奴隷少女の日常 3/7
≪ 第4話/休日の過ごし方 ≫
奴隷の身として、レシピ作りに明け暮れる日々。
だけど、実際は少々異なる。
主人である中年男から、十日のうち一日間の休暇を厳命されているからだ。
『うちはブラック企業じゃないから、しっかりと有給休暇を消化してもらうぞ。同じ作業を長時間続けていると集中力が切れて生産力が下がる。集中力とは消耗品であり、休むことで回復するとメンタリストのダイゴも言っていたからな。より良い成果を出すためには適時のリフレッシュが必要なんだ。むしろ人生そのものがリフレッシュであるべき。あー、働きたくないなー』
正規に働いている者でも、月に一度の休みがいいところ。
ましてや、消耗品に等しい奴隷に休息など言語道断。
……なのだが、非常識の塊のような主人なので、少女達も反論は諦めて素直に従うようにしていた。
「仕事を休んで子供らしく遊べ。……なんて言われても困るのよね」
病気になる前は家の中でお勉強、病気になった後は奴隷館暮らし。
ある意味箱入り娘であるベルーチェは嘆息する。
丸一日を費やして遊び通した記憶など無い。
貧乏で物心ついた頃から働きづめだった兎族姉妹も似たようなものだ。
「でも、こうやってお菓子を食べながらのんびり過ごせるのは、とっても幸せだと思うよ」
「美味しいね、お姉ちゃん。……あいつからもらったお菓子ってのが悔しいけど」
せっかくの休日も、家の中で三人一緒に雑談しながら過ごす方法しか知らない。
それでも、奴隷館で過ごしていた頃と比べれば十分に満ち足りた日々であり。
今の主人以外に買われていた場合とは、比べるべくもないだろう。
「奴隷を遊ばせるだけでも異常なのに、休暇用にと渡されたお菓子はそれ以上に異常ね。自分で料理を作り出した今だから分かるけど、こんなにも完成されたお菓子は王都でも取り扱っていない気がするわ」
「王都でなければ、旦那さまはどこから買ってきているのかな?」
「ダメだよお姉ちゃん、あいつのことは考えるだけ無駄なんだから」
女が三人寄れば、と言うように雑談は盛り上がりを見せる。
三人に共通する話題は、奴隷館での暮らしか、今この時だけ。
おのずと、自分達を購入した男の話題に絞られる。
「彼が言っていたように、こうしてお茶とお菓子を食べながら時間を消費するのも悪くない気分だわ」
「でも、それが家の中でしかできないってのは寂しい気がするね」
「そうね、彼が望む『かふぇ』ってのはそのための場所なのでしょうね」
「……あいつには似合わないよ、そんな素敵な場所なんて」
似合わないといえば、全てが似合わない。
大して料理の味が分からないくせに、グルメぶるところも。
くたびれた格好をしてるくせに、お金持ちなところも。
覇気の感じられない中年のくせに、けっこう強いところも。
「あのっ、旦那さまはどのくらい強い、のかな?」
兎族の姉リエーがそう切り出したのには理由がある。
先日、乗り気じゃない男の手を引っ張って街案内の続きを行なっている最中、チンピラに絡まれたのだ。
冴えない中年男が上等な服を着た少女を三人も連れ回していたから目立ったのだろう。
難癖をつけられた当初は細い目を更に細めて無視していたのだが、チンピラの一人がベルーチェの黒髪に触れようとしたら急変。
忠告もせずに蹴り飛ばしてしまった。
さらには、激昂して襲いかかってきた連中全てを文字通り一蹴。
その後は今更逃げるように立ち去ったので、吹っ飛ばされて壁に激突した相手の安否は定かではない。
「見かけによらずそこそこは強いのでしょうね」
「あの時のベルーチェさんは、あいつが助けてくれたからって、うっきうきでしたよね」
「……ちょっとコニー、憶測でものを言うのはやめてちょうだい?」
男は汚い手で自分の料理人が汚れるのを嫌っただけであったが。
その際に呟いた台詞――――「髪フェチな俺の前で汚い手を出すとはいい度胸だな」――――は、ベルーチェの白い肌を赤く染めるのに十分であった。
「わたしはあの時、蹴っ飛ばされた人達を鑑定で見てたんだよ。その中には、レベル30近くの人も居て……」
「あら、そうだったの? 私は気づかなかったわね……」
「ベルーチェさんはうっきうきで舞い上がっていたから気づかなかったんですよね」
「だから違うって言っているでしょうっ」
妹とベルーチェが言い合う様子を見て、随分と仲が良くなったなと姉は嬉しく思う。
