最強の花嫁 4/6
結局、街の外に出ることとなった。
街中だと、どうしても人目についてしまう。
オクサードの街で有名なメイドさんと、世界規模で有名なサイベリアお嬢様が戦うのだから、注目を集めないわけがない。
外向きにはお遊びとか訓練だと説明すれば問題ないが、明確に勝敗がつくのは不味い。
彼女の負ける姿を人前に晒すのは避けておいた方がいい。
そんなわけで、街から少し離れた、他人の目が届かない野原で行われる運びとなったのだ。
ディフェンディングチャンピオンは、サイベリアお嬢様。20歳。
挑戦者は、エレレ嬢。25歳。
審判は、執事。初老。
観客は、ソマリお嬢様。17歳。
賞品は、俺。36歳。
改めて状況を整理すると、一層カオスな決闘である。
しかしあれだな、賞品にされるのは嫌だがこの立ち位置だと、二人の王子様に「私のために争わないで!」ってノリノリで叫ぶお姫様の気持ちが分からんでもないな。
実情と異なるのは承知しているが、そのくらいの妄想なら許されるだろう。
おっさんを巡って戦う二人の美女。
別に争わなくても三人で平和に暮らせばいいじゃないか。
平等な愛を双方に注ぐと、ここに誓おう。
……そんな妄想に思いを馳せる昼下がり。
「「――――」」
現実は非情で、戦闘狂の二人は戦いの準備を粛々と進めている。
賞品を賭けた決闘とはいえ、腕試しの範疇なので、殺害は禁止。
純粋な実力を競うため、マジックアイテムは使用禁止。
それ以外は何でもあり。
刃の付いた武器の使用も、魔法も、スキルも。
殺しは駄目だとしても、ガチすぎる。
その原因の一端を俺が担っているかと思うと、溜息が出る。
「はあ……」
だが、もはやここまで来てしまったら、自分が賞品だということを忘れ、観戦を楽しんだ方が賢いだろう。
プラス思考、困った時こそプラス思考なのだ。
だから俺の役回りは、実況者に変更である。
「……旅人さんは、何をしているのかしら?」
「見れば分かるだろう、お嬢様よ」
懐に手を入れて、木製の細長いテーブルと椅子を取り出して並べる。
テーブルの上にはマイクを置きたいところだが、音声を拡大する必要はないので、代わりにコーラーとポップコーンを人数分用意。
うむ、これぞ正しい観客席の在り方だ。
「……見ても分からないから聞いたのだけど?」
「いつまで意味不明なこと言っているんだ、お嬢様よ。ほら、執事さんはもう席に着いているぞ」
「ほっほっほっ、立ったままでは老骨に応えますから、大変有り難い配慮ですな」
「……あのサイベリア様の執事なだけあって、旅人さんの奇行に対する適応能力が凄いわね」
何故か驚いているソマリお嬢様を席に座らせ、最後に俺が座って、準備完了。
お嬢様と老執事を両脇に、俺が真ん中の配置だ。
はーい、本日の解説には、役に立ちそうな執事さんと、役に立たなそうなソマリお嬢様を迎えておりまーす。
では早速、お二人に勝敗の予想を聞いてみましょー。
「この度の戦いの行方、どう見るでしょうか、執事さん?」
「ご遠慮なさらず爺やとお呼びください、婿殿」
やだよ。
それって婿入りを了解したことになるじゃん。
「ほっほっほっ。サイベリアお嬢様の実力は誰よりも承知しておりますが、エレレ様の実力は噂に聞いただけで実際に見たことがありません。ですから、レベルの差以外には比べようがないのが、正直なところですな」
「あ、あのっ、サイベリア様は、やはりお強いのでしょうか?」
ソマリお嬢様が老執事に問いかける。
いいぞ、解説者らしくその調子でどんどん絡んでいけ。
お喋りはお嬢様の数少ない特技だしな。
「はい、それはもう。婿捜しの旅に出る20歳になってからは、誰にも負けたことがありません」
「そ、そんなにっ!?」
「ええ、この婿殿以外には」
「……」
俺の顔を見て答える老執事。
そんなオチは要らんから。
解説者の二人は自分のパートナーの実力は知っているが、相手が未知数なので予測不能らしい。
当然といえば当然か。
この二人は解説者より、セコンドの方が良かったかもしれない。
……やがて準備が終わり、数メートルの距離を取って二人は対峙した。
サイベリアお嬢様は元から着込んでいた鎧姿だが、一方のメイドさんも元のメイド服のまま。
外見から判別できる変化は、お互いの手に握られた武器だけ。
サイベリアお嬢様は、細長いレイピアっぽい剣を右手で構えている。
メイドさんは、二本の短刀を左右別々に逆手で把持している。
「――――エレーレ、用意はよろしくて?」
構えもせず優雅に佇むメイドさんに向かって、サイベリアお嬢様が最終確認を取る。
「はい。いつでも構いません」
「んふふっ――――それでは遠慮なく!」
ゴングもなく、宣言と同時にサイベリアお嬢様が飛び出した。
……速い!
