奴隷少女の日常 1/7
≪ 第1話/それなりに順調な初日 ≫
かくして三人の少女は、中年男の奴隷になることを決めた。
人族の少女ベルーチェは、男が原因で生まれた感情の行き場を探すために。
兎族の姉リエーは、男への借りを誠心誠意お返しするために。
兎族の妹コニーは、男の魔の手から姉を守るために。
「「「…………」」」
三人の少女は、才能も性格も想いも三者三様であったが、大きな共通点ができてしまった。
それは、ご主人様になった男が大層な変わり者であること。
奴隷館から外に出て、路地裏に入った次の瞬間、高価な転送アイテムで転移させられたことからも明らかである。
「ここが、これから君達が住む家となる。料理のレシピを作るに相応しい場を用意しているので安心してくれ」
「「「…………」」」
少女達の前には、豪邸とまではいかないものの、一般の家族が住むには立派すぎる家があった。
男はとびっきりの変人であるのと同時に、とびっきりの大金持ちでもあるようだ。
「美味しい料理を作るために必要なのは、やはりキッチン。俺の地元に比べると劣るが、この世界で最先端のキッチンを完備している。キッチン以外は普通の家だが、他には誰も住んでいないから好きに使ってくれ」
「「「…………」」」
「そう、住居で一番大切な場所はキッチンなんだ。建築家で結婚できない男仲間の桑野氏もキッチンスペースを重視していたし、かの吉本ばなな先生も同意してくださるだろう」
「「「…………」」」
家の中を案内される少女達は、驚きの連続でうまく言葉が出てこない。
その説明が本当ならば、たった三人の少女のためだけに――――より正確に表現するならば料理のレシピを作るためだけに豪華な設備の数々を用意したのだ。
男にとってレシピがどれほど重要であるのか、今更になって実感させられる。
「……質問、いいかしら?」
三人の中で男の非常識さを最も認識しているベルーチェが、ちょこっと手を挙げて口を開く。
「ああ、何でも遠慮なく聞いてくれ。全ては明日の料理のためにっ」
「料理に関係ない話で悪いのだけど、ここはどこなの?」
「んん? そんなこと聞いてどうするんだ?」
「いいから教えてちょうだい」
男は質問の意図が分からないようで、不思議そうな顔をしながら説明する。
その内容を要約するに、ここは奴隷館から遠く離れた場所にある都市らしい。
際立った産業こそ無いものの流通の拠点であるらしく、様々な商品が集まっている。
食材も例外ではなく、これに目を付けた男がこの都市をレシピ作りに相応しい拠点として選んだのだ。
「……よく、理解したわ。確かに聞いてもどうしようもないわね」
「その通り、君達は周りなんて気にする必要はないんだ。料理のレシピを作ることにだけ集中してくれればいい。それこそが明日への近道!」
こめかみを指先で押して頭痛を我慢しながら、ベルーチェは深々と溜息を吐いた。
この場に連れてこられる前から十分すぎるほど驚かされ、相応の覚悟をしていたつもりなのに、まだ足りなかったらしい。
まだ混乱しているが、呆然としたままの兎族姉妹に比べればマシな方だろう。
「レシピレシピとしつこく言われて煩わしく感じているだろうが、もちろん君達のモチベーションを保つ重要さも承知しているぞ」
「本当かしら……」
「だから、まずはこの街に慣れて生活基盤を安定させることから始めてくれ。期間はそうだな、一ヶ月ほどあればどうにかなるかな。その間の生活費と身支度に必要な金はこの袋に入っているから、適当に使ってくれ」
「「「…………」」」
「それじゃあ、一ヶ月後にまた来るから――――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ。買ったばかりの奴隷を放置するなんて、どういう了見なのっ!?」
