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彼女がそうする理由 1/2




 とある街のとある部屋にて。

 男と女がテーブルを挟み、向かい合って座っていた。


 両者は顔見知りであるらしいが、あまり良好な雰囲気ではない。

 双方の仲を仲裁するかのように、テーブルの上には紅茶と茶菓子が乗せられている。


「……急に呼び出して、悪かったね」

「いえいえ、お気になさらず。女性からのお誘いを断るほど、まだまだ伊達男の域には達していませんよ」


 女が口にした謝罪に、男は肩をすくめてとぼけた対応をする。


「最初に会った時から思っていたけどね、あんたが演じる伊達男ってヤツはとんだ的外れだよ」

「はははっ、相変わらず辛辣なご様子で安心しました」


「ふんっ、あんたも変わらないようだね。……できれば変わっててほしかったけどね」

「はははっ、これ以上悪くはならないので安心してください」


 しばらくぶりの対面だというのに、全くと言っていいほど男は代わり映えしない。

 自分は相当の変化があったのに、とイライザは裏切られた気持ちになった。


 ――――女の名は、イライザ。

 かつては、古びた居酒屋で芸を披露し、日銭を稼ぐ娼婦。

 今では、踊る人形に歌を提供し、毎月の安定収入を得る婦人。


 対する中年男は、イライザの歌を見初め、歌って踊る人形商売を成功させたやりての商人。

 ……ということになっている。


「だいたいあんたは、私と同じくらいかそれ以上の年齢だろう? そんなあんたから敬語で話されると背中が痒くなるからやめておくれよ」

「それもそうだな。商人と客の関係は一段落しているし、使い慣れない敬語は疲れるし、イライザ嬢に敬語は合わないからそうさせてもらおうか」


「私のせいにするのは止めとくれよ」

「誰しもが自分は悪くない、と思いたいのさ」


 敬語を止めた途端、顕著になった性格に、イライザは失敗したと後悔する。


「それに、そのパリッとした格好はなんだい? 正直、全く似合ってないよ」

「は、ははっ……、そ、そんなはずなかろうて。少ないボーナスで奮発して買った一点物だぞ?」


 本日の男は、いつものラフな作業着とは違い、きっちりと仕立てられたスーツにシャツ、ネクタイ、そして髪型までもパリッと決めていた。

 惜しむらくは、イライザが言ったように、貧相な顔つきと猫背の寂れた中年男にはマッチしていない点である。


「もしかして、仕事の帰りなのかい?」

「それはありえない。何故なら俺は無職だからな!」


「威張って言うことじゃないだろう」とか、「それなら歌う人形を売ってるのはなんなのさ」とか、ツッコみどころはたくさんあったが、横道に逸れるだけなので、イライザは話を進める。


