奴隷商人のイザナイ 3/3
さしたる理由も覚悟もなく奴隷を購入し、若者達の人生設計を狂わせた賠償もあって、できるだけ希望を聞こうと思う。
ほぼ全ての者は、農村に住む家族のもとへ帰ることを希望。
唯一の例外である藍色ショートの少女ブラウは、夢を叶えるために上京を希望。
農村に戻す方は簡単なので、俺でなくともできる。
だから俺は、たった一人の反逆者となったイモ子ちゃんのお世話をすることにした。
ただ、本人が望んでいるとはいえ、家族が心配しているかもしれないから一応確認しておきたい。
この件について、イモ子の自己申告では当てにならないので、事情に詳しそうなリーダー君に尋ねたところ……。
「ブラウには弟が居まして、その子を助けるためにも自ら志願したのだと思います。だから、両親も心配しているはずです。……その、本当は優しい子なんです」
やめろやめろっ。
今更いい話をして俺の好感度を上げようとしても無駄だぞ。
何故なら、妹に似ているってだけでもう好感度MAXだからな!
「そうか……。まあ、それでも本人の希望だから、とりあえず王都の劇場に連れていってみるさ」
現物を見て現実を知るといい。
それでもアイドルを目指すというのなら、手を貸さんでもない。
俺はお兄ちゃんであると同時に、プロデューサー・サンでもあるからな。
「実際に舞台女優になるのかは置いとくとして、王都に行った後、一度実家に帰すから心配無用だ。だから、君達は君達で帰る準備を進めてくれ」
「は、はいっ。よろしくお願いします」
リーダーな好青年は、まだ緊張した面持ちで頷く。
準備といっても、裸一貫で売られてきた状態なので何もないんだがな。
「うーむ…………」
さて、ここからが、ちょっと問題だ。
イモ子以外は家に戻すのだが、その手段をどうするべきか。
転移アイテムは一度行った場所じゃないと使えないし、魔法の絨毯で運ぶのは簡単だが、借金の形に取られたはずの息子が高価なアイテムに乗って帰ってきたら怪しまれるだろう。
そうなると、村からこの街まで連れてこられた方法と同じように、馬車に乗ってえっちらおっちら帰ってもらう方がいい。
だが、彼らだけを馬車に乗せると、迷子になったり魔物に襲われたりしても困る。
護衛付きの馬車に依頼するのも手だが、いつぞやみたいに盗賊に負ける危険性が残る。
盗賊や魔物を一蹴できる知り合いを同行させるのが最善なのだが……。
「おやっ、マスターがキイコ達を期待した目で見てるっすよ?」
「黙ってないで、お願いがあるならちゃんと命令しなさいよ!」
「……マスターは、アンコ達に期待しています」
うん、コイツらはないな。
俺の目の届かないところでお使いができるほどの賢さは持ち合わせていない。
きっとIQ3くらいだろうし。
とどのつまり、残された選択肢は一つ。
色々と面倒ではあるが、あいつらに頼むほかあるまい。
「仕方ない。――――グリンの名において命ずる! 出でよっ、クーロウとクーレイの狼兄妹!!」
「――――兄者! よくぞ呼んでくれたな兄者! 俺は嬉しいぞ兄者!!」
「――――お久しゅうございます。大兄様のお役に立てることを嬉しく思います」
やけくそ気味に獣魔を呼び出す感じで通信アイテムに呼びかけると、ほとんど間を置かずに転送アイテムを使い、男女のペアが目の前に出現した。
男の名は、クーロウ。
たぶん19歳。
精悍な肉体と顔つき。
狼族らしく、耳と尻尾、そして顎髭や腕などの毛深さが特徴であり、腕に自信がある好青年って感じだ。
むかつく。
女の名は、クーレイ。
ピチピチの18歳。
クーロウとは兄妹の関係なので似ているが、荒々しさがなく凜々しい顔つきとしなやかな肢体だ。
こちらは毛深くないが、耳と尻尾はよりもふもふしていて可愛い。
ラブリー。
二人とも、植物のような模様が刺繍された着物っぽい民族衣装を着ている。
髪の色も黒いので、和風というかアイヌ民族みたいな風貌である。