「あの、だからっ――――」
「リエーが気にしていることはよく分かったわ。つまり彼は、レベル30程度なら簡単に倒せる力を持っているのでは、って話よね」
「それってそんなに凄いの、お姉ちゃん?」
まだ幼く、レベルの大小とはあまり縁がない生活をしていたコニーにはピンとこない。
「確か、普通の大人がレベル10、冒険者や兵隊が20、上級の冒険者や兵隊長が30、だったわね」
ベルーチェは人並みの知識があるが、魔物や兵とは無関係な世界に生きてきたので、同じく実感が薄い。
「うん、そのくらいの目安だったと思う…………」
リエーも似たり寄ったりの認識なのだが、能天気な二人に比べて表情が硬い。
その強さが示す意味を考えているからだ。
「でもお姉ちゃん、あいつのレベルって25だったよね。それでレベル30の人を倒せるの?」
「スキルやアイテムも関係するみたいだけど、5つも離れているとさすがに無理じゃないかな」
「……つまり彼は、レベルを偽装しているってわけね。わざわざ自分を弱く見せる人なんて聞いたこともないけど、何もかも演技っぽい彼なら十分あり得そうな気がするわ」
レシピ作りを任された三人には、より良い料理を模索する手段として高ランクの鑑定アイテムが貸与されていた。
高価なアイテムをぽいっと渡されて驚いたものの、彼女達が真っ先に鑑定したのは主人のステイタスであった。
どれほどの異常さが隠されているのか戦々恐々としていたのに、映し出された内容は凡庸に毛が生えた程度。
その普通さに疑問を抱いていたのだが、ようやくヒントが見つかった気分である。
「やっぱりあいつは嘘つきで悪い大人なんだよ、お姉ちゃんっ。だから絶対に近づいちゃダメだよっ」
「で、でもっ、誰かを傷つけるような嘘じゃないし……」
「世の中には良い嘘もあるわ。それに、私達のご主人様が強いってのは悪い話じゃない。個人的にも強い男は、その、嫌いじゃないし、ね?」
「「…………」」
ベルーチェ本人が認めたわけでも、実際に男女の関係でもなかったのだが、兎族姉妹には惚気に感じられた。
どうやら、男を褒める話題はベルーチェにとって特別らしい。
いつも冷淡な彼女が、にやにやと含み笑いしているのがその証拠だ。
このままでは話が進まないと思ったリエーは、具体的に切り出すことにした。
「とにかく、レベル30の相手を簡単に倒してしまう旦那さまはとっても強いと思うの。……それで思いついたのだけど、もしかして旦那さまはご自身の力でお金を稼いでいるんじゃないのかな、って」
「「あっ……」」
ベルーチェとコニーも、ようやく本題を察する。
奴隷の少女達にとって主人の最大の秘密は、料理に対する異常な情熱でも、恋人の有無でもない。
たかが料理のために大金と稀少なアイテムを湯水のように使いまくる謎の資金源でだった。
この件についてはこれまで何度も議題に上がっており、「跡目争いから逃げ出した貴族のぼんくら三男説」や「実家の資金を食い潰す親不孝な豪商の息子説」が有力とされていた。
名家らしい気品は微塵も感じられないのだが、他に可能性がある憶測が無いのだから仕方ない。
それに、成人した男性とは思えないほどの世間知らずや粗雑さ、かと思えば妙に博識だったり礼儀正しかったりする奇妙さが、一般人とは違うように感じられたのだ。
だが、ここにきて新たな説が浮上。
まさかの実力説であった。
「……いいえ、それはさすがに無理があるわ。たとえ彼がどんなに強くても、たった一人で稼げる額じゃない。特に、いつも使っている転送アイテムは、上位の魔物を倒さないと手に入らない稀少品。このアイテム一つでも、私達のような奴隷が何十人も買える代物なのよ」
「ええっ、あれってそんなに高いんですかっ!?」
「そうよ。上位の魔物を一人で倒せるのは冒険者の中でも極僅か。だからやっぱり、彼は金持ちのボンボンなのよ」
「そうだよお姉ちゃんっ。あいつにそんな甲斐性があるわけないよっ」
「そ、そんなことないと思うけど。……でも、そうよね、どんな秘密があっても旦那さまは変わらないよね」
結局、新しい説は否定された。
実際にその目で見ても、強さとは結びつかない。
普段の男のイメージとは、それほどまでにかけ離れている。
それに、金の出所がどこであっても、男が実行していること、そしてこれから進んでいく道は同じだろうから。
「「「…………」」」
