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ミステリーの日/異世界に名探偵はお呼びじゃない




「さーて、今日はどんな道楽をやっちゃおうかなー」


 テステス。本日は晴天なり。

 絶好の道楽日和である。


「……んん? ちょっと待てよ、何か用事が入っていたような?」


 遊びたいのは山々だが、メモ帳を開いて本日のスケジュールを確認する。

 出来る男とは遊びと仕事を両立させるもの。

 無職だけどな!


「はははっ……?」


 おや、今のセルフツッコミには引っかかるものがあったぞ。

 思い返せば、少し前から違和感を覚えていた。

 そう、決定的に何かを間違っているような――――。


「えっ? もしかして俺って、働きすぎ?」


 ははは、そんな馬鹿な。

 ここは社畜だった地球とは違うんだぞ。

 不思議と自由に溢れた異世界なんだぞ。

 そんな世界で俺は、戸籍さえ持たない旅人なんだぞ。

 天下無双の無職なんだぞ。


「…………」


 状況証拠は完璧すぎるまでに完璧。

 疑う余地さえないプー太郞。


 ……だからだろう。

 俺は、自分がけっこう用事に縛られている事実に気づけなかったのだ。


「まてまて、まだあわてるような時間じゃない。論理的に検証してみよう」


 この世界は10日周期が基本。

 順不同でいいから、10日に1度はやっている定期的な用事を並べて、作業密度を確認してみよう。


 1日目。孤児院カラノスに顔を出す日。

 2日目。投資している農村の視察。

 3日目。料理レシピの品評会または奴隷少女からの呼び出し。

 4日目。劇場の視察や準備や本番。

 5日目。のだめ先生とレッスンや準備やコンサート本番。

 6日目。魔人娘と戦闘訓練。

 7日目。水の都で水の巫女さんとミズっちとお昼寝。

 8日目。ネネ姉妹またはメイドさんとデート。

 9日目。特になし。

 10日目。特になし。


 まとめた結果、10日間のうち完全な休みは2日しかない。

 ジャパンの労働基準法ではセーフの範疇。

 ところがどっこい。

 10日周期ではなく、月に1度のイベントや突発的な用事も少なくない。

 動く人形商売の慰労会。美食組合の会合。居酒屋ヨイガラスの営業。助け船商法。冒険者連中や狼兄妹から飲み会への誘い。ウォル爺からの呼び出し。自然崇拝教のシスターから救援依頼。などなど……。


 あれれ~? おかしいぞ~?

 全ての用事に対応していたら、ほぼ休みが無いんじゃね?

 むしろ毎日働いているんじゃね?

 地球に住んでいた頃よりブラックじゃね?


 そんな衝撃の事実をコルトに愚痴ってみたら。


「あんちゃんが働きすぎ? 寝すぎの間違いだろう?」


 鼻で笑われてしまった。

 コルトは俺が働いている姿を知らないから仕方ないが、自宅で休息する父親の姿ばかり見てしまう子供がこんな感想になるのだろう。

 世の父親の苦労が忍ばれる。

 やはり結婚は悲劇しか生まないようだ。


 誰も俺を理解してくれない。

 俺の全ての顔を知る者なんていないのだから。


 これが叙述トリックの世界だったら、実は同姓同名のよく似た姿で同等の力を持つ中年男が複数存在し、それぞれ別人の話をさも1人の仕業のように繋げているギミックだった、みたいなオチもあるのかもしれないが。

 残念ながら、現実はおっさんに優しくない。

 紛れもなく全て俺1人の仕業で、故に俺はとても忙しいのである。


「……おや?」


 ここで新たな疑問が浮上。

 用事が多く、忙しいことには違いない。

 だけど、矛盾する事実がもう1つある。


「俺ってけっこう、遊んでいるよな?」


 改めて思い出すまでもなく、色々な街で観光したり快適な昼寝場所を探したり食い倒れツアーをしたりと、それなりに遊んでいる。

 ってことは、自由な時間がそれなりにあるはずだ。

 その時間はどこから捻出されているのだろうか?


