農畜産物ブランド力の強化の促進に関する基本的な構想
『――――すまない兄者、少し問題が起きた』
俺の偽妹をアイドルもどきにするべく、デビューに向けて準備をしていたところ。
奴隷諸君を引き連れて村に向かっていたクーロウからヘルプの通信があった。
大抵の事態なら自分達で対処可能な力を持つ狼兄妹にしては珍しい。
よほどの予想外の事態なのだろう。
『分かった。すぐそっちに行く』
俺は詳しく聞かず、現地へ赴くことにした。
ややこしい課題を電話だけで解決するのは難しい。
実際に直に見て聞いて考えた方が確実なのだ。
「どうかしたのか?」
狼兄妹をポイントにして、アイテムを使って転移する。
降り立った場所は、のどかな農村としか表現しようがないような、普通の村。
素朴な景観と土の匂いに懐かしさを感じる。
「おおっ、わざわざ来てもらってすまないな、兄者っ」
「本当なら大兄様のお手を煩わせずに解決したかったのですが、少々込み入った問題でして……」
無駄にやかましく無駄に嬉しそうな兄クーロウと、本当に申し訳なさそうなクーレイが出迎えてくれた。
この様子だと、緊急性のある問題ではなさそうだが。
「いや、後々面倒になるのなら事前に報告してくれた方が遙かにマシだ」
新人君は怒られるのを恐れて、失敗を隠そうとする。
それが更に大きな怒りを呼び込んでしまうとは知らずに。
ちなみにこの失敗談は、被害者側ではなく、加害者側としての体験談である。
「お、お久しぶりです、旦那様」
「は、初めまして。わたくしはこの村の村長です」
転移した先には狼兄妹に加えて、奴隷組のリーダー的な好青年と、村長と名乗る老人が待っていた。
二人とも突然現れた俺を見て驚いているらしい。
なんだか段々と人前で力を使うのも気にしなくなってきた。
ほんと、慣れというものは恐ろしい。
「こちらこそ初めまして。俺は彼らの雇用主みたいなものでグリンといいます。何か不都合でもあったのでしょうか?」
年配のお偉いさんが相手なので、下手くそな敬語で対応する。
敬語を使っている俺をびっくりした顔で狼兄妹が見ているが、気にしたら負けだ。
日本人には老人を労り敬えといった英才教育が施されている。
だから、俺がお爺ちゃんになったら甘やかしてくれよな。
「はい、それが――――」
村長とリーダー君の話をまとめると、こんな感じになる。
止むを得ず奴隷として送り出した仲間が戻ってきたことは、大変喜ばしい。
元々住民が少ない農村なので、労力が確保できてありがたい。
金銭事情も奴隷商から得た金があるので、1年程度なら問題ない。
けれども、それ以前に如何ともしがたい問題がある。
それは、仲間を売った金だけでは到底解決できない、農村の存続に関わる問題。
「河川の枯渇、ですか……」
それは人の営みにおいて、そして農業において致命的な問題だ。
元来、この農村の近くには川が流れていたらしい。
それなのに、急に水量が少なくなっていき、ついには途絶えてしまったのだ。
河川自体が自然現象の一つなので、制御できなくとも仕方ないのだが。
あまりにも唐突な変化らしいので、もしや人為的な仕業かと聞いてみると。
「川が涸れる前に、なにか変わったことはありませんでしたか?」
「は、はい、少し前に地面が揺れる不思議な現象が起こりまして。そう大きな揺れではなかったのですが……」
「あー、地震ですかー、だったらソイツが原因かもしれませんねー」
海辺の街で巻き込まれたあの地震の影響がここまで及んでいたとは。
千里眼アイテムを使って、上空から周辺の地形を確認してみる。
……やはり、か。
どうやら村は、自然崇拝教のシスターと出会った港口の街とけっこう近い場所にあったようだ。
日本人だけに、よほど地震と縁があるらしい。
むろん、悪縁だがな。
「おそらく、その揺れの影響で水源や上流の方で変化が生じたのでしょう」
「はい、わたくしどももそう考えているのですが、手の打ちようがない状況でして……」
原因が判明しても規模が大きすぎて、小さな農村に住む人数程度では対処しようがない。
それでも時間と金を使えば河川の改修工事も可能かもしれないが、そのどちらも不足していて、更に知識も無いから詰んでいる状態。
なので最後の手段として、奴隷商人に頼ったってわけか。
それでも一時凌ぎに過ぎず、商人から得た金で冬は越せても翌年の目処が全く立たない。
確かにこんな状況では、労力だけが増えても使い道に困るだけ。
来年に河川が復活して豊作に恵まれるような偶然が起きなければ、全ての農民が奴隷になるしか生きる道がない。
「なんでも諦めが肝心だが……」
世界は広い。
