奴隷商人のイザナイ 2/3
奴隷……、英語で言うとサーヴァントだろうか。
平和な日本ではあまり聞かない単語だが、漫画やゲーム好きには聞き慣れた言葉である。
このハードモードな世界において奴隷の必要性を考えた場合、真っ先に思いつくのは護衛目的だろう。
だが、無駄にレベルが高い俺には最も必要ないもの。
それに既存の手駒として、魔人娘や付与紙で創った使い魔、それにあいつらも居るし。
戦闘面での人材は、もう十分すぎるほどに足りている。
奴隷のもう一つの用途として思いつくのが、情婦。
この必要性は否定できないが、その都度に金を出して娼館で遊べば済む話だし、愛人を囲うハイソな生活を送る俺には不要。
三十を超えて性欲が抑制されているから、たくさん相手が居ても困るだけ。
そんな理由で、これまで奴隷を購入したことがなかったのだ。
……しかし最近、色々と試しているものの一向に改善されない問題があって、これを解決するために奴隷を使おうかな、と思案していたところ。
その際はできるだけ質が良い奴隷を手に入れたいから大手の店に行こうと思っているが、購入経験が無いまま突入すると失敗しそうで怖い。
だから予行練習として、まずここで慣れておくのも良いかもしれない。
奴隷制度は、元の世界では滅多にお目にかかれない特殊な文化なので、興味もそこそこある。
「……この近くに店があるのか?」
「いえ、旦那、店は別の街にありましてね。今は農村から買い取った奴隷を運んでる途中なんでさぁ」
胡散臭い奴隷商人の話によると、飢饉に見舞われた農村から依頼を受け、農民を買い取って帰る途中だという。
なるほど、彼の後ろにある大きな荷馬車に奴隷が乗っているのか。
そんな商売を生業としているからこそ、上客の匂いを嗅ぎつけ、俺に声をかけたのだろう。
「農村から頼まれて、そこの農民を買うのか……。なんとも世知辛い現実だな」
「そんなものでさぁ、旦那。家族を助ける金欲しさや自分自身が生き延びるために奴隷になる奴らが多いんですぜ。特に、貧しいのに子だくさんな農村の子供が多いですぜ」
農家ってのは、農閑期があるし、他に遊ぶ場所もないから、子作りに励むしかないんだろうなぁ。
そう考えると、遊戯施設やネット環境を無くすことが少子化問題を解消する有効な手段かもしれない。
色々な意味で俺には関係ない話だが。
「飢餓、か……」
元の世界では、仕事関係の悩みに埋め尽くされていた俺にはよく分からないが。
食べる物が無くて飢え死にしそうになった場合、奴隷という過酷な道を選んでも生きながらえるのは当然なのだろう。
「農村から買い取ったってことは、その奴隷の特技は農業だよな。俺は土地を持っていないから、購入しても活用する術がないぞ?」
俺が所持していない特殊なスキルの持ち主とかだったら考えるのだが。
「おっしゃるとおり農業以外の特技は見込めませんが、そう言わず顔だけでも見てやってくださいよ、旦那」
「んー、でもなー、どうしようかなー」
言葉では拒否しながらも、押しが強い奴隷商人から実際に背中を押されて荷馬車へと向かっていく。
俺は女性からのお誘いには弱いと自覚していたが、ただ単に断れない優柔不断な性格だったらしい。
詐欺には注意しよう。
「ほらほら、若い女もご用意してますぜ、旦那?」
「…………」
別に「若い女」ってキーワードに惹かれたわけではない。
絶望している少女から軽蔑の眼差しを向けられたいと思っただけである。
「若いメスが良いのなら、キイコ達で十分じゃないっすか、マスター?」
「そうよっ、エンコ達みたいな可愛い子が居るんだから十分でしょうっ?」
「……マスターは、可愛いアンコ達だけで満足すべきです」
見た目が似ている少女タイプの従者が増えてしまう危機感からか、魔人娘はまたもや噛み付きながら反対してくる。
ふっ、馬鹿な奴らめ。
お前らが嫌がれば嫌がるほど、俺のやる気は増加するのだ。
「お願いしやすよ、旦那?」
「……そこまで言うなら仕方ないが、見るだけだぞ?」
結局俺は、了承してしまった。
寂しがり屋なボッチ属性は人から誘われるだけで嬉しくなっちゃうから、断るのが下手くそなのである。
「…………」
奴隷商人に案内され荷馬車に入った俺は、奴隷の証しである首輪を付けられた十人ほどの男女と対面した。
先程説明されたように、若い者が多い。
質素と呼ぶにも抵抗があるくらい擦り切れた布の服を着ている。
「…………」
若者特有の好奇心の強さからか、それとも自分を購入する相手への恐怖からか。