「えっ、でも、女性の買い物に男が居ても邪魔なだけだし、君達もこんなおっさんと一緒に居ても楽しくないだろう?」
「……いいから、まずは街中を案内してちょうだい」
「これでも俺は、それなりに忙しいのだが……」
「この後にどんな予定があるの?」
「まずは昼寝だな。今日はまだしてないから」
「……こんな金持ちの道楽に耽っている人が忙しいわけないでしょう。たとえ奴隷でもレディをエスコートするのが、本物の紳士よ」
「なるほどっ、それはもっともだっ!」
当初、乗り気でなかった男は、「道楽」や「紳士」と言われると嬉しそうに納得し、ベルーチェに手を引かれるがまま街中へと歩いていく。
「あっ、待ってくださいっ。ほらっ、わたし達も行かなくちゃ、コニーっ」
「あいつはもう放っておこうよ、お姉ちゃん……」
姉のリエーが嫌がる妹コニーの背中を押しながら追いかける。
手を引く人族の少女と、引かれて当惑する中年男と、後からついていく兎族姉妹。
その構成は、四人の関係を表しているようであった。
◇ ◇ ◇
「随分と賑やかな街なのね」
「わたしとコニーが住んでいた街よりずっと大きいですっ」
「お、お姉ちゃんっ、迷子にならないよう手を離さないでねっ」
ベルーチェ、リエー、コニーの三人は、これから暮らすこととなった街並みを眺め、驚きの声を上げた。
奴隷館に囲われていたため久しぶりなせいもあるが、道行く人々とずらりと並ぶ大きな建物に圧倒される。
流通の拠点として多くの物が集まるということは、それだけ人も金も集まり、街も栄えることを意味していた。
「服を売っている店だけでも幾つもあるわね。本当に好きに買っていいの?」
「もちろんだとも。調理用の器具は既に揃えているし、食材はまた今度でいいから、今日の時間と金は身支度に使ってくれ」
「でも、料理を作るのに、服やアクセサリーは関係ないでしょう?」
「皆まで言わずとも分かっているさ。女性のお洒落は必要経費。辛い仕事に向かい合うモチベーションを保つためには欠かせないものなんだろう、うんうん」
女心をこれっぽっちも理解していない男は、得意げに腕を組んで何度も頷く。
奴隷館で出会い、これまでのやり取りを経て、少女達は男の性格を概ね掴めてきた。
「そういうことなら、遠慮なく買わせてもらいましょう。ほら、あなたたちも一緒に」
「で、でもベルーチェちゃん……」
「この人の前で遠慮なんてしていたら、損するだけだわ」
「お姉ちゃん、ここはベルーチェさんの言う通りにするのが正解だよ、きっと」
近くの服屋に入った少女達は、意気込んで思い思いの服に手を伸ばす。
専門店で自分の服を買うなんて、奴隷になる前もやったことがない。
それなのに、女としての強い本能が己を着飾る正当性を激しく主張する。
一旦動き出してしまえば、もう止められない。
「ねえ、この服は私に似合っていると思う?」
「お、おう、ベリーキュートでコケティッシュで今風な感じだと思うぞ、うん」
引率の男は、綺麗な服を前にはしゃぐ少女達から距離を取って気まずそうに頭をかいている。
そんな男に追い打ちをかけるように、ベルーチェは両手で服を掲げて見せびらかす。
「ご主人様はどちらがお好みかしら、ね?」
「いやいや、男女間では埋めようがない美的感覚の違いがあるらしいしジェネレーションギャップも懸念されるから俺の意見なんて参考にせず好きに選んでいいんだぞ、いやほんとっ」
小さな女の子から大きな声で「ご主人様」と呼ばれた男は、店員の目を気にして外へ逃げようとするが、ベルーチェに先回りされ動けないでいる。
嫌がらせのようでもあり、見せびらかしたいようでもあり……。
その実、初めての街での初めての買い物で不安だから、ただ単に傍に居てほしいだけかもしれない。
「あ、あのっ、ご主人さまっ」
「……その呼び方はやめてくれ。本当にやめてくれ」
