最強の花嫁 6/6
「――――以上が、調査結果になりますわ」
狭く薄暗い部屋にて、若い女性と初老の男性が跪き報告を終える。
その言葉は、対面に立つ一人の少女に向けられていた。
「……では、探していた相手は、その『旅人』と『メイド』で間違いないようですね」
「イエス! もちろん全ての人類を調査したわけではありませんので、他にも存在する可能性も否定できませんが、少なくともその二人が該当するのは間違いありませんわ」
「そうですね。国宝たるレベル40を超える者がそうそう隠れているはずがありませんから」
常識的に考えればその通り。
数も当初から見込まれていた二人と合致する。
「此れを以て、調査は完了としましょう。苦労をかけましたね、サイベリアにマルクス」
「いいえ、とっても楽しい任務でしたわ、姫様」
「ほっほっほっ、この爺も久しぶりに血湧き肉躍る体験をさせていただきました」
姫様と呼ばれる少女からの労いの言葉に、サイベリアとその執事は笑って返事する。
「貴方がたには道化を演じさせてしまいました。シュテル家の名に傷が付かないといいのですが……」
「この程度でどうこうなる家名なら、こちらから願い下げですわ」
「…………」
「それに、家名に泥を塗ってしまったのは振る舞いではなく、わたくし自身の至らなさですから……。んふふっ」
サイベリアの言葉は、決闘に負けて「最強の女性」の称号を奪われてしまったことを言及していた。
それは大貴族としての地位さえ揺るがしかねない大事件であるのだが、それでも彼女は笑っている。
「無茶な依頼をした私が聞くのもどうかと思いますが、本当によろしいのですか?」
「イエス! 誤解されている方が多いのですが、我が家の本質は最強を『誇る』ことではございません。――――そう、最強を『求め続ける』ことこそが最高の誉れ。今回の件で世界の奥深さを知り、明確な目標を見出せ、大変満足していますわ」
サイベリアの嘘偽りの無いきっぱりとした言葉を聞いて、少女は胸を撫で下ろす。
最強の女騎士だった彼女は、己より強い女性が存在することを心から喜んでいる。
少女が思っていた以上に、サイベリアは強く誇り高い戦士であったのだ。
「ですが、婿探しの方は……」
「んふふっ、レベル40以上のツワモノを暴き出すため、婿探しといった偽りの伝統を広めてしまいましたが、些末なことですわ」
「ほっほっほっ、むしろあのような野蛮な伝統が当家にあるのだと信じられたことを遺憾に思います。シュテル家はよほど血に飢えた家系だと思われているのでしょうなぁ」
サイベリアと執事がオクサードの街で説明した婿探しの件は、高レベルの者を探しやすくするための方便であった。
最強を輩出するシュテル家らしい嘘で煙に巻こうとしたのが、あまりにもあっさりと受け入れられてしまい、次期当主であるサイベリアとしては少々憤りを感じてしまう出来事でもあった。
「まったく、失礼な話ですわ。優秀な血を求めるのは貴族として間違っていないのでしょうが、それはもっとこう、運命的であるべきですわよ」
「運命的、とは?」
「強い力を持つ男女は惹かれあうもの。ですから、無理に探し出すなど無粋な真似を行う必要なんてないのですわっ」
「でしたらやはり、お願いした私が詫びねばなりませんね」
「いいえ、全てわたくしが納得して受けた任務。姫様が気になさる必要はありませんわ」
「ですが……」
「それに、今回の出逢いこそがまさしく運命的。あの方の強さにはそう感じずにはいられませんわっ!」
「……それは、『旅人』のことを言っているのですか?」
「イエス! このような出逢いがあるのなら、本当に婿探しの武者修行をするのも悪くないかもしれませんわね」
「…………」
どうやら、サイベリアにとって有意義な任務となったようだ。
運命といった言葉で飾っているものの、貪欲に強者を求める血筋そのものにしか見えなかったが、少女は賢明にも言及を避けた。
「サイベリアの男性の趣味は、ひとまず置いておくとして……。今回の一件、決闘の勝者である『メイド』の方に目が行きがちですが、真に瞠目すべきは『旅人』の方なのでしょうね」
調査目的に該当する二人のうち、「メイド」の方は名が通っている。
正式に登録されている彼女のレベルは34。
40に満たないはずなのに、レベル43のサイベリアを降すのだから注目せざるを得ない。
とはいえ、「メイド」は若くから冒険者として活躍し、才女と謳われる存在。
レベルだけでは推し量れぬ技能や知恵でサイベリアを上回ったとしても、納得できなくもない。