見学しにきたはずの俺の方がジロジロと見られてしまう。
うだつが上がらないおっさんは注目されるのに慣れてないから、勘弁してくれ。
好意的ではない視線を向けられると、俺のガラスのハートが壊れてしまう。
「――――っ!?」
荷馬車に足を踏み入れたことに後悔しかけていた俺の視線は、ある一箇所に釘付けとなった。
藍色の短い髪をした少女と、目が合ったからだ。
その子の瞳は、絶望に染まった闇ではなく、何故だかキラキラして希望に満ちていた。
いや、問題は、そこじゃない。
問題は…………。
「――――――なのかっ?」
俺は、その名を口にする。
そんなはずないと、分かっているのに。
「……?」
案の定、俺から質問された少女は、可愛く首を傾げた。
うん、当たり前だよな、こんな場所に居るはずないよな。
……そう、彼女が、この世界に居るはずがない。
それでも、僅かに残る疑問を消し去るため、鑑定アイテムを使って少女の素性を覗き見る。
名前:ブラウ
性別:女
種族:人族
年齢:14歳
職業:奴隷(元農民)
「…………ふぅ」
鑑定の結果、他人の空似だと証明され、思わず安堵の溜息が漏れた。
こんなに緊張したのは、この世界に来て初めてかもしれない。
本日は、怒ったり緊張したりと散々な日である。
「どうです、旦那? 気に入った子は居ましたかい?」
「…………」
俺が一人の少女をガン見しているのを察知して、奴隷商人が嫌らしく笑いながら聞いてくる。
だが、残念。
俺が興味を持ったのは、その少女が知り合いに似ていたからだ。
だから、赤の他人と分かった今、彼女達を購入する理由なんて無い。
無い、のだが…………。
「――――いくらだ?」
「へへっ、旦那ならそう言ってくれると信じてましたぜっ」
この見る目がマイナスな男に、俺の姿はどう映っているのだろうか?
両手で首を絞めながら問い詰めたい。
「この娘は、今回買い取った農民の中でもっとも若くて綺麗な奴ですぜ、旦那。本当は金貨百枚のところですが、旦那とあっしの仲ですから特別に――――」
「違う」
「何が違うんですかい、旦那?」
「彼女一人の値段ではない。ここに居る全員の値段を聞いている」
「ふへっ!?」
上機嫌で手もみしていた奴隷商人が、驚いた顔になって俺を見てくる。
だって、仕方ないだろう。
その少女だけを購入したら、俺がロリコンだって誤解されるじゃないか。
不名誉な誤解を受けるくらないなら、散財した方が遙かにマシだ。
――――俺は、買わずにはいられなかった。
たとえ人違いであっても、彼女と同じ顔をした人が苦しい目に遭うのは耐えられない。
だって、俺は、こんなんでも、一応お兄ちゃんなのだから。
「へへっ、毎度ありですぜ、旦那っ。あっしの店がある街に立ち寄ったら、また声をかけてくだせぇ」
提示された金を払って、商品を受け取った後。
「声をかけてきたのはお前だろう?」とツッコみたいのを抑え、おざなりに手を振って奴隷商人と別れる。
「…………」
そして、振り返ると、首輪を嵌められた十人ほどの男女が、俺を見ていた。
「…………」
おまけに、俺の隣に立つ魔人娘も、俺を睨んでいた。
「馬鹿みたいにいっぱいヒトを買って、どうするつもりっすか、マスター? キイコ達にヒトを食う習慣はないっすよ?」
「弱っちろい奴らが何人居ても役に立たないでしょ。そんな馬鹿な事をする暇があったら、もっとエンコ達に構いなさいよっ」
「……マスターは、無駄金使いの大馬鹿野郎です」
三馬鹿から馬鹿にされるとは……。
だが、今回ばかりは反論できない。
「はぁ…………」
あーあ、買っちゃった。
余計なモノを買っちゃったよ。
ストレス発散に衝動買いするOLなんて、まだ可愛いものだ。
俺が買ったモノは人の言葉を話す生物だから、ちゃんと面倒をみないと駄目なんだぞ。
ほんと、どうするんだよ、これ。
「あ、あの……、ご、ご主人様? その、僕達はこれから、何をすればいいのでしょうか?」
元農民であり現奴隷のリーダーっぽい若者が、不安そうに聞いてくる。
聞きたいのは、俺の方だよ。
不安なのも、俺の方だよ。
「ちょっと待ってくれ。これから考えるから」
「は、はい……」
そういえば、奴隷の上手なしつけ方についてまとめた本が売ってあった気がする。
近代社会で役立つとは思えず購入しなかったが、こんな目に遭うのなら一度見ておけばよかった。
もっと自己啓発本を読んで自分を磨いておくべきだった。
誰か、俺に進む道を教えてくれっ。
この苦難から解放してくれ!