探せば水が潤沢で農地も作りやすく先住民が居ない土地もあるだろう。
だけど、何百年と暮らしてきた故郷を捨てて新たな土地を探すには、希望以上に、諦める勇気が必要だ。
あれほど発展した俺の地元でも、災害に巻き込まれる恐れがあると理解していながらも危険地帯から離れられない人が多い。
望郷の念とはそれほど強いのだ。
「そんなわけで、どうするのが一番良いのか俺達では分からないんだ、兄者」
「お役目を果たせず本当に申し訳ありません、大兄様」
「いや、お前らに頼んだのは無事に送り届けるまで。これは別の問題だから気にする必要はない」
そうは言ったものの、問題は消えてなくなりはしない。
結局、俺のやったことはまたしても拗らせただけ。
道徳に鑑みて良かれと思われる行為に準じているつもりなのに、世の中は上手くいかないものである。
「さて、どうしたものか」
乗りかかった船。
最後まで責任を取るという格好で解決するのは簡単だ。
一生分の食料や金を渡すのが一番簡単だし、彼らが望むなら安定した土地を探してお引っ越しでもいい。
だが、それだと負けた気がする。
奴隷から解放して故郷に戻したことが無意味だったと認めてしまったようで悔しいのだ。
「そうだな……」
それに、義理や人情で対応しても面白くない。
俺の座右の銘である「塞翁が馬」が泣く。
この予期せぬ道を上手く楽しんでこその道楽。
余裕の表れなのだ。
だから、ここで俺が言う台詞は、こうであろう。
「――――いい機会だから、利用させてもらおう」
◇ ◇ ◇
「この村を、あなた様専用の食料供給基地にしたい、ですか?」
俺の提案を聞いた村長は、「なに言ってんだこいつ?」みたいな視線を向けてきた。
聡明なリーダー君も同じ表情をしている。
そして、無駄に俺に懐いている狼兄妹も、だ。
至極真っ当な反応であるものの、悲しい。
くすん。
「ええ、実は前々から、この世界で作られた美味しい料理を食べたいと思っていたのです」
補足説明を聞いた村長は、ますます意味不明な表情をした。
けれども、それこそが嘘偽りない俺の本音。
この世界の料理は、まずい。
俺が目指す紳士の国であるイギリスさんに匹敵するレベルだ。
実際は行ったことないし食べたこともないので想像上の比較だが。
俺の口に合わない一番の原因は調理技術の不足だが、栽培技術や品種改良が進んでいない素材の要因も大きいはず。
調理技術の方は、あのプロジェクトを発動すればいいし。
まずは、日本人向けの素材を確保したい。
複製魔法を使えばいくらでも調達可能だが、それでは味気ない。
同じものばかりでは、いつかきっと飽きてしまう。
そんなわけで、俺が好きな農畜産物を生産する農場が欲しいなー、と思っていたのである。
「し、しかし、先に申し上げたとおり、この村には水が不足しているため作物が育たないのです」
「それはつまり、農業用水の安定供給さえ実現できれば、この話を受けていただけると解釈していいんですよね?」
まだ混乱している村長とリーダー君を安心させるため、にっこりと笑ってみせる。
その瞬間、彼らがビクッと怯えた表情を見せたのは気のせいと思いたい。
とにかく、大船に乗ったつもりで任せておきたまへ。
俺は頭脳派だが、力業もそこそこ得意なのだよ。
大船は大船だが、農業だけに泥船かもしれないけどな。
しばらく説明を続けると……。
俺の非常識さの一端を知るリーダー君のフォローもあって、村長は首を傾げながらも了解してくれた。
むろん、農業の持続的発展に不可欠な農業用水の安定供給を実現してみせることが条件であるが。
それでも、約束は約束。
後から怖じ気づいて断ろうとしても駄目だからな。
「よーし、まずは水源の確保からはじめるか!」
幸いにも土壌に問題がないようだから、最大の欠点である水を補えばどうにかなるだろう。
排水や農道の整備は、狼兄妹や使い魔に順次やらせればいいし。
実際のところ、水稲などの湛水作物やビニールハウスの中で栽培する施設園芸でもなければ、農作物にそれほど多くの水は必要ない。
農業への補助金が大好きな日本でも、畑地の用水整備は3割にも満たない。
雨がそれなりに降る地域であれば、自然の恵みだけでも概ね賄える。
だとしても、質が良い作物を安定して生産し続けるには、植付時など重要な生育期の散水、そして何よりも干ばつを回避しなければならない。
それに、俺が食べたいのは消費水量が少ない野菜や果実だけではない。
日本人が愛してやまない、米。
水田に水を張り続けて作る米は、消費水量も半端ない。
大規模で安定した水源を整備せねばなるまい。
諸君、私はお米が好きだ!