「だったら、なんでそんなに立派な服を着てきたんだい?」

「そんなの決まっているじゃないか。――――むろん、イライザ嬢からの夜のお誘いに応えるための正装だ!」


「な、なに馬鹿なことを言ってるんだいっ!? 会う時間帯を夜中にしたのは、あんたみたいな得体の知れない男と真っ昼間から一緒に居たら目立って仕方ないからだよ!」

「うんうん、数多のギャルゲーで鍛えた俺には分かるぞっ。新手の照れ隠しだよな?」


「言いがかりはよしとくれっ!」

「デレは決して表に出さず、さりげなく態度で示す。これぞ正しいツンデレの在り方だな」


「言葉の意味は分からないけど、なんだか物凄く腹が立つから止めとくれっ!」


 男の言葉は、いつもイライザを苛立たせる。

 なぜ過剰に反応してしまうのかは、彼女もよく分かっていない。


「あれ? もしかして本当に、夜のお誘いじゃなかったのか?」

「何度もそう言ってるだろうっ」


「そうかそうか、それは少し残念だ」

「……」


「俺は、三十路超えの女性を今まで一度も抱いたことがないのが自慢でな」

「…………」


「だから今日は、自分の信念を曲げて覚悟を決めるために正装してきたのに、とんだ肩透かしだよ」

「――――私が今まで稼いだ金は、殺し屋を雇ってあんたを永遠に喋れなくするためだったようだね」


「汗水流して稼いだ金をドブに捨てる行為はお勧めしないぞ?」

「ふんっ」


 若い女性しか抱かないということは、特定の恋人や伴侶が居ない表れであり、今後もそうである意思表示だろう。

 得体の知れないこの男なら得心がいくし、その方がどちらにとっても幸せだろうと、イライザは嘆息した。



「――――それで、俺を呼び出した本当の理由を聞かせてもらえるかな?」

「あんたと私の共通の話題なんて、歌しかないだろう?」


「なるほどなるほど。そこでようやく、イライザ嬢の隣に座っているお嬢さんの出番になるのかな?」


 部屋の中に居るのは、中年男と中年女の二人だけではなかった。

 イライザの隣には、小柄な体をこれでもかと恐縮させて俯き、決して男の方を見ようとしない少女の姿があった。


 少女の名は、フラーウム。

 くるくるしたくせっ毛の黄色い短髪。

 暖かい季節なのに、全身にもこもこした白い服を着ている。


「そうだよ、あんたにこの子の面倒を見てもらえないかと思ってね」

「ほほう、無垢な少女を俺色に染めても構わないと?」


「ひいぃっ!?」


 中年男から舐め回すように凝視された少女は、椅子から転がり落ちてイライザの後ろに隠れた。


「ちょっと、無闇に怖がらせるのは止めておくれよ。話が進まなくなるじゃないかい」

「少女に嫌悪感を抱かれるのは中年男のサガだから仕方ないさ」


「あんたのは悪ふざけじゃないかい」

「可愛い女の子を見るとイジメたくなるのは中年男のサガだから仕方ないさ」


「――――」

「分かった分かった、自重するから睨まないでくれ。俺にはマゾっ気もあるが、女性から本気で怒られるのは苦手なんだ」


 とりあえず反省したらしい男を見て、イライザは溜息しながら説明をはじめる。


「この子は、私が働いていたあの酒屋の新人なんだけどね――――」


 話をまとめるとこうだ。

 胡乱な男と付与魔法使いの少女に歌を提供し大金を手にしたイライザは、居酒屋兼娼館の仕事を卒業し、気ままに一人暮らしをしている。

 しかし、その歌唱力を見込まれ、娼館の新人に芸を仕込む手伝いをしている。

 そこに、黄色い髪をした少女がやってきた。

 親に捨てられその店へと流れ着いた少女は、接客業に向いていなかった。

 小柄で、貧相で、おまけに人見知りが激しいため、見知らぬ男の相手をし続けるような器量は持っていない。

 それならそれで、雑用係として食いつなぐ道もあったのだが、一つだけ突出した才能を持っていた。

 それが、歌、である。


「へー、イライザ嬢がそこまで推薦するのなら、凄い歌い手なんだろうな」

「よしとくれよ、あんたとあの子は私を買い被りすぎなんだよ」


「俺の地元でも謙遜は美徳とされるが、本当に惚れ込んでいる相手に言うと失礼に当たるから気をつけた方がいいぞ」

「……胸に手を当てて、自分自身を顧みるんだね」


「それじゃあ、失礼して――――」

「な、なんで私の胸を触ろうとするんだいっ!?」


「だって、いくら俺でも今日初めて会ったばかりの少女の胸を揉むのには抵抗があるし」

「ひいぃっ!?」

「自分の胸に自分の手を当てろって言ってるんだよっ!」


 言われたとおりにした男は、「男の胸は自分で触っても気持ちよくないんだよなぁ」と不満そうにしている。

 その様子を見て、イライザは盛大に溜息を吐き、黄色い髪の少女は泣きそうになった。


「はぁ……。最初に言った言葉を撤回するよ。今日のあんたは、いつにも増して気持ち悪いね」

「ああ、よく言われるよ」


「自覚があるなら、反省して改善したらどうだい?」

「それは無理だ。これが俺のチャームポイントだからな」


「その認識も、的外れだよ」

「上辺だけ好まれても仕方ないさ」


 魅力とは人それぞれらしいが、少なくともイライザにはさっぱり理解できない。

 だけど世の中には、この男の奇妙な言動を魅力に思う者も居るのだろう。

 場末でさえ輝けなかった自分の歌を世界中に広めようとする馬鹿が存在する世界だから、そんな物好きが居てもおかしくない。



「話を戻すけどね。そんなわけで歌を商売にできるあんたに、この子に見合った仕事を紹介してもらえないかと思ってね」

「ほうほう、事情は理解したぞ。無職の俺にできることは限られるが、それで良ければ用意しよう」


「あんたにできなければ、他の誰にもできないよ。……それにしても、本当にいいのかい? 簡単に説明しただけで、この子の歌も聞いていないのに?」

「イライザ嬢が見込んだ才能なら大丈夫だろうさ。それに、その懐かれ方からすると、きちんとレッスンして仕上げているんだろう?」

「……あー」


「ふん、あんたはほんと嫌みな男だよ」

「ああ、よく言われる」

「……うー?」


 笑って悪態を吐く女と、笑って肯定する男。

 双方の間に流れる妙な空気を感じ、黄色い髪の少女は後ろに隠れたまま首を傾げる。

 なんとはなしではあるが、この二人に任せておけば悪いようにはならない、そう思えた。




「それで、良さそうな仕事はあるのかい?」

「お陰で人形商売が順調だから、人形用の歌い手としてなら幾らでも需要があるぞ?」


「それもいいんだけどね、この子は私と違って舞台映えするから表舞台に出してやりたいんだよ」

「へー、おっさん一人を怖がっている子が、大勢の前なら大丈夫とは、面白い話だ」

「……ううっ」


 イライザと男から注目された少女は、慌てて視線を彷徨わせるばかりで、ろくに返事もできない。

 とても舞台に立つような度量があるとは思えないが、男はニヤニヤと笑うばかりで確認しようともせず、話を続行する。

 