「で、では旦那さまっ、わたしはどんな服を選べばいいのでしょうかっ?」
「いや、だからな? 好きに選んで――――」
「ダメだよお姉ちゃんっ、この人に任せたらエッチな服を選ぶに決まってるんだからっ」
「……ねえ店員さん? そんな離れた所から見てないで、この子達に似合う服を選んであげて? ちゃんと仕事して?」
こうして、準備という名目のただの買い物は、つつがなく進んでいった。
幸いにも三人の少女は奴隷の扱いの酷さを知らなかったため、必要以上に萎縮せずに済んでいた。
街の住民も仲が良い親子を相手にするよう優しく対応してくれる。
少女達に嵌められた奴隷を示す首輪に気づき、ご主人様と呼ばれる男を微妙な表情で見る者も居たが、それは仕方のないこと。
主と奴隷が並んで歩くその姿は、知らない者から見れば普通で、知る者から見れば異様であった。
「あら、本当にたくさんの食材が売られているのね」
「す、すごい数のお店ですね」
「人も多くてごちゃごちゃしてるね、お姉ちゃん」
街の一画にずらっと並んでいる食材専用の露店市を見て、三人の少女は感嘆の声を上げた。
「これほどの食材を取り揃えている街は珍しい。これこそがこの街を選んだ理由だ。この世界は食に対して淡泊すぎるから、探すのに苦労したぞ」
壮観な露店群と驚く少女達を眺め、男は満足そうに頷く。
衣服をはじめとした日常品を買い終わった一行は、食材が売られている市場を見学に来ていた。
露店に並ぶ食材は、主食の野菜だけでなく穀物、果物、そして肉類や魚介類まで幅広く揃っている。
特に肉類の多くを魔物から得るアイテムで賄っているこの世界で、飼養された肉は珍しい。
「うんうん、素晴らしい活気だな。その溢れんばかりの商魂を調理技術にも注いでくれれば申し分ないのだが……」
所狭しと左右に並ぶ露店の間を進み、多くの店員からステレオ調で呼びかけられ、すっかり怯えてしまった少女達は男の服を指先で掴みながら後をついていく。
「ここが君達の主戦場だから、今から慣れておいた方がいいぞ。すぐに『そこの黒髪ぱっつんなお嬢ちゃん、今日は活きが良い魚が入ってるから買ってきなよ!』って気安く呼びかけられる関係になってしまうんだぞ」
「……料理って、家に閉じ籠もって作るだけだと思っていたのに、こんな難関があるなんて今から憂鬱だわ」
「が、頑張って良い食材を探しますっ」
「い、一緒に来ようね、お姉ちゃんっ」
長い間動けなかったベルーチェだけでなく、兎族姉妹も他人とのやり取りに慣れていない。
正確には、大人の男性を怖がっている。
奴隷という立場なのだから当然であろう。
しかし、主人となった中年男に対しては、恐怖以外の感情が芽生えているようであった。
「あの、旦那さまっ、今更の話なんですが、これほどの食材が揃っている街なら料理店も多いはずですから、そこに頼んでレシピを作ってもらう方が手っ取り早いんじゃないでしょうかっ?」
「そうなんだよなー、普通はそのはずなんだけど、そうは問屋が卸してくれないんだよなー。確かにこの街は料理店も多いが、せっかくの豊富な食材を活かしている所は皆無。他の街と同じように、ろくに味付けもせずただ焼いているだけ。もはやこの世界の料理下手は呪いではないかと疑うレベルのメシマズなんだよなー」
「め、めしまず?」
「ちなみに既婚男性が言うところの『嫁の飯がマズい』は惚気の一種だから殴っていいんだぞ」
「あのっ、そんなに美味しくないんですかっ?」
「俺の地元には『百聞は一見に如かず』って格言がある。だけどこの場合は『百見は一食に如かず』と言った方が相応しい。とにかく食ってみれば分かるって話さ」
一行は食材市を通り抜け、その先の区画へと移動。
そこには到底マズいとは思えない立派な店構えの料理店が建ち並んでいた。
