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美食組合 2/2




「……ここが、我々が探し求めていた料理店、なのか?」


 商人に連れられてきた三人が店の入り口で抱いた感想は、「?」だった。

 街外れの一軒家で、真っ黒な外装で、簡素な看板が立てられた店。

 完全なる料理を提供する店は、当然立派な料理店だと思い込んでいたから当然である。

 客を楽しませる気構えどころか、むしろ来客を拒んでいるような気配さえ感じさせる。


「「「…………ごくり」」」」

 どうやら試されているのは我々の方らしい、と美食家達は料理を見る前から唾を飲み込んだ。


 なお、突然の訪問は、品評会が終わってすぐに実行された。

 大金を自由に使える四人にとっても、希少な転移アイテムを軽々しく使うことはできないが、全てに優先される完全なる料理が目的では是非も無い。

 品評会で膨れた腹も高価な状態回復薬で無理やり解消させ、気力、体調ともに準備万端の状態で臨んでいる。


「グフフッ。今日はちゃんと開いているようだ。やはり、我々美食組合は料理の神に愛されている」

「もしかしてこの店は、営業日が決まってないのか?」


「正確には、開いている日と時間が決まっていない。しかも、開店時間が極端に短い。それで何度お預けを食らったことやら」

「料理は味はもちろんのこと、持ち出し禁止といい、営業時間といい、随分と拘りの多い料理店のようですな」


「そう、この店は拘りだらけだ。看板に「お一人様推奨」と書いてあるように、団体客や会話を嫌っている。だから、同時に入店するのまでは許されるだろうが、一人ずつ離れた席に座った方がいい。どうせテーブルも一人用しかないしな」

「あまりの拘りように少々窮屈に感じますが、仕方ありませんね。出入り禁止になっては元も子もありませんわ」


 商人から入店の心得を聞かされた貴族、冒険者、美姫は、恐る恐ると扉を開く。

 大きな影響力を持つ彼らにとっては屈辱的とも思える対応だったが、素直に従う。

 完全なる料理を生み出す一なる料理人には、それだけの価値があるのだ。


「「いらっしゃいませ」」


 店の中へと足を踏み入れた彼らは、まず、可愛い格好をした二人の給仕に驚き、綺麗に整った内装に驚き、ひんやりとした空気に驚き、心地よい音楽に驚き、円状の凹凸がある奇妙なテーブルに驚き、イラスト化された豊富なメニューに驚く。


 他の客は、カウンターの一番奥でちびちび飲んでいる紺色のスーツを着た男だけ。

 外装と違い店内は整えられているが、とても繁盛しているようには見えない。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「「「「全種類の料理を一品ずつ、順番はお任せで、コース料理のように少し時間を置いて運んでほしい」」」」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 四人が出した同じ注文にも動揺せず、給仕は可愛く頭を下げて厨房に入っていく。

