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最強の花嫁 5/6




「――――まさかっ、サイベリアお嬢様っ!?」


 目の前の光景がよほど信じられなかったようで、有能なはずの老執事が一足遅れて主人のもとへ駆け寄っていく。


「ご心配には及びません。意識を刈り取っただけです。肉体へのダメージは少ないでしょう」

「なっ!?」


 メイドさんは気遣ってそう言ったようだが、執事としては更に驚愕するしかない。

 だって、「手加減するほど実力差があった」って感じに聞こえちゃうから。

 やめて差し上げろ。


「えっ、うそっ……。いくらエレレでも、そんなに強いはずは――――まさかっ!?」

「…………」


 何かに気付いたらしいソマリお嬢様が物凄い勢いでこっちを凝視してくるが、無視無視。

 あー、ポップコーンとコーラうめー。


「むしゃむしゃ……。ずずーっ…………」


 俺はズルなんてしていないのだから、非難されるいわれはない。

 本当に俺は、何もしていない。


 本日の決闘に関しては、な。




 ――――それはいつだったか、正確には思い出せないが、そう昔の話ではない。


 だって、俺とエレレ嬢が出会って、まだ一年も経っていないのだから。

 俺と彼女の物語は、その間に全て収まる。


 二人の初対面となる領主襲撃事件で約束したように。

 俺は忍者バージョンのクロスケとして、エレレ嬢と情報交換を行ってきた。

 まあ、時勢に興味がない俺にとっては雑談みたいなものだったが。


 そんなある日、直接会いたいと言われたので了解したら、こう頼まれた。

「強くなりたいから鍛えてほしい」と。


 真面目な雰囲気は苦手なので、こう茶化してみた。

「それ以上レベルが上がると『四十の悪魔フォーティ・デビル』と呼ばれるな。はははっ」と。


 その言葉に彼女はショックを受けていたようだが、意志が固そうだったので理由を聞かなかった。

 だって、人が強くなりたい理由は、大切な誰かを守りたいからに決まっているから。

 なんてキザなことは考えず、ただ面倒だったので何も聞かなかった。


 でも、ただ働きはご免なので、親指と人差し指で輪っかを作って尋ねた。

「……で、お代はいかほどいただけるんで?」と。

 

