最強の花嫁 3/6
「旅人さん?」
「グリン様?」
「…………」
ソマリお嬢様とメイドさんからの問い詰めに、俺は沈黙を返す。
沈黙は金なりって言うからな。
言い訳を考えるために時間稼ぎをしているわけではないのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
段々と厳しくなる視線。
うーむ、これ以上だんまりで通すのは難しいか。
「まあまあ、落ち着いて話をしようではないか。……とは言っても、昨夜はしこたま酔ってたのでよく覚えていないんだよ」
結局、俺が選んだ策は、全て酒の所為にすること。
全ては酔って自分を失っていた「昨日の俺」が悪いのだ。
だから、「今日の俺」は悪くないのだ。
のび太君もそうやって過去の自分を責めていたしな。
「つまり旅人さんは、酔った勢いでサイベリア様に手を出したのね?」
「ちがわいっ、ドサクサ紛れでちょっと胸を揉んだだけじゃい!」
「…………」
「…………」
「あっ――――」
「ちゃんと覚えているじゃん」的な視線が突き刺さる。
くそっ、ソマリお嬢様が誤解を招く聞き方をするからつい口が滑ってしまった。
全部ソマリお嬢様が悪い!
「うん、ちょっと落ち着こう。冷静に、冷静に」
一番冷静になる必要があるのは俺だろうが。
「そうだっ、人違いなんじゃ――――」
「さすがに今更すぎるわよ、旅人さん」
「昨晩はしっかりと鑑定していましたから、ツワモノ様を間違えるわけがありませんわ」
ダブルお嬢様から呆れた言葉が投げ掛けられる。
このまま本当に呆れられて忘れてくれれば助かるのだが。
「そうだっ、俺を鑑定したのなら知っているだろうっ。俺のレベルはたった25だぞっ。レベル40オーバーを相手に、まともに戦えるはずないだろうっ?」
「それについては、わたくしも少し不思議に思いますが、先ほども言ったようにレベルは指標の一つに過ぎません。ツワモノ様が実際に爺やとわたくしを上回った事実こそが重要ですわ」
「あっ、あれは、その、ほら、酔った勢いってヤツ?」
「……普通の人は酔うと弱くなっちゃうのよ、旅人さん?」
「いやいや、それが違うんだよ。俺の地元には酔えば酔うほど強くなる武術があるんだよ。だから昨晩は偶々絶好調で、偶々運良く必殺技が決まっただけなんだよ。なっ、お嬢様っ?」
「た、確かに、今の話は嘘じゃないようだけど」
嘘発見器であるお嬢様の能力を逆手にとって、俺の言い訳に信憑性を持たせる。
嘘ではない理由は、もちろん映画で有名な酔拳について言っているからだ。
「そのような素敵な武術があるとは知りませんでしたわっ。是非ともわたくしにも教授していただきたいですわ!」
「い、いやー、一子相伝の暗殺拳だから、ちょっと無理かなー」
「あら、とっても残念ですわね。さておき、どのような形でも武術に基づいた結果であれば自身の実力に違いありません。それに、運も実力と申しますしね」
「まあ、その、運は大事だよな、運は……」
ダメだー、ダメダメだーー。
実際に彼女の目の前でやらかしているから、今更どう取り繕っても納得してくれそうにない。
何とかは盲目ってヤツに似ているな。
うん、色々と洒落になっていない。
「な、なあ、執事さんもあの時は調子が悪かっただけだよな? 暗くて足下が見えなかったから転んでしまっただけだよな?」
「ほっほっほっ、お戯れを。それですとこの爺がただの間抜けになってしまいますな」
矛先を老執事に変えてみたが、こちらも手強い。
ダブルお嬢様に執事と、周りは敵ばかり。
逃げ道は、残されていないのか。
「さあ、そろそろ覚悟を決めて、わたくしと一緒に最強の夫婦になりましょう、ツワモノ様。いいえ、婿様!」
「男は諦めが肝心ですぞ、婿殿」
「……ムコ殿って呼び方だけはやめてくれ」
「ムコ殿っ!」って言われると、あの有名な必殺仕事人を思い出すから嫌なんだよ。
あれほど報われない正義の味方なんてそうそう居ないぞ。
ほんと酷いよな、嫁と姑。
俺が結婚したくない要因の一つになっている気がする。
まあ、その報われなさが渋いのかもしれんが。
「ちょっと待ってくれっ、その試験とやらに偶然合格してしまったのは百歩譲って認めるとしても、婿入りについては俺にも選ぶ権利があるだろう?」
「あら、わたくしにご不満でもありますの?」
ふむ?