「クーロウ、声が大きすぎてうるさい。それに、俺を兄と呼ぶのは止めろと言ったはずだが?」
「ああ、もちろん分かっているぞ、兄者!」
「……うん、全く分かってないな。でも、クーレイはそう呼んでくれていいんだぞ。むしろ全力で『お兄ちゃん』と呼んでくれ?」
「かしこまりました、大兄様」
相変わらずだな、こいつら。
俺の言葉に従順かと思いきや、気に入らない命令はあっさりと無視しやがる。
クーロウは、その名が示すように出会った当初は苦労性で繊細だったのに、どうしてこんな暑苦しい性格になったのやら。
クーレイには、いつか絶対「お兄ちゃん」と呼ばせてやるっ。
それはさておき、こいつらは俺が使役する三つのしもべの末席――――魔人娘と付与紙で創った使い魔に続く、クー兄妹である。
三つのしもべの中では一番弱いのだが、唯一この世界で生まれた現地人であり、一番まともな思考をしているので、そこそこ使い道がある。
実際のところ、お馬鹿なポンコツトリオや意志を持たない使い魔よりはマシって程度だから、それほど使い勝手がいいわけではない。
何より、俺を聖人君子だと勘違いしている節があるので困る。
そう考えると、万事に恙なく対応し俺の意志を的確に読み取ってくれる執事みたいな従者が欲しい。
楽に生きたいよなぁ。
「本当の本当に久しぶりだなっ、兄者! もっともっと頻繁に呼び出してくれていいだぞ、なっ、兄者っ!!」
「そうですよ、大兄様。私達兄妹は、もっと大兄様のお役に立ちたいのです」
「……うん、まあ、その、善処しよう」
政治家が得意とするお役所言葉で誤魔化す。
世間を振り回すのが仕事の政治家だが、彼らからは教わることも多い。
特に曖昧な表現は、ほんと秀逸である。
見倣ってどんどん使っていこう。
――――さて、この狼兄妹。
ちょっとした縁があって、何故か俺の従者っぽい位置になってしまった奴らだ。
俺から要望した記憶は一切ないのだが、どうしてもお役に立ちたいと主張してやまないので根気負けしてしまった。
まあ、実際にこうして役立つ場面もあるし、この世界でまともな知り合いが少ない俺にとっては貴重な人材かもしれない。
狼兄妹は、俺の素性については何も知らないが、規格外の力を持っていることは承知している。
だからこそ、力ある者に付き従っているのだろう。
弱肉強食なこの世界で、特に実力主義であるらしい狼族としては、強さが一番の指標なのだ。
俺に加勢してくれるのは有り難いが、実際に頼むべき用事はほとんど無いため、そんなに人助けがしたいのなら適当に各地を旅しながら、お腹を空かせている少女を助けておけと追っ払っているのが現状。
いわば放置状態なのだが、狼兄妹も案外満足しているみたいだし、俺が暮らしやすい世界を守るためにもちょうどいいだろう。
人助けをせずにはいられない者達。
メシア症候群とでも呼ぶのだったか。
ある意味では、これも道楽かもしれないな。
狼兄妹のレベルは40程度なので、量産可能な付与紙で創った使い魔にも劣るが、同じ人類が相手だったら概ね問題ない強さだろう。
俺に対するハイテンションな言動はちょっとアレだが、通常はまともな思考をしているし。
今回みたいにそこそこの武力と、人類への配慮を必要とするお使いにはピッタリな奴らである。
「それで、兄者よ。我ら兄妹を呼んだのだから、ちゃんと仕事を与えてくれるのだろうな?」
「……ああ、そうだ」
日本人もびっくりな就労至上主義。
見倣いたくない。
「クーロウとクーレイの仕事は、彼らを家族の住む村まで無事に送り届けることだ」
何も無い空間から突然現れた狼兄妹に驚いている若者達を見ながら、簡単に事情を説明する。
とにかく、護衛役をやってくれればいい。
「まあ、せっかくの機会だから、数日この街で観光し、適当に寄り道しながらゆっくり到着するようにしてくれ」
「了解したぞ、兄者! そして兄者は相変わらずの心配性で安心したぞ!」
それって褒め言葉のつもりなのか?