 その問いに、彼女は真面目な顔で答えた。

「なんなりと」と。


 そして服を脱ぎはじめた彼女を見て、俺は思った。

「聞いた俺が馬鹿だった」と。


 だから誤魔化して話を進めた。

「いやいや、メイドさんには街の平和のために頑張ってもらわないといけないから、もちろん無料で協力するぞ!」と。


 その時、彼女は。

「…………」と。

 なぜか残念そうな顔をしていた。


 相変わらず体を使ってお礼するのが大好きなお嬢さんである。

 もしかして、欲求不満なのだろうか。

 彼女の外見は二十歳くらいで、「私、性欲なんてありません!」みたいなお澄まし顔をしているが、実際は二十五歳の女盛りだからな。

 色々と持て余していても仕方ない。

 強くて有名な彼女は、街の男連中から怖がられていて気楽に男遊びもできないのだろう。

 その点、余所者で旅人の俺は、行きずりの相手としてちょうどいいのかもしれない。

 だから、まあ……。


 ――――まあそんなわけで、あの日以来、クロスケこと俺は、メイドさんをスーパーメイドさんにすべく、こっそり隠れて鍛えていたのである。



 以上、回想終わり。

 注釈しておくと、流れの冒険者であるクロスケとエレレ嬢との話なので、この旅人グリンである俺とは関係ない。

 何もかも今更な気もするが。

 とにもかくにも、今の彼女はめちゃんこ強くなっているのだ。

 俺と同様にアイテムでステイタスを偽装しているが、実際は人類未踏とされるレベル50を超えている。

 異邦人である俺を除いたら、この世界の誰よりも強いかもしれない。

 具体的には、こんな感じだ。



名前:エレレ

職業:オクサード領主家・護衛兼メイド

年齢:25歳

レベル:55

魔法:「身体強化6」「魔力操作5」「火系統4」「水系統4」「風系統4」「影系統5」

スキル:「体術6」「剣術5」「直感4」「隠形5」「気配察知6」「甘味察知7」「算術3」



 レベルたけーなオイ。

 どう考えてもやりすぎである。

 反省してくれ。


「……ねえ、旅人さん?」

「何かな、お嬢様?」


「エレレは、どうしてあんなに強いのかしら?」

「それはな、お菓子が大好きな子供っぽい純粋な心と、二十代半ばになっても結婚できない危機感と怒りと悲しみに苛まれた結果、スーパーメイドさんに目覚めたからだぞ」

「…………はぁ」


 俺に聞いても無駄だと悟ったお嬢様が盛大にため息を吐く。


「旅人さんもエレレも、私の知らない所でこそこそやっているだなんてずるいわよ、もう」

「何の話だかさっぱりだが、きっと大人には色々な事情があるんだと思うぞ」


 仲間外れにされたソマリお嬢様がいじけむしピー太郎になっている。

 だって仕方ないだろう。

 こと戦闘に関して、お前の出番ねーから。

 実際は、訓練に付き合う条件としてメイドさんに口止めしたのだが。

 あっさり了解したので、元々メイドさんもお嬢様に内緒にするつもりだったようだ。

 これ以上、無駄に賢しいお嬢様を巻き込むと、こちらの被害が増すばかりでなく盛大に自爆しそうだからな。

 興味を逆撫でしない程々の距離で付き合っていく方がいいのだ、このお嬢様とは。


 一方の俺とメイドさんとの関係は、一線を越えてしまった気がしないでもないが、必要経費だと考えている。

 前回のように領主家が奇襲を受けたら、次も俺が間に合うとは限らない。

 いつも近くに居る誰かさんに、有事に備えた力を持たせる必要があるのだ。

 ある意味人身御供として、メイドさんには人間をやめた力を身に付けてもらったのである。

 これで俺が居なくても――――居なくなっても問題ないだろう。




「あっ、んんっ…………」


 好奇心旺盛なお嬢様からの追及を誤魔化しているうちに、もう一人のお嬢様が目を覚ましたようだ。

 艶めかしい喘ぎ声が素晴らしい。

 録音録音、と。


「わたくしは……。そう、負けたのですね」

「……はい、サイベリアお嬢様」


 重々しく頷く老執事とは反対に、サイベリアお嬢様の顔はすっきりしたものだ。

 スポーツマンシップに則り正々堂々と戦った結果だからだろう。

 俺も子供の頃にスポーツしていたから理解できる。

 この殺伐とした世界では、決闘もスポーツの一種だろうし。


「わたくしより強い者など、殿方でさえ半信半疑になっていましたのに、同じ女性に後れを取るなんて思ってもいませんでしたわ」

「……」


「さすがは冒険者の街と名高いオクサード、ということでしょうか。それとも――――」

「…………」

 

 サイベリア嬢が首を捻る。

 こっち見んなし。

 とくかく白黒ついたのだから、最後は格好よく俺の口弁でまとめるとしよう。


「勝負は時の運だと言うし、今回命運を左右したのは人生経験の違い、年の功ってヤツだろうさ。サイベリアお嬢様はまだまだ若いから、これからもっともっと強くなると思うぞ」

