十日市②/拾った物と食べ物区画
午後からは、露店市を見る事にした。
十日に一度、街外れの一画が開放され、誰でも自由に売り買い出来る大規模な市が開かれているそうだ。
見渡す限り、地面に布を敷いて商品を並べただけの露店がずらっと並んでいる。
店舗が不要なので、この日ばかりに商売を行う者も多い。
ガラクタを売る店もあれば、中には掘り出し物もあるらしい。
日本でも骨董市や農産物を販売する軽トラ市に行った事があるが、市場という場所には独特の活気がある。
様々な思念が渦巻いているかのようだ。
こんなお祭りもどきの集まりは結構好きだ。
人混みは苦手だが、お互い素性を知らない他人同士。
対話が嫌なら無視すればいいしな。
「どんな物が売ってあるんだ?」
「食べ物と作った物と拾った物だぜ、あんちゃん」
ざっくりな説明で、ざっくりな区分だな、おい。
十日市は、この3つの区画に大別されるそうだ。
一つめの区画は、収穫した野菜や果物、魔物の肉アイテム、そして料理などの食べ物系全般。
二つめの区画は、武器や道具などの冒険者向けから、服や玩具などの生活用品まで幅広い制作物全般。
三つめの区画は、綺麗な石や花などの自然物と、肉以外のドロップアイテム、総じて拾い物全般。
この中で最も興味があるのは食べ物系だが、今までの経験から期待は薄い。
それよりも是非手に入れたいものがある。
この中であるとすれば制作区画だろうから、最後にじっくり見学するとしよう。
「昼飯を食ったばかりだから、まず拾い物区画を見ようか」
「こっちだぜ、あんちゃん」
意気揚々と歩き出すコルトの後を付いていく。
手を引いてくれないのが残念だ。
傍目からすると、小さな女の子を追い回すストーカーに見えそうだな。
拾い物区画では、様々なアイテムが売られていたがランクは1~2と低い。
ランク3以上の効果と需要が高い品は、正規の店舗が取り扱っており、味噌っ滓な売れ残り品が大半のようだ。
魔法以上の能力を発揮するアイテムだが、最下位ランクではさして役に立たない物もある。
例えば体力回復薬は怪我に効くが、ランク1だと擦り傷程度しか治せないため、自然治癒に任せた方がお得だ。
最下位ランクの不人気っぷりは売る方も承知してるから、上位ランクと偽って売る者も居そうだが。
「鑑定アイテムですぐばれるから、嘘つく人は少ないぜ」
ランク1の鑑定アイテムは金貨50枚程で購入出来るため、そこそこ所持している人が居るらしい。
特に冒険者と商人には必需品。
外見ではランク判別が出来ないため、鑑定アイテムを持たない庶民相手の詐欺も偶に発生する。
所々に警備兵が立っているのは、そういったトラブルに備えてのことだ。
この鑑定アイテムのように、最下位ランクでも十分役立つ品もあるようだ。
騙されぬよう鑑定しながら商品を見て回ったが、既に持っているアイテムの下位ランクばかりだった。
俺にはコレクターの血も多少流れているが、実務品において機能が劣る類似品を集める趣味はない。
だが、ウォル爺との売買で失敗したように、上位のアイテムを表に出しにくい場面も発生するだろう。
念のため全種類かつ全ランクのアイテムを揃えておけば、如何なる状況にも対応可能となるだろう。
と言う訳で、無駄に心配性な俺は、所持していないランクを1つずつ購入していく。
「そんな低ランクばっか買ってどうすんだよ」
「なに、折角だから全ランクの全アイテムを集めようと思ってな」
「……あんちゃんが言うと洒落に聞こえないから怖いぜ」
マジックアイテムは、何種類あるのだろうか。
全種類コンプリートすると、特典があるかもしれない。
アイテムの創造主たる魔王様が現れ、何でも願いを叶えてくれるみたいな。
うん、ゲーム脳おつ。
アイテム以外には、見栄えが良い自然石が並んでいる。
花をはじめとした植物類も豊富だ。
「なあ、コルト。自然の石も宝石アイテムのように価値があるのか?」
「いいや、自然の石がどんなに綺麗でも高値はつかねーぜ」
高価な宝石としてのブランドが確立されたアイテムがあるだけに、希少な自然石を磨いて価値を上げる文化はないらしい。
勿体ない気がするが、どんなに珍しくともただの石と比べ、鑑定でお墨付きが出る宝石アイテムの方が万国共通で間違いないのだろう。
それでもインテリアとして自然石を好む人も居るそうで、少しは需要があるらしい。
植物類も同様に観賞用だ。
自然物を愛でる高尚な趣味に目覚めてない俺にとっては不要な品である。
そう、必要、ないのだが――――。
「だんなさま! ありがとうございましたっ!」
石や花は、誰でも拾う事が出来る。
だからだろうか、それとも巧妙な罠なのか。
苦労してそうな少女ばかりが売り子をしているのだ。
ガラクタと分かって売っているのだろう。
半分諦めたようなか細い声で「マッチはいかがですか?」と上目遣いで袖を引かれたら、紳士として買わざるを得ないだろう。似非紳士だけどさ。
買ったね。買っちゃったね。
少女達の商品を全部買い占めたね。
あれだよ、金を持つ者が消費しないと経済が回らないじゃないか。
一見、少女に貢いでいるだけの行為が、ひいては社会のためになるんだよ。社会貢献なんだよ。
「あんちゃんってさ、その、子供には優しいのな」
やめろ!
その少女にだけ興味があるような言い方はやめろよ!
