デッド・オア・デート 1/2
異世界へと迷い込み、それなりの時間が過ぎた。
知り合いが一人もおらず、文明も遅れている世界だが、偶然にもこの世界特有の恩恵を受け、地球に住んでいた時とは比べものにならないくらい自由気ままな生活を送っている。
唯一の心残りは、連載中の漫画の結末や新連載を見れないことくらい。
……だったのだが、ここにきて新たな悩みが発覚。
現代社会に生きる若者ならすぐ気づくだろう。
そう、ネットに繋げないことである。
地球で普通にリーマンしていた頃の楽しみの一つは、とある掲示板にて浮気された旦那が復讐する痛快話を閲覧することだった。
結婚したこともないのに、結婚する気もないのに、あのザマァ感が癖になる。
俺の根深い結婚嫌いもここで養われたのだろう。
その掲示板にさほど未練はないが、リアルタイムで繋がっていないと解決できないこともある。
それが最近の一番の悩み。
俺は、誰かに相談したくて仕方ない。
レスを立てるとしたら、こんな感じだろう。
【緊急】36歳独身男が25歳美人メイドとデートすることになったのだがどうすればいい?【助けて】
「クソスレおつ」「妄想おつ」「空気嫁ですか?」「いい病院知ってますよ?」「俺が代わってやんよ」「おっさんが無理すんな」「独身男は金だけは持ってますよね」「あなた騙されてますよ?」「美人局って言葉、知ってる?」「新興宗教のお誘いですよ?」
などなどと、仮に通信できてもこんなクソレスにまともな返答が来るはずないと重々承知しているが、それでも助けを求めずにはいられない。
それ程までに、俺はテンパっているのだ。
「――――ではグリン様、でーとに参りましょう」
約束の日、約束の場所にて……。
冷血メイドと名高いエレレ嬢が、いつものお澄まし顔で催促してくる。
しかし、そこそこ付き合いが長い俺には分かってしまう。
感情が表に出にくい彼女の頬がピクピクと動いていることに。
誤解を承知で言えば、期待されているのだろう。
それだけでもう、おっさんはいっぱいいっぱいである。
俺の精神を正常に保つため、何故こんな事態に陥っているのかもう一度振り返ってみよう。
◇ ◇ ◇
「でーと、です」
「……へ?」
「でーとを、所望します」
「…………まじで?」
「まじです」
その単語を聞いた瞬間、体の中を電流が駆け抜けた気がした。
ある意味「結婚」よりも禁忌度が高いキーワード――――「デート」を口にしたのは、オクサード領主家のメイドさんことエレレ嬢。
結婚よりもデートの方が簡単だと思われがちだが、必ずしもそうではない。
結婚なんて、お付き合いをせずともお見合いだけで成立する場合があるし、ぶっちゃけ金さえあって相手を選ばなければ全ての過程をすっとばして夫婦になることはできる。
言ってしまえば結婚なんてものは、紙切れ一枚を提出するだけで成立しまうから、実績も実態も必要ない。
いざ結婚しようとしたら、見知らぬ誰かに勝手に婚姻届をだされていて実は既婚者だったとは、実際にある話だ。
かくいう俺も実際に確認していないので、実は誰かと結婚していたのかもしれない。
閑話休題。
だけど、デートは違う。
法律や書類上の決まりが無い故に、不可侵の聖域。
キャバクラのお姉ちゃんと同伴したり彼女をレンタルできるサービスもあるそうだが、あれは断じてデートではない。
デートとは、相思相愛の二人が合意の上で行う神聖な儀式。
そこに、利害が関係していては、もうデートとは呼べない。
ただの風俗である。
「……一応確認しておきたいのだが、エレレ嬢はデートの何たるかを知っているのか?」
彼女がソレを口にした経緯は明白。
今し方、結婚を迫ってきたサイベリアお嬢様を追っ払ってくれたお礼である。
しかし、彼女が俺とソレを望む理由は不明確。
全く以て理解しがたい。
そもそも、この世界では告白から間を置かず結婚するのが一般的なので、恋人同士が仲を深めるデートという概念はなかったはずなのに。
「もちろん承知しています。親しい男女がより仲を深めるため一緒に遊ぶこと、ですよね」
「……うん、まあ、だいたい合っていると思うが、どこでそれを?」
「お嬢様から教えていただきました」
あの小娘っ、余計な真似をっ。
「そのお嬢様は、グリン様から聞いたと言っていました」
あの碌でなし、余計な真似をっ。
「そうか、以前お嬢様に結婚の理不尽さを語っていた時に、そんな話もした気がするな」
お嬢様と結婚談義した際に、段階を踏む大切さの一環としてデートの必要性を教えてしまったんだよな、俺が。
猫型ロボットにタイムマシンを借りて、あの日の俺をぶん殴ってやりたい。
「つまり、エレレ嬢は、デートの定義と目的を知っていると?」
「はい」
「その上で、俺とデートしたいと?」
「はい」
あかん、自分で聞いといて恥ずかしくなってきた。