「んふふっ、下手な慰めですわね。……でも、わたくしがまだ強くなれるっていうのは間違いありませんわ」


 おっさんの適当な言葉にも耳を傾ける度量がある。

 脳筋だけど、案外いい嫁さんになりそうだ。


「ワタシもまだまだ若いので、もっともっと強くなれますよね?」

「……うん、エレレ嬢はお姉さんだから、少し自重しような?」


 案外度量が狭かったメイドさんが対抗してくる。

 いい話で締めようとしているんだから邪魔しないでくれよ。

 どうにもサイベリアお嬢様に関して対抗意識が強いようだ。


「ほっほっほっ、それでは最も高齢なのにレベル38しかない、この爺の立つ瀬がありませんなぁ」

「……一定以上の年を取ると衰えるってことで」


 執事は執事でノリがいい。

 彼も主人の負けを受け入れたようだ。



「完敗でしてよ、エレーレ。約束通り、婿様に求婚するのは自粛しますわ」


 良家のお嬢様だけあって、約束はきっちり守ってくれるようだ。

 これにて一件落着である。


「……でしたら、グリン様を婿と呼ぶのはお止めください」


 かと思ったのに、メイドさんから細かいツッコミが入る。

 そのくらい気にしなくてもいいのに。


「――――んふふっ、それについては承諾できませんわよ?」

「!?」


 話がまとまり油断していた隙を突くように、サイベリアお嬢様がすすすっと俺に近づいて腕を絡めた。

 うむ。

 戦いが終わり鎧を脱いでいるから、薄い肌着を挟んで胸の感触がよーく伝わってくる。

 あー、肉まん食いてー。


「これは、どういった了見でしょうか?」


 これまでで最高級に冷え冷えとした声色でメイドさんが問い質してくる。

 その視線が俺にも向けられているのは何故だろう。


「確かにわたくしは、今後シュテル家から求婚は行わないとお約束しましたわ」

「でしたら……」


「ですが、婿様の方から求められたら、約束を反故することにはなりませんわよね?」

「なっ!?」


「おおっ、なるほどなっ!」


 こいつは盲点だったぜっ。

 おい山田くんっ、座布団一枚もってきてくれっ!


「……旅人さん?」

「……グリン様は、どちらのお味方なのでしょうか?」


 思わず感心して頷いたら、ソマリお嬢様とメイドさんから非難が集中した。


「はははっ、もちろん全世界のメイドさんの味方だとも」

「…………」


「んふふっ、婿様はメイドがお好きなのですわね。結婚した暁には、わたくしもメイドの格好をしてもよろしいですわよ?」

「ほっほっほっ、お望みとあらば婿殿の専属メイドを毎日変更することも容易くございます」


「スィンキングタァーイムッ!」


 右の手の平を前に突き出し、考える時間を要求。

 ……俺は、自由を好む旅人だ。

 権力に屈したりなどしない。

 断じて屈しないのだが、当たり前のようにメイドを侍らせる人生は権力持たずして成し得るものではない。

 金を使った擬似的主従関係を結ぶのは可能だが、それでは特殊プレイの延長に過ぎない。

 権力に逆らえず嫌々メイドになった若い娘さん達が嫌々奉仕する様をニヤニヤ眺めるのが最高なのだ。

 今はまだ自由でいたいが、旅に飽きたらそんなメイドまみれの余生を送るのも悪くない。

 だから無理に決断せず、ゆっくり考えてもいいのじゃなかろうか。

 いわゆるキープというヤツだ。

 くくくっ、非モテなおっさんだった俺が、こんな贅沢な悩みをする日が来ようとはな。

 人生の春が三十代半ばにして、ようやく巡ってきたようだな!


「ふむ、よくよく考えれば大貴族様であらせられるシュテル家の将来を左右する重大な案件ではないかね。安直に判断するのはよくないよな、うん」

「……さっさと諦めさせて、他の婿養子を探させる方がよっぽどシュテル家のためになると思わない、エレレ?」

「……過度な期待を持たせるのは酷だと思いますよね、お嬢様?」


 いつもはソマリお嬢様を切り捨ててでも俺の意見を肯定してくれるメイドさんが冷たい。

 まるで「決闘に何の意味があったのだろうか?」みたいに、これまでの頑張りを全否定されたような顔をしている。


「ワタシはいったい何のために戦ったのでしょうか?」


 ほれ、実際に口にしているし。

 努力が報われないのは、よくあるのだ。

 そうやって人は成長していくものなのだ。


「まあ何にせよ、結論を急がず時間を置いた方がいい。サイベリアお嬢様もまだ婿探しの旅の途中なんだろう? 世界は広いから、これから先に俺よりも強くて若くて足の長い男性が現れるかもしれないしな」

「随分と謙虚ですわね。婿様よりも強い男なんて、わたくしは想像もできませんのに?」


「この街に来るまでは、自分よりも強い女性が居るなんて考えもしなかったのと同じさ」

「まあ、意地悪ですわね」


 少なくとも俺は、エレレ嬢以外にもあんたと互角以上に戦える若い女性を知っているぞ。

 むろん、魔人娘以外にな。


「だから、より良い男を見つけつつ、『最強の女』の座を奪還すべく修業の旅を続ければいいんじゃないか? そして、俺よりもいい男が見つからず、なおかつエレレ嬢を打倒する自信ができたら、またこの街に来ればいい」

