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奴隷館の店主と最高の客 3/3




「一人目――――ベルーチェは購入する。二人目との面談が終わるまで、手続きを進めておいてくれ」


 話がまとまったので店長を呼び出し、お願いする。


「彼女はもう、うちの大切なスタッフだ。最大限の敬意をもって対応するように。それと、彼女に相応しい服に着替えさせてくれ。むろん、洋服代はサービスに含まれるからな」


 今更だが、初来店のくせにやたらと偉そうだよな、俺。

 胡散臭い店長に接待されると、どうしてか不遜な態度をとってしまう。

 これも奴が優秀な商人である証拠かもしれない。


「先ほどの走り回っている様子を見ても信じられませんでしたが、本当にあの手足を旦那が治しちまったんですかい?」

「別に問題はないはずだ。危害を加えるのは駄目だと聞かされたが、治すのは駄目だと聞かされていないからな」


「……へへっ、まったく、旦那には敵いませんねっ!」  

「おべっかはいいから、さっさと次の娘を連れてきてくれ」


 元ダウナー娘の怖いくらいのやる気を見るに、彼女だけでも十分かもしれないが、作業人員は多いに越したことはない。

 それに、彼女と二人っきりは危険な気がする。

 何がどうとはハッキリしないが、確実に何かが駄目になりそうな……。




「――――あのっ、よ、よろしくお願いしますっ」


 二人目の少女は、ウサウサ界からやってきた兎族だった。

 名前は、リエー。

 肩先まで伸ばした茶色の髪と、へにゃと垂れた茶色のうさ耳が一体化して見える。

 赤い目がキュート。

 料理スキルの潜在ランクは6。

 これ以外にも家事全般のスキルが高く、有能さが窺える。

 年齢は一人目と同じ14歳だが、しっかり者のお姉ちゃんタイプである。


「怖がらなくていい。この場を設けたのは、君の意見を尊重するためだ。俺を信じてくれとは言わないが、とにかく話を聞いたうえで判断してくれっ」

「は、はいっ」


 恐縮しっぱなしのウサウサ少女を椅子に座らせ、一人目と同じ説明をする。

 二度目ともなれば、説明もスムーズだ。

 そうそう、同じ失敗をしないように病気など不都合がないか確認しておこう。

 ……うん、やや痩せているが、至って健康な体のようだ。


「仕事の目的と、やり方と、その対価は概ねこんなところだ。……さて、どうだろう。少しは興味を持ってくれたかな?」

「は、はいっ……」


「それは良かった! もしかして新手の詐欺だと疑っているかもしれないが、安心してほしいっ。こう見えても俺は、少女との約束を破ったことがないのが自慢なんだ!」

「は、はいっ……」


「なんだったらお試し期間として期間限定で手伝ってくれても構わないぞっ。不満があればいつだって辞めていいし、その際の罰もないからなっ」

「は、はいっ……」


 肯定的な返事のはずなのに、暖簾を腕で押している感じがするのは何故だろう。

 ウサウサ少女は、赤い目をキョロキョロさせながら、一生懸命に別のことを考えている気がする。

 一人目の時もそう思ったが、やはり俺に営業の才能は無いようだ。


「ま、まあ、結論は急がなくていいから、じっくり考えてみてくれ。疑問があるのなら、質問もどしどし受け付けているぞ?」

「は、はいっ……。そのっ」


 おっ、ちょっと違う反応が返ってきた。

 質問する意志があるってことは、一応興味があるってことだから、上手く応対せねばっ。


「少し前にベルーチェちゃんが自分の足で立っているというか、ものすごい勢いで走り回っている姿が見えたのですが、あれは、その……?」

「ああ、一人目の子についてか。彼女は手足の自由が利かず包丁が使えないと悩んでいたから、回復アイテムを使って不安材料を払拭したんだよ」


「…………」

「そのお陰か、随分とやる気を出してくれてね。レシピ作りに協力してくれることになったんだ。君も引き受けてくれるのなら、彼女とは同じ職場で働く仲間になるね」


「…………」

「このように我が社は従業員のサポートも万全なんだっ。年頃の娘さんが喜びそうな住居も用意しているし、衣服やアクセサリーも必要経費で購入できる。お望みとあれば伴侶捜しも手伝おう。心配事があるのなら、遠慮無く言ってくれっ。可能な限り前向きに検討しよう!」


 俺ってばいい上司!

