奴隷館の店主と最高の客 2/3
「それじゃあ、しばらく二人っきりにさせてくれ」
「分かりやしたよ、旦那。存分にお確かめくだせえ。それと、形式上言わせてもらいやすが、購入前の商品に手を上げるのは厳禁ですぜ。特にそいつは、ちょっと小突いただけで死んじゃいますからね」
余計な忠告を残して、胡散臭い店長は部屋から出ていった。
まったく、俺をDV男と一緒にするんじゃねーよ。
DV男ってのは、家族や恋人を持ってから初めて成立するんだよ。
だから、俺がDV男になる日は永遠にこないんだよ。
「突然呼び出してすまない。実は、君を購入したいと思っているのだが、少々特殊な仕事をやってもらうことになるので、まずは本人の意思を確認しておこうと思ってな!」
テーブルを挟んで少女と向かい合って座った俺は、大袈裟なデスチャーを交えて陽気に話しかけた。
コンセプトは元気溌剌なキャッチセールスだ。
「……奴隷に気を使う必要なんてないわ。あなたはただ、このみすぼらしい体を好きに使えばいいだけよ」
沈んだ雰囲気の娘さんなので綾波系無口キャラかと思ったら、ちゃんと答えてくれた。
まだ幼い外見とは違い、妖艶さを感じさせる口調だ。
少女の名は、ベルーチェ。
人族の娘さんで、年は14歳。
今度はちゃんと、だぶついたお洋服を着ている。よかったよかった。
洋風の顔立ちだが、ぱっつん前髪のストレートロング。
病的なまでに白い肌と黒い髪が印象的だ。
西洋人形のように綺麗な子だが、じっとりした半眼と目の下の深いクマが仄暗い空気を醸し出している。
いわゆるダウナー系に分類される少女である。
「金を支払い、君の所有者となった俺が労働を強要させるのは簡単だろう。でもそれではモチベーションが保たれない。俺が頼みたい仕事は、本人のやる気が重要なんだっ」
「……奴隷相手にやる気を求めるのが、そもそも間違いだわ」
「どんな職場でも本人の意志一つで改善できるっ。何事もやってやろうっていう気合いが大切なんだっ!」
「…………」
ジト目でじと~っと睨まれた。
社畜に甘んじていた俺が言っても説得力がないのだろうが、ダウナー少女からは覇気が一切感じられない。
望まず奴隷に落ちた身の上だから当然かもしれない。
「まあまあ、そう言わず、仕事の内容と条件を聞いてから判断してくれ」
「……もちろん聞くわよ。私には耳を閉ざすことなんて許されないのだから」
説明する前からげんなりしている少女に向かって、俺は気合いを入れて説明した。
仕事の内容は、その料理スキルを活かして地域の食材を使ったレシピを確立させること。
調理に必要な環境は全て用意するので、自由に試作してもらって構わない。
もちろん、その間の生活費も全額補助する。
レシピを完成させるまでの時間は制限しないが、定期的に成果を見せてほしい。
そして条件としては、モチベーションを上げるために、一定のレシピが完成した暁には本人が望む対価を用意する。
むろん、俺ができる範囲であるが。
「――――説明は以上だ。自分の就職先としてどう感じたか、忌憚の無い意見を言ってくれっ」
「……私はもう二年近くここに居るから、様々な目的で買われていく同僚を見てきたけど、こんな好条件は聞いたことないわ。……そもそも、条件を提示する客が珍しいのだけど」
「そうだろうそうだろうっ、雇い主と従業員の関係とはいえど利害関係が成立しなくては良い成果も出てこない。全てはそう、料理のレシピを作るために必要なことなんだっ!」
「……私に何をやらせたいのかは、それなりに理解したわ」
「うむ、それは良かったっ」
「……私に潜在的な料理スキルがあるってのは、初めて聞いたわ」
「俺が持っている鑑定アイテムは特上品だ。世界の覇者である魔王様が創ったアイテムだから、間違いないっ。この世でただ一つ信じられるものがあるとすれば、それはアイテムだ!」
「……つまり、私にとって料理こそが天職だと言っているのね」
「そのとぉーーーりっ! 君ほど料理の才に愛された子は見たことがないっ。君と俺が協力すれば、どんな料理でも作れるはずだっ!!」
「…………」
ダウナー少女が持つ料理スキルの潜在ランクは8。
最上ではないものの、俺がこれまで出会った中では最高。
絶対に逃してなるものかっ。
「出来る出来るっ、やれば出来る! 為せば成る、為さねば成らぬ! さあっ、俺と一緒に世界を狙おうぜ!!」
「………………」
うーむ。