「だったら、あつらえむきの仕事がある。王都の劇場で歌謡劇をやっていてな。最近人手不足で、新しい人員を探していたんだ」

「王都の劇場って、あんた、そんなことまでしていたのかい?」


「色々と入り用でね。この劇の方は、俺個人の趣味みたいなものだから勝手がきく。なんだったら、イライザ嬢も出演してみるか?」

「……止めておくよ。私はもう、人前で歌わなくても十分だよ」


「そいつは残念。まあ、そんなわけだから、その舞台だったら参加可能だ」

「大舞台だってのに、簡単に言ってくれるね。やっぱりあんたは、一番の適任で一番の不適合者だよ」

「……うー?」


 男がイライザを疑わないように、イライザもまた男の正体を知ろうとはしない。

 今更な話である。


「それじゃあ、とりあえず舞台で歌う仕事を紹介するってことでいいかな?」

「私はこれ以上ない話だと思うけど、決めるのはこの子だよ。だから、もう少し詳しく教えてくれないかい?」


「俺も今考えたばかりだから、大まかな予定になるが……。現在の歌手は二人組で、その子はソロには向かなそうだから同世代と一緒に三人組が良いかもな。仕事の内容はもちろん歌で、可能なら踊りも付けたいところだ」

「舞台の頻度は?」


「十日に一度くらいだ。それ以外は、レッスンや休暇など好きに使えばいい」

「そんな間隔でいいのかい?」


「劇場を貸し出しているオーナーからは毎日やってくれと言われているが、怠け者の俺に合わせてその頻度が限界なのさ」

「……給金は?」


「チケット代から劇場の賃借料やモギリ係などのアルバイト人員や諸々の経費を除き、残った利益を出演者で五等分すればいい。概ねだが、劇一回につき一人当たり金貨20枚程度だろう」

「一度の舞台でそれとは、大した稼ぎだね。でもそれだと、あんたの取り分は残らないんじゃないのかい?」


「俺にとってはただの趣味だから、これで儲けるつもりはない」

「……そうだったね、あんたはそういう男だよ」


 イライザのもとへ毎月カラスが運んでくる金貨の数を見るに、人形の商売でも同じように収入を得ていないのだろう。

 多くの金を投じるくせに、戻ってくる金には興味がない。

 道楽者の道楽は、他人からすると理解しがたいものである。


「――――それで、フラーウム。あんたはどうするんだい? 聞いてのとおり破格の条件だし、約束はしっかり守ってくれる。正直、男としては信用ならないけど、金持ちの道楽だから小娘に危害を加えるような真似もしないはずだよ」

「そうそう、俺は少女に優しい紳士だと定評があるから大丈夫だぞ。戸惑うのは最初だけで、すぐに慣れるから」

「……あー、うー」


「難しく考える必要はないんだよ。大勢の人に自分の歌を聞いてほしいと思うのなら、この男と一緒に行けばいい。結局は、自分の気持ち次第だよ」

「そうそう、若者は当たって砕けるくらいの気概がないと駄目だぞ。いつまでも自分の気持ちに背を向けていると、誰かさんみたいに意地っ張りなおばさんになっちゃうぞ」


 イライザが投げつけた茶菓子を、男はパクッと食べた。


「もぐもぐ……。それに、君は一人じゃない。君の仲間となる少女があと二人も一緒に居てくれる。三つは素晴らしい。三つは最高だ。三つ集まれば、良い知恵が浮かぶし、折れないし、成功する。心配などする必要はない。君はただ、好きな歌を思いっきり歌うだけでいい。後は全て、このダンディかつ紳士で少女好きなおっさんに任せればいい!」


 中年男は立ち上がって両手を広げ、甘言を弄する。

 意味不明な説明もあるが、不思議な説得力がある。

 それは、神の導きというより、悪魔の誘惑に近い。


 人が困った時に信じるのは、道徳だけを語りパン一つ恵んでくれない神ではなく、リスクがあろうと空腹を満たしてくれる悪魔の方なのだ。


「よくもまあ、そんなにも怪しげに人を誘えるもんだね。逆に感心するよ」

「それが俺のチャームポイントだからな」


「……おね、がい、します」


 ――――かくして、迷える子羊がまた一人、悪魔にその身を委ねるのであった。




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