 地球に居た頃、こんな上司に恵まれたかったなぁ。

 結婚相手は余計なお世話様だけどな。


「…………………………」


 質疑応答を経て、二人目の少女はいっそう考え込んでしまった。

 顔を真っ赤にさせ、肩肘を張り、両手で膝をぎゅっと押さえ、赤い目をぐるぐるさせている。

 今にも頭から蒸気が出てきそうな感じだ。

 シンキングタイムはまだ続きそうだな、と思っていると。


「――――おっ、お願いがあります! 死ぬ気で頑張りますっ。どんな命令にも従いますっ。対価も要りませんっ。だっ、だからその代わりに、わたしの妹も一緒に買ってくださいっ!!」


 急に立ち上がって、真っ直ぐに俺を見て、そう言った。


「……なるほど。つまり君は、お姉ちゃんなんだね?」

「は、はいっ!」


 お姉ちゃんタイプだと思っていたら、本当にお姉ちゃんだったのか。

 妹属性じゃないのは残念だが、他に妹が居るならいいか。


「…………」


 いやいや、違う違う、そんな問題じゃない。

 つまり彼女は、対価を前借りしたいと言っているのだ。

 その対価で、奴隷館から姉妹一緒に抜け出す算段である。

 遠慮は不要だと言ったのは俺だが、客である中年男に商品である少女が意見するには度胸が必要。

 技能面だけでなく、精神面でも期待できそうだ。


 だからといって、安易に了解するわけにはいかない。

 今回は遊び目的ではなく、ビジネスの話なのだ。

 それに妹とはいえ、勝手に決めるのもどうかと思うし。


「君の要望はよーく分かった。大切な従業員のモチベーションを上げるために了解したいが、相手が意志を持つ人である以上、君と俺だけで決定するわけにもいかないだろう。だから、君の妹さんの意志を確かめてから判断させてくれ」

「でっ、でも、妹はまだ子供でっ――――」


「もし妹さんが乗り気でない場合は、君のことも潔く諦めよう。だが、引き受けてくれるのなら同じ条件で働くことになるので、その子だけを特別扱いにはできない。だから、まず妹さんと俺の二人で話をしてみたいんだ」

「は、はい……」


 お姉ちゃんは頷きながらも、まだ不安そうだ。

 かなり過保護なご様子。

 今後、姉妹揃って購入されるとは限らないから、たとえ多少怪しいおっさん相手でも、この機会に乗っておきたいのだろう。


 妹至上主義の俺としては、姉妹セットでのお持ち帰りは確定事項だ。

 その方が料理上手なお姉ちゃんのやる気も出るだろうし。 

 ついでに、妹ちゃんも戦力として育てたい。

 妹ちゃんとは面談予定がなかったので、料理スキルを持っていないかランクが低いはず。

 なので俺に恩を感じるよう上手い具合に話を進め、その感情を料理へのモチベーションに変換するのだ。

 一石二鳥。

 兎の数え方は「羽」なのでぴったりだ。


「それでは、君との面談は一旦保留にしよう。店長に事情を説明して、今度は妹さんを呼んできてくれ」

「は、はいっ」


 お姉ちゃんはまだ少し不安そうにお辞儀して、そそくさと部屋を出ていった。

 さてさて、こんなにも姉を心配させる妹は、どんな子だろうか。

 まあ、どんな妹だろうと、姉と同じ職場で、さらに労働基準局もびっくりなホワイト企業で、おまけにダンディな上司まで完備されているのだから、断る理由なんてあろうはずがない。

 この商談、勝ったなガハハ!