しかし、もう一人の「旅人」はどうであろうか。
冒険者どころかどのギルドにも属していないため、正式なレベルが登録されていない。
サイベリアと執事が直接鑑定した結果は25。
中堅の冒険者程度の実力でしかない。
そんな彼が偶然だったとしても、人類最高峰のレベル40を超える相手を退けることが可能であろうか。
よほどの特殊なスキルや上級のアイテムを使えばできなくもないだろうが、使用したそぶりは見られなかったという。
だとしたら――――。
「『旅人』は、アイテムを使って自身のレベルを偽装しているのでしょうね。そして『メイド』も……」
「直接剣を交えた感触、そして姫様の先見と照らし合わせると間違いないと思いますわ」
「爺も同じ意見でございます」
それが才能ある『メイド』だけであったら、彼女が隠れて腕を磨いているのだと納得できる余地は残されていた。
ところが、同時期に同じ街で未確認のレベル40超えが二人居合わせ、しかも仲が良いとなれば話が違ってくる。
おのずと「旅人」が原因となり今の状況が作られたのだと予想されるのだ。
「しかも、『旅人』がオクサードの街に住みついてまだ一年程度。『旅人』のレベルは街に来る前から高かったのでしょうが、彼が滞在中の短い期間に『メイド』のレベルを40にまで引き上げたとすれば、まさしく脅威です」
「まさしく、ですわね。是非わたくしにもご教授願いたいものですわ」
「……先ほどの報告では状況しか聞いていませんでしたが、その『旅人』とはいったいどのような人物なのですか?」
「んふふっ、とっても愉快な殿方ですわ」
「愉快、ですか?」
「きっとあの方にとっては、レベルの大小など些末なこと。そんなことよりも、好みの異性であるかどうかの方が遙かに重要なのですわ」
「…………」
「強さなんて身を守って金銭を稼ぐ手段程度にしか感じていないのですわ。実際、街の中で働く民にとってはレベルよりも技能が、女を口説くためにはレベルよりも要領や容姿の方が大事でしょうから」
確かに、冒険者や兵隊などの誰かと戦う必要がある者以外には、レベルとは大きな価値を持たないだろう。
生活に役立つ魔法やスキルの方がよほど重宝される。
だから、サイベリアの説明も理解できる。
……しかしそれが、世界中で百にも満たないレベル40を超える国宝が、高い能力と影響力を持つ超越者が、生殺与奪の権を握る絶対的強者が、到着しうる思想であろうか。
少なくとも少女は、庶民と変わらぬ思想を持つ権力者など誰一人として見たことがない。
「強さと振る舞いの乖離こそが、愉快ということですね」
「んふふっ、とっても魅力的な殿方でしょう?」
笑顔で肯定するサイベリアを見て、少女は「一線を越えた者はやはり普通とは違うな」と、ある意味失礼な理由で納得した。
「……大変興味深い結果であり、貴方がたが大変興味を抱いているのも理解できました」
「ご理解いただけて嬉しいですわ」
「ですが、しばらくの間、その二人との接触は控えてください。できれば、オクサードの街に近寄ることも……」
「あら、それは残念なお話ですわね」
「私としても不本意ですが、これは命令とさせていただきます。今回は『未登録のレベル40台の者』を特定できただけで十分です」
「姫様が仰るように、最初からそういうお話でしたわね。夢中で頭から消えていましたわ」
「……任務に熱心なのは有り難いのですが、私達の目的は忘れないでくださいね」
「イエス! 承知しましたわ。『メイド』との約束もありますし、当分はオクサードの街に近づかないようにしますわ」
「本当にお願いしますよ?」
「んふふっ、善処しますわ」
何とも当てにならない返事をする協力者に不安を覚えながらも密談を終える。
……それまで跪いていたサイベリアと執事が立ち上がり、一礼をして退室しようとする直前。
サイベリアが、口を開いた。
「そうそう、姫様に一つお聞きしたいことがありましたわ」
「……何でしょう?」
笑顔で問いかけるサイベリアの目は、笑っていなかった。
「この度の先見――――『未登録のレベル40台の者』を察知したのは、姫様のスキルによるものでしたわよね?」
「はい。以前にも説明したように、人類を対象として任意の能力を有する者の数を測定する『統計スキル』のお蔭です」
少女に与えられたスキル「統計」は、レベル、魔法ランク、スキルランクなどの一般的に数値化される能力や地位を持つ人数を思い浮かべるだけで数値化してしまう。