 たった四人とはいえ、全品を頼まれては、料理人も戸惑うに違いない。

 それなのに――――。


「お待たせしました」


 三分と待たず、最初の料理が運ばれてきた。 

 しかも、四人同時に、同じ料理が。


『おおっ、これほど早く出てくるとはっ。商人殿から聞いていた話に間違いないようですな』

『味には確信があったが、これについては疑っていたのに、大したものだ』

『あの厨房の中に、大勢の料理人がいるのでしょうか?』


 美食組合の各々は、通信用のアイテムを使い、念話で意思疎通を図る。

 客同士の会話を嫌う店に配慮してのことだ。


『グフフッ、この小さな店に多くの料理人は入らないだろう。おそらく事前に作った料理を収納アイテムでストックしているのさ』


 大して給料の高くない料理人が、高価なアイテムを使ってまで作り貯めするなど聞いたことないが、それ以外に考えられない。

 そもそも、作る過程なんて、食べる側が気にするものではない。

 ただ純粋に、味を楽しむ。

 それが食べる側に課せられた役割である。


「「「「――――」」」」


 実際、美食家達が余計な事に気を回したのは、最初だけだった。

 一度口に入れてからは、次々と運ばれてくる料理を食べ続け、時折よく冷えた水と状態回復薬で休憩を挟み、そしてまた食べ続ける。

 食の礼儀作法にも通じている彼らは、大きな音を立てず、感動詞を叫んで大袈裟に評論したりしないが、その手と口は過去最高の速さで動いていた。


『信じられんっ、これほどの完成度を誇る料理が、これほど多く存在しうるとはっ! まさに奇跡ですな!!』

『今まで食してきた料理と比べては、理解が追いつかない味と調理法ばかりっ! これこそ神の御技に相応しい!!』

『味だけでなく、見た目、匂い、温度までもが完璧に行き届いていますわっ! 完全なる調和がここにっ!!』

『あー、ピザうめー』


 礼節を重んじ、同じ想いであった彼らも、食に没頭し続けていると、意見が割れるようになる。


『どの料理も素晴らしいが、最も美味しいのはワショクシリーズですなっ。スシ、テンプラ、サシミ! まさに食の王様!!』

『何を言う、最高ランクの肉アイテムを遙かに上回る天然肉の美味しさが理解できないのかっ。ワギュウ、クロブタ、ジドリ! これらの肉質を超える食材など存在しないっ!!』

