奴隷商人のイザナイ 1/3
「おっ、旦那っ、良い趣味してますね!」
本日初めて訪れた街でぶらぶらしていた俺は、ちゃんとしたスーツを着ているくせに、猫背で胡散臭い中年男から話しかけられた。
「ほほう、この作業着の良さが分かるとは、大した審美眼を持っているじゃないか」
ソマリお嬢様をはじめ、俺の作業着の良さが分かる奴は今まで居なかった。
だがそれは、ちょっとした美意識のすれ違いであり、本当に素敵な物は全宇宙共通なのだ。
「作業着って服はな、俺みたいに質実剛健なできる男にピッタリで、耐久性は言うに及ばず通気性や速乾性まで備わっている最新技術の結晶なんだぞ。更には色々な場所に色々なサイズのポケットが付いているから利便性まで高くて――――」
「いえいえ、旦那の服の話じゃないですって。そっちの娘っ子の話ですよっ!」
ちっ、作業着の魅力が分からんとは、見る目のないヤツだ。
感心して損した。
「なんだ、こいつらの服か。まあ、作業着には激しく劣るがお抱えの服屋に作ってもらった一品物だから、それなりに見栄えするかもしれないな――――」
「いえいえいえ、だから服の話じゃないですってっ。旦那の女の趣味についての話なんですよっ!」
女の趣味、だと?
俺みたいなモテない陰の者のおっさんは、若くて可愛ければ誰でも良いから、趣味もへったくれもないのだが。
「女の趣味? それは、どういう意味だ?」
「だーかーらー、旦那が連れている三人の娘っ子が可愛いですねって言ってるんですよっ!」
見る目がないスーツ男の視線を訝しげに辿ると……。
そこには、人類の天敵である三匹の馬鹿が立っていた。
「……こいつらが、可愛い、だと?」
はなはだ不本意であるが、本日は魔人娘と一緒に行動している。
最近、訓練で不覚を取る場合が多いため、約束の褒美として人に化ける薬を飲ませてから街に連れ出していたのだ。
ポンコツトリオと一緒に街を歩いても、違和感を覚えなくなってきた自分が恐い。
人に備わっている慣れという能力は、本当に凄いものである。
しかし、いくら慣れても、ただの子守だと気が滅入るため、少しでも気を晴らそうと特注したゴスロリ服を着せている。
この世界でなくとも珍しい服だし、魔人としての属性の色に合わせ緑ゴス、赤ゴス、黒ゴスと色鮮やかだから余計に目立つだろう。
認めたくないが、元々見てくれだけは悪くない奴らなので、ゴスロリの格好をさせたらそこそこ可愛く見えなくもない。
魔人娘を美しく見せる思惑なんて無いのだが、俺の男気溢れる作業着に釣り合うためには見栄えが良い服を選ぶ必要があったのだ。
「キイコ達の可愛さが分かるなんて、ヒトにしては珍しく見る目があるっすね、マスターっ」
「そうねっ、エンコ達の偉大さに気づくだなんて、誰かさんと違って見る目があるじゃない!」
「……マスターは、見習って見る目を養うべきです」
褒められて上機嫌なポンコツトリオは、調子に乗って変なポーズを取っていやがる。
子供服のカタログに載っていそうな、おしゃまな幼女が決めているポーズだ。
最高にうざい。
高価なゴスロリ服を着ていなかったらケツを蹴っ飛ばしていたところだ。
だけど、そんな事よりも大きな問題があって……。
「――――おいぃぃぃ、もしかしてぇぇぇ、こいつらを俺の趣味で選んだ恋人と勘違いしてないだろうなぁぁぁぁぁ?」
「ひぃっ!? な、なんだっ、地面が揺れてるっ!?」
久々にぷっつんしちまったぜ。
こんなに怒り狂ったのは、この世界に来てから初めてではなかろうか。
目に見える物すべてをぐちゃぐちゃにしたい衝動に駆られる。
まさかこんなモブキャラのせいで人類滅亡ルートに入るとは思わなかったぞ。
「んなぁこたぁどーでもいいんだよぉぉぉ。……それでぇぇぇ、こいつらが俺のなんだってぇぇぇぇぇ!?」
「すっ、すんませんっ旦那っ。あんまり似てなかったので、まさかお子さんだとは思わなかったんですっ」
「はぁぁぁあああああっ!? 誰が誰の子供だとぉぉぉおおおおおっ!!」
「ひよぇぇぇ!? じ、地面が割れたぁぁぁ!?」
なんなんだコイツはっ!?
