奴隷少女の日常 7/7
≪ 第11話/おいしいコーヒーのいれ方 ≫
「色々な地域の色々な料理を食べて研究したいから、他の街にも連れていってちょうだい。言うなれば、料理探しの旅、ね」
ベルーチェの一言で、その旅行は始まった。
「研究熱心なのは良いことだが、どうせ他の街の料理も大したことないから、参考にならないと思うぞ?」
「そんなことないわよ。確かにあなたの懐から出てくる料理とは比べものにならないかもしれないけど、結局は目の前にある材料と器具を使って似たような物を作るしかないわ。だからどうしても、あなたが求める特別な技能だけでなく、地域に根付く一般的な知識も手に入れなくちゃダメなのよ」
「ふむ、それはもっともな話だな。よしっ、すぐに準備しよう!」
男はそう言うと、転移アイテムを使ってどこかへ行ってしまった。
料理にしか興味を抱かない男だが、その料理を理由にして誘うと非常に扱いやすい。
普段は面倒くさがって動かないくせに、人が変わったようだ。
三人の少女も慣れたもので、レシピ作りが二年目に突入する頃には胡散臭い男の扱い方にも長けていた。
「くふっ、くふふっ……」
「あの人と一緒にお出かけするのが嬉しくて仕方ないって感じですね、ベルーチェさん」
「あら、そんなことないわ。見知らぬ街を巡るのが面白そうと思っているだけよ」
「「…………」」
いつもは人混みが苦手だと言っているくせに。
などと無粋な突っ込みはせず、兎族姉妹は温かい眼差しで見ている。
「それにしても、旦那さまがあんなに簡単に了解してくれるだなんて拍子抜けだったね、ベルーチェちゃん」
「彼は美味い料理を食べれれば何でもいいのよ。……良くも悪くも、ね」
「でも、テキトーなあの人のことだから、ちゃんとした旅行になるとは思えないんですが?」
「街を巡って、お腹が空いたら料理を食べ、移動のついでに観光を楽しむ。ただそれだけだから、失敗しようがないでしょう?」
「だといいんですが……」
基本的に主人を信じているベルーチェとリエーは気にしなかったが、基本的に主人をダメな大人だと思っているコニーは悪い予感を抱くのであった。
◇ ◇ ◇
「……これは、旅行では、ないわ」
「ははは、そんなわけなかろうて。これこそ完璧な食い倒れツアーだぞ」
旅行の一日目。
あまりのハードスケジュールに、ベルーチェは嘆いた。
ハードとはいっても、体力的な負担はない。
移動は転移アイテムで一瞬、お腹いっぱいになれば状態回復薬で解消。
中年男と少女三人の一行は、たった一日で、三つの街と十八の料理店を梯子していた。
その間、休憩は全く無し。
店内で飯を食い、食べたらすぐ退出し、外に出たらすぐ転移して次の店の前へ。
それを延々と繰り返し。
転移アイテムに驚く一般人なんてお構いなし。
移動、観光、余韻の一切を排除した食事特化型の旅行。
それこそが男が綿密に計画した「異世界食い倒れ日帰りツアー」の概要だった。
「初めて行く街では、その土地の特徴を知って観光を楽しむのが礼儀でしょうっ!?」
「いや、俺は前に来たことあるし。それに、地域の特徴といったら料理を楽しむのが一番だし」
「だとしても、食べた料理について考える時間くらいあるべきでしょうっ!?」
「いや、大して美味くもない料理の余韻に浸りたくないし」
ああ言えばこう言う。
旅人を自称する男は、その実、旅の楽しみ方を全く理解していなかった。
「それに何で日帰りなのよっ。旅行といったら普通は何日もかけてゆっくり回るものでしょうっ?」
「いや、アイテムを使えば一瞬で移動できるから泊まる必要なんてないし。大抵の宿には風呂が無いから、自分の家に戻って過ごした方がずっと快適だろう?」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに、こんなおっさんと泊まっても楽しくないだろうし」
「「「…………」」」
ベルーチェ、リエー、コニーは、その一言で理解する。
出会ってから一年が過ぎた今でも、男は少女達を商品として購入した負い目を感じており、深く接するのを怖がっているのだ。