「んん? かい、ほう……?」
そうかっ、その手があったかっ。
全て解放してしまえばいいのだっ。
これが俺の卍解だっ!
「――――よしっ、今から君達を解放するっ。だから、後は好きにしてくれ!」
そう、これで万事解決!
俺は奴隷の飼い主という責務から解放され、彼らは変態ご主人様から解放される。
めでたしめでたし。
「ご、ご主人様? それはいったい、どういう意味でしょうか?」
リンカーンもビックリな超快速の奴隷解放宣言に、余計に混乱してしまったリーダー君が問うてくる。
「難しく考える必要はない。君達を購入したのは、ちょっとした手違いなんだ。そんな訳で、君達の人生計画を邪魔したお詫びとして奴隷から解放するので、好きにしてくれていい。なんだったら、故郷の農村まで送っていくぞ?」
自分達を売り払った親元へ戻りたいならの話だが。
「ほっ、本当ですかっ!?」
「やったっ!」
「村に帰れるぞっ!」
失言かと思ったが、どうやら本当に村に帰りたいらしい。
詳しく話を聞いてみると、彼らは村に金を入れるため、自ら志願して奴隷となったそうだ。
志願者は、兄妹が多い家族の末っ子や地道な作業が苦手な者が多い。
本人の希望で奴隷になったのだし、他に行く所もないので、出戻りすることに抵抗はない。
元々人手が少ない村なので、邪険にはされないはず……。
もしもまた飢饉に陥ったのなら、もう一度自分を売ればいい。
そうなると、二倍の値段で売れたも同然なので、村としては丸儲けだ。
「ヒトばかりに優しくするのは贔屓っすよ、マスターっ」
「そうよそうよ、もっとエンコ達にも優しくしなさいよっ」
「……マスターは、優しさの優先順を間違っています」
俺が奴隷達に優しくしていると勘違いした魔人娘から、抗議の声が上がる。
彼らを従者にしたら文句を言うくせに、面倒な奴らだ。
「だったら、お前らにも優しくしよう。今からマスターとしての契約を破棄するから、どこに行くなり自由にするがいいっ!」
「本当にいいっすね、マスター? そんなことしたら、この街を火の海にしちゃうっすよ、主にエンコが」
「そうそう、エンコが全部燃やしちゃうわよっ」
「……マスターは、エンコの共犯者としてお尋ね者になります」
くそっ、今回の一件で嫌な脅し方を覚えやがって。
本当にそうなったら、全力で戦って今度こそ消滅させてやるっ。
……だが、それはそれで面倒なので、今日のところは勘弁しておこう。
「――――そうと決まれば、さっそく村まで送ろう!」
俺は奴隷から農民に戻った少年少女に話しかける。
いやー、よかったよかった。
今回は珍しく面倒事から素早く解放されたぞ。
まあ、その面倒事に全力で突っ込んだのは俺自身なんだけどな。
それを差し引いても、円満解決であろう。
子供達も喜んでいるようなので、言うこと無しだ。
魔人娘も、ライバルになるかもしれない奴隷が居なくなって機嫌を直しているし。
俺を含めて満場一致の笑顔。
これこそが、ハッピーエンドに相応しい。
「ねえ、あたしはあんな田舎になんて帰りたくないんだけど」
そんなお祭りムードをぶち壊したのは、藍色ショートカット少女。
俺の妹の子供時代にやたらと似ている少女である。
「せっかく田舎から出てこれたのに、余計な真似しないでよっ」
「…………」
おかしいぞ。
元はといえば、全て彼女のためにやったつもりだったのに。
どうして俺は罵倒されているんだろう。
「ほんと、すっごい迷惑よ!」
……そうか、余計なお世話とはこのことか。
やはり俺が能動的に行動するとろくな結果にならない。
猛省しよう。
そして明日からは、他人の顔色を窺うだけの人生に戻ろう。
「ごめんなさい……」
似非妹から怒られ、想像以上のダメージを受けた俺は、リーマン時代に覚えさせられた斜め45度の角度で頭を下げた。
子供の頃はこんな風に、本物の妹からも怒られていた気がする。
俺は、こんなおっさんになっても、強い力を手に入れても、ちっとも変わっていないのか。
「なっ、なんでヒトの子供なんかに謝っているっすか、マスターっ!?」
「そうよっ、弱っちいヒトなんかになんで頭を下げるのよっ!?」
「……マスターは、ドMです」
仕方ないだろう、年下の少女から叱られるとゾクゾクしちゃうんだから。
何百年も生きているお前らは、少女カテゴリーに入らないから邪魔しないでくれ。
「すまなかった。許してくれ。お兄ちゃんに悪気はなかったんだ。来年からちゃんと真面目に働くよっ!」
「な、何よお兄ちゃんって……。気持ち悪いから近づかないでよっ」
俺が許しを請うため近づこうとすると、少女は心底嫌そうな顔をして後ずさった。
「――――ふははっ」
そんな少女の姿を見て、にやりとする。
そうそう、やっぱり兄は、妹から嫌われてなんぼだよな。
「よしっ、復活!」
お兄ちゃんパワーを充電した俺は即座に復活。
説明しよう!
