◆記念日にお手紙を1/2◆
「あっ、ソマリお嬢様にエレレねーちゃん、ちょうどよかった!」
今日も今日とて、冒険者の街オクサードを忙しく走り回っていた勤労少女は、偶然見かけた領主家のご令嬢とお付きの戦闘メイドに声をかけた。
「あら、コルト君じゃない。今日は旅人さんと一緒じゃないの?」
「元気で頑張っているようですね、コルト。今日は一人ですか?」
「オレ、いつもあんちゃんと一緒にいるわけじゃないんだけど……」
旅人の男が、この街で一緒に過ごす相手としては、一番長いのかもしれない。
それでも別々でいる時間帯の方が遙かに長いはずなのに、いつもセットで行動していると思われているコルトは、口を尖らせた。
二人の間にやましいことなど無いはずなのに、仲の良さを指摘されると無性に否定したくなるのは何故だろう。
言うまでもなく、成熟した美女よりも発展途上の少女を好む変態男が全て悪いのだが。
本日に限っては、強く言い返せない理由があって――――。
「あんちゃんは関係ないと言いたいけど、今日はそのあんちゃんから二人に手紙を預かっているんだよ」
そう言ってコルトは、肩に掛けていたバッグの中から、二通の手紙を取り出した。
街の便利屋として働く少女は、話題の男から配達を頼まれていたのだ。
手紙を渡す相手は、全部で8人。
効率よく回れば、半日で終わる仕事。
これで金貨一枚の報酬だから、相変わらず金銭感覚が狂っている。
「物臭が緑色の服を着て歩いているような旅人さんが、手紙? 直接会ってから、話せばいいはずなのに?」
「グリン様は、誰かさんと会いたくないのかもしれません」
「誰かさんって、誰なのよ?」
「誰かさんは、誰かさんです」
メイドは、「それはもちろんお嬢様ですよ」という言葉を省略する。
彼女自身もその誰かさんになりえるとは、微塵も思っていない。
つまるところ、よく似た主従であった。
「旅人さんってば、もしかして、ついに夜逃げしちゃったのかしら?」
「お嬢様、グリン様が夜逃げする理由などありえません」
「そんな切羽詰まった感じじゃなかったけど、オレも事情を聞かされてないんだよ。それに、オレは手紙の中身を絶対見ちゃ駄目って言われてるんだ」
「……あら、そうなの? 夜逃げは冗談にしても、けっこう重要な手紙かもしれないわね」
「グリン様のことだから、全てに重要な意味があるに違いありません」
「あともう一つ伝言があって、手紙は必ず屋敷に戻ってから見るように、ってさ」
「街中で遊んでいる場合ではありませんよ、お嬢様。すぐに屋敷へ戻りましょう!」
「そうね、そうしましょう、エレレ。それじゃあ、手紙を届けてくれてありがとうね、コルト君!」
「う、うん、それじゃあ……」
挨拶もそこそこに、コルトから手紙を奪い取るように受け取った二人は、小走りで屋敷へと戻っていった。
たかが手紙なのに、どうしてそこまで期待を膨らませることができるのだろうかと、勤労少女は首を傾げる。
これまでの犯歴と、手紙を渡す時にニヤついていた男を鑑みるに、少なくとも良い知らせが書かれているとは思えない。
「まあ、いっか」
不幸を告げる手紙だとしても、ただの配達人が気にすることではない。
お客様からの仕事の依頼に口を出すのは御法度なのだ。
……少女は確実に、物臭な男の悪影響を受けつつあった。
「そうだよ、オレは指定された相手に手紙を渡してるだけだから、気にしてもしょうがないよな。あと手紙を配るのは、ウォル爺と、ミシルねーちゃんと、レティアさんとミスティナさんの赤獅子パーティーと、ビビララさんとググララさんの巨人族姉弟、か……」
手紙を書くのだから当然かもしれないが、全員が旅人の男と交流がある者ばかりだ。