「……とにかく、今日はこの街に泊まりましょう。せめて一泊はしないと旅した気分にならないわ」
「いや、目的は旅じゃなくて料理だから、そんな気分は不要では?」
「旦那さまっ、郷土料理はその地域独特の雰囲気と併せて楽しむ方が美味しく感じると思いますっ」
「ふむ……」
「お姉ちゃんの言うとおりだよっ。大きな店ばかりじゃなくて、もっと地元の食材を使った小さな店まで探すべきだよっ」
「なるほど、それも一理あるな。よし、では本日は宿を探して泊まるとしよう!」
ようやく説得に成功した奴隷少女は、盛大に溜息を吐く。
自分達のご主人様は、どうしてこう適当なのだろうか。
それを許容しつつある己自身が少し怖い。
慣れとは、悲しくも賢い、生きる秘訣である。
◇ ◇ ◇
「……なあ、何度も同じ質問をするのもどうかと思うが、本当に同じ部屋に泊まる必要があったのか?」
ベルーチェの希望が叶い、無事に宿を確保した一行。
しかし、中年男はまだ納得いかない顔で首を傾げていた。
「今日食べた料理の感想会をするのだから、同じ部屋の方が都合が良いって何度も言っているでしょう」
「感想を言い合うのは大事だと思うが、そこに俺が参加する必要はないのでは?」
「あなたを満足させるために作る料理のレシピなのだから、あなたの意見が優先されるのは当たり前でしょう」
「それはそうかもしれないが……」
説明されその場では言い含められるものの、しばらくするとまた同じ質問をしてくる。
とにかく男は、三人の少女との同室だけは避けたいらしい。
「旦那さまは、わたし達とお話しするのがそんなに嫌なんですか?」
「い、いやいや、そんなつもりはないんだぞ? ただその、俺のウィットとユーモラスに富んだ会話術は大人の女性向けだから、君達のような若い娘さんとは少々噛み合わない可能性も捨てきれないと心配しているだけで……」
「お姉ちゃんもベルーチェさんも、別に面白い話をしろだなんて言ってないでしょっ。何でそういい格好をしようとするのよっ」
「それがダンディな紳士である俺の使命なのさ」
「ご大層な使命もあったものね。そんな難しいことを考えずに、とにかくあなたは料理の感想と私達からの質問に答えるだけでいいのよ」
料理に関することには饒舌になる男だが、自身のことを話すのは苦手らしい。
それを察しているからこそベルーチェは、男が逃げられない場を用意し、腰を据えて会話しようとしているのだ。
……もっとも、彼女が聞きたい話は、男に関係する雑談なら何でもいいのだが。
「ええいっ、こうなったら覚悟を決めてやるっ。甥っ子の子守りさえ三十分と持たず、同じ部屋に他人が居ると眠れない俺だが、見事この窮地を乗り切ってやるぞ!」
逃げ場を失って情けない意志表明をした男は、懐から強めの酒を取り出すのであった。
「あなたが求める料理は理想が高すぎるのよっ」
「旦那さま、好きな物ばかりでなくバランス良く食べないとお体に悪いですよ?」
「そうだそうだっ」
普通の会話を苦手とする男の懸念は、杞憂に終わる。
男が取り出した甘い酒が好評で、全員が酔ってしまったからだ。
建設的な会話は望めず、もはや少女達が愚痴を吐き出す場と化していた。
「……幼くても女は女。たとえおっさんでも、男が敵うはずもない。しかも一対三。男女の力関係は男五と女一でようやく釣り合うのに」
「ちょっと、ちゃんと話を聞いているのっ!?」
「はいはい、お姫様の仰せのままに」
「だったらもっと、女として優しく接しなさいよっ」
「旦那さま、わたし達は奴隷で子供ですが、女でもあるんですよ?」
「そうだそうだっ」
「ふむ、レシピ作りのモチベーションを保つための福利厚生費が足りなかったようだな。どれくらいの金が必要なんだ?」
「そ、れ、が、だ、め、な、の、よ! どうして何でもかんでもお金で解決しようとするのっ!?」
「えっ、だって、女が男に求める優しさとは、一に金、二に宝石、三、四が無くて、五にグッチだろう?」
「……あなたって、全体的に常識が変だけど、特に料理と女性については酷いわね」
「世の中には金で買えない幸せもあるだろうが、金が無いと壊れてしまう幸せの方が遙かに多いんだぞ」