 ◇ ◇ ◇




「お断りしますっ!」


 姉の次にやってきて、ずっと黙ったまま俺の説明を聞いていた妹が最初に発した言葉がこれだった。


「ぱーどぅん?」


 断られるとは微塵も想定していなかったので、思わず似非外人になってしまう。


 動揺する俺を睨むように見ている少女の名は、コニー。

 姉より2つ下の12歳。

 姉妹だけあってよく似た顔立ちだが、髪型はやや短いショート。

 しっかりした喋り方だが、優等生な姉に対して反抗期が残っており、いかにも妹って感じだ。


「す、すまないが、よく聞こえなかったので、もう一度言ってもらえるかな?」

「その話を断ると言ったんですっ」


 幻聴ではなかったらしく、しっかりばっちり断られてしまった。

 や、やばいよやばいよっ。

 格好つけて約束した手前、妹ちゃんの了承を得られなければ、お姉ちゃんまで確保できなくなっちゃう。

 兎族の姉妹だけに、「二兎を追う者は一兎をも得ず」って格言が頭をよぎる。

 こんなことなら、姉が言うように妹の意見なんて聞かず無理やり購入しておけばよかった。

 このままだと、あのメンヘラ少女と二人っきり……。

 なんとしても妹ちゃんを説得せねばっ。


「も、もしかして対価が気に入らなかったのかな? だったら、もっと上乗せを検討するが――――」

「対価の問題じゃありません!」


「そ、そうかそうか……。やはり料理スキルを持たない君に料理の仕事を強要するのは酷な話だったね。だったら、君は何もしなくていい。ただ、姉のそばに居てくれるだけでいいからっ」


 妹ちゃんはお姉ちゃんと違い、料理スキルを持っていなかった。

 スキルは遺伝しないみたいだし、やる気が出ないのも仕方ないので、こうなったら当初の予定通り姉だけでも確保せねば。

 妹想いのお姉ちゃんだから、一緒に居るだけでモチベーションが上がるはずっ。


「妹ちゃんは部屋でゴロゴロしているだけでいいんだよ。後はお姉ちゃんが頑張ってくれるから――――」

「それが嫌なのっ!!」


 またもや少女を怒らせてしまった。

 本日二人目である。

 どうやら、先ほどの俺の台詞に地雷が含まれていたらしい。


「あたしなんて放っておいて、お姉ちゃんだけ買っていけばいいんですっ」

「しかし、それだとお姉ちゃんが納得しないのでは?」


「奴隷は納得なんてしなくていいんですっ。だから、お姉ちゃんの言葉なんか聞かず無理やり連れていけばいいんですっ」

「ええー?」


 この部分だけ聞くと、たいそう姉不孝な酷い妹と思えるが、そんなはずがない。

 妹ちゃんは、お姉ちゃんが俺に頼んできた時と同じように、顔を真っ赤にして、必死の表情で懇願しているのだ。

 二兎に逃げられそうな現状を打開するために、その理由を解明する必要があるだろう。


「……妹ちゃんは、お姉ちゃんが嫌いなのかな?」

「違いますっ」


「だったら、大好きなのかな?」

「――――っ」


 妹ちゃんは反論しようとして、そうできなかった。

 やはり根は素直ないい子みたいだ。


「うんうん、美しき姉妹愛だな。俺が見たところ、お姉ちゃんも妹ちゃんを大事に思っているようだし」

「…………」


「それなのに、どうして離ればなれになろうとするのかな? おじさんに話してごらん? 悪いようにはしないよ?」


 教えてくれないとこっちも納得できないぞ、ってプレッシャーをかけながら尋ねる。

 女心は複雑だから、言葉にしないと伝わらないのだ。


「…………あたしが一緒に居ると、お姉ちゃんまで駄目になっちゃうんです」


 少し時間を置いた後、妹ちゃんはようやく話しはじめた。


「あたしの家は子供がたくさんで、貧乏だったから、役に立たない子から売ろうとしてました」


 貧乏なのになぜ子沢山なのか、それとも子沢山だから貧乏なのか、もしかして最初から売るつもりで子沢山なのか?