コシヒカリが好きだ。つや姫が好きだ。森のくまさんが好きだ。
メニューに無い生卵を頼んで遮二無二卵かけご飯にするのが好きだ。糖質制限ダイエットの目の敵にされるのが好きだ。焼き肉食べ放題で「安い米でお腹いっぱいにして馬鹿じゃないの?」と蔑まれるのが好きだ。
――――以下省略!!
「川は復旧できたとしても何かと不安定だから、溜池を作るか」
透視と千里眼アイテムを使って地面の下を確認すると、ここら一帯は地下水が豊富のようだ。
これなら枯渇する心配はないだろう。
「とにかく一度掘ってみるか。百メートルも掘れば十分みたいだな。よし、このどんな武器にでも形を変えるアイテムを使って――――シュワッチ!」
掛け声とともに空高くジャンプし、武器アイテムを変化させる。
「大地の剣よ、元の姿に!!」
我ながら懐かしいネタである。
巨大なアイスピックに変化させたアイテムを使って、上空から地面を串刺しにすれば、ほら。
「一丁上がり、と」
後は付与紙を使って、配管やポンプなど諸々の機能を整えれば井戸が完成。
付与紙万能説、あると思います。
ボコボコと湧き上がってくる地下水を鑑定すると、性質にも問題なさそうだ。
地下水は日本でも取水権が無いくらいだから、どれだけ汲み上げても文句言われないだろう。
「入れ物も必要だな」
適当に地面を抉って窪地をつくり、複製魔法を使って溜池を出現させる。
素掘りだと長持ちしないので、漏水しないよう基盤をコンクリートで固めた頑丈なタイプだ。
この井戸と溜池のセットを3箇所ほど設置しておけば、水の心配はなくなるだろう。
「…………」
「…………」
「ん? どうかしたのか?」
俺の隣で一連の作業を見ていた狼兄妹が、ぽかんとしていた。
「相変わらず兄者の所業は、人類がどうあがいても敵わぬほど非常識だなっ!」
「私達も人類の中ではトップクラスの力を得ているというのに、とても真似できるとは思えません」
おい、俺を人類から除外するのはやめろ。
「馬鹿なことばかり言ってないで、続きは頼むぞ。これを繋げて溜池から畑までの水路を作っておいてくれ」
もう一度複製魔法を使って、コンクリート水路の断片をたくさん出現させる。
これをレゴみたいに繋げてやれば水路の完成だ。
ちゃんと処理しないと接続部から漏水するだろうが、水量に余裕があるので少々のロスは問題ない。
「どう見ても馬鹿げているのは兄者の方だと思うが、しかと了解したぞ」
「それで、大兄様は何処へ?」
「俺は家畜用に野生動物を攫ってくる」
そう言い残して、転送アイテムで移動。
村を丸ごと俺専用の食材供給基地にするのだから、農産物だけではもったいない。
せっかくなので焼き肉業界の三種の神器である牛、豚、鶏も飼育しよう。
俺の複製魔法は、無機物と植物類は可能だが、動物類は不可能。
だから、現地から調達する必要がある。
こんなこともあろうかと、散歩中に見つけて目を付けていた動物が居るから、そいつらを捕獲してくるだけ。
野生種なので味は落ちるだろうが、月日を重ね品種改良を続けていけば、いつか和牛にも劣らないブランドができるかもしれない。
老後の楽しみとして気長に待とう。
「「「――――ええっ!?」」」
野生動物と一緒に転送アイテムで村に戻ったら、村民から驚かれた。
この近くには居ない種類だから、珍しいのだろう。
「そ、その大量の動物は、いったい?」
村長が青い顔をして聞いてくる。
「作物だけでなく、家畜も育てたいので捕まえてきました」
「で、ですが我々は、家畜を扱った経験がないのですが?」
「残念ながら俺も畜産の知識は乏しいので、手探りでやるしかないでしょうね。まあ、金と時間はありますから気長にやりましょう」
「は、はい……」
不安そうにしながらも、村長は一応頷いてくれた。
パワハラ最強だな。
家畜は食べるだけでなく、労力にもなるし、糞は堆肥にも使えるから、上手く繋がれば農作物の質も向上するはずだ。
どうしても無理だったら諦めればいいだけ。
リスクを考えず試せるのだから、色々と挑戦しないのは損であろう。
「それで、これまではどんな作物を作っていたのですか?」
