◆記念日にお手紙を2/2◆
「えー、それではー、しっかり者で頑張り者のコルトが13歳になったことを祝う誕生祭を始めまーす。この御目出度い日に相応しい極上の酒と料理を用意してますのでー、好き勝手に飲み食いしちゃってくださーい。ただーし、本日の主役であるコルトを祝う気持ちは忘れないでくださーい。ではでは、かんぱーいっ!」
「「「かんぱーい!!!」」」
宴が始まると同時に、参加者はみな料理へ飛びついた。
主催者である旅人の男が言ったように、珍しくも食欲をそそる豪華な料理が所狭しと並べられているからだ。
豪快に肉を囓る者、甘い物ばかりに手を伸ばす者、酒を一気飲みする者など様々だが、手と口は一様に忙しく動いている。
そして、その顔に浮かぶのは驚きと笑顔であった。
注目の的が料理へと移ったことで、コルトはようやく正気を取り戻した。
「……覚えてろよ、あんちゃん」
「ん? ああ、大人は三十路を越えると逆に悲しくなるから、俺の誕生日は祝わなくていいんだぞ?」
「そういう意味じゃねーよっ」
「ん? ああ、来年もちゃんと忘れずにコルトのお誕生日会をやるから大丈夫だぞ!」
「そういう意味でもねーよ! ……はあ、もういいよ」
ひとしきり驚いて、恥ずかしがって、怒り疲れた少女は、諦めたように溜息をついた。
馬の耳に念仏。兎に祭文。蛙の面に水。
逆の立場だったらそう表現するであろう旅人の男は、本日は特に察しが悪い。
社交性に欠ける男は催し物を主導した経験が無かったため、珍しく緊張していた。
緊張の大部分は、未来の嫁に恥をかかせてはいけない、といった見当違いも甚だしい理由であったが。
「コルトは本日の主役だから、真ん中の主賓席にどっしり座っておけばいい。料理や飲み物は適当に、給仕係のリリちゃんに運んでもらうから」
「ほ、本当にそれでいいのかよ……」
中央部の一番目立つ場所に配置されたコルトは、今さらながら恐縮する。
誕生会に参加した経験がない彼女は勝手が分からず、進められるがまま頷くしかない。
「料理はいつも以上に美味しいから、いいけどさ……」
男が言ったように、主賓席には次々と料理が運ばれてくる。
本日の食事会には、雑用係として男が住む宿屋の小間使いであるリリが借り出されていた。
料理の用意は、男が収納アイテムから取り出すだけだが、空になった皿を交換したり、骨などの食べかすを片づけたり、酔っ払いに絡まれたりと大忙し。
駄目な大人勢と、しっかり者の子供達に二極分化される構図であった。
「なあ、あんちゃん。こんな大きな樹は、ここに植わってなかったと思うけど?」
「ああ、この樹は桜という名前でな。山の中で見つけたから運んできたんだよ」
「樹を、運ぶ?」
「俺の地元では、桜の木の下で宴会を催す風習があるんだ。それで、ちょうど満開の時期だったから、ここで誕生日会をやろうと思ったのさ」
「…………」
どうやって運んだのか。勝手に持ってきていいのか。結局ただ騒ぎたいだけだろうとか。
ツッコみ所はたくさんあったが、少女は口の中に美味しい料理を入れることで我慢した。
人目の多い店の中で開催されるよりも、こうして人通りから離れた屋外で騒ぐ方が気楽だ。
サクラという大きな樹も、淡い桃色の花弁を舞わせていて風情がある。
それに、こうして集まった者達には、少なからず誕生日を祝おうとする気持ちがあるはず。
お誕生日会の参加者は、主催者側であるコルト、旅人の男、リリを除く8人であった。
大食らいでもないくせに、全種類の料理を食べようとして吐きそうになる少女――――領主家の娘であるソマリ。
様々な料理が並べられるなか、スイーツ類だけを食べ続ける未婚女性――――領主家の戦闘メイドであるエレレ。
少量の料理を肴に、大量の酒を樽のような肉体に流し込むドワーフ――――買取店の主であるウォル。