「大兄様のつまびらかなお心遣い、大変好ましく思います」
「だったら、お兄ちゃんと呼んでくれ」
「それはそれ、ですよ、大兄様」
ガードが堅いのも彼女の魅力である。
うん、そう思っておこう。
「……ところで大兄様、つかぬことを伺いたいのですが?」
「うんうん、なんだいクーレイ。お兄ちゃんになんでも聞いてくれ」
なんだって答えるし、お兄ちゃんと呼んでくれるならなんだってしちゃうぞ。
「そちらのお三方は、いったい……?」
クーレイは、少し怯えた表情で俺の足下を見ながら聞いてきた。
俺の両足にしがみついているのは、言うまでもなく魔人娘だ。
ずっと無視してクー兄妹とばかり話していたから、ぶーたれてるらしい。
暇を持て余すくらいなら、どこなりと勝手に遊びに行ってしまえばいいのに。
「コイツらは、ポンコッツとガラクッタとハリボッテ。三体そろって『糸の切れた人形』という名の売れない芸人だ」
我ながら的確な表現である。
今度本当に、劇場でデビューさせてみるか。
でも、意外と人見知りする奴らだから、舞台の上で三体固まってぶるぶる震えるだけで終わりそう。
「借りてきた猫」に改名した方がいいかもしれない。
「あ、兄者っ、思いっきり頭を囓られているが、大丈夫なのかっ!?」
「問題ない、頭部への刺激は発毛を促すからな。いや別に薄毛を気にしているわけじゃないんだぞ」
「大兄様、お気を確かに…………」
冗談は程々にして、同じ従者仲間だとしても、人類の天敵である魔族と交流を深めるのはまずかろう。
「……こいつらは非常に不本意ながら、お前らと似た立場なんだ。仲良くする必要は全くないが、一応先輩に当たるし、こんな見た目だが俺も手に負えない問題児だから、扱いには最善の注意を払ってくれ」
「お、おう、了解したぞ、兄者」
「か、かしこまりました、大兄様」
クーロウとクーレイは、及び腰で頷いた。
人類の中では上位の力を持ち、種族の性質上でも鼻が利く兄妹だから、今は魔王様の秘薬を飲ませて一般人並の力に制限しているものの魔人娘が纏う特異な空気を感じ取っているのだろう。
今後も顔を合わせるかもしれないから、関係がこじれては困る。
特に俺が。常に俺が。
とばっちりを受けるのは、いつも俺なのだ。
「「「ふかーっ!」」」
魔人娘は俺にしがみついたまま、猫みたいな威嚇をしているが、こいつらも積極的に交流するつもりはないらしい。
少しは人の姿に慣れ、自重することを覚えたようだ。
この様子なら、クー兄妹が粗相しない限り大丈夫だろう。
「とにかく人手が必要だから、お前らには若者達の引率を頼む。俺は他の用事があるから別行動になるが、何か問題があったら連絡してくれ。それと、村に戻るまでの経費だが――――」
「だから兄者は心配性だと言われるんだ。この後は俺とクーレイで対応しておくから、安心してくれっ」
「そうですよ、大兄様に鍛えていただいたお蔭で、私達兄妹は十分に稼げているのです。彼らをもてなす費用くらいは出させてください」
「……まあ、クーレイがそう言うのなら」
まったく、できた従者である。
できすぎて逆に鬱陶しいことに気づいてくれれば完璧なのだが。
俺に引っ付いている穀潰しと足して二で割ればちょうどいいのに。
「――――えー、そんなわけでー、君達の引率はこの狼族の兄妹が務める。腕は立つし金も持っているから、困ったら遠慮なく頼ってくれ」
「は、はいっ。何から何までありがとうございますっ」
丸投げしている身としては、リーダー君の潤んだ瞳が眩しすぎる。
いつまでもその純朴さを忘れないでおくれよ。
純朴さを受け継いだ可愛い娘をこしらえて、俺に献上しておくれよ。
「それじゃあ、後は頼んだぞ」
「兄者っ」
説明を終えて別れようとしたら、クーロウが呼び止めてきた。
「……なんだ?」
「この件が終わったら、一緒に飲みたい。ぜひ付き合ってくれ、兄者っ」
男同士で飲む酒ほど不味い物はないと思うのだが。
「……クーレイがお酌してくれるのなら、検討しよう」
「くすくすっ、もちろんそのつもりですよ、大兄様」
何が可笑しいのか、クーレイが目を細めて笑う。
なんだかばつが悪くなった俺は、後頭部を手で掻きながら、一時とはいえ奴隷だった若者達と護衛役の狼兄妹を見送るのだった。
「……ねえ、さっきの人達って、どこから現れたの?」
帰宅組の姿が見えなくなった後。
これまでは遠慮して黙っていたらしい、イモ子が問い掛けてきた。
空気を読むスキルは芸能界でも重要だから気をつけろよ。
せっかくデビューしたのに、調子に乗って挨拶を怠っていたら問答無用で解雇される怖い世界だからな。
「転移アイテムを使って飛んできたんだよ。アイテムって便利だよな」
「……転移アイテムって、ものすごく高価なはずよね。それに、私達全員を値切らず買っちゃうし、もしかしておじさんは凄い人なの?」