「はい、小麦と根物の野菜が中心でございます」
ふむ、干ばつに強いチョイスなのは仕方ないが、これでは文字通り味気ない。
「これからは水が豊富に使えるので、どんどん新しい作物を作っていきましょう。もし失敗しても毎年の暮らしは保障するので安心してください」
「ですが、この村にはあまり多くの作物はありませんが?」
「作物の種なら俺が持っているので大丈夫ですよ。過酷な環境でも育つよう改良されているので、この地域にも合う品種があると思いますから」
「そのような希少な種までお持ちなのですか……」
「俺の地元は農業に並々ならぬ拘りを持っていましたからね」
近代の品種改良は味や見た目の向上がメインかもしれないが、元来は自然環境へより適合させ収穫量の増加を目的としていたはず。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる精神でやっていけばどうにかなるだろう。
これで駄目なら潔く諦めよう。
「――――分かりました。奴隷になった村人を無償で解放し、さらには水源まで創り出してしまう貴方様がそう仰るのなら、我々村人も全力を尽くしましょう」
俺の食に対する情熱が通じたようで、最終的には村人全員が協力してくれるようになった。
若干怯えた眼で見てくる者も居たが、閉鎖的な村育ちなので外部の人に慣れていないのだろう。
とにもかくにも、ウィンウィンな契約の成立である。
そんなわけで、しばらくは農業に勤しむこととなった。
俺の実家は農家だったが、あまり真面目に手伝った記憶はない。
それなのに、まさか異世界に来てまで農業を頑張るようになるとは思わなかった。
もっと真面目に手伝って、知識を蓄えとけばよかったな。
まあ、一応無職だし、時間はたくさんある。
ゆっくりのんびりやっていけばいいだろう。
そしていつか、日本にも負けないような農畜産物ブランドを作り上げるのだ。
◆ ◆ ◆
―――― ?日後 ――――
そこは一見、なんの変哲もない小さな農村。
だけど実際は、多くの商人が詰め寄せる宝の山であった。
なぜならその村では、味に疎い庶民さえも欲しがる貴重な食料が生産されるからだ。
多くの水と技術を要する米をはじめ、野菜、果物、果てには牛といった他の地域には存在しない品種が数多く育てられている。
これらの極上の素材を使えば、調理の腕が劣っていても段違いに美味しい料理を作ることができる。
当初は市場に出される量が少なかったため認知度が低かったのだが、段々と噂が広がっていき、今では貴族向けの高級食材として多くの商人が注目するようになった。
宝の山と称される村であるが、その宝を手に入れるのは一苦労。
需要が高く相場が高騰しており、何よりも出荷量が少ない。
小さな村なので致し方ないのだが、一番の要因は最優先で買い付けていく商人が居るため。
どの組織にも属さない灰色のローブを着た男は、どのような伝手を持っているのか、生産量の大半を我が物顔で奪っていく。
他の商人が泣いて頼んでも聞き入れようとしない。
しかも、灰色の商人が仕入れた品は市場に流れてこない。
残された商人達は、泣く泣く余り物を競り落とすことしかできない。
多くの人に認められるのは、農家の誉れ。
しかし、村人は灰色の商人が独占する現状を容認している。
それも当然である。
元よりこの村の農作物は、全て男一人のために作られているのだから。
たとえ少量であっても市場への出荷を許可しているのは、良心が痛むから――――ではない。
その男は、他の商人達を通して、この世界の住民全てに発破をかけているのだ。
「この世にはこんなにも素晴らしい作物があるんだぞ」
「くやしかったら、もっと上等な作物を作ってみせろ」
「もっともっと美味い料理を作って、俺を驚かせてみせろ」
それは、捻くれ者の男らしい遠回りなメッセージ。
結局は美味い料理が食べたい自分のためであり、決して他人のためではないところも男らしい。
こうして、ある村をきっかけに、世界の食糧事情は少しずつ量から質へと変化し、これに伴い料理の味も向上していくのだが――――――それはまた、別のお話。