周りのキャラの濃さに気圧され、あまり食が進んでいない気弱な少女――――動く人形店の主であるミシル。
肉料理を片手に、けらけら笑いながら酒を飲む赤毛の女――――有望な若手冒険者であるレティア。
ゆったりした所作で、大量に飲み食いする赤毛の女――――有望な若手冒険者であるミスティナ。
肉料理だけでなく、最近は酸っぱい料理も好むようになった既婚女性――――巨人族の姉であるビビララ。
料理の味を気にせず、ひたすら肉の塊を口に入れていく巨体の男――――巨人族の弟であるググララ。
主役のコルトよりも、旅人の男の方と縁が深いメンバーばかりだが、それはご愛敬というもの。
旅人の男をはじめ、少女の成長を歓迎する意思があるのには間違いない。
魅力的な料理を前にあまりそう見えないのも、ご愛敬であろう。
「お誕生日おめでとうね、コルト君」
「ありがとう、ソマリお嬢様っ」
「コルトもあと二年で冒険者になれますね」
「うんっ、オレもエレレねーちゃんみたいな立派な冒険者を目指すよっ」
「コルトも、もう十三か。あの小さい娘がよく育ったものじゃ」
「へへっ、これもウォル爺のおかげだぜっ」
「ここコルトちゃん、おめでとうっ」
「ミシルねーちゃんもありがとうなっ」
「二年なんてすぐだぞー。それまでしっかり体を鍛えておけよ、コルト」
「はいっ、頑張ります、レティアさん」
「コルトちゃぁんはぁ~、髪を伸ばぁすと美人さぁんになぁると思うわぁ~」
「ありがとう、俺もそう思うぞ」
「何であんちゃんが答えるんだよっ」
「冷血メイドを目標にするのはいいけど、行き遅れまで真似しなくていいんだよ、コルト」
「大丈夫、俺に任せておけっ」
「だから何であんちゃんが答えるんだよっ!?」
「肉を食って筋肉を強くするんだっ。それが強い冒険者になる秘訣さっ。――フンッ!」
「あ、ありがとうございます、ググララさんっ」
行き当たりばったりな誕生会であったが、場は楽しげに進んでいた。
美味しい料理があれば、大抵のことは丸く収まる。
旅人の男が持ち込んだ絢爛豪華な料理には、それだけの力があった。
主役であるコルトの複雑な心境はともかく、珍しく上手くいっていたのだ。
男が珍妙なサプライズを発動させる、この瞬間までは――――。
「えー、大変盛り上がっているところですがー、ここら辺で事前にお伝えしていた一発芸大会を開催したいと思いまーす!」
「「「…………」」」
宴会の最中、すっと立ち上がった男は、スプーンをマイク代わりに、芝居がかった間延びした声でそう告げた。
ついに来たかっ! とばかりに緊張感が高まる。
「それじゃー、最初は特攻隊長のソマリお嬢様にお願いしようかなー」
「一発芸っ? そんなの聞いてないわよっ!?」
「何を今更。ちゃんと招待状に書いてあるではないか」
「えっ、うそっ? ……あっ、手紙の右下にすっごい小さい字で『なお、参加する者は一発芸を披露する義務が生じる。』って書いてあるわっ」
「そう、だからここに来て飯を食った者は、同意したものとみなし、一発芸大会に強制参加させられるのだ。言い逃れはできないぞ、このお嬢様め!」
「どうして私ばかりに言うのよっ? 他の参加者だって、こんな騙し討ちには納得しないわよねっ?」
「ワタシはちゃんと準備してきましたよ、お嬢様。招待状にきちんと明記されているのだから当然です。ほら――――」
「あっ、エレレの手紙にはちゃんと大きな字で書いてあるわっ。私の手紙ばかり小さく書くなんて、騙したわね旅人さんっ!」
「人聞きの悪い言いがかりは止めてくれよ、お嬢様。たまたま印刷ミスがあっただけだろう?」
「インサツってなにっ!?」
「どうしても嫌なら、断ってもいいんだぞ。もちろんその場合は、今すぐ帰ってもらうけどな」
「ぐぬぬっ」