「う、うん、そうか、そうだよな。俺の代わりに矢面に立ってくれたお礼なんだから、エレレ嬢が望む場所へ行って、エレレ嬢が望む料理を食べて、エレレ嬢が望む物なら何でも買うのが俺の役目だよな」
「行って、食べて、買うのが目的ではありません。目的は、でーとです」
「…………」
「でーとです」
「お、おうっ」
メイドさんの有無を言わせぬ迫力に、思わず頷いてしまう。
もはや、言い逃れ出来ないのか。
「いくら男日照りとはいえ、こんなおっさんを相手にせずとも、若くて気が利く男と金だったら幾らでも用意するぞ?」と言って断りたいが、わざわざご褒美の権利を行使してまでソレを望まれては、さすがに拒否できない。
俺は女心を理解できない駄目なおっさんかもしれないが、駄目なりに空気を読もうとしているのだ。
「よ、よしっ。それじゃあ、次にお互いの休みが重なった日にでも、決行するとしようっ」
「明日で大丈夫です」
「……い、いや、その、もう少しお互いに準備時間が必要だろうし? それにメイドのお仕事も急に休めないだろうし?」
「問題ありません。いつでも休みます」
「で、でもほら、明日はみんなで食事会の予定だし?」
「それでは、明後日で」
「そ、それもちょっと……」
「明後日でお願いします」
「は、はいっ」
プラス思考。
窮地に陥った時こそ、プラス思考。
俺の座右の銘である「塞翁が馬」を信じるなら、絶体絶命に思えるこの機会こそ望む結果へと繋がる道があるはずなのだっ。
……そうだっ!
別に改まって身構える必要なんてない。
ありのままの俺でデートすればいい。
そうすれば、いかに俺が甲斐性に欠ける駄目駄目人間であるのか、男を見る目が無いメイドさんでもさすがに気づくはず。
その結果、おのずと疎遠になり、自然消滅する無難なエンドへと辿り着く。
だから肩肘を張らず、自然体で対応すればいいのだっ。
なーんだっ、楽勝じゃん!
やってやんぜ、異世界デート!!
◇ ◇ ◇
「…………」
そう目論んで本番当日を迎えたはずなのに、待ち合わせ場所にて、いざ相手と向き合うとテンパらずにはいられない俺。
今までは非モテな自身をネタにしてきたが、今回ばかりは不甲斐ない己を本気で恨まずにはいられない。
先生っ、学校では性教育をする以前に、デートのやり方を教えるべきだと思います!
「……そ、それじゃあ、行こうか?」
「はい、どこなりとお供します」
「いやいや、そんなに力まれても困る。ただ普通に街を散策するだけだから」
「そうなのですか?」
「最初のデートとは、そういうものだ」
「なるほど、つまり少しずつ進展していくのですね」
「う、うん? 違うぞ? 今のは言葉の綾というヤツで、そう決まっているわけじゃないんだぞ?」
「なるほど、つまり当日のお楽しみなのですね」
「……あ、ああ、そうかもしれないな」
駄目だ、喋れば喋るほど、ボロが出る。
真っ当な女性だったら、もう見限っていいと思いますよ、ほんと。
「ですがグリン様、オクサードの街には見て楽しめるような場所がなかったかと思いますが?」
ここは無骨な冒険者が集まる地方都市なので、エレレ嬢が危惧するようにめぼしいデートスポットが無い。
血気盛んな男性冒険者向けの娼館は盛んなのだが、初デートで風俗街を回るカップルなんて嫌すぎる。
いやいや、どんな上級者でも無理だろう。
「先ほどは普通の街歩きデートだと言ったが、この街は相応しくない。それに、エレレ嬢はオクサードの街で有名人だから、男と並んで歩くだけであらぬ噂をされ困るだろう」
「ワタシは一向に構いませんが」
「……仮にエレレ嬢がそうだとしても、俺の方は困る。嫉妬に狂った男に刺されるなんて不名誉な死は御免だ」
女性から刺されるのであれば、男として本望かもしれないがな。
「そうですか……。ワタシとしてはこの機会に周知させておきたかったのですが、グリン様の迷惑になるのでしたら仕方ありません。では、どうしましょうか?」
「う、うむ、だから転送アイテムを使って、知り合いが全く居ない遠く離れた他の街に行こうと思う」
さらりと怖い台詞を挟んでくるエレレ嬢は置いといて、話を進めよう。
街は街でも、田舎者は市内の中心街へ。都会育ちは、隣の都市へ。セレブは、海外の観光都市へ。
慣れない土地へ遠出して、気分を高揚させてこそのデートである。
「それは、とても楽しいでーとになりそうですね」
「だ、だろう? はははっ……」
俺の提案に、エレレ嬢が微笑む。
だけど、俺が捻り出したデートプランはそこまでなので、これ以上期待されても何も無い。
ぶっちゃけ自分の保身しか考えていない。
男として心苦しいが、デートを台無しにするつもりは全くないので許しておくれ。
そして精々、ありのままの俺を見て、ありのままに愛想を尽かしてくおくれ。
そう、ありのままにっ!
――――さあさあっ、楽しいデートのはじまりじゃいっ!!