「それは間違いではないわ。でもね、お金はあくまで手段の一つであって、本当の幸せはその先にあるのよ」
「なるほど、まだ若くとも人生経験が深いと言うことが違うな」
「あなたは大人で力も経験もあるはずなのに、どうしてそんなに嘘っぽいの?」
「自分の言葉に責任を持たせないようにしておけば、間違っていたり裏切られたりしても傷つかない。これが大人の処世術だ」
「それもまた適当に言っているだけでしょう?」
「三枚舌外交に舌先三寸、やはり三の字は偉大だな」
酔っ払いと常識が無い相手では、ますます話が通じない。
「はぁ……、まあいいわ。薄っぺらい言葉だとしても、他人の考えなんてどうせ理解できないものよ。それよりも、もっと楽しい話――――料理の話をしましょう」
「よしっ、だったら料理の名前でしりとりでもするかっ!」
「それだと、旦那さまだけが圧倒的に有利じゃないですか?」
「もちろんだとも、勝負とは自分に有利な条件で戦うのが鉄則なのだ」
「大人のくせに、どうしてそう卑怯なのよっ」
「大人になるってのは、純粋さを捨てて卑怯になるってことさ」
「そもそも勝負しようだなんて言ってないでしょう。……いいからほら、あなたの料理に対する想いを聞かせてちょうだい?」
奴隷少女は結局、聞く側に徹することにした。
ご主人様の女に対する偏見、そして自分達に対する思い違いを正すのは難しい。
男にとって三人の少女は、嫌々働かされている子供でしかないのだ。
だからこそ破格の条件を揃え、ご褒美という抜け道を用意して奴隷からの解放を促そうとしている。
それが、少女達の為になると信じて疑わず。
そして、自身が罪悪感から解放されるために。
「いやいや、いきなりお題を振られても俺は芸人じゃないから対応できないぞ」
「どんな話でもいいのよ……、だと逆に話しにくいのね。だったら、あなたが私達に作らせているレシピの使い道について教えてちょうだい」
「レシピの使い方、か」
「そう、あなたは、レシピを使って、何をしたいの?」
「うーん、そうだなー…………」
男は悩む振りをして、語りはじめた。
――――レシピが集まったら、お洒落な料理屋を作りたい。
夜は居酒屋ヨイガラスがあるからいいけど、朝と昼に軽い食事を気楽に取れる店、そうカフェが理想だ。
何故だろう、カフェという言葉は魅力的に感じる。
お洒落だけでなく、紳士的でもあり文明的でもあり大変よろしい。
生まれ故郷にはたくさんのカフェが有ったけど、ろくに行った記憶が無い。
ゆったりする時間が無かったのもあるが、ハードルが高く感じられたからだ。
チェーン展開している有名店は、若者やカップルだらけ。
古くからの喫茶店は、年季の入った近所の常連ばかり。
そんななか、カフェ特有のルールやコーヒーの味を理解できない中年男が入るのは度胸がいる。
我が物顔で利用できる行きつけの店がほしい。
だから、カフェを作りたい。
この食への興味が薄い世界で、あまり需要が無さそうなカフェを作りたい。
外観は西洋風な周囲に溶け込んで目立たず、それでいてちょっと特別な感じ。
ドアにはカランカランと音が鳴るベルを付け。
内装はシックだが洗練されたデザインのテーブルと椅子。
席の数は少なめで余裕ある空間を演出。
天井は吹き抜けで開放感に溢れている。
もちろん、一人用の席も忘れずに。
料理はコーヒーや紅茶といった渋めの飲み物に、パスタやパン類の軽食だけでなく、甘いデザートも充実させよう。
値段は高めに設定して金のない若者を排除。
さらにカップルには十割増しサービスをプレゼント。
本物の料理の味が分かる通と雰囲気を求める紳士だけが居ればいい。
そんな憩いの場で俺は、小説を片手に、三杯の砂糖が入ったコーヒーを飲みながら、優雅に時間を使う。
本を閉じて耳を澄ませば、心地よい音楽が流れてくる。
最後に、もう一杯のコーヒーとデザートを。
うん、いいよこれ。
すっごくいいよ。
リア充諸君には何の変哲も無い日常に思えるだろうが、これこそが俺が求める贅沢な時間。
まさに、余裕の具現化なのだ!