 などなどと疑問は尽きないが、暗い気分になるので詳しくは聞きたくない。


「だから、なんのスキルも持たず不器用なあたしだけが奴隷になれば済む話だったんです。でも、あたしだけだと寂しいだろうからって、お姉ちゃんまで一緒に奴隷になっちゃって…………」


 あー、なるほどー。

 それはちょっと、愛が重いわな。

 妹ちゃんが気に病むのも頷ける。


「お姉ちゃんはいっつもそうなんです。自分だってお腹が減ってるくせにあたしばかりに食べさせようとしたり、あたしが失敗したのに代わりに罰を受けようとしたり……」

「ふむふむ」


「どうせ今回の話だって、お姉ちゃんが何かを我慢する代わりとして、駄目なあたしを引き取ることになってるんですよね?」

「あー、それはー……」


 妹の率直な意見を聞くために、姉にはスカウトする理由を言わないよう口止めしていて、俺もまだ伝えていない。

 それなのに、全てお見通しらしい。


「お姉ちゃんは、あたしと一緒に居たら駄目なんです。このままだと、最後にはあたしを庇って死んじゃうから。――――だから、だからっ、あたしのことは放っておいて、お姉ちゃんだけを買っていってくださいっ。お願いしますっ!!」


 話は、よく分かった。

 経緯も、理由も、納得できる。

 姉離れを望んでいるが、本当は一緒に居たいのだろう。

 頭を下げているので顔が見えないが、滴り落ちる涙が全てを物語っている。


「お願い、します…………」


 うん、まあ、いい話なんだけどね。

 料理人のスカウトが目的の俺にとっては、話が重すぎるというか、あまり関係ない話なんだよなぁ。

 この世界で一般的な商品である奴隷を買いにきただけなのに、どうしてこう余所の家庭の事情に振り回されるのだろう。

 しかも、買った後の厄介事ならまだ分かるが、まだ買う前なのに。

 人情劇に興味がない俺が人情劇に巻き込まれてばかりとは、いかなる皮肉であろうか。

 

「うーむ……」


 妹の要望を聞いて姉だけを買ったら、姉から恨まれ。

 姉の要望を聞いて姉妹一緒に買ったら、妹から恨まれ。

 説得に失敗したからと両方買わなかったら、姉妹から恨まれ。

 結局俺は、どうやっても悪者。

 脂ぎった中年男が金で瑞々しい少女を買おうとしているのだから当然である。


 ならば俺は、この人情劇で立派に悪役を演じきってみせよう。

 どうせ恨まれるのなら、せめて自分に益がある選択を取るべし。

 時としておっさんは、自ら進んで悪人になる必要があるのだ!



「――――くくくっ、それは甘い考えだなぁ」


 上目遣いで懇願する少女を見下ろし、舌舐めずりしながら笑みを浮かべる。


「一人で買われていった姉が幸せになると、本気で思っているのかぁ?」

「どっ、どういう意味ですかっ!?」


「よーく考えるといい。妹を置き去りにして自分だけ買われていったあの姉が、それで諦めると思うのかぁ?」

「――――っ」

 

「きっと諦めきれず、毎日こう俺に頼んでくるんだろうなぁ。『わたしはなんでもしますからっ、どうなってもいいですからっ、どんな変態プレイでも受けとめますからっ、だからどうか妹を――――』ってな」