「ふーむ……」


 新たな謎の登場である。

 日常系ほのぼの枠からミステリー世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。

 先ほど考えたような叙述トリックでもない限り、この謎は解明できないのではなかろうか。


「学生時代に拗らせた名探偵の血が騒ぐな」


 最近は違う気がするが、昭和生まれの文学少年気取りは、ハードカバーの推理小説から入ろうとする。

 その方が知的で格好いいからだ。

 実際のところは、地方の小学校の図書館にはお堅い書物しか置いてないって悲しい理由もある。

 とにかく、ルパン三世よりもアルセーヌ・ルパンを好むのが文学少年ってものだ。

 その時代に蓄えた探偵知識を思い出しながら謎を解き明かしてみよう。

 本日の俺は、似非紳士ではなく、似非探偵である。


「ちょっと発想を変えてみるか」


 地球の常識に捕らわれているから煮詰まっているのかも知れない。

 ここは魔法やスキルといった奇天烈な法則が実在する異世界。

 ファンタジーな推理さえもまかりとおる。

 本格ミステリと銘打たれていても、超能力者が登場する小説もあるし。

 宮部みゆき先生とか。


「魔法を使ったアリバイ工作だとしたら、時間を操る能力や、俺自身を分身させる能力が有力だろうか……」


 記憶を維持したまま時間をリセットしても、用事を済ませた結果が現行の世界に反映されていなければ意味がない。

 実体を伴った分身魔法であれば複数の並行作業が可能だが、記憶の引き継ぎができなくては意味がない。

 ここまで考えといてあれだが、そもそも俺は時間魔法も分身魔法も使えない。

 だったら考察するなよって話だが、頭に浮かんだのだから仕方ない。

 理路整然と最後まで脇道に逸れずに答えに辿り着くのはけっこう難しい。


 おっと、また話が逸れてしまった。

 しかし、魔法以外だとしても、取得済みのスキルや手持ちのアイテムの中で手がかりになりそうなものはない。


「八方塞がりか……」


 あっさり行き詰まってしまった。

 まあ、当然といえば当然だろう。

 人生そのものが出口のない迷路みたいなものだからな。


「いや、待てよ……。もしかして、複数犯の仕業かもしれないぞ」


 自身のことだとしても、俺1人が事件に関わっている証明にはならない。

 もしも、自分以外の誰かが関与しているとしたら。

 たとえば、俺の記憶が他人に改変されているとしたら。

 魔法以上に反則級のトリックだが、これなら全部説明できる。

 催眠術や自己防衛などで記憶が改変された人物が登場する推理小説もあることだし。


 俺が持つ記憶の全てが偽りであれば、時間的な矛盾が生じても問題にならない。

 だって、全て妄想だから。

 偽物であるが故に全てが許容されるのは皮肉だが、ありえない話ではない。

 目的は不明だが、知らぬ間に精神攻撃を食らっていた可能性は否定できない。

 極端な話、俺が異世界に迷い込んでから今日までの記憶全部が嘘かもしれないわけで。

 ……いや、記憶の改変が理由だとしたら、他人からの攻撃ではなく、自己防衛の方がありえるだろう。

 本当の俺は、会社帰りに雷に打たれた状態のまま、今際の際で願望丸出しの夢を見ている。

 それこそが、この世界の真実。今際の際の世界。

 全ては、都合が良い妄想に過ぎなかったのだ。

 それを前提に思い返すと、色々と納得できるところがありそうな――――。


「……、…………。駄目だ、この考えを追及するのは止めておこう」


 記憶改変案にこれ以上深入りしても、よくない気がする。

 過酷な真実に耐えきれる自信がない。

 夢は夢のままにしておいた方が幸せであろう。



「だとすると、俺の精神を安定させるために、辻褄が合う別の案が必要だよな……」 


 精神系以外なら何でもいいので、原因を解明しておきたい。 

 だけど、他の案を思いつかないから記憶を疑ったわけで。

 本物の名探偵だったら、一瞬で解き明かしてしまうのだろうか。

 いやいや、これほどの怪事件、見た目は子供、頭脳は大人のコ○ン君でも難しいだろう。


「……いや、待てよ?」


 コ○ン君で注目すべきは、事件の発生頻度。

 その死亡人数の多さは、公式スピンオフ漫画で自虐ネタとして扱われるほどだ。

 狂気じみた事件発生率だが、サ○エさん時空のように無限ループしているわけではない。

 ただ単に、毎日毎日連続して事件が起こっているだけなのだ。

 だけ、と表現するのもどうかと思うが、言うなれば時間の使い方に無駄がない、だけ。

 ここにヒントが隠されている気がする。


「やはり、事件解決には地道な調査が必要のようだ」


 俺は物的証拠を得るため、自身が行った詳細な行動を記録することにした。

 これ以上ない解決策である。

 最初からやれと言われそうだが、得てして推理とはそういうものである。


 そして、導き出された答えとは――――。




 ◇ ◇ ◇




「そうか、時刻表トリックだったのか!」


 時刻表トリックとは、西村京太郎先生のトラベルミステリーでよくあるように、公共交通機関で定められた運行予定時刻の裏をかいたアリバイ工作である。

 犯罪に要する時間は、移動、実行、隠蔽の3種類に大別され、このうちの移動時間でアリバイを作ることで、その後に続く実行と隠蔽も当然無理だと連鎖的に証明するってわけだ。

 人は決まった時間帯の中でしか行動できない。

 特に遠方に移動する際は、それが顕著に現れる。

 どんなに金や権力があろうとも、移動に費やす時間は平等だといえる。


 これを踏まえた上で、メモった自身の行動記録帳を見てみよう。


 ①オクサードの街の宿屋で目を覚まし、朝食を食べる。

 ②孤児院カラノスに移動し、日が暮れるまで雑事を済ませる。昼食もここで食べる。

 ③奴隷少女から呼び出され、買い物と品評会で1日を費やす。昼食と晩食もここで食べ、屋敷にお泊まり。


 おわかりいただけただろうか?