仕事の内容を理解して、適性もあると分かったはずなのに、反応が芳しくない。
もしかして、報酬が不満なのだろうか。
料理のためなら幾らでも上乗せするぞっ。
「……あなたは上等なお客様。私は売れ残りの欠陥品。天と地ほどの差があるのは分かっているわ。……だけど、一つだけ正直に言ってもいいかしら?」
「率直な意見を聞くために二人っきりにしてもらったんだ。だからなんでも思った通りに言ってくれっ」
「……あなたは、馬鹿なの?」
そう呟いた少女は、やはり沈んだ目をしていた。
だけど、その奥底には確かな感情がある。
それは、怒り、だろうか。
「言い得て妙だな。この世には馬鹿にしかできないこともある。初めに革命を起こす者が馬鹿と呼ばれるのだろう。俺は、この世界の料理レシピを完成させるためには、どんな馬鹿にでもなってみせようっ」
「…………」
少女は口をつぐむ。
しかし、怒りは増している。
「条件に不満があるならもっともっと率直に言ってくれていいんだぞ? できるだけ要望に応えるつもりだから!」
「……不満? この私が不満なんて、感じるわけないでしょう?」
「そうなのか? だったら何故、承諾してくれないんだ?」
「……そんなの、見れば分かるでしょう?」
全く以て分からない。
特別な事情があるのだろうかと鑑定アイテムで事細かに調べてもそれらしい不安材料は確認できない。
万能であるはずの鑑定でも見えないとすれば、精神的な問題だろうか。
「すまない。俺は少女に優しい紳士だと評判だが、残念ながら女心には詳しくないんだっ」
「……そんな複雑な問題じゃないわっ。もっと単純に、一目見ただけで明確な理由があるでしょうっ」
「別に背が低くても大丈夫だぞ? 台所には踏み台を用意するから」
「……背は関係ないわっ」
「もしかして、おっぱいが小さいのを気にしているのか? 俺は小さい方が好きだから大丈夫だぞ?」
「……料理と胸の大きさは一切関係ないわっ」
年の割に小さい体で痩せているからコンプレックスでもあるのかと思ったが、これも違うようだ。
不正解を連発している俺に対し、少女はもうはっきりと分かるほど怒りを露わにしている。
「……まだ私に、誰かを憎む感情が残っているなんて思わなかったわ」
「それでいいじゃないかっ! 負の感情もモチベーションに繋がるっ。どんどん俺を嫌って、その溜まりに溜まった情動を料理にぶつけていこうぜっ!」
理由はなんだっていい。
要はやる気さえあればいいのだ。
「……こんな私が料理なんて作れるわけないでしょうっ。だってほらっ――――」
そう叫んだ少女は椅子から立ち上がって両手を広げ――――ようとしたらしい。
だが、それは叶わない。
何故なら彼女には、立ち上がる足も、広げる腕も無いのだから。
「もしかして、その手足のことを気にしていたのか?」
「……これ以外何があるっていうのっ? 包丁も持てない私が料理なんて作れるはずないじゃないっ!」
怒られた。
ダウナー少女から怒られた。
普段物静かな子が怒ると、すっごく怖い。
だけど、ちょっと嬉しい。
いやいや、喜んでいる場合じゃない。
これは怒られて当然だ。
薬アイテムを完備する俺にとって体の不調なんて些細なことだし、治療を前提に考えていたから、すっかり頭から抜けてしまっていた。
どうやら魔法が存在する摩訶不思議な世界に毒され、常識が薄れていたようだ。
人によって価値はそれぞれなんだから、気をつけよう。
「いや、すまない。肝心なことを言い忘れていたよ。今までの話はもちろん、君の肉体が復調した後の話だ」
「……こんな状態で治るわけないでしょっ。医者や魔法はおろか、アイテムにだって無理よっ!」
ダウナー少女改め激おこ少女がそう思うのも無理はない。
彼女の四肢を奪った病気はランク8。
医者や魔法の力ではランク5が限界で、それ以上の高ランクは貴族が独占しているので市民には回ってこないのだから。
そんな難病に冒されている少女は、満足に動くこともできない。
椅子に座っているのだが、支える力がないので、ぽつんと置かれた状態。
まるで、人形そのもの。
病気のせいで弱りきった肉体も問題だろう。
どちらにしろ、最高ランクの病気回復薬と肉体回復薬のミックスを使えば問題ない。
「とにかく元に戻すから、その後にもう一度考えてみてくれ」
「いい加減にっ――――」
埒が明かないので、何かを言おうとした少女の口の中に、カプセル型の回復薬を親指ではじき飛ばして入れ込む。
ストライク!