たとえば、火魔法ランク3を使用できる者の人数や、直感スキル2を会得している者の人数を瞬時に把握することが可能だ。
有効範囲が広い希少スキルだが、さほど使い道があるわけではない。
能力と人数は特定できても、どこに住む誰が該当するのかまでは特定できないからだ。
このように概念系のスキルは、効力は大きいものの実用的ではない場合が多い。
……それでも、少女に許された数少ない力の一つ、である。
今回の一件は、統計スキルが4にランクアップしたことに端を発する。
統計スキルは、ランクが上がる毎に相応の階位を特定可能になる。
それまでの統計スキル3だった過去は、レベル30台、火魔法ランク3、直感スキル3以下まで。
しかし統計スキル4となった現在では、レベル40台、火魔法ランク4、直感スキル4まで特定できるようになったのだ。
統計スキルが4に上がったその日、少女は淡い期待とともにレベル40台の人数を測定し、歓喜に震えた。
スキルによる測定結果が、国に登録されている人数と比べ、二人も多かったからだ。
レベル40を突破した猛者は貴重である。
国に申告する義務があり、善人であれば国宝に認定される。
このように、世界中で百にも満たない貴重な戦力が、この一年間で四人も増加した。
そのうちの二人である狼族の兄妹は、冒険者ギルドに登録しているため身元が判明している。
余談であるが、流浪の冒険者と呼ばれる狼族の兄妹は、冒険者登録した時から既にレベル40を超えており、しかもまだ十代であった事実は大きな騒ぎとなった。
……唐突に増えた四人のうち、二人は正式に登録されている。
では申告していない不届き者は誰か、という問題になるのだが。
事実を知る者が統計スキル4に至った少女一人であったため、公にならなかった。
――――少女は、腹心の部下に命じ、極秘裏に隠れた実力者を探していたのだ。
「姫様のスキルによる測定は、本当に『レベル40台の者』が対象なのでしょうか?」
「どういった意味でしょうか、サイベリア?」
「何も難しい話ではありません。『レベル40台の者』にはそれを遙かに超える者は含まれないのですか、とお聞きしているだけですわよ」
「……もちろん、含まれません」
「あら、そうでしたの?」
「そもそもレベル40を遙かに超える者――――レベル50を突破した者は、有史以来存在しないはずです」
「確かにそうですわね」
「……どうして、このような質問を?」
「んふふっ、少し気になっただけですわ。それでは姫様、わたくしどもはこれにて失礼します」
「はい……。またのご協力をお願いします」
「姫様の依頼は楽しいものばかりですからね。いつでもお呼びください」
「助かります」
こうして会議は終わり、報告者は去っていった。
残された少女は、天井を仰ぎながら考えをまとめる。
(あのようなあからさまな質問が出てくるとは、やはり…………)
サイベリアが疑問に感じたように、統計スキルは任意の階位の人数を把握する能力ではない。
任意の階位以上の人数を把握する能力なのだ。
それはつまり、「レベル40台の者」にはレベル50の者、極端にいえばレベル100を超える者も含まれるわけで――――。
(最高峰の力を持つサイベリアが直接拳を交えたうえで、疑問に感じたとすれば、それは…………)
少女の頬に、つーっと冷たい汗が流れる。
(件のメイドと旅人が、レベル40程度の小さな枠に収まらない可能性があるということっ!)
恐ろしい話である。
レベル40でさえ超越者と畏怖される実力があるのに、それを上回る前人未到のレベル50が現存する恐れがあるのだ。
(しかも、国軍やギルドに属していない者が二人もっ!!)
少女は交差させた両手で肩を掴み、身を震わせる。
その理由は、恐怖が半分。
残り半分は、狂喜であった。
(私の計画に、女性最強のサイベリアが賛同してくれたのは望外の幸運だった。……でも、彼女以上に件の二人は最高のカードになるかもしれない)
それは同時に、最悪の毒にも成り得るということ。
(使いどころを間違えるわけにはいかないわね)
元来、切り札なんてものは、使わずに越したことはない。
その時は、極度の危機に陥っているはずだから。
(それでも、私のように力を持たない者は、一縷の希望に縋るしかない)
破滅と隣り合わせの希望。
そのことは、一族の誰よりも賢明であり、一族の誰よりも過酷な立場にある少女が一番理解している。
だからこそ少女は、それ以外に方法が無いと判断したら、躊躇なく切り札を切るだろう。
たとえ失敗して、自身を含めた全てが壊れる結果になるのだとしても…………。