行動も速ければ、手も足も速いってわけか。
世界最強の脳筋の称号は伊達じゃないぜ!
サイベリアお嬢様の戦法はシンプルだ。
レベルと身体強化魔法で極限まで向上させた肉体で接近し、レイピアで刺突。
峰打ちとか遠慮とか全く考慮されていない攻撃である。
レベル10程度の普通の大人だったら、一撃で串刺しだろう。
特筆すべきは、スピード。
移動と攻撃の動作が一体化され、一切の無駄を排した連続攻撃。
反撃する隙を与えず、何度も何度も攻撃し続ける。
攻撃は最大の防御とは、こんな状況を言うのだろう。
対して、我らがメイドさんは、防戦一方――――。
「あ、ああっ、だめっ、そんなっ、あっ!?」
サイベリアお嬢様の剣が繰り出される度に、ソマリお嬢様が悲鳴を漏らす。
黙々と対応しているメイドさんとは対照的だ。
喘ぎ声にも聞こえるので、何かに使えるかもしれないからスマホに録音しておこう。
ポチッとな。
「エレレってば、押されっぱなしじゃないっ。どうするのよ旅人さんっ!?」
「いやいや、俺に言われても困るぞ」
「でもっ、でもでも!」
「そう悲観する必要はないさ。形勢不利に見えるが、ちゃんと全ての攻撃を躱している。その証拠に、衣服も一切破れていないだろう?」
一般人程度のレベルしかなく動体視力が低いお嬢様から見たら、絶体絶命のピンチに思えるのも仕方ない。
その実、サイベリア嬢の攻撃は擦りもしていない。
超スピードから繰り出される連続攻撃は厄介だが、全て直線的なので見極めやすい。
レイピアの軌道を読んで短剣でいなしたり、体の向きを少し変えるだけで躱すことができる。
しかしまあ、比較的避けやすいとはいえ、服くらいは切らせて素肌をチラつかせるサービス精神がほしいところ。
いつもは頼まずとも脱ぎ出すくせに男心――――チラリズムが分かっていない。
せっかくのヒラヒラしたメイド服なんだから、せめて太股くらいは披露すべき。
こっそり構えたスマホでシャッターチャンスお待ちしております。
「ねえ旅人さんっ、今は大丈夫でも元々地力が違う相手でしょう。だったら、時間の問題じゃないのっ!?」
「それは、そうだろうなぁ」
傍若無人なソマリお嬢様は、案外心配性らしい。
彼女が言うように、地力が違うからなー。
「――――おっ、戦況が変わるようだぞ」
「えっ!?」
「ほっほっほっ、サイベリアお嬢様の初撃を完璧に防ぐとは見事でございますなぁ」
十分以上も続いた連続攻撃が終わり、両雄は再び距離を取る。
老執事の言葉によると、ここまでが挨拶代わりの攻撃らしい。
メイドさんを称えているが、自分の主人が負けるとは露ほども思っていない余裕さが感じられる。
「準備運動は終わりですわよ、エレーレ」
「少々長すぎると思いますが……」
「すぐに決着がついては楽しくないですわっ」
「それもそうですね、体裁は大切です」
「今からが本番ですわよっ」
またもや宣言と同時に、サイベリアお嬢様が突進する。
スピードは増しているものの、最初と同じ単純な直線攻撃――――。
「――――っ」
かと思われたが、激突する直前に方向が変わった。
なんと、急に空へと飛び跳ねたのだ。
正面に構えていたメイドさんの目には、相手が消えたように映っただろう。
「うえっ!?」
お嬢様の目にも消えたように映ったようで仰天している。
だけど、本当に驚愕すべきは、ここからだった。
何も無いはずの空へ跳び上がったサイベリアお嬢様が、またもや急激に方向を変え、今度はメイドさんめがけて直下してきたのだ。
