奴隷少女の日常 6/7
≪ 第10話/病は気から ≫
料理のレシピ作りを任命されている三人の少女。
ユニット名を付けるとしたら、レシピ作り隊、だろうか。
そんな彼女達と顔を合わせるのは、十日に一度の品評会が基本。
これ以外は、彼女達の自主性に任せている。
会う頻度が多いと面倒とか、十代半ばの多感な少女と話す話題が無いとか、そんな情けない理由ではない。
俺は、レシピ作り隊が料理に向ける情熱を信じているのだ。
ただ、予想外の事態はどうしても起こってしまう。
このため、緊急用の連絡係兼護衛係として一人ずつ付与紙で創った使い魔を貸与している。
あくまで緊急用だから、そうそう連絡が入ることはない。
割と頻繁にどうでもいい理由で呼び出されている気もするが、きっと気のせい。
しかし、その日の緊急コールは、本当に緊急だった。
けっこう肝が据わっているリエーの慌てた様子が伝わってくる。
とにかく、現地に行って詳しく聞いてみよう。
「急に呼び出して申し訳ありません、旦那さま。実は、その、ベルーチェちゃんが病気らしくて……」
どんなトラブルかと思えば、割と普通の理由だった。
いやまあ、病気は大変なんだけど、アイテムを使えば一発で治るから危機感が薄れているのだ。
「それで、どんな病気なんだ? 風邪か? インフルエンザか? 結核か?」
「いえ、その、体の方よりも、心の方が危険みたいで……」
どうやら肉体的な病気ではないらしい。
メンタルヘルスは病気回復薬では治らないし、この世界には精神科医も居ないだろうから、確かに困った事態だ。
そもそも、原因はなんだろう。
やはり、責任重大な仕事に対するプレッシャーだろうか。
ベルーチェは大人びているが、その実、繊細そうだしな。
「仕事を苦痛に感じているのなら、回復するまで休んでもらって構わないぞ。落ち着ける休養地を用意しようか?」
「いいえ、旦那さま。ベルーチェちゃんはお仕事が大好きなので、そこは大丈夫です」
それもどうかと思うのだが……。
社畜化は立派な病気だぞ。
さておき、原因は何だろう?
「実は、その、ここで住むようになって、朝昼晩しっかり食べるようになって……」
それは良いことじゃないか。
「しかも、レシピ作りの合間に試食したり、休日は旦那さまから頂いたお菓子を食べたり……」
それも料理作りの仕事としては、普通じゃないのかな。
「さらに運が悪いことに、ベルーチェちゃんは奴隷館での暮らしが長かったので、知らなかったみたいなんです…………」
んん?
今のところ、さっぱり要領を得ないのだが?
「自分が、その、太りやすい体質だってことに」
「…………」
理解した。
さすがの俺も理解しちゃった。
でも。
「それは本当にベルーチェの話なのか? コニーじゃなくて?」
「何であたしの名前が出るのよっ!?」
いや、だって、ずっと姉の後ろに隠れているし。
深窓の令嬢っぽいベル-チェより、村娘っぽいコニーの方がふっくらした姿が似合いそうだし。
「うーーーっ」
めんごめんご、子供とはいえ女性にタブーな話題だったな。
ほらほら、飴ちゃんやるから出ておいで?
「そうやってお菓子ばかり出すから、ベルーチェさんが食べすぎちゃうんだよっ」
もっともな意見で怒られた。
ちゃっかり飴を奪ってなければもっと格好が付いたのに。
でもそうか、病気の原因は俺だったのか。
この頃、とある甘味を食べる彼女の姿が妙にツボに入ってしまい、大量に与えすぎてしまったのだ。
だって、ベルーチェが嬉しそうにフルーチェを食べてるんだぜ?
笑える、いや、微笑ましいだろう?