「そんなっ」


 妹ちゃんが顔を真っ青にして震えだした。

 実際に似たような台詞を言っていたから、そうなる可能性が高いと気づいたのだろう。


「そして姉の弱みを握った俺は、『それはお前の頑張り次第だなぁ』とか『そんなテクニックじゃ満足できないなぁ』とか思わせぶりに毎日毎晩若く美しい肢体を弄ぶんだろうなぁ」

「へっ、変態っ!」


 悪役を演じているうちに、本当にそんな日々も悪くないと思えてきた。

 涙目で睨んでくる妹ちゃんにもゾクゾクする。

 

「最後は姉の身体を散々味わい尽くして飽きた俺が、新しいおもちゃを購入するんだ。そう、それが君だよ妹ちゃん。――――よかったなぁ、最後はお望み通り、姉妹一緒だぞ?」


 怖い。

 こんな鬼畜プレイを思いついてしまう自分が怖い。


「おっ、お姉ちゃんを返せーーー!!」


 迫真の演技に乗っかった妹ちゃんが掴みかかってくる。

 それを華麗に躱す俺。

 あはは、つかまえてごらんなさーいっ。



「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 妹ちゃんは息も絶え絶えに、椅子に寄りかかってぐったりしている。

 テーブルを中心に部屋の中を百周くらい走ったら、ようやく諦めてくれた。

 どうやらこの子には、料理スキルにも負けない素敵な才能があるようだ。


 それは、根性!

 根性されあれば、なんでもできる!

 料理の才能が無くても、根性でカバーできるはずっ!!


「それじゃあ、最後にもう一度だけ聞こうかぁ」

「くっ……」


 疲労困憊で動けない妹ちゃんは、より一層の怒りを込めた視線を向けてきた。


「姉だけを購入すれば、十八歳未満なのに十八禁バッドエンドへまっしぐら。だけど、姉妹で購入された場合は、姉に手を出さないと約束しよう。むろん、君が料理で俺を満足させ続ける間の話だがな。そして残念ながら、どちらも購入しなかったり、君だけを購入したりする選択肢は無い。何故なら、俺は奴隷を買う側だからだ」