『麺料理が至高に決まっていますわっ! ウドン、ラーメン、カルボナーラ! 天上まで届くような長く美しい逸物ですわ!!』

『あー、カレーうめー』


 どれほど味覚に優れ、理性を保っていたとしても、所詮好みなんて人それぞれ。

 誰しもが譲れぬ拘りを持っている。

 料理に優劣をつけ、自分こそが正しいと断言できるのも、全て完成された料理があってこそ。



『『『『あっ――――』』』』


 数え切れない程の咀嚼を続け、全種類の料理を完全制覇した美食家達は、ようやく自我を取り戻す。

 最後に出てきたデザートが、熱を冷ましたかのように。


「「「「…………」」」」


 まだ、食べ足りない。

 魔法薬を使えば、ずっと食べ続けることができる。

 叶うなら、死ぬまでそうしていたい。


「「「「神に感謝を」」」」


 それは、食事を用意してくれた全ての相手に対して、感謝の気持ちを表す言葉。

 そして、食事の終わりを意味する言葉。


 彼らには、完全なる料理を堪能する以外に、もう一つ目的があった。

 一なる料理人を美食組合に勧誘すること。

 お互いに確認するまでもなく、この店の料理人が、長年探し求めていた相手であると、疑う余地がない。


「……給仕係の少女よ、すまないが料理人殿と面会できないだろうか?」

「最高の料理でもてなしてくれた相手に、是非とも礼を言いたいのだ」

「この胸にある感動をどうしてもお伝えしたいのですわ」

「どうか、お願いする」


 同時に立ち上がった四人は、深々と頭を下げた。

 彼らが地べたを見てまで頼み込むのは、最初で最後かもしれない。


「で、ですが、その…………」


 最初は断っていた給仕係も、繰り返し頭を下げられて困ってしまう。

 そして、ちらりと視線を移すと。


「…………」


 その先には、カウンターの隅っこで飲み続けていた紺色のスーツ男の姿があった。


「残念だが、料理人は存在しない」

「えっ?」


「ここは、注文の多い料理店ではなく、料理人のいない料理店なのさ」

「…………」


「後は俺が対応するから、テーブルを合わせてくれ」


 視線を向けられた男は、億劫そうに立ち上がり、給仕係に向かって指示を出す。

 指示を受けた二人の少女が、凸凹型の小さなテーブル6つを組み合わせると、一つの大きなテーブルが出来上がった。

 奇妙な形をした一人用のテーブルは、ジグソーパズルのピースのように切り分けられていたのだ。


「おおっ、この不思議な形のテーブルには、そのような意味があったのですなっ!」

「料理人の不在とテーブルの仕掛け。この店の事情に詳しいあなたは、もしやっ!?」


 美食組合のメンバーから驚きと畏敬の眼差しを受けた男は、気まずそうにボリボリと頭を掻き、こう答えた。


「ドーモ、オキャク=サン。俺がこの店のオーナーです」




 ◇ ◇ ◇




「我々は美食組合。この世の何よりも誰よりも料理を求める美食家の集まりだ。志を同じくするオーナー殿に是非とも聞いてほしい話がある」


 料理人のいない料理店のオーナーを前にした美食家四人は、自らの熱い想いを伝えた。


 食べるのが大好きなこと。

 料理を愛してやまないこと。

 なのに一度も満足できなかったこと。

 この世界の料理に不満があること。

 本物の料理を探し求めてきたこと。

 料理のためにはどれほど金を積もうと助力しようと構わないこと。 


 美食組合の精神は、オーナーである男の考えとよく似ていた。

 でなければ、こんな目立たない場所で、儲けを度外視した料理店を作ろうとは思わないだろう。

 彼らの主張は、男にとっても共感できる話であったが。


「……ん? ああ、ようやく話が終わったか」


 四方から熱弁がふるわれるなか、男はずっと酒を飲んでいた。

 しかも、普段飲まないような辛くて度数が強い酒だ。

 飲まないとやってらんない、という態度があけすけである。


 似た性質を持つ者同士が、必ずしも仲良くなるわけではない。

 同族嫌悪といった言葉があるように、正反対に憎しみ合う関係へ至るケースも少なくない。

 特に男は、ご自慢の道楽が真似されたと感じてヘソを曲げるような器の小さい男であった。


「話は分かった。料理を好む美食家どもが更なる料理を見つけるために協力する。三大欲を持つ人として、自然な流れだろう」

「おおっ、やはりご理解いただけたかっ。ならば我々に、先程の料理を作った料理人を紹介していただきたいのだっ」


「それは、まあ、置いておくとして。その前に――――」

「えっ?」


「思想は理解できる。だが、あんたらが最高の料理を食うに相応しい活動をしているのかは、甚だ疑問だな」

「!?」


「御託はいい。料理に向ける情熱が本物かどうかは、あんたらがこれまで見つけてきた料理に表れる。だから、それを俺に食わせてくれれば全て分かることだ」

「…………」


「百聞は一見にしかず。そして、百見は一食にしかず、だ」


 美食組合の四人は、店のオーナーから指図されるがままに料理を取り出す。

 美食家を自称する彼らは、収納アイテムを使ってお気に入りの料理を常にストックしている。

 それは、手持ちの料理の中では、最高であったもの。


「やはり、な…………」


 大きなテーブルの上に置かれた四つの料理を食べ終えたオーナーの男は、首を横に振りながら大袈裟に溜息をついた。


「この程度の料理しか見つけることができないのに、なにが美食組合か」


 そして、椅子に座ったままふんぞり返り、横柄な態度でしゃべり出す。


「俺が失望している理由を、あんたらは理解できていないようだな。

 この世界の料理事情を知り、味に不満を抱いているのなら、なぜ探すことしかしない?

 有り余る力と情熱を、なぜ飲食業界の発展に使わない?

 ただ待つばかりで頂きに辿り着こうとは怠慢が過ぎる。

 言っておくが、この店の料理は特注品。魔法で生み出したような紛い物。味は良くても心は籠もっていない。

 それなのに、こんな偽物の料理であんたらは満足なのか?

 偽物に負けっぱなしでいいのか?

 ……俺も十全に注力しているとは言えないが、手をこまねいてばかりではないつもりだ。

 最高の料理が見つからないのなら、自分で作ればいい。

 自分で作れないのなら、作れる誰かを探して、作れるようにしてやればいい。

 それが、最高の料理を求める本物の道楽じゃないのか?