「少し早いが晩飯として、食い倒れツアーを敢行しよう。数店舗を食って回れば十分理解できるはずだ。あっ、お腹いっぱいになっても解消する薬があるから、気にせずどんどん食べてくれ」
若くて世間知らずの奴隷少女は、世の中にはそんな薬もあるのかと少し感心するだけで、その薬の正体がマジックアイテムの中でも稀少な状態回復薬であることには気づかなかった。
……後々気づいた時には、もうすっかり男の非常識さに慣れていたため、大きな溜息が零れるだけであったが。
こうして、「実食→お腹痛い→薬で回復→実食」のループを数回繰り返した少女達の感想は――――。
「十分美味しいと思うのだけど?」
「わっ、わたしもそう思いましたっ」
「お姉ちゃんと同じです」
男の予想に反して肯定的なものばかりであった。
「……そうか、君達は長い監獄生活で臭い飯を食べ続けてきたんだったよな。それでも食べ足りないからドブネズミを捕まえて生のまま囓っていたんだよな。そんなんだから、何の工夫も施されていない焼いただけの手抜き料理でも満足できてしまうんだな。うんうん、大変だったんだね。思う存分、泣いていいんだぞ」
「私達を犯罪者みたいに言うのはやめてちょうだい。奴隷だから自由は無かったけど、商品の質を保つために安物だけど十分な食事が与えられていたわ」
「なっ、なんだってっ!?」
「その嘘くさい演技もやめてちょうだい。結局のところ、あなたの舌に合うのが高級料理だけって話じゃないの?」
「またまたご冗談を。気品溢れる外見からそう思ってしまうのは仕方ないが、俺の味覚はワンコイン牛丼でも十分満足できる汎用性を誇るんだぞ」
「……あなたはきっと、物の価値ばかりでなく、全ての感覚が狂ってしまっているのよ」
「ふむ、ならばちょうどいい機会だから、本当の料理ってものをお見せしよう!」
そう宣言した男は、少女達を連れて屋敷へと戻り、そのまま食堂へと案内した。
そして、懐に手を入れて、次々と料理を取り出していく。
「……収納用のアイテムから取り出しているのでしょうけど、わざわざ懐から出されると食べる気が失せるわ」
「料理ってヤツは小粋な演出も大切なのさ」
「…………」
「…………」
かろうじて軽口が叩けたのは、ベルーチェだけ。
兎族の姉妹は、まだ口にしてもいないのに、初めて見る料理に圧倒されている。
それほどまでに、彼女達が今まで見てきた料理とはオーラが違っていた。
「さあ、冷めないうちに食べてくれ。これこそが人類の知恵と技術と欲望を結集して作られた真の料理。君達が目指す料理の完成形だっ!!」
「「「――――っ」」」
奴隷だが、恥も外聞も持っている三人の少女。
それなのに、食べ出したらもう止まらない。
本能が赴くまま手と口を動かし続け、続け、続け…………。
「これ以上食べたら死んでしまう」と本能が警告を激しく鳴らすまで続けられた。
「……やっぱり馬鹿な私が知らなかっただけで、世界は果てしなく広いわ。こんなにも美味しい料理があるなんて、ね」
「おっ、美味しすぎますっ、もう死んでもいいくらいにっ、でもまた食べたいから死にたくありませんっ」
「ううっ、食べすぎてお腹が痛くて吐きたいのに、もったいないからできないよっ」
「感動に浸っている最中に悪いが、話が進まないので回復させるぞ」
男はそう言うと、テーブルの上に上半身を伏せてぐったりしている少女達に状態回復薬をぶっかける。
「……まさかとは思っていたけど、体に振りかけるだけで効果を発揮するってことは、それって魔法薬だったのね」
「あれ、言ってなかったかな?」
「あなたって何から何まで非常識だから、もうどうでもいい気分だわ」
「そうそう、料理以外を気にしても意味は無いと気づいてもらえて嬉しいぞ。……それで、自分達が目標とする料理を知ってどう思ったかな?」