オクサードの街にいない日も多く、友人や恋人を作ろうとしない男と縁がある相手がけっこう多いことに、今更ながら不思議に思う。
もっとも、当の本人は「仲良くなんてしていない! 絡まれているだけだ!!」と否定するかもしれないが。
「…………」
不思議といえば、もう一つ。
手紙を渡す8人全てが、コルト自身ともけっこうな顔見知りであること。
交友関係が広い勤労少女にとっては、ただの偶然かもしれないが。
それにしては、何かを画策している様子が感じられて……。
「もしかしてあんちゃん、本当に夜逃げするのかな?」
奇抜な言動が目立つ中年男であるが、偶に存在感を希薄に感じる場合がある。
ある日突然、部屋の中が空になっていても、「ああ、そうか」と納得してしまうような不安定さが垣間見える。
「そうなったら、ちょっと、困る、かな」
金銭感覚がガバガバなお得意様と快適な寝所が無くなるのは少し困るな、と少女は思った。
◇ ◇ ◇
それから、十日後。
旅人の男から新たな依頼を受けたコルトは、お昼時に指定された場所へと向かっていた。
「あんちゃんはオレに、こんな街外れで何をさせる気なんだ?」
仕事の内容は、一切聞かされてない。
ただ、この日は予定を開けておいてくれと、十日前から念を押されていた。
手紙の配達を依頼されたあの日に、だ。
思い付きで行動している男が、そんな先の予定を指定するのはとても珍しい。
「どうせあんちゃんのことだから、ろくな用事じゃないだろーけど」
年齢と性別だけでなく、常識まで違う相手について考えを巡らせてもどうしようもない。
仕事とは往々にして、理不尽の塊なのだ。
「大きな木の下で待ち合わせ、だったよな」
ようやく目的地が見えてきた。
冒険者が集うオクサードの街は広いため、外郭まで移動するのはけっこうな時間を要する。
そこは、商業施設が建っておらず、住宅地もまばらで、街の便利屋であるコルトさえほとんど通らない場所だった。
それなのに――――。
「あれ、人がたくさんいるぞ?」
最初に見えたのは、巨大な樹木。
植物なのに緑の葉を一切付けず、代わりに桃色の花をわんさか咲かせている。
次に見えたのは、その木の下に座り込む人影。
更に近づくと、顔ぶれが明らかになる。
「……もしかして、あの手紙を渡した全員が集まっている?」
少女は、ここでようやく嫌な予感を抱いた。
その身に備わる「直感スキル」が反応したわけではない。
何とも形容し難い生温かい雰囲気と、陽気に手を振る旅人の男が決定的だった。
「おー、待っていたぞー、コルコルー」
「……コルコル言うな」
旅人の男の隣には、彼が住む宿屋の小間使いである少女リリ。
そして、先日手紙を届けた8人が座り込み、その周りには箱に詰められた豪華な料理と飲み物が並べられていた。
まだ飲み始めていないのに、旅人の男は既に酔っ払っているみたいに上機嫌だ。
いつも嘘っぽい笑顔を張り付けている男にしては珍しい。
「よーしっ、主役が登場して全員揃ったから、早速始めちゃうぞーっ!」
「…………いったい何をやらかす気なんだよ、あんちゃん?」
知りたくないのに、聞かずにはいられない。
知らずに事が進んでしまうのは、もっと怖いから。
少女の懸念を全力で肯定するかのように、男は大きく息を吸った後に口を開き、こう言った。
「何をするつもりだって? そんなの決まっている! もちろんっ、お誕生日会をっ、だぁぁぁーーーっ!!」
「「「イエーイッ!!!」」」
男が高らかに宣言した瞬間、集った者達から喝采と拍手が鳴り響く。
仕込みは万全らしい。
「た、たんじょうびかい? だっ、誰の?」
「もちろんっ、コルコルだっ!」
「「「ヒャッホーッ!!!」」」
「えっ……、な、なんで?」