それでも、ベルーチェ、リエー、コニーの顔には、知らず知らず笑みが浮かんでいた。
あり得ないと分かっていても、男が料理のため、ひいては自分達のために一生懸命頑張ってお金を稼いでいる姿を想像するのは、悪い気はしない。
たとえ、金持ちの道楽であったとしても……。
男が、自分の力で稼ぎ、自分の意志で選んだ結果、今この場があるのなら。
それは、とても、良いことだと思うのだ。
明日も頑張ろうと、思えるのだ。
≪ 第5話/少女達の内緒話 ≫
奴隷とは、商品である。
当人の意思に関係なく、金で売買される。
だからといって、全ての人権が失われるわけではない。
購入して主人になった者は、奴隷にも最低限の生活を保障しなければならない。
そう、主人には、奴隷を適切に管理する義務があるのだ。
「それなのに、十日に一度の品評会以外は放ったらかしって、どういう了見なのよっ」
「そ、それだけ旦那さまに信頼されているってことだよ、ベルーチェちゃん」
「それが間違いなのよっ、主人が奴隷を信用してどうするのよっ」
「そうだよお姉ちゃんっ、あいつは誰も信じてなんかいないんだよっ」
「奴隷だからこそ、仕事の手を抜いていないか、いつ逃げ出さないか、常に近くで監視してなきゃ駄目なのよっ」
「…………」
「…………」
雑談に明け暮れる休暇日。
ベルーチェはこう力説するが、リエーには「どうして十日に一度しか会えないの?」と拗ねているようにしか見えなかった。
リエーとしては、主人に負の感情を抱いていないのだが、この程度の距離感でちょうどいいと感じている。
おそらく、主人もそう思っているのだろう。
自らの目的のため、そして奴隷の事情も汲んで選んだはずなのに、どうしてか後ろめたさを感じている節がある。
それがまた、ベルーチェを苛つかせているのだ。
「あの、ベルーチェちゃんって、旦那さまのことが、その、す、好きなの?」
兎族の姉リエーは、以前から気になっていたことを思い切って聞いてみた。
兎族の妹コニーは、「お姉ちゃんっ、それって聞いても大丈夫なヤツなのっ!?」と驚いた顔をしている。
「……あら、もしかしてそんな風に見えるの?」
しかしその返事は、姉妹が予想していたものと違い、淡泊だった。
「あー、そのー、見ようによっては、そうかもしれないなーって思っただけで……」
「……彼に対しては特別な思いを持たざるを得ないけど、恋や愛とは逆の感情でしょうね」
「そ、それって?」
「この感情は憎悪に近いわ。私をこんな体にしたくせに、私自身には興味を示さない。彼にとって私は、料理以下の存在なのよ」
「…………」
「だから、私は復讐するの。私の料理で虜にして、私が居ないと生きていけない身体にしてやるのよ。くふっ、くふふっ……」
小さな体を震わせて笑いながら復讐を誓う同僚を見て、リエーは思う。
(それって逆どころか一周してしまって、ただ気を引きたいだけなんじゃ……)
ベルーチェが男に向ける奇妙な感情は、リエーにも理解できる。
主人の眼中にあるのは料理だけで、自分が入っていないのは同じだから。
「そっか……」
「お姉ちゃん? もしかして、ベルーチェさんの話に感心してない?」
「ふえっ!?」
「お姉ちゃんは、ベルーチェさんみたいになっちゃダメだからね?」
「さ、さすがにそこまではしないよー?」
「……ちょっと、二人して私が異常みたいな言い方はやめてちょうだい」
ベルーチェからの問い詰めを、リエーが苦笑いで誤魔化している。
だが、誤魔化しているのはコニーと目を合わせようとしないリエーも同じだ。
「もうっ」
自覚の薄いベルーチェと挙動不審なリエーを眺めながら、コニーは嘆息した。
どうしてそんなにも、あんな男を気にするのだろうか。
危ういという意味では、ついつい注視してしまうのだが。
特殊な買われ方をしたせいで、様々な感情が混ざり合って本人達もよく理解していないのかもしれない。
やはり、あの男は危険だ。
これ以上悪化させないためには、近づかないのが一番なのだ。
「あたしがしっかりしないとっ」
コニーは、手の平を握りしめて、決意を新たにした。
その後ろで、苦笑いしている二人に気づかぬまま。
ベルーチェとリエーから見ると、男に一番振り回されているのは、コニー。
一番気にしているのも、コニー。
その強い思い込みが、ふとした拍子で向きを変えないよう、祈るしかない。