれ」
「ふふっ、あなた様のそういった些細な所を気にする性分や、主役よりも道化を好む性格が、わたくしは大好きですよ?」
「……好きでそうしているわけじゃない。元々俺は、三枚目しか似合わないんだ」
「それは、とても素敵なことだと思いますよ?」
「…………」
このエルフ娘は苦手だと再確認した。
ソマリお嬢様とは違った方向で、俺自身もよく分かっていない性質を指摘してくる。
年の功とは、こういうものだろうか。
「女性の年を考えるのは、マナー違反ですよ?」
「……気を使って口に出していない思考を読み取る方が、よっぽどマナー違反だと思うが?」
やれやれ。
性悪同士、気が合うのか合わないのか難しいよな。
「――――やはり、あなた様が適任。いいえ、あなた様以外にはあり得ないのでしょうね」
「…………」
唐突に雰囲気を変えて意味深な言葉を発するのは止めてほしい。
カレーをも上回る面倒事の匂いがするぞ。
「……世の中、ギブアンドテイクだぞ?」
「ええ、もちろん存じておりますよ。つきましては、本日の夜中にでもお時間をいただけませんか?」
穏便に断ろうとしたら、全てを承知した上で俺が肯定したと受け取りやがった。
やはり、年の功には敵わないようだ。
「時間はいいが、場所は孤児院の俺の部屋でいいのか?」
「わたくしはベッドの中でも構いませんよ?」
院長室に、ベッドはありません。
「……それだと対等な話ができなくなるから、遠慮しておこう」
「それは残念ですね」
本当に残念そうに返事するエルフ娘をため息混じりに眺めながら、新たな事件の到来にゲンナリする。
どうして神は、グルメと昼寝と若い娘を好む平和主義者に事件を与えるのだろうか。
それが無駄に大きな力を手にした代償ならば、引き受けるしかないのか。
「まあ、俺の手が及ぶ範囲であれば、一応検討しよう」
「ふふっ、あなた様の手が届かぬ所を探す方が難しいでしょうに」
「いつも言っているが、あんたは俺を過大評価しすぎだ」
「わたくしもいつも言っていますが、あなた様は自身を過小評価しすぎですよ」
このエルフ娘は、俺を何でも可能にする悪魔だと思っているようだが。
確かに俺の性質はソレに近いかもしれないが、所詮は人の身。
どんなにレベルが高くても、人一人が出来ることなんて限られる。
力で愛は買えないんだぞ。
まあ、愛ほど価値があやふやなものはないけどな。
本当の意味で、知らんけど。