改めて観察すると、素晴らしい美人さんだ。
少々背と胸がでかいが、許容範囲。
年齢は二十歳と大台に乗っているが、花の女子大生と思えば問題ない。
言われてみれば、これといった不満は無い。
「いやいや、女性としての魅力に不満が無かったとしても、そんな問題じゃないだろう?」
「んふふっ。先約がいらしゃるのなら、そちらは当家で何とかしますわよ?」
何とかって、何だよ?
怖すぎる。
文明人らしくちゃんと話し合って、最後は金で解決しようぜ。
「いや、そんな相手は居ないんだが……」
「でしたら、他に何が問題ですの? 大貴族に数えられる当家にはお金も権力もありますわよ。それに婿様は、わたくしに子を授けてくださるだけでいいのですわ。後は好き勝手にしていただいて構いませんわよ?」
「ほっほっほっ、英雄は色を好むものです。当家では愛人を持つことも禁止されておりません。むろん婿殿付きの使用人は、若く美しい娘を厳選しましょう」
やばい、聞けば聞くほど断る理由がなくなっていく。
好条件すぎて思わず頷きたくなる。
男の夢である理想のヒモ生活はここにあったのか。
結婚アンチである俺が唯一ありだなと思える形態、それが「偽装結婚」である。
男と女の間に愛は無いのだが、双方に納得できるメリットがあって、それほど非人道的でもなくて、決められたルールのもとに夫婦を演じる家族もどきのビジネス関係あれば一考の余地が残されている。
地球でリーマンやってた頃も、親族と顔を合わせる度に早く結婚しろと言われ煩わしかったので、本気で偽装結婚のパートナーになってくれる相手を探そうとしたこともある。
一番の問題は子供だが、夫婦仲が良好でも赤子が真っ当に育つかは別の話。
むしろ夫婦間の愛よりも、しっかりと育てようとする強い意志と環境の方が重要だと思う。
その点サイベリアお嬢様のように、価値観はちょっと変わっているが自分を偽らず楽しく生きる子供に育ててくれるのであれば、子種だけを提供する駄目な父親でも罪悪感に苛まれない。
イレギュラー的に力を手に入れて才能を持たない俺の血をサラブレッドと混ぜても劣化するだろうが、この世界で強さを得るための知識だけは多少持っている。
最強を目指す娘から毎日戦いを挑まれる暮らしも乙かもしれない。
……いかんいかん、思考がまとまらない。
昨晩の酒がまだ残っているにしても、動揺しすぎだ。
たとえ誤解だったとしても、これほどストレートに求婚された経験なんて無かったから戸惑っているのだろうか。
いつも「結婚は悪だ!」と偉そうに講釈を垂れていても、いざその時になったらコレだよ。
ほんと悲しい生き物だよな、独身男性ってヤツはさ。
ああっ、いつも以上に流されてしまう!
「――――お待ちください」
俺の窮地に手を差し伸べてくれたのは、何を隠そう、我らがメイドさんである。
ああ、メイドさん、メイド服を着たメイドさんよ。
信じていたよ。
毎回お菓子を献上して機嫌を取っているのは伊達じゃないんだよ。
餌付けが完了しているメイドさんは、俺の味方なのだ!