「なーに、ただの成金さ。でも、金ってヤツは大層な力を持っている。特にこの世界では、な」
「…………」
俺が言った「この世界」とは、異世界を指しているわけではない。
「芸能界」という魔物以上に恐ろしい魑魅魍魎が棲まう世界。
投票数の多さが全てを決定する恐ろしい世界なのだ。
「だから、イモ子が望んでいる舞台女優にもコネがあったりするぞ?」
「ほっ、ほんとうっ!? だったら私を紹介してよっ!」
俺の言葉に、イモ子はびっくりした顔をする。
目の前の冴えないおっさんが夢の架け橋になるとは思ってもいなかったのだろう。
それでも、瞬時に切り替えて、頼み込んできた。
現金なところも、本物の妹によく似ている。
それくらい逞しい方が、芸能界には相応しいのかもしれない。
「おやおやぁ、人様にお願いする時は、相応の対価が必要だと思うんだがなぁ?」
「だっ、駄目よっ、女優は清らかさが大事なんだから、私の体は売れないわよっ」
ほほう、アイドルが守るべき貞操観念はしっかりしているじゃないか。
実際の芸能界はドロドロしていそうだが。
自分のためではなく観客のために清らかでいようとする気持ちは評価しよう。
「ふんっ、貧相な体なんかに興味はない。そんなものより、俺が真に求めているものを、イモ子は知っているはずだ」
「で、でも、それはっ」
「どうしたどうしたぁ? 女優になりたいというイモ子の覚悟は、この程度で諦めるような、ちっぽけなものだったのかなぁ?」
「くっ……」
まさに枕営業を強要する悪徳マネージャーとアイドルのやりとり。
とても愉しい。
やはり俺には悪役が似合っている。
「分かったわよっ、その、――――ちゃんっ」
「んんー? よく聞こえないなぁ」
「お兄ちゃんっ!! って呼べばいいんでしょっ」
こうして俺は、ちょっと反抗期な妹を手に入れた。
控えめに言って、最高である。
◇ ◇ ◇
彼女が生まれたのは、なんの変哲もない農村。
不満があったわけではない。
だけど、物足りなさを感じていた。
普通に暮らし続けていたら、物足りなさの正体に気づけなかっただろう。
だけど、彼女は気づいてしまった。
時折村へとやってくる行商人から、王都で話題の舞台について聞いてしまったからだ。
もちろん、劇なんて見たことがない。
それでも少し聞いただけで、心の内で想像しただけで、自然と鼓動が高まった。
王都へ行き、舞台に上がり、劇を演じる自分の姿を想像して、心躍ったのだ。
今までの暮らしを続けていたら、舞台女優になるどころか、村から出るのさえ難しかっただろう。
故郷という楔は、それほど強い。
だから、村が飢饉に襲われ、身売りする話が出た時、彼女は真っ先に飛びついた。
最初で最後のチャンスだと感じていたからだ。
村の外に出ても夢へ至らない可能性の方が圧倒的に高いだろう。
だけど、村の中に居たままではゼロ。
待っているだけでは、何も始まらない。
たとえ失敗した先が地獄であっても、可能性が無いよりはいい。
そう、彼女は、世間知らずで、身の程知らずで、やる気だけが取り柄の少女であった。
そして…………。
「――――」
割れんばかりの拍手が響き渡る中、劇は終わった。
それは、彼女が思い描いていたものとは違っていた。
想像できる範囲を遙かに超えていたのだ。
感情の奔流に翻弄され。
彼女は拍手することも、歓声を上げることも、涙を流すこともできない。
ただただ、呆けている。
……やがて、観客が去り、照明が落とされた。
彼女は、まだ、呆然と座ったまま、動くことができない。
そんな彼女を更に驚かせる事態が起こる。
閉幕したはずの舞台が光に照らされ、一人の男が現れたのだ。
彼女をこの場に連れてきた、あの男である。
「同じ舞台の上に立つ決心はついたかな?」
何もかもすっ飛ばして、男は覚悟だけを聞く。
それ以外は何も必要ないとでも言うように。
「――――」
もしここで、少しでも躊躇していたら、全ては泡と消えたのかもしれない。
まさに、泡沫の夢。
そうであった方が幸せだったのかもしれない。
「「「――――はいっ!」」」
だけど、彼女は頷いた。
いや、彼女達は、頷いたのだ。
「……えっ?」
そこで彼女――――ブラウは、ようやく気づく。
両隣に座っている二人の少女――――黄色の髪をした少女と、赤色の髪をした少女の存在に。
そして、青色の髪をした自分を含む三人が、同時に返事したことに。
先程の質問が自分だけではなく、三人に向けられていたことに。
他の二人も、自分と同じ表情をしていることに。
「では、これから始めよう。青、黄、赤の三人組だから『トリ・コロール』とでも名付けようか」
これが、王都の劇場を席巻する舞台女優――――新たなアイドルが誕生した瞬間であった。