「――――」
不意を突かれながらも、これを躱すメイドさん。
だが当然のように、サイベリアお嬢様の連続攻撃は止まらない。
初撃との違いは、攻撃毎に距離を取って再び突進するスタイルに変更されたところ。
一度距離が離れる分、避けやすくなると思うのは大間違い。
何故なら、サイベリアお嬢様は地面ではなく、空間を蹴って突進してくるからだ。
おそらく、風魔法を使って瞬間的に空気の壁を足下に作っているのだろう。
さらに自身を風魔法で軽くして、重力を感じさせない軽やかな動きで空中を自由自在に跳ねる。
地面だけを使った平面攻撃ではなく、全空間を足場にした立体攻撃。
例えるなら、四方をコンクリートの壁で囲んだ狭い部屋の中で、おもいっきりゴムボールを投げた状態。
普通なら攻撃する側の方向感覚が失われそうだが、スキルがサポートしている。
彼女が持つ、風魔法、身体強化魔法、感覚加速スキル、空間認識スキルを十全に活かした攻撃だ。
力や魔法でゴリ押ししてくる魔物とは攻撃手段が全く違うので、対人戦では無敵を誇るのだろう。
こりゃあ強いわ。
「ちょっとちょっと、旅人さんっ、感心している場合じゃないでしょっ!」
目を回すばかりのソマリお嬢様に請われ、以上のような解説をしたのに何故か怒られた。
解説役は彼女と老執事のはずなのに。
視線を反対側に向けると、執事は観戦に集中していて解説する気がなさそう。
まったく、自分の役割をちゃんとこなしてもらいたいものである。
「そうは言っても、お嬢様よ。俺達には見ているしかできないだろう?」
「そうだとしてもっ、落ち着きすぎている旅人さんを見るとイライラするのよっ」
酷い言いがかりもあったものだ。
「ずっと他人事みたいな顔をしているけど、エレレが負けたら旅人さんが連れていかれるのよっ!? ……もしかして、それでも良いって思ってないわよね?」
「……はははっ、何のことやら」
危ない危ない。
嘘が通用しないソマリお嬢様相手には、曖昧に答えるしかない。
理想のヒモ生活への憧れを気取られてはいけない。
「それとも、旅人さんが余裕なのは、何か策があるからなの?」
「策も何も、メイドさんの負けが決まったわけじゃないと思うが」
四方八方から襲いくる剣撃の中、メイドさんはまだ立っている。
短剣を持った両手を振り回し、自身も回るようにして攻撃を避ける様は、踊っているように見える。
血生臭い決闘の最中なのに……、いやだからこそ、美しいと感じる。
俺がもっと若くて結婚至上主義だったら、惚れてプロポーズしていたかもしれない。
いや、仮に惚れてもプロポーズは無理だろうな。
「あっ、そういえば街から外に出る途中、旅人さんがエレレに耳打ちしていたわよね? その時に秘策を授けたのねっ。だから、そんなに余裕なのよねっ!」
「確かに助言はしたが、あれは……」
策というよりは、正反対の忠告になるだろう。
何故なら――――。
「ほら、お嬢様よ。ちゃんと見ていないと、もうすぐ終わるぞ」
「えっ!?」
俺の預言通り、両者が何度か交差した後、片方がばたりと倒れた。
「エ、エレレ……?」
うん、大丈夫だな。
ちゃんと息している。
綺麗な峰打ちだ。
俺の助言が活かされたようだ。
「――――はい。何かご用ですか、お嬢様?」
呆然とするソマリお嬢様とは対照的に、軽く仕事を終えた感じのメイドさんが返事する。
……そう、あの時、俺が耳打ちした言葉は、「ちゃんと手加減してくれよ」だったのだ。