……世間話は苦手だと言っていたくせに、身振り手振りを交えて饒舌に語る男。
その様子をベルーチェは嬉しそうに、リエーは真剣に、コニーは眠そうに聞いている。
永遠に続きそうな子守歌の中。
ベルーチェは、奴隷館で暮らしていた頃の自分と同じ売れ残りで、目つきと口の悪いご同輩から聞いた話を思い出していた。
(男が夢を語るのは、女を口説きたいから、とか言っていた気がするわ)
夢を語る姿も似合わないが、それ以上に女を口説く姿は想像すらできない。
おそらく、紳士を気取る中年男が女に愛を囁くことは、生涯ないのだろう。
だとしたら、今のこの時間は、ある意味奇跡。
男にそのつもりがなくとも、女は勘違いするもの。
理由はどうであれ、勘違いさせた方が悪い。
そもそも、本気も勘違いも大きな違いはない。
そう、受け取る側にとっては。
(……悪くないわ、ね)
カフェなる料理屋は知らないが、目を閉じれば瞼の裏に浮かんでくる光景。
綺麗なお店で自分が作った料理を美味しそうに食べる男。
空いたコップに甲斐甲斐しくコーヒーを注ぎ足す自分。
それだけでもう、お腹いっぱい。
「「「――――」」」
三人の少女が寝落ちするまで、男の与太話は続けられた。
≪ 第12話/男の背中 ≫
男の隣には、黒髪の少女が立ち、兎族の姉妹はその後を追いかける。
四人で出掛ける時は、いつもこの並びだ。
その時、姉は、いつも男の背中を見ている。
だけど、どれだけ見ても、よく分からない。
少し猫背だけど大きな背中には、何かがいっぱい入っているようで、何も入っていないようで…………。
よく、分からない。
男は約束を守ってくれた。
自暴自棄になっていた妹を説得し、快適な環境を用意し、普通に働く一個人として扱ってくれる。
まだ腫れ物を扱う感じが残っているが、それが男にできる精一杯なのだろう。
それはとっても嬉しいが、反面、怖くもある。
全てが平等であるということは、特別なモノもまた無いということ。
街中を歩く様子を見て思うのは、男は全くと言っていいほど周囲に興味を示さない。
いつも料理料理と声を大にして騒いでいるが、それさえ怪しい。
特別なモノを作り出すために無理やり当てはめているような、足掻いているような、そんな焦燥が感じられる。
特別なモノが欲しいのに、必要と感じない自分自身に足を引っ張られ、足掻いているように見える。
男は、空腹なのだろう。
その穴を埋めようとしているモノが、料理なのだ。
だとしたら、自分にもできることがある。
最初に取り交わした約束を、次に結んだ約束も、まだお願いしていない約束さえも、男は守ってくれるだろう。
だから自分は、料理を作るのだ。
料理で、空っぽな男の心を、少しでも埋めるために。
たとえ、その料理自体が、代替品であったとしても……。
本人が、そう、望み続ける限り。
いつか、彼が飽きてしまう、その日まで。
◇ ◇ ◇
……本当は、彼女にも分かっている。
男が、姉に手を出すつもりが無いことに。
姉の方から強く迫った場合はかなり怪しいが。
少なくとも、自分から手を伸ばすことはしないだろう。
それもそのはず。
その背中を観察し続けて分かったのだが、男は姉にあまり興味を持っていない。
いや、姉に限らず周りのものにも興味を示さない。
あまつさえ、いつも騒いでいる料理にも執着していないように感じる。
彼女には、それが不思議で仕方ない。