 俺のような余所者に任せてないで、本当はあんたらがやるべきじゃないのか?」


 世界をも変容できる力を持つくせに、自身の道楽にしか興味がない男が好き勝手な講釈を垂れる。

 しこたま酔って変なスイッチが入っている男を止められる者はいない。

 身勝手だとしても、実際に最高の料理を所持し、曲がりなりにも料理人を育成し、この世界の料理に呆れている男の言葉には、妙な説得力があった。

 誰よりも料理を愛する美食家には、崇高な言葉に聞こえたとしても無理からぬことだろう。


「――これまでの我々の行い、申し開きのしようもございません」

「まさにオーナー殿が仰るとおり。我々は進む道を間違えていたようだ」

「真に望むものを手に入れるには、自身の努力も必要ですわね」

「過去の愚行を悔い改め、これからは食の発展に全力を注ぎましょう」


 美食組合の四人は、自身の間違いを恥じて非を認め、床に片膝をつけて頭を垂れた。

 椅子に座る男を囲むようにひれ伏す様子は、まるで王にかしずく家臣のようであった。


 彼らは、気づいたのだ。

 美食組合を取りまとめる一の座に相応しいのは、凄腕の料理人ではなく、彼のように飲食業界を進化に導く者なのだと。


「オーナー殿には、是非とも美食組合に加入していただきたい!」

「貴殿こそ美食組合の一の座に相応しい!」

「我々に必要だったのは、真の美食家へと導く先導者だったのですわ!」

「切にお願い申し上げます。我々を――――いえ、この世界を、本物の料理が誰でも食せるような楽園へと導いてください!!」


「うむっ、その心意気や良しっ! 全て俺に任せておくがよいっ!! ふははははっ!!!」


 乗り気じゃなかったはずなのに、言いたいことを好きなだけ言ってすっきりした男は。

 煽てられて、その場の雰囲気に酔ったせいもあり。

 勢いよく立ち上がると、高らかに宣言した。


 この瞬間、万の商人、千の貴族、百の冒険者、十の美姫、一の道楽者を以て、真の美食組合が結成したのである。


 ……なお、翌日、しらふに戻った道楽者が、大いに頭を抱えたのは言うまでもない。




◆ ◆ ◆




―――― ?日後 ――――



 グルメの街として名を馳せるその地が、少し前までは味気ない凡庸な街であったと覚えている者は少ない。

 食への興味が薄かった世界において、空腹だけでなく心を満たす本物の料理が定着した表れであろう。


 料理の発展に尽力した食の伝道師と呼ばれる四人がいる。

 各分野で栄華を極めし美食家が集まり、その集大成としてグルメ街を作り上げたことは、飲食業界では誰もが知る事実だ。


 だが、偉大な四人が組長と呼ぶ、肩書きを持たない男の存在を知る者は少ない。

 その男は、表に姿を見せず、裏側から料理のレシピを提供し、曖昧なアドバイスを出すだけで、積極的ではなかったのだが。

 男の協力が無ければ、けっして到達できなかった道程であることは、四人全員が認めるところである。


 一方、料理を食する側は――。

 それが日常になった今日、多くの客は、功労者である彼らの存在を知らない。

 経緯を知らず、理由も知らず、考えようともせず、敬意を抱くこともなく。

 それでも誰もが、美味しい料理を食べている。

 ずっと、ただ、食べ続ける。



 だから、この物語に別の話は、無い。




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― 新着の感想 ―
[一言] 音楽の次は美食ですか。こんなに活躍するのら、副題付けましょうよ。 「チートなオッサンの異世界産業革命」
[気になる点] 『『『『あっ――――』』』』←このように複数人が同じセリフを発する台詞が、しつこく出てきてさすがに寒い。
[良い点] ?日後が毎回凄くできてて面白いです。
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