「この日この時この瞬間こそが、コルコルがこの世に生を受けた記念すべき記念日だからだっ!」
「「「 ワンダホーッ!!!」」」
予想外すぎる展開に、少女は理解が追いつかない。
これまでの12年間の人生――――いや、13年間において、産まれた日を祝われたことなど一度も無かったからだ。
「…………」
知識は、ある。
子供の誕生日を祝う家族の催しがあると、聞いたことがある。
だから、お誕生日会を行う理由も、なんとなく分かる。
でも、それよりも、気になることがあって。
「――――もっ、もしかしてっ、あの手紙はっ?」
「もちろん、この日この時この場所で盛大に開催されるコルコル誕生祭のお誘いだ!」
「えっ、でもっ、あの手紙って、オレからみんなに渡したんだけどっ!?」
「うん? もちろんそうだが、それがどうかしたのか?」
「だ、だって、そりゃあ祝ってもらえるのは嬉しいけど、その、手紙というか、招待状を自分で出したら、ほら、自分から祝ってくれっておねだりしてるのと同じだよなっ!?」
「うん、当然そうなるな」
それのどこが問題なのか、旅人の男は察することができない。
男の常識では、幼女が自分でお手紙を書き、お友達をお招きしてお誕生会を開くのが当たり前だったからだ。
「オ、オレ……、何も知らなかったとはいえ……、そんな恥ずかしい真似をっ!?」
多感なお年頃であるコルトは、自分が手紙を渡した後、家に戻ってそれを読んだ相手が微笑む様子を想像し、頭を抱えてのたうち回る。
彼らの脳裏には間違いなく、誕生日を祝ってもらいたくて仕方ない勤労少女が思い浮かんだはずだ。
大人なら嫌がられる傲慢さも、子供なら笑って許される。
そんな免罪符が、今のコルトには何よりも恥ずかしい。
「お、おおっ、おおおおおぉぉぉっ…………」
「そんなに感激するなんて、サプライズパーティーを開催した甲斐があったな」
中年男は、顔を真っ赤にして転がり回る少女を前に、満面の笑みを浮かべる。
人の心の機微に疎い男にとっては、照れ隠しにしか見えない。
「「「…………」」」
招待客のなかには事情を察している者も少なくないが、彼らも一様に笑いながらコルトを見ていた。
恥ずかしく感じるのも若者の特権。
若さ故に味わえる感情なのだ。
忙しい日々であるが、息抜きも必要。
旅人の男の酔狂に付き合う義理はないが、極上の酒と飯が無料で飲み食い放題とあれば断る理由もない。
それが働き者の少女を祝う催しであれば、なおのこと。
――――配膳係として雇われたリリ以外に、普通の少女であるはずのコルトの誕生日を祝うために集まったのは、9人。
冒険者の街オクサードを統べる領主の愛娘であり、世にも奇妙なスキルの持ち主、ソマリ。
その護衛であり、最強と謳われる姫騎士を打ち破った経歴を持つ売れ残りメイド、エレレ。
最高峰のレベルを有する元冒険者であり、街を裏から支える酒豪の老ドワーフ、ウォル。
希代の付与魔法の使い手と噂される、歌って踊る人形売りの店主、ミシル。
朱色の髪と瞳、強い男を何よりも好む若手の女冒険者、レティア。
紅紫色の髪と瞳、駄目男をこよなく愛する若手の女冒険者、ミスティナ。
トップクラスの冒険者で、つい先日冷血メイドに大勝利した新妻にして巨人族の姉、ビビララ。
恵まれた巨体と筋肉を駆使し、魔物相手に肉弾戦を繰り広げる巨人族の弟、ググララ。
そして、見た目は冴えない中年男だが、反則まがいのレベルを無駄に使って道楽に耽る旅人、グリン。
かくして、冒険者の街オクサードが誇る、偉人、変人、流浪人が一堂に会した狂乱の宴は、真っ昼間から始まってしまったのである。
▼あとがき
ヒロイン交代のお知らせ。
もとい、書籍版4巻の発売が決まりました。
詳細は、活動報告にて。