これほどまでに、何に対しても興味を抱かずに生きていけるのだろうか。
さほど好きでもないくせに、大金を使って奴隷を購入し、手間暇かけて面倒まで見ているのだろうか。
それは、まあいい。
姉に危害が及ばないのなら、むしろ歓迎するべき。
だけど、料理にまで執着しないのは許せない。
姉を巻き込んでおいて、自分まで引っ張り出しておいて、心まで掻き乱しておいて。
今更ただの気まぐれでしたでは済まされない。
だから自分は、料理を作るのだ。
たとえ仮初めでも、本人が求めている料理を作り続けるのだ。
いつか、彼が本当に料理を好きになる、その日まで。
◇ ◇ ◇
少女は、背中を見るのが嫌いだ。
最後に見た両親の姿。
それが背中だった。
奴隷商人に連れていかれる自分を見送りもせず。
肩の荷が下りたとばかりに楽しげな後ろ姿が、目に焼きついている。
それ以降、背中は別れを彷彿させる不吉の象徴となった。
親しい者の背中を見るだけで、胸が締めつけられるような痛みを感じる。
だから少女は、男の後ろを歩かない。
横に並んで、一緒に進もうとする。
手を握って、繋がりを実感しようとする。
年齢や背丈だけでなく、何もかも釣り合わないのは理解している。
それでも、後ろをついていくだけの女にはなりたくない。
もう、背中を見送りたくない。
どんなに背伸びしてでも、ご主人様の隣を歩き続けるのだ。
胸を張って隣を歩けるような自分になるのだ。
いつか、彼の方から手を引いてくれる、その日まで。
≪ 第13話/Ice Cream Talk ≫
「うん、美味しい……」
料理のレシピ作りは、まず男がお手本を提示し、次に奴隷少女が試行錯誤を繰り返し、形ができたら品評会にて試食され、男の了解を以て完成へと至る。
本日もまた、品評会という名のもとに中年男一人と少女三人が食卓を囲み、夕食を楽しむ。
まるで、本物の家族のように。
「それで、今回の料理はいかがかしら、ご主人様?」
「申し分ない。食材は違うようだが、立派に味が再現されている。この料理のレシピは完成品として認めよう」
男が笑顔で頷くと、少女達もまた表情を緩める。
以前は認められる度に歓声を上げていたが、幾つものレシピを完成させ、技能が確立してからはただの最終確認でしかない。
品評会の場は、今はそれよりも、もっと大切な意味を持っていた。
「よし、味とレシピも確認したことだし、俺の出番は終わったからそろそろお暇しよう」
「ちょっと待ちなさいよ、私達はまだ食べ終わっていないでしょうっ」
「だから、俺が居ない方が気兼ねなく食べられるだろう?」
「そんなのいいから、お姉ちゃんとベルーチェさんが食べ終わるまで待つのがマナーってヤツだよっ。ほら、食後の美味しいコーヒーを入れるから」
「いや、でも、夜にカフェインを摂取すると眠れなくなるし……」
「旦那さまがお好きなお酒も用意してますから、ゆっくりしていってくださいね」
いつものように、そそくさと帰ろうとする男を、ベルーチェ、コニー、リエーが次々に声を上げて呼び止める。
大雑把で配慮に欠け料理しか興味を示そうとしない男は、用事がない限り彼女達が住む家に寄りつこうとしない。
準備を済ませ奴隷に任せた後の自分の役割は確認するだけだと、本気で思っているのだ。
だから、失敗作だと自覚している場合でも、定期的に品評会を開き、こうして男が訪れる口実を作る必要があった。