ちゃんと成人した女性にも興味あるから!
「ははは、部屋の飾りが欲しかっただけさ」
ちょっと引き気味なコルトに対し、笑って誤魔化す。
「めちゃくちゃデレっとした顔で買ってたぜ」
未来を担う子供達との対話は笑顔が大切だからな。
仕方ない、仕方ないんだよ。
男は皆、可愛い女の子が持つ方の募金箱に入れたがるんだよ。そんな統計結果があるんだよ。
それはそうと、荷物が増えてしまったな。
俺とコルトは多くの品を抱えて動けない状態だ。
こんな大衆の面前で、高ランクの大容量収納アイテムに入れると目立つだろうし。
どうしたものかとコルトに相談すると、運び人が部屋まで持って行ってくれるサービスがあるそうだ。
所々で見かける大きな竹籠を担いだ少年が、その運び人だ。
目聡く近くで待機していた少年を呼び寄せ、昨日借りた部屋までの運搬を依頼する。
運賃は銅貨5枚だったが、花瓶を買って花を飾る仕事を付け足し金貨を渡すと、全速力で走って行った。おい、転ぶなよ。
あらかた拾い物区画は見終わったようだ。
街の中央に設置された大きな時計塔は、もうすぐ15時を指そうとしている。
ちょうどおやつの時間だ。
今度は食べ物区画を回ろう。
露店の料理は昨日散々食べたので、今回は果物にチャレンジしてみる。
野菜類も多かったが、子供舌で野菜嫌いの俺はもちろんスルーした。
オクサード街では、日本でもポピュラーな葡萄・林檎・梨などが多く、苺や柑橘類は少ないようだ。
地域によって果物別の生産量が大きく異なり、遠方から取り寄せた品は当然高騰する。
因みに俺は梨が大好きである。但し洋梨は含まれない。
地球産の果物と決定的に違うのは、糖度である。
品種改良されていない在来種であるためか、とにかく渋みが強い。
甘さの代名詞と言える苺でさえも、すっぱい自然の味だった。と言うか、管理されていない普通に野苺だな。
余談であるが、イチゴ・メロン・スイカは、分類上では立派な野菜である。
野菜嫌いを非難された時は、「イチゴはよく食べるよ」とドヤ顔で反論しよう!
「そっか? 普通に甘いと思うぜ、あんちゃん」
コルトは喜んで食べているので、こちらの感覚では甘く美味しい部類なのだろう。
まあ、日本は甘味に厳しすぎて、糖度で値段が変動する作物も多いからな。
一定の糖度を超えないとブランド名を名乗れない作物さえもあるし。
いやはや、日本人の甘味に注ぐ情熱は恐ろしいものである。
いいぞ、もっとやれ!
渋い渋いと渋い顔をする俺を見て、売り子の女性が怒り出したので、日本製の高級な果物を複製魔法で出してみた。
「な、何でこんなに甘いの!? 何処で採れたの!?」
遠方から持ってきたと説明しても、中々諦めてくれず大変だった。
仕方なく、比較的渋みが少ない果物を沢山買ったら渋々諦めてくれた。
どうやら日本製の果物も菓子と同様に高く売れそうである。
口が堅い金持ちを見つけて直接売った方が、手っ取り早く儲かるかもしれんな。
その後も農家の娘さんが売り子をしている露店を回ったが、結果は同じだった。
冷やかしも悪いので適当に買ってストックしておこう。
元の世界の食べ物ばかり持っていては怪しいだろうし、現地の食べ物を使う機会もあるだろう。
生育中なら肥料を投入すれば多少変わるかもしれんが、熟した果物を美味しくする知識は乏しい。
精々、西瓜に塩をかけたり、苺に砂糖をかけたりする程度。って、苺に砂糖ってどんだけだよ。美味いけどさ。
実際に使える知識は渋柿ぐらいかな。
ちょうど柿を売っていた娘さんが居たので、干し柿の作り方を教えてみた。
人気の甘柿は老木化が進み収穫量が落ちて困っているそうだ。
『桃栗三年柿八年』の諺の通り、柿の植え替えには時間を要するため、その間に干し柿作りが役に立つかも知れない。
干し柿は、かの大御所が認め至高のメニューにも選ばれた究極の逸品。
俺は干し柿や羊羹のような食感が苦手なのだが、砂糖が珍しいこの世界では好まれるだろう。
ついでに俺が好きな太秋柿も渡しておいた。
この種は通常の柿と一線を画す食感が特徴だ。
簡単に言うと梨のようなシャクシャクした食感で柿の味が楽しめるのだ。他の果樹に例えるのも変な話だが、これが一番分かり易いと思う。
植え替えするなら、この太秋柿を試すのも面白いだろう。
「あんちゃんってさ、その、女性には優しいのな」
やめろ!
その女性だったら誰でも良いような言い方はやめろよ!
ちゃんと好みのタイプがあるから!
「ははは、風呂上がりの果物が欲しかっただけさ」
かなり引き気味なコルトに対し、笑って誤魔化す。
「ずっと胸とか太ももとか見てたじゃん」
うん、この世界に来てご無沙汰だからな。
仕方ない、仕方ないんだよ。
買い込んだ果物は、先ほどの運搬から戻ってきた少年に再依頼した。
果物籠を買って飾り付ける仕事を付け足し金貨を渡すと、超特急で走っていった。おい、転ぶなよ。
あらかた食品区画も見終わったようだな。
時刻は17時だが、あと2時間程度は明るいだろう。
最後は、本命の制作区画を回ろう。