「まあ、俺は紳士であって鬼ではない。お情けでお嬢様のお出番は最後にしておこう。代わりにメイドさんがトップバッターになってくれるかな?」
「お任せください、グリン様。そしてワタシのことは、どうぞエレレとお呼びください」
寄っておいで、見ておいで。
これより始まりたるは、レベルと魔法で強化された超人達が繰り広げる究極の一発芸。
一発芸とは、とにかく他人が驚くような芸であれば何でも許される。
たとえ力業であっても、自爆技であっても、エログロであっても。
「一番。エレレ。参ります!」
彼女は、謎の忍者に鍛えられた体術と魔法を使って、分身の術を披露した。
誰もが初めて見る曲技で、大いにウケた。
……が、酒に溺れず冷静だった者は「あいつ冒険者全盛期より今のメイドの方が強くね?」と不思議に思った。
「にに二番、ミシル、いい行きますっ」
彼女は、もはやお家芸になりつつある動く人形芸を披露した。
いつもと違い一体一体が違う踊りで、しかも十体が同時に踊る様は圧巻で、見る者全てを楽しませた。
……全ての一発芸を振り返った時、十三歳の少女の誕生会に相応しい唯一の芸であった。
「三番手はこの私、レティアだっ」
彼女は、火の魔法を織り込んだ剣舞を披露した。
神に捧げる故郷の伝統芸は、派手なのに美しくしなやかで、観客を魅了した。
同時に、いつもの彼女が感じさせる粗暴なイメージを少し改善させた。
「四番手のわぁたぁしはぁ~、コルトちゃぁんの将来を占うわぁ~」
彼女は、魔法で出した炎の揺らぎ具合で未来を判断する占いを披露した。
おっとりした声とは裏腹に、炎に照らされた彼女の横顔は神秘的で信憑性を高めていた。
仕事運と金運は良かったが、男運の悪さを指摘されたコルトはエレレに慰められた。
「五番目は、このビビララがやるよっ」
彼女は、堅くて大きな果物を手の平で握りつぶし、即席の果汁100%ジュースを作ってみせた。
汁が飛び散らないよう一気に潰すのがコツだと得意げに説明したが、観客の反応は微妙だった。
参加者は酒ばかりを飲んでいたため、出来上がったジュースは後でスタッフが美味しく頂いた。
「六番目は、巨人族のググララさっ」
上半身裸の彼は、先日酒に酔った旅人の男から伝授された、暑苦しいポージングの数々を披露した。
旅人の男は余計なことを教えた責任をとり、必死に掛け声を上げて場が白けるのを回避していた。
「キレてるキレてるぅーっ! 肩にちっちゃいゴーレムのせてんのかーいっ!!」
「……儂のところに来た手紙には、芸の記述なんで無かったぞ、小僧?」
「あー、申し訳ない。どうやら手違いがあったようですね。でも問題ありませんよ、ウォル爺には得意技がありますから。ほら、これを一気飲みするだけで良いんですよ」
「ふんっ、それが芸になるのなら、ドワーフは誰もが芸達者じゃわい」
彼は、酒が入った大樽の一気飲みを披露した。
ドワーフ族は大酒呑みだと誰もが知っていたが、本日改めて底なしっぷりに驚いた。
追加の大樽を要望するウォルに、「芸はもう十分ですから」と旅人の男が困った顔で対応していた。
「さてさてさーて、お嬢様よぉ? これだけお手本が出たんだから、芸の一つや二つ当然思いついたよなぁ?」
「あんな超人変人奇人芸が普通の私にできるわけないじゃないっ!」
「まったく、お嬢様にはがっかりだよ、まったく」
「ぐぎぎっ」
「仕方ない、ウォル爺の二番煎じだが、このボトルを一気飲みしたら一発芸として認めよう」
「それでいいのっ!? ……でもお酒だったら、そんなには飲めないわよ?」
「大丈夫大丈夫、俺の地元で子供に大人気の甘いジュースだから。こうやって垂直にして飲むと簡単だぞ」
「そ、それならいけそうねっ。よーし――――」
彼女は、コーラ2リットルの一気飲みを披露した。
仁王立ちし、顔を真上に向けて堂々と飲む様は、まさに領主の娘という貫禄だった。