「太るといっても少しずつなので、わたしもコニーも、ベルーチェちゃん本人も気づいてなかったんです。でも、ご近所の男の子から『真っ黒髪のデブ女っ!』ってからかわれて、自覚しちゃったようで……」
「あいつはベル-チェさんが好きなんだよっ。だからいっつも意地悪するんだよっ」
気になる女の子の気を引くために悪口を言うなんて、まだまだお子様だな。
まったく、心に余裕がある大人な俺を見習ってくれ。
「それで、昨日から寝込んでいるわけか」
「はい、最初はショックで布団に潜っていたんですが、実際に熱まで出てきちゃったようで……」
十代半ばの乙女に「デブ」はキツい。
特にこの世界では太っている者が極端に少ないし。
自由の国アメリカにでも生まれていれば堂々と腹肉を揺らして出歩けるだろうに。
「ふむ、しかしそういった事情なら俺が出しゃばらない方がいいんじゃないのか? おっさんとはいえ俺も一応男だから、悪い方に刺激してしまう恐れがあると思うぞ」
体の病気以上に安静にして、自己回復に任せた方が良いのでは。
乙女心は障子より破けやすいそうだし。
「それだと、治るまで長い時間がかかると思うんです。ベルーチェちゃんは、その、思い込みが激しいところがあるので……」
うん、それは納得できる。
「だけど、旦那さまが直接ベルーチェちゃんを労っていただければ、すぐ元気になると思うんですっ」
うん、それは納得できないのだが?
「うーむ、確かに俺はウィットに富んだナイスガイだと評判だが、さすがに年代が離れた少女とは話が合わないと思うぞ?」
「そんなことありませんっ。旦那さまが言えばベルーチェちゃんは必ず信じますからっ」
「そうだよっ、ベル-チェさんに『太ってなんかないよ。すっごく可愛いよ』って言うだけでいいんだよっ」
なるほど、少女に甘言を弄するだけの簡単なお仕事だな。
俺を無駄に信頼しているリエーばかりでなく、俺を適切に信頼していないコニーまで断言するのだから間違いないのだろう。
よかろう、効果の程は保証できないが、少女に優しくするのは紳士の務め。
立派に果たしてみせようぞ。
似非紳士だけどな。
◇ ◇ ◇
「……無様な私を笑いにきたの?」
ベッドの上で療養中のベルーチェは、出会った当時のダウナー系に戻っていた。
布団を少しだけめくって、指先と顔の半分だけを表に出し、じっとりした目で俺を睨んでいる。
購入後のアグレッシブな彼女には振り回されていたので、本人には悪いがこちらの方が落ち着く。
知的なおっさんはミステリアス系に強く惹かれるのだ。
「「――――」」
背中から無言のプレッシャーを感じる。
兎族姉妹がちゃんと慰めろと、赤い目で睨んでいるのだろう。
ベルーチェはレシピ作り隊の中でリーダー的な存在だから、元気がないと姉妹も困るのだろう。
「その、体調を崩したと聞いてな?」
「…………」
「それで、お見舞いでもって思ってな?」
「…………」
「フルーチェ食べる?」
「……やっぱり笑いにきたのね?」
そう言ってフルーチェ、もといベル-チェは、布団の中に潜り込んでしまった。
どうやら甘味でお見舞い作戦は失敗したようだ。
やっぱり病人には桃だったかな。
「お大事に」
何事も諦めが肝心。
大人になるってことは、色々と諦めるってこと。
「「――――」」
回れ右して退散しようとしたら、両手を広げた兎族姉妹に通せんぼされてしまった。
「…………」
それに、布団の中から白い手が伸びて、俺の裾を掴んでいる。
うーむ、よく分からんが諦めるのは早いらしい。
諦めたらそこで試合終了だからな。
「ほら、病人の定番、おかゆだぞ」
リエーから聞くところ、ベルーチェは寝込んでからずっと食べていないらしい。
熱もあるから食欲が無いのだろうし、ダイエット的な理由もあるのだろう。
だが、さすがに一日以上食べないのはよくない。
「ほらほら、ファミレスのやっすいヤツじゃなくて、居酒屋のちょっとお高いヤツだぞー」
いや、ファミレスの雑炊も美味しいけどな。
朝から食べられて重宝するし。
ちなみに俺の中では、おかゆと雑炊は同じ物である。
「…………」
悲しみの引きこもり少女は、まだ布団の中から出てこない。
でもちょっともぞもぞしているから、興味はあるようだ。
「ベルーチェちゃん、旦那さまが食べさせてくれるって!」
「そうだよベル-チェさんっ、あーんしてくれるって、あーん!」
あれ? そんなこと言ってないのだが?
アラフォーのおっさんが十代半ばの少女にあーんだなんて、逮捕案件じゃない?
これ幸いにと、お巡りさんに突き出す作戦かな?