「………………」


「――――さあ、選ぶがいいっ。確実な悪夢か、それとも泡沫かもしれない幸せな夢かっ!」


 もはや選択肢とは呼べない、ただ相手を屈服させるための儀式。

 姉は、俺に感謝するだろう。

 妹は、俺を恨むだろう。


 感情の方向は、問題ではない。

 肝心なのは、強さ。

 姉妹の強い想いは高いモチベーションとなって、必ずや素晴らしい料理レシピを完成させるだろう。

 そして俺は、その料理を味わい、涙を流すのだ。


 これは、確約された未来。

 一つだけ注意すべきは、極上の料理を堪能する前に、包丁に刺されて死なないよう気をつけよう。


「…………お願い、しま、す。……お姉ちゃんと、あたしを、買って、くだ、さいっ」


 妹ちゃんが、今にも人を刺しそうな顔で見ながら、俺にお願いしてくる。

 こんな形でしか説得できなくてごめんな。

 だから、刺すのは、完成した料理を食べた後にしておくれ。


「うむっ、君達姉妹の熱意は受け取った。俺と一緒に最高の料理を目指そうっ! ふはっ、ふははははっ――――」




 この後、もう一度お姉ちゃんを呼び出し、妹ちゃんが涙ながらに了解してくれたと伝えると、歓喜の涙を流していた。


 姉と妹が涙を流す理由は正反対。

 別に嘘は言っていないから、俺の心は痛まない。

 感謝の視線を向けてくる姉の後方から、怨嗟の視線を向けてくる妹との温度差が素晴らしい。


 新たな旅立ちに、涙はつきものなのだ。




 ◇ ◇ ◇




「へへっ、さすがは旦那ですねぇ。ただ奴隷を買うだけなのに、こんなに悲喜交々した商談は初めてですぜっ」

「俺が悪いみたいに言うな。悪いのは、罪の無い少女を売っぱらうあんただ」


「それも人生の一つってもんですよ。旦那もそれを分かっているから、買っていくんですよね?」

「……ふん、俺はそんな重たいものまで背負うつもりはない。ただビジネスの話をしただけだ」 


 まったく、料理のレシピ作りの準備をするのがここまで大変だとは思わなかったぞ。

 金さえあれば簡単だと思っていたのに。

 ……人生で起こることは、すべて、皿の上でも起こる。

 この格言が示すように、料理と人生は切り離せない関係なのだろう。



 色々とあったが、これで人材は揃った。

 最高の料理を目指す新たな同志は、高い料理スキルを持つ人族のベルーチェ、家事全般が得意な兎族の姉リエー、根性に期待できる妹コニーの三人。

 数は同じだが、どこぞのポンコツトリオとは違う精鋭部隊である。


 ようこそ、新たな人生へ。

 俺の新たなパートナーのご活躍を心より期待しております。




 ◇ ◇ ◇




 かくして最高の客は、三つの商品を購入した。


 何を基準に選んだのか、彼にはさっぱり分からない。

 若い女性以外に、共通点は無かったはず。

 長年、奴隷館の店長を務める彼にも、その中年男の嗜好は読み取れなかった。


 だからこそ、最高の人生を見せてくれる、最高の客。

 

 何故だか疲れた顔をしている男を筆頭に。

 人族の少女は、男の腕を掴み、不気味に笑いながら。

 兎族の姉は、妹の手を取り、少し困ったように笑いながら。

 兎族の妹は、姉に手を引かれ、殺意が籠もった視線を男に向けながら。

 最高の客と最高の商品は去っていく。


 今日初めて顔を合わせ、少し話をしただけの間柄なのに。

 不思議とその後ろ姿は、休日に遊びに連れていけとせがまれる父親とその娘のように見えた。


 玄関口で見送りしながら、彼はその様子を嬉々として鑑賞する。

 少女達とはそこそこ長い付き合いだが、こんな表情は一度たりとも見たことがない。

 いつも無表情だった人族の少女が、笑顔を見せる姿も。

 いつも気丈に振る舞っていた兎族の姉が、困った顔をするのも。  

 いつも泣きそうな顔をしていた兎族の妹が、激情を露わにするのも。


 金銭で取り引きされる商品をただ買っただけなのに、何故このような感情が飛び交うのだろうか。

 通常は、静かに悲しんだり諦めて無気力だったりする奴隷を引きずるように連れていくだけなのに……。

 やはり、最高の客の振る舞いは、誰にも真似できない。


 買った直後でこれなのだから、本番である今後の奴隷生活ではどうなってしまうのだろうか。

 少女達が変わりゆく姿を目で追えないことを、彼は残念に思う。

 だけど、人生の転換期には立ち会うことができた。

 これから少女達は、今までの自分ではありえなかった体験と感情に流されていくのだろう。

 それを想像する機会を得ただけでも僥倖なのだ。



 季節のように変わりゆく奴隷を前にして、主となった男は何を思うのだろうか。

 自分の言動で一喜一憂する小さな女の子を前に、どんな感情を抱くのだろうか。

 ……きっと、何も気づかぬ振りをして、変わらぬ自分を演じるのだろう。

 それもまた、男が最高の客たる所以。


 いつまで第三者でいられるのか、見物である。


  


 ――――またのご来店を心よりお待ちしております。


 他人の人生を狂わせることが大得意なお客様と。


 あっしのように他人の物語が大好きな貴方様を。




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― 新着の感想 ―
[良い点] この奴隷商同類だ……と思いながら読んでたら最後の最後に奴隷商から同類扱いされた
[良い点] 奴隷商という職業の新たな魅力が発見出来た点。 私も 異世界行ったら本気出、、、いやいや、奴隷商に俺はなる!(笑)
[良い点] なんだろう? 三人娘の話はここからがはじまりなのに、 なぜかおなかいっぱいになってしまったwww GJ!!
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