「それまで……、いいえ、いつまで待ってくださるの?」


「約束はしない。……が、未だ恋人も居ない身だ。当分の間、身を固める機会なんて来ないだろうさ」

「んふふっ、ツワモノらしい上から目線ですわね。でも、それも悪くないですわ」


 うん、今度こそ綺麗に話がまとまったようだ。

 サイベリアお嬢様には、新たな目的とともに時間が与えられたし。

 メイドさんの強さに近づくには、けっこうな時間が必要だろうし。

 その間に俺の心境の変化があれば引き受けるのも一興だし、やっぱり変化がなければ断ればいいだけだし。

 どう転ぶにせよ、俺にとって損がある話ではない。


「……綺麗な言葉を飾り立ててまとめたようだけど、結局は決断できない優柔不断男が、美女を逃すのが惜しいからキープしておこうって話よね。最低過ぎるわ」

「同感です、お嬢様」


 ソマリお嬢様の無駄な状況把握力は、ほんと迷惑だ。

 非モテのおっさんが求婚者という甘い響きに酔いしれる悲哀を許容する優しさは無いのかね、まったく。

 それとも、元婚約者もどきとして嫉妬しているのだろうか。

 案外可愛いところもあるじゃないか。 



「――――今回はここで引き下がりますが、また戻ってきますわ。その際は宜しくお願いしますわね、婿様?」

「それは、その時のお楽しみってことで」


「エレーレ、必ず貴女より強くなってみせますわよ」

「その前に、ワタシの結婚式にご招待します」


「そうであればいいですわね?」

「ええ、問題ありません」


「んふふっ……」

「………………」


 最後に、メイドさんとサイベリアお嬢様が向かい合って笑顔を浮かべている。

 拳を交えたことで友情が芽生えたのだろう。

 よきかな、よきかな。


 色々と騒動続きだったが、結果を見ればマイナスとして残るものは無く、プラスとして残るものは有ったといえる。

 何よりも、平穏な日常が戻ってきたことが喜ばしい。

 全て世は事も無し、である。



「――――それではグリン様、最後はどうであれ、決闘に勝利したワタシへのご褒美はお願いできますよね?」

「……お、おう、もちろんだともっ」


 メイドさんは約束を忘れていなかったらしい。

 このまま終われば有耶無耶になると思ったのになー。


「それで、エレレ嬢はどんなご褒美をご所望なのかな?」


 まあ、いいさ。

 甘味を何よりも愛する彼女のこと。

 どうこう言ってもお菓子が欲しいに決まっている。

 体重が気になるのなら、カロリー50%オフのお菓子をあげればいいしな。

 さあっ、どんとこいやっ!


「でーと、です」

「……へ?」


「でーとを、所望します」

「…………すまない、幻聴がするみたいだから、もう一度言ってくれないか?」


「でーとを、熱望します」

「………………だ、誰と、誰が?」


「グリン様と、ワタシの、でーとを渇望します」

「……………………まじで?」


「まじです」

「………………………………………………………………」



 先ほどは、サイベリア嬢を前門、老執事を後門に例えたが、訂正せねばなるまい。


「前門の虎後門の狼」とは、「四面楚歌」のように周りを敵で囲まれた印象を受けるが、正確な意味は「一難去ってまた一難」に近い。


 つまり、今回の本当のオチは、前門がサイベリアお嬢様で、後門がエレレ嬢だったのだ。


 ははっ、はははっ……。


 ――――おい山田くんっ、やっぱり座布団全部もってって!!






◆ ◆ ◆






―――― 1時間後 ――――






「まったく、エレレがあんなに強いだなんて知らなかったわよ、もう……」

「メイドとイイ女は秘密が多いのですよ、お嬢様」


「その話し方も旅人さんの影響を受けているわよね――――謎の強さと同じでね?」

「さて、何のことでしょう」


「私相手に否定しないのは、肯定しているのと同じよね、エレレ?」

「この世の答えが白と黒に区別できるわけではありませんよ、お嬢様」


「その持って回った言い方も旅人さんっぽいわね」

「それは否定できません」


「…………」

「…………」


「あれ、ちょっと待って……。私の知らないところでエレレと旅人さんがいっぱい密会していたのだとしたら、実は二人の仲って、けっこう進んでいたりするの?」

「――――ふっ」


「えっ、その意味深な笑みは何なのっ!? まっ、まさか本当に……? 私が手伝わないと進展できない恋愛下手のエレレがっ!?」

「――――――」


「ねえっ、ちゃんとハイかイイエで答えてよっ」

「白と黒だけが答えではありませんよ、お嬢様」


「限りなく黒に近いじゃないっ!」




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