「――――」
おっ、布団の中から頭が生えた。
珍しく恥ずかしそうな表情でこちらを見ている。
兎族姉妹の作戦が功を奏したようだ。
「……ちゃんと、ふーふーしてくれる?」
「うんうんっ、もちろんだよベル-チェちゃん!」
「そうそうっ、十回くらいふーふーするからね、ベル-チェさん!」
俺の意思が及ばないところで勝手に話が進んでいく。
熱にやられているせいか、ベルーチェも変な感じになっている。
病気で弱っている時は誰かに甘えたくなるから、仕方ないか。
「はいはい、ふーふー、あーん」
前後からの視線に屈した俺は、望まれている行動を実行した。
くっ、まさかこの年になってこんな恥ずかしい真似を強要されるとはっ。
「ほらほら、これ以上冷めたら美味しくなくなっちゃうぞー」
雑炊の優しい匂いに負けたのか、それともただ空腹に負けたのか。
眠り姫は意を決したように布団をめくって、上半身を起き上げた。
「……なによ?」
「なーんだ、アメリカンな少女みたいに丸っこくなっているのかと思ったら、全然大したことないな。むしろ今の方が健康的でいいと思うぞ」
「――――っ」
確かに、当初と比べると三回りほど肉厚があるが、もともと痩せすぎで病的だったので、今が普通に見える。
背も小さいから、少しくらいポッチャリしている方が子供らしくていい。
でも、顔を赤くして発熱しているようだから心配だ。
「では改めて、あーん?」
「「あーん」」
リエーとコニー、復唱するのはやめてくれ。
恥ずかしさに耐性のあるおっさんでも、まだ羞恥心は残っているから。
「あ、あーん――――」
食べる方にまで煽られたら、もうね?
いっそ殺してくれ。
今こそ包丁で刺すチャンスだぞ?
「おいしい……」
まあ、いいか。
ベルーチェも気を取り直したようだし。
おっさんのちっぽけな自尊心を犠牲に、貴重な料理人が救われるのなら、むしろ本望。
どんどん羞恥プレイを楽しんでくれ!
完食後。
すっかり元気になったベルーチェは、兎族姉妹と楽しそうに談話している。
少し離れた所でそれを見ている俺も、ほっと一息。
雑炊の中には抜かりなく病気回復薬を混ぜていたから、肉体的な病気は回復済み。
厄介な精神的病気も、改善に向かっているように見える。
病は気からと言うし、何かしら意識の変化があったのだろう。
料理作りには体力も必要だから、その身にお肉を蓄えるのも大事だと気づいたのかもしれない。
ともかく、これで俺はお役御免である。
実際のところ、雑炊を食べさせただけだが。
「だいぶ良くなったようだが、安静にした方がいいから俺はこの辺で。完治するまでしっかり休んでくれ」
病人に気を使っている感じで、そそくさと立ち去ろう。
少女の群れに男が居ては、着替えもできないだろうし。
難儀なミッションもクリアしたし、本日の俺は去り際まで完璧だな!
「あのっ」
「ん?」
「……本当に私、太ってない?」
クールに去ろうとしたら、最後にベル-チェから話しかけられた。
やや蛇足だが、最後は小粋な会話で幕を引くのも悪くない。
まだ不安げな少女に向かって、笑顔で頷いて肯定するだけの簡単なお仕事だ。
「ああ、もちろんだとも、デブーチェ」
……あれ?
もしかして、名前、間違っちゃった?
「「――――」」
つい先ほどまで笑っていた兎族姉妹が、笑顔のまま固まっている。
「――――」
デブーチェ、じゃなくてベルーチェは、いつもの半眼を極限まで開いて硬直し、ぷるぷる震えている。
「その、つい自然に口から出ちゃったけど、悪気はないんだぞ?」
「――――あぁぁぁーーーっ」
俺のフォローむなしく、眠り姫はまた布団の中に潜ってしまった。
十代半ばは多感なお年頃と聞くが、まさかここまでとは……。
「おーい、出ておいでー、美味しいお菓子が待ってるぞー、フルーチェ美味しいぞー」
……それから、お姫様が全快するまで、さらに三日を要したのである。
だから言っただろう?
俺が出しゃばると、碌な事にならないって。
大人の忠告はちゃんと聞かないと駄目だぞ。
俺はこれ以降、気を使って極力顔を合わさないよう心がけた。
政治家を見習って失言を避けるため、必要最小限の会話にするよう留意した。
差し入れする時にも、お姫様だけにはカロリーが低いお菓子を渡すよう配慮している。
だけど、彼女の機嫌は治るどころか、より悪くなるばかり。
気を使えば使うほどに悪くなる悪循環。
ほんと、女心は難しい。
最後に、一句。
ベルーチェが
フルーチェくって
デブーチェになったった
字余り。