人の正気を奪うスキルでも持っているのかっ!?
「んーなぁこたぁどーーーでもいーーーんだよぉおおお! 何をどう間違えたら俺のようなナイスガイの独身貴族様がぁ、こんなポンコツ共の父親に見えるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
「すんませんっすんませんっ! ご勘弁をっご勘弁をっ! 全部あっしが悪うございましたっ!!」
……ふんっ、どうやら己の非を認める程度の常識はあるらしい。
誰にだって間違いはあるから、それを認めるタイミングが重要なのだ。
まったく、温厚で有名な俺を此処まで怒らせたんだから、ある意味誇っていいぞ。
「やれやれ、優しすぎて彼氏候補から外されてしまう俺の忍耐力に感謝するんだな。これが他の奴だったら、発狂していたところだぞ」
「は、はあ……。だったら、旦那とその娘っ子との関係は何になるんですかい?」
「俺とこいつらとの関係……? 本当は関係があることさえ認めたくないのだが、あえて言うなら借金の形に押さえたポンコツな余り物だろうな」
ほら、お宝を鑑定するご長寿番組があるだろう。
あれに出てくる借金代わりの品は、大抵が偽物。
本来なら唯一無二のSSRアイテムが手に入っていたはずなのに、当人の意志を無視して従者という名の足手まといを押しつけられた俺も似た境遇であろう。
「おおっ、借金の代わりとは丁度良いっ。……実はあっし、奴隷商人なんですがね、良かったら旦那、この娘っ子達を譲ってくれませんかね?」
胡散臭いスーツ男、改め奴隷商人が手を揉み揉みしながら近づいてくる。
どうやら俺の返答は、奴にとって都合が良かったらしい。
これまで深入りしていないのだが、前時代的な文化を多く残すこの世界では奴隷制度が活発に行われている。
国が認めている合法であり、借金代わりに自分を売ったり、犯罪者の刑罰として奴隷なる身分が使われているのだ。
日本に置き換えると、金を稼ぐためマグロ漁船に乗せられたり水商売を強要されたりするのと同じ感覚なのだろう。
「んん? それはもしかして、このポンコツでガラクタなハリボテ共に値が付くという話なのか?」
「ええっ、そりゃあもちろんですよっ!」
これは予想外の展開だぞ。
奴隷については、買う方は面倒だから抵抗があるが、売る方はそうでもない。
案外面白そうだから、詳しく聞いてみるか。
「まさかこんな不良品にまで価値があるとは、さすが異世界だなぁ」
「へ? いせ、かい?」
「いや、こっちの話だ。……それで、いくら出せるんだ? 金額次第では、ものすごーく前向きに検討するぞ?」
綺麗なおべべを着せ外見だけでも飾っていたお陰で、早速良いことがあったな。
厄介者から解放され金まで手に入るとなれば、文句なしである。
「さっすが旦那っ、話が分かりますねぇ。……それで、一人これくらいでどうでしょう?」
「んー、それだとちょっとなー。こいつら自体にはなんの未練も無いが、入手する際の手間やこれまでの維持費は結構かかっているんだ」
「……だったら、これでどうです?」
「もう一声ってところだな。一応のアピールポイントとしては、餌をやらなくても不眠不休で永久に働けるし、破壊系の魔法だけは割と得意だから、きっちり仕込めば一見アホな子供に偽装した暗殺者ができるかもしれんぞ?」
悪を裁き社会に貢献する少女だけの暗殺集団。
その名はきっと社会福祉公社だろう。
「勘弁してくださいよ旦那、そんな物騒な使い道は考えてませんから。特技なんかなくても見た目が良いから、普通の好き者に高く売れると思いますよ?」
普通の好き者ってなんだろう。
かく言う俺も、レベルが高いだけの普通のおっさんなのだが。
「まあ、そうだな、こんな危険物は外に出すより家の中に閉じ込めておいた方がいいだろうし……。よし、その値段で売ろう!」
「ありがとうございやすっ、旦那!」
これで話がまとまった。