ちゃんと入ってよかったよかった。
「えっ、私の口に何を入れたのっ!?」
口内に異物を感じた少女が吐き出そうとするが、もう遅い。
カプセル薬は粘膜に触れると自動解凍する仕組みだ。
安心してくれ。
俺の薬にはシロップが入っているから苦くないぞ。
「――――えっ」
薬の甘さに驚いたのか、少女は椅子から転げ落ちてしまった。
自らを支えることができない彼女では、床への衝突を免れない。
だけど、その手足はしっかりと床に着き、体を支えていた。
「うそっ……」
そのまま床に座り込んだ少女は、元に戻った手足を凝視したり恐る恐る動かしたりしている。
久しぶりなので感覚が取り戻せていないのだろうか。
「うそっ、うそうそうそうそうそうそうそうそっ――――」
と思ったら、いきなり立ち上がって、勢いよくドアを開け、走りながら部屋から出ていってしまった。
「……まいったな」
一人残された俺は呟く。
あんなに騒がれて、セクハラしたと誤解されたらどうしよう。
◇ ◇ ◇
「はあっ、はあっ、はあっ…………」
少女は、案外早く戻ってきた。
息を切らしているから、よほど全力で走り回ったのだろう。
先ほどの薬で体力も回復しているはずだが、元々体力がないのかもしれない。
「……ねえ、私、立っているわよね?」
「ああ、そうだな」
「私の手、ここにあるわよね?」
「ああ、そうだな」
「私の病気、本当に治ったの?」
「ああ、そうだな」
「…………」
「…………」
ふと、会話が途切れた。
こんな時、気の利いた台詞を投げかけるのが紳士の役目。
似非紳士だけどな。
「ほら、これで包丁が握れるだろう?」
そう言って、懐から取り出した包丁を差し出す。
もちろん紳士な俺は刃の方を持っているから、少女の目の前にあるのは柄の部分だ。
「本当に、本当にっ――――」
「…………」
「――――私に包丁を握らせるためだけに、病気を治したのね?」
「ああ、そうだな」
最初から、そう言っている。
「……くふふっ、これでも私はそこそこ裕福な家に生まれたのよ」
くぐもった声で笑いながら包丁を受け取った彼女は、おもむろに語りはじめた。
「でも、病気で手足を失い、女としての価値が損なわれるどころか多くの手間がかかるようになった私を、両親はあっさりと奴隷商へ売ったのよ。両親が最後に私に言った言葉は、『金で買われる価値がまだ残っていて良かったじゃないか』だったわ。その時は私も、『そうかもしれない』と思ったものよ」
別に家庭の事情なんて知りたくないのだが。
相手のことを詳しく知っても面倒なだけだし。
大切なのは、今と、未来。
けっして女性の長話を退屈に感じているわけではない。
「それから今までずっと、物好きの目にも留まることなく部屋に籠もりっきりの生活を続けてきたわ。動く手段が無いのだから当然ね。部屋の中だけが私の世界の全てだった。だから、馬鹿な私は知らなかったのよ。外の世界がこんなにも広くて無茶苦茶だなんて。……あなたのような人が居るなんて、ね。くふっ、くふふっ――――」
ダウナー少女から激おこ少女へ、そしてメンヘラ少女へと進化した彼女は、両手を広げてくるくると回りながら不気味に笑う。
その手には包丁が握られているから、いっそう怖い。
だけどまあ、元気が出てきたのには違いない。
「そうだともっ、この広い世界にはたくさんの食材が埋もれているっ。それを立派な料理へと導くのが君と俺の役目なんだっ!」
「馬鹿みたい。本当に馬鹿みたい。無気力だった自分が馬鹿みたい。あんなに怒った自分が馬鹿みたいっ」
「いいぞいいぞっ、やる気が出てきたじゃないか! その調子で料理への情熱を爆発させるんだっ!!」
「くふっ、くふふっ……」
気味が悪い笑い方だが、ふて腐れているよりは断然いい。
感情は力、笑顔も力だ。
「それで、どうかな? 俺と一緒に料理のレシピを作る仕事について、少しは前向きに考えてくれるのかな?」
「くふふっ、これだけのことをしておいて、あなたはまだそんな質問をするのね?」
「従業員の意思は大事だ。ブラック企業、絶対許さないっ」
「……最後に、一つだけ聞かせてちょうだい」
「なんなりと」
「もしこの話を断ったら、私の体を元の状態に戻すの?」
「そんな予定はない。ただ、今回の失敗を教訓に次の子を勧誘するだけだ」
良い状態にするアイテム薬はたくさんあるが、悪い状態に戻す薬など無い。
だから、元の状態に戻せと言われても逆に困る。
「くふっ、くふふっ、いいわ、いいわっ、最高の料理を作るわっ」
何が決め手になったのかは分からないが、ようやく引き受ける気になってくれたらしい。
「私は、料理を作るわっ。ずっと、ずっと――――」
さも愛おしそうに包丁を頬ずりしながら、少女は宣言する。
「――――あなたのためにっ」
よしよし、これで貴重な人材が手に入ったぞ。
メンヘラ少女のやる気を見るに、異世界料理のレシピが完成する日もそう遠くないはず。
ちょっと個性的だが、性格と料理の腕は関係ない。
料理漫画の主人公達も一風変わった性格をしているしな。
男として決定的に何かを間違えた気もするが、美味しい料理のためなら多少の犠牲は仕方ない。
「人は料理の前では平等」だと、伝説のギャルソンが言っていた。
全ての立場や関係を超越してしまうほど、料理とは尊く、全てに優先されるべきなのだ。
俺の本当の食道楽は、これから始まるのである。