「頑張って説得してくれ、エレレ嬢! 対価として、後で甘いお菓子をいっぱい渡すから!!」
「……この場面で物品を引き合いに出されると締まらないので、お止めください」
おおっ、極度の甘党メイドさんが甘い報酬を受けずとも俺のために頑張ってくれるとは。
俺の人徳も捨てたものじゃない。
「それじゃあ、無償で助けてくれるんだなっ」
「いいえ、この場を収めた暁には、ご褒美を頂戴したく思います」
「お菓子以外に?」
「はい」
甘味至上主義者の彼女が別の物を望むとは、心境の変化でもあったのだろうか。
またダイエットを始めたのかもしれない。
とにかく、希少な味方を逃すわけにはいかない。
甘んじて要求を受け入れよう。
「……常識の範囲内で、俺にできることならいいけど?」
「お約束しました」
優雅に微笑んでお辞儀するメイドさん。
「言質取りました」みたいに聞こえたのは気のせいだよな、うん。
「あら、エレーレはわたくしと婿様の結婚に反対ですの?」
「はい。断固反対します」
「随分とはっきり言いますのね。ですが、どのような理由で……、いいえ、どのような資格があってわたくし達の仲を引き裂くつもりですの?」
その質問に対して、メイドさんは。
「…………確かにワタシには、資格が無いのかもしれません」
少し間を置いて口を開き。
「ですが、資格が無いのはサイベリア様も同じです」
最後は毅然と答えた。
「んふふっ、とっても面白い回答ですわ」
「――――」
あっ、寒気がしてきた。
女性同士の対決は、これほど怖いものなのか。
男同士と女同士では仲良く見えても中身は全く違うって、会社で女性の同僚から聞いたことがある。
若い頃は理解できなかったし、おっさんとなった今でもよく分からないが、きっとこんな感じを意味していたのだろう。
「それで、わたくしに資格が無いとはどういった理由ですの?」
「……シュテル家の伝統とは、要するに、より強い血を残すために『最強の男』と『最強の女』が契りを結ぶ、という習わしですよね」
「イエス! その通りですわっ。ですから、最強のわたくしを上回るツワモノを婿に迎え入れますのよ。……もしかして、わたくしが認めたツワモノ様のお力を疑いですの?」
「いいえ、そちらについては異存ありません」
当事者である俺を放っておいて話を進めるのは仕方ないとしても、勝手に最強認定するのは止めていただきたい。
一応俺の中では重要機密事項なんですけど。
「異存があるのは、『最強の女』の方です」
「……え?」
「その伝統は、裏を返せばシュテル家の女性が『最強』であることが絶対条件となりますよね」
「もちろんそうですが、それのどこに問題が?」
「しかしながらサイベリア様には、『最強の女』を名乗る資格が無いと申しているのです」
「なっ!?」
これまで余裕たっぷりに対応していたサイベリアお嬢様の表情が固まる。
対するメイドさんの表情は淡々としていて、逆に貫禄さえ感じられる。
「それはもしかして、エレーレこそが最強なのだと主張していますの?」
「いいえ、そこまでは言いません。……しかし、少なくとも、サイベリア様に劣りはしないでしょう」
「「「!?」」」
その言葉に、サイベリアお嬢様だけでなく、ソマリお嬢様と老執事までもが驚愕した。
最高レベルを誇るサイベリアお嬢様に劣らないということは、すなわちメイドさん自身が最強なのだと断言するに等しい。
それなのに、無駄に遠慮した言い方をするから挑発にしか聞こえない。
まったく、意地が悪い口振りは誰に似たのやら。
「――――んふふっ、素敵ですわっ、とっても愉快な挑発ですわ! ですが、レベル34のエレーレではさすがに力不足ではなくて?」
「レベルは指標の一つに過ぎない、ですよね?」
「イエス! その通りですわ!!」
何だろう、この一触即発な雰囲気は。
メイドさんに仲裁を頼んだのは俺だけど、もっと穏便な方法はないのだろうか。
……ないんだろうなぁ。
脳筋姫騎士を納得させるためには、やはり脳筋メイドの力業じゃないと駄目なんだろうなぁ。
平和な日本に生まれた俺は幸せ者だったよ。
「そこまで言うのなら、もちろん証明してもらえるのでしょうね、エレーレ?」
「お望みとあれば、今からでも」
「素敵ですわっ! ……そうですわね、ここでは少々手狭ですから、もっと広くて人気が無い場所へ移りましょう」
「承知しました」
楽しくて仕方ないとばかりに意気揚々と歩くサイベリアお嬢様を先頭に、他の者がしずしずと付いていく。
「――――」
「ささ、婿殿もご一緒に」
皆が前方を向いている隙に逃げ出そうと思ったら、またしても老執事から肩を掴まれた。
二次会へ移動する途中にしれっとフェイドアウトするのが得意な俺の気配を察知するとはやりおる。
さすがはメイドと同じく万能職と名高い執事。
俺の性格は既に把握されてしまったようだ。
「……ね、ねえ、旅人さん、エレレは大丈夫なの?」
重い足取りで連行されていく途中、お嬢様が俺の袖をくいくいしながら聞いてきた。
その表情には珍しく不安さが感じられる。
最も信頼する護衛が最強と称される相手と喧嘩するので心配しているのだろう。
いつもこんな様子だったら可愛いのだが。
「うーん、そうだなー、まずいかもしれないなー」
「そ、そうよねっ、いくらエレレでも相手が悪いわよねっ?」
そう、相手が悪い。
念のためアドバイスしておくか。
「なあ、メイドさんや?」
「エレレとお呼びください」
「なあ、エレレちゃんや? 分かっていると思うが――――」
「………………」
俺はメイドさんの耳元に口を寄せ、舐めたくなるのを我慢しながら小声で