レシピ作りを任命された三人の少女は、複雑な表情で空になった食器を見る。
「大袈裟に言っているのだと思っていたけど、この料理に関してはあなたの言葉が正しかったわ。こんな料理を食べ続けていたら、他の料理では満足できない身体になるのも当然ね。生きるために不可欠な食事をここまで彩るなんて、まさに道楽者の究極の贅沢だわ」
「そうだろうとも、そうだろうともっ」
「……正直な話、どんな素材を使いどんな方法で作っているのかさっぱり分からなかったけど、綿密に計算し尽くされた料理ばかりだと感じたわ」
「それは仕方ない。一口食べただけで料理の全てを解明するだなんて、ゴッドタンでも持ってなければ不可能だろうし」
「あの、旦那さま、これほど完成された料理なら、もうレシピもあるんじゃないでしょうか?」
「お姉ちゃんの言うとおりだよっ。だいたい、こんなに美味しい料理をいっぱい持ってるんだから、わざわざレシピを作らなくてもいいじゃないっ」
「それはもっともな意見だ。先ほど食べた料理は幾らでも出せるし、そのレシピも少しは持っている」
「だったら――――」
「だが、これらは俺の地元で作られた料理であり、種類が限られるから、全く同じ物ばかりではいずれ飽きてしまう。それに、この地域には無い素材や調理器具を使用しているから、仮にレシピがあっても再現できない。まさに宝の持ち腐れだ」
「…………」
「だから君達には、この料理をお手本にして、この地域の素材と技術を使って誰にでも再現できるような噛み砕いたレシピを確立させてもらいたいんだ。形や味は多少変わってもいいからさ」
料理のレシピ作りといった前代未聞の仕事は、独善的な男が自分を満足させるためだけに行おうとしている。
少女達は、そう思っていた。
だけど、誰もが作れるレシピ作りが目的であるのなら、話は変わってくるのかもしれない。
「……ようやく、あなたが本当にやりたいことが分かった気がするわ」
「そうなのか? 最初から同じことを言っていると思うのだが?」
「あなたは口数が多いくせに、肝心なところでは言葉足らずだし、私たちと常識も違うから上手く伝わらないのよ」
「ふむ、男と女では見えている世界が違うそうだから、そんなすれ違いもあるんだろうな」
「もう、それでいいわよ……。こうして明確な目標が定まったことだし、私達にはそれを成せるだけのスキルが備わっている。ついでに、あなたのサポートは過剰なまでに完璧。これならけっこう早くレシピが完成するかもね?」
「おおっ、それは頼もしい言葉だな。約束通り規定のレシピが完成したらご褒美があるから、しっかり頑張ってくれ!」
「はいはい、言われなくてもそうするわ。もちろんご褒美のために、ね」
「楽しみにしているぞ、ベルーチェ」
「――――っ」
初めて名前で呼ばれた少女は、真っ白な肌を紅潮させて俯いた。
「旦那さまっ、わたしも精魂込めて頑張りますっ」
「リエーは、もう少し肩の力を抜いていいからな」
兎族の姉は、赤いお目々をくりくりさせて男を見上げた。
「こんな人のために、お姉ちゃんは無理しなくていいからねっ。その分あたしが頑張るからっ」
「コニーは、もう少し俺に懐いてくれていいからな」
兎族の妹は、赤い目を真っ赤にさせて男を睨んだ。
「うんうん、順調順調」
高揚した三人娘を見て、料理に対する意気込みの表れだと思った男は、満足げに頷く。
女心に聡い俺にかかれば小娘を誑かすなんて簡単だな、とでも考えているのだろう。
「でも、誰でも作れる料理ってのは、少し複雑ね」
「どうしてかな、ベルーチェ?」
「だってそれは、私じゃなくてもいいってことでしょう?」
「おおっ、もう料理人としてのプライドがあるのかっ。いいぞいいぞ、その意気込みで頑張ってくれっ!」
「……急にやる気が失せたわ」
「なんでっ!?」
こうして初日は、それなりに順調に始まったのである。