魔人娘との契約の仕組みはよく分からんが、マスターである俺の命令は絶対だろうから、権利の譲渡も可能なはず。
――――ああ、目の前が輝いて見える。
ようやく、この苦行から解放される時がきたのだ。
やっと本当の自由を手に入れたのだ。
「……でも、今更なんですが、本当にいいんですかい? そんなに懐いているのに?」
どうやらこの世界では、噛み付かれる様子を懐かれると表現するらしい。
緑ゴスは足に、赤ゴスは腕に、黒ゴスは耳に、それぞれ噛み付きながら抗議している。
魔王様特製の薬を飲ませて、魔法を使えない普通の人の子供と同じ状態になっているから、こんな形でしか抵抗できないのだろう。
まるで猫みたいな奴らである。
「……マスターは、アンコの忠告を聞くべきです」
往生際が悪い三馬鹿を引き剥がそうとしていたら、黒ゴスこと闇属性のアンコが甘噛みしつつ耳打ちしてきた。
「………………」
「――――くっ、なんて卑劣なっ!」
「ど、どうかしましたかい、旦那?」
「……すまないが、事情が変わってしまった。非常に残念だが、こいつらを売るのは中止だ」
「そんなっ!?」
「……これも世界平和のためなんだよ。俺も我慢しているんだから、あんたも我慢してくれ」
くそっ、アンコのヤツめっ。
マスターの座を譲渡したら元マスターである俺の命令を聞く必要がなくなるから、隙を見て奴隷商人を脅して服従させ、自由になった身でこれまで以上に俺に付きまとうと脅しやがったのだ。
アンコは、短慮な他の二体に合わせて馬鹿な言動をしているが、要所要所で狡猾な部分を覗かせる。
ある意味、俺と最も相性が良いのはアンコだろう。
新しいマスターの下で自由になるのは勝手だが、なんで俺の所に戻ってくるんだよ。
首輪が外れるのなら元いた森へ帰れよっ。
野生動物が持っている帰巣本能を忘れんなよっ!
現在の時々な関係でさえ鬱陶しいのに、周りを毎日うろちょろされたらたまったもんじゃない。
そんな状況に陥ったら、ノイローゼになって魔人娘と一緒に街を破壊してしまうだろう。
だから、三馬鹿の販売を中止するのは、この世界の平和を守る行為に等しいのだ。
「あー、そのー、俺も今まで知らなかったんだが、こいつらは一応預かり物扱いになっていて、その期限が切れるまで手放せない決まりみたいなんだ」
仕方ないので、適当な言い訳を並べる。
まったく、処分するのにも一筋縄ではいかないとは、壊れた原発並に始末が悪い奴らだ。
「……そうですかい、とても残念ですが仕方ありやせんね。もし事情が変わるようなら是非あっしに声を掛けてくださいよ、旦那」
「ああ、その時は遠慮なくお願いしよう」
今回は大人しく引き下がるが、いつか絶対に売っぱらってやるからな!
「やっぱりマスターとキイコ達は、絶対に離れられない運命なんっすよ!」
「そもそも、あんたが希望してマスターになったんだから、最後までずっとエンコ達の面倒を見るべきよ!」
「……マスターは、死ぬまでアンコ達のマスターです!」
諦めた俺を見て、元気になったポンコツ共が勝手なことをほざきやがる。
そうかそうか、今回の件でよーく理解したぞ。
こいつらは人の形をしているが、実際には魔法で創られたアイテムと同じ。
つまり俺は、呪いのアイテムを装備している状態なのだ。
この悲しい真実のもっとも厄介な点は、呪いを解除できるのが俺よりもずっと強いと思われる魔王様だけという点である。
「はあ…………」
絶望的な状況に悲観しながら、未だ俺の体に張り付いている魔人娘を引き剥がそうとしていると……。
「それで旦那、話は変わりやすがね?」
商売話は終わりかと思いきや、胡散臭くて見る目がないスーツ姿の男が話しかけてくる。
さすがは、がめつい商人だけあって根性がある。
……そう、彼は奴隷商人。
この後に続く言葉は、決まっている。
「――――奴隷をお一つ、いかがですかい?」
それは、スーパーで試食を勧めてくるおばちゃん並に、気楽なお誘いだった。