 行動の流れを追っただけでは、ピンとこないかもしれない。

 しかしここに、時間の概念を組み込むと明確になる。

 これら3つの行動に使った時間は、たった1日である。


「ゲームで例えるなら、2回行動ってところか……」


 狭い日本の中で社畜やっている普通のリーマンには縁が無いが、地球には時差という法則が存在する。

 当然この世界にも時差があって、惑星の裏側と比べると半日ほど時間のズレが生じているのだ。

 時差なる法則に、転移アイテムを組み合わせると、あら不思議。

 1日が2日に増えてしまう。

 正確には、明るい時間帯が倍になって、その代わりに夜がなくなる。 

 つまり俺は、朝から日が暮れるまで1つの用事を済ませると、すぐに転移アイテムを使って朝日が昇ったばかりの地域へ移動し、そこで2つめの用事を夜までに片付けることで、1日間で2日分の用事を消化していたのだ。

 このトリックの欠点は、2~3日に1度しか就寝できないところ。

 高レベルによる身体強化や回復薬のお蔭で、一切疲労を感じなかったから、今まで気づけなかったのだ。


「ははっ、はははっ……」

 

 いやはや、まいったね。

 俺が昼寝に固執していたのは、惰眠が大好きな駄目オヤジで、当然夜中も寝てばかりいると思わせるためのミスリードだったのだ。

 本人さえも気づいていなかった伏線の数々。

 日々進化するミステリー業界でもまだ使われていないようなトリック。

 本格ミステリ作家クラブもビックリだぜ!


「そっかー、そういうことだったのかー」


 どうやら、記憶操作や洗脳されているわけではなさそうだ。

 よかったよかった。

 ちょっとハードなスケジュールってだけで、何の問題もない。

 この世界は、サ○エさん時空ではなく、コ○ン君時空だったのだ。

 魔法が実在する異世界ならではのサプライズだな。


「わーい、1日が倍に増えるなんて、嬉しいなー」

 

 たとえ睡眠を削ったとしても、倍に増えた時間を自由に使えるのなら、喜ぶべき。

 そう、自由に、使え、たら――――。


「あれれ~? 世界が歪んで見えるぞ~?」


 嬉しいはずなのに、涙が溢れてくる。

 泣いているのは、地球にいた頃の労働を義務だと信じていた昔の自分だろうか。

 それとも、異世界で道楽三昧だと思い込んでいた今の自分だろうか。


 空を見上げて物思いに耽っていると、常時装着している通信用のアイテムから声が聞こえてくる。


『あっ、もしもし、パパなの? ねえ、聞こえてるの、パパ?』

『……ウン、キコエテルヨ」


『明日は水の都でわたしと一緒に過ごす日だから。ちゃんと忘れずに来てよね!』

『……ウン、ワスレテナイヨ』


 小舟の上で密会する前日に必ず念話で念押ししてくる水の巫女さんに返事をしながら、空を仰ぎ続ける。

 ああ、青い空の中に、ぽつりと白い雲が漂っている。

 異世界で力を得た俺は、雲のように自由を楽しんでいるつもりだったのに。

 実際は、青くて広い手の平の上で踊っていただけなのだろうか。


「これが余計なお世話――――名探偵の弊害ってヤツか」


 気づかなければ、気にならなかったのに。

 事件にしなければ、大事に至らなかったのに。

「探偵は批評家にすぎない」とは、誰の言葉だったか。


 かくして。

 探偵と犯人の気分を一度に味わった俺は。

 謎のままにしておいた方がいい謎もあるのだと思い知ったのである。



 本日の教訓。


 異世界に、名探偵は、お呼びじゃない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おっさんほど激務じゃありませんが‥ようやく新刊読み終えました。 突発的な小説版魔人ちゃん達が今回の話しに絡むとなるとそりゃますます寝る暇ない‥ 自業自得なメイド&水巫女&教祖の指輪連絡‥自…
[良い点] 移動時間が、究極的に短縮。 しかし、時間外呼び出しをかんがえると、 まー見事なブラックスケジュール しかし。 楽しければ、72時間はたらけます。 ねむっているのは、コルコルが起こしにく…
[一言] やりたい事をやっているなら、それは労働では無いんですよ。きっと……w
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