お兄ちゃんパワーとは、どんな形であれ妹から「お兄ちゃん」と呼ばれると充電されるのだ!
「さあさあ、もっともっとお兄ちゃんと呼んでおくれ!」
「ぜ、絶対に嫌よっ。こっち来ないでよっ!」
一気に形成逆転だ。
ふふふ、嫌がる妹を見ていると子供時代を思い出して楽しくなるな!
「お兄ちゃん……。これでいいっすか、マスター?」
「仕方ないから呼んであげるわっ。……お兄ちゃん!」
「……マスターは、お兄ちゃんです」
お前らには頼んでない。
神聖な兄妹の絆を穢すんじゃねえ。
「もっ、申し訳ありません旦那様っ。その子は、都会に憧れている田舎者でしてっ」
「だれが田舎者よっ!?」
必死にフォローするリーダー君の努力をぶち壊す似非妹。
可哀想に、リーダー君はせっかく円満にまとまりかけた話がおじゃんになるのではと顔面蒼白になっているぞ。
このままでは埒が明かないので、理由を聞いてみるか。
「それで、イモ子はどうして村から出たいんだ?」
「だれがイモコよっ!?」
「妹子」と書いて「イモコ」と呼ぶ。
これ、日本人の常識。
だが男だ!
「それが旦那様、その子は以前村に来た行商人の話を聞いて、王都に強い憧れを持っているんです……」
ぷりぷり怒っているイモ子の代わりに、リーダー君が教えてくれた。
田舎もんほど都会もんに憧れる。
ずいぶんと安直な理由らしい。
「その憧れってのは、具体的にどういう意味かな?」
「は、はい、その子は、村に来た行商人から、王都で話題の劇場の話を聞いて……」
「王都の劇場」というキーワードに嫌な予感を覚えるのだが。
「そうよっ、あたしは王都に行って、『コン・トラスト』みたいに素敵な舞台女優になるんだから!」
「…………」
コン・トラスト。
何を隠そう、ネーミングセンスが欠落していると評判な俺が付けた名前である。
地球では、明暗の差などの対比を意味する単語。
そして、王都の劇場では、ルーネとティーネの姉妹ユニットを意味する。
……え? つまり? どういうこと?
俺の妹に激似のイモ子ちゃんは、俺がプロデュースしたアイドルもどきのせいで、田舎から脱出するチャンスに賭けて奴隷商人に自らを売っ払ったってこと?
世間知らずの田舎もんにしても痛々しい思考だ。
だが、同じく田舎育ちである俺からすると、案外理解できるからもっと痛々しい。
まったく、俺の本当の妹はこんなに馬鹿じゃなかったぞ。
ちゃんと思春期を迎えて、兄と一定の距離を取りつつも、お小遣いが欲しくなったら笑顔で近づいてくる理性と知恵があったんだぞ。
見習ってもっと狡猾にならないと、芸能界では生きていけないぞ。
芸能人は歯が命なんだぞ。
「ここでもまた、一難去ってまた一難か…………」
たぶん、きっと、間違いなく、俺が責任を感じる必要なんて微塵も無いと思うが。
それでも、俺が要因となって、田舎の純真無垢な少女に誤った道を示してしまった責任を感じないわけにもいかず。
仕方ないから、彼女を劇場に案内することにした。
だってほら、これでもお兄ちゃんですから。
兄が妹に甘いのは、もはや自然の摂理ですから。