「俺は、料理と睡眠と風呂と映画と読書は一人で楽しむタイプなのだが……」
「料理とは、目で楽しみ、匂いを楽しみ、味を楽しみ、まとめて雰囲気を楽しむものだって偉そうに言ったのはあなた自身でしょう。いつも言うことだけは立派なのに、やることなすこと適当なんだから」
毎度のやり取りを交わしつつ、ベルーチェは嘆息する。
傍若無人なご主人様は、人と深く接することに慣れていないらしい。
特に自分達のような若い女性に対して顕著だ。
百人以上の少女を裸で立たせ、奴隷館の店主に偉そうな口を利き、料理について饒舌に語る男と同一人物だとは思えない。
もしかしたら、罪の無い少女を金で手に入れ、契約のもと館に軟禁し、命令を下している負い目があるのかもしれない。
だとしたら、トンチンカンなご主人様らしい考えだ。
何もかもが今更、なのに。
「ほら、淑女を楽しませるのは紳士の役目なんでしょう? 料理が更に美味しくなる話でもしてちょうだい」
男は、大人で、金を持ち、力もある。
だけど、こうして繋ぎ止めておかないと、ふとした拍子に消えてしまいそうな危うさもある。
……もしも、男との連絡が途絶えたら、どうなるのだろうか。
屋敷は男の持ち物らしいので、家賃の心配はない。
普段の生活も、多すぎる準備金とレシピ作りの対価として貯めた金があるので、何年も持つ。
おのずと鍛えられた料理の腕を使えば、雇ってくれる料理屋はたくさんあるだろう。
何よりも、奴隷としては一切命令されていないし、制約も受けていないから、一般人と変わらない。
だから、男との関係が消えてしまえば、自由になれる。
そのはずなのに、男と会えない日々を想像するだけで、怖い。
「どんな話でもいいと言われても、おっさんという生き物はキャバクラで会話に慣れた者と、そうでない者の二種類が居て、俺はその後者なのだが」
「それだけ回りくどい喋りができれば十分だと思うけど……。だったらほら、ご主人様の生まれ故郷の話を聞かせて?」
「まあいいが、面白くないと思うぞ?」
「そんなことないわ。私は、あなたの話を、聞きたいのよ」
好奇心の乏しい男が一番強く反応するのが、料理。
これを突破口に繋ぎ止め、深めていくしかない。
結局は、料理に始まり、料理に終わる関係だとしても――――。
◆ ◆ ◆
―――― ?日後 ――――
十分なやる気のもと、スキルを十全に使いこなし、数多くのレシピを完成させてきた三人の少女。
男の地元料理を再現し続け、オリジナル料理まで作れるようになった彼女達は、三人揃って一つの「ご褒美」をお願いする。
それは、料理の腕と完成されたレシピを活かしたカフェを作ること。
一般客を相手に料理を作ることで独立し、かつ料理のレシピ作りを継続する道を選んだのだ。
奴隷からの解放は、頑なに拒んだままに。
この選択により、男が新たな奴隷を購入せずに済んだのは、副次的な効果であったのだろうか。
男がレシピを揃えた暁にカフェを作りたいと言っていたのとは、偶然の一致だったのだろうか。
理由はともかく、奴隷少女はカフェを経営することで、己の仕事を確立するだけでなく、男の願いを叶え、男を見返し、男の胃袋を掴んだのである。
――――カランカランッ!
「「「いらっしゃいませっ」」」
ドアが開くと鐘の音が響き渡るカフェにて…………。
三人の少女は、今日も料理を作り続ける。