当然のように炭酸を詰まらせて吹き出し、全身びしょ濡れになって泣きべそをかいた。
「ふむ、ちゃんとオチまで用意しているとは中々やるじゃないか、お嬢様よ」
「絶対こうなるって分かっていたでしょぉぉぉっ!?」
失敗も含めて、一発芸大会はつつがなく終了した。
場を盛り上げるためのイベントであったが、誕生日プレゼントを渡すイベントだとお返しが必要となり、まだ稼ぎが少ないコルトでは大変なので、持ち芸で祝うという側面もあった。
それを察する者には、旅人の男がこんな細かな配慮ができるくせに、どうして根本的な所を勘違いしてしまうのか不思議で仕方がない。
「よしよし、後はまた好きに飲み食いして、日が暮れたら解散としよう」
「ちょっとちょっと、まだ旅人さんの一発芸が終わってないでしょうっ」
木陰に隠れて素早く着替えたソマリは、一発芸大会を終わらせようとしている旅人の男に文句を言った。
ちなみに、泣き落としに屈して新品の着替えをプレゼントさせられたのは、言うまでもなく旅人の男である。
「俺は主催者だから、免除されて当然だ」
「あら、たとえ主催者でも、主役のコルト君以外は芸をするべきじゃないかしら? それとも旅人さんは、コルト君を祝う気が無いのかしら?」
「何を馬鹿なことをっ。この俺ほどコルトの誕生日を喜び、引いては成人する日を待ちわびている男はいないと断言できるぞっ!」
「怖いから断言しないでくれよ、あんちゃんっ」
「だったら、もちろん旅人さんも一発芸を披露してくれるわよね?」
「よかろう、小娘の口車に乗るのは癪だが、全身全霊の一発芸を以てコルトへの愛を証明してみせようぞっ」
「だからっ、そんなの要らないってっ」
「ふふっ、おっさんの美技に酔いなっ!!」
彼は、懐から平べったい金属板を取り出し、その上に乗って、いつの間にか履き替えていたシューズでタップダンスを披露した。
それだけでは飽き足らず、後半は全身を激しく回転させるブレイクダンスを披露した。
リズミカルさ、テクニカルさ、ダイナミックさ、どれをとっても完璧だったが、完璧すぎた故に普段のやる気の無さや冴えない外見とのギャップが、何とも形容し難い後味の悪さを残した。
――――こうして、料理と芸をちゃんぽんに混ぜた狂乱の宴は、日が落ちるまで続けられた。
「……それで結局、こうなるのかよ」
宴の後、大人連中が酔い潰れてしまったので、後片付けは子供組であるコルトとリリの仕事になっていた。
「ううっ~、違うんだコルコル~、あの子とは遊びなんだ~」
「あんちゃんは、どんな夢を見てんだか……。それに、夢の中でもコルコル言うなよっ」
旅人の男は、地面にうつ伏せになり、悪夢にうなされていた。
普段は酒に強い男も、お世辞のアンコールに応えて何度も回転しまくり、酔いも回ったようでぐったりしている。
他の大人達も似たような感じでグロッキー状態。
もはや、何を祝う催しであったのか思い出せないような有り様だ。
「オレの誕生会とか言いながら、酒を飲んで騒ぐネタにしただけじゃねーかよ」
本日の主賓であったはずの少女は、苦しそうに唸る旅人の男の隣にしゃがみ込み、ため息をついた。
「…………」
本当は、少女も気づいている。
遊び心が半分だったとしても、ちゃんと誕生日を祝う気持ちが男にあることを。
物臭な男がいつになく騒ぎ、こうして醜態を晒しているのも、慣れない催しに緊張していたせいだろう。
色々と間違った方向に突き進むのはいつものことなので、苦笑して受け入れるしかない。
「いやだ~、ぜったい嫁にやらんぞ~、コルコルはおれんだぞ~」
「オレは誰のもんでもないけど……。でも、ありがとうな、あんちゃん。来年は、もう少し控えめに頼むぜ?」
難易度が高いヒロインの貴重なデレを聞き逃す様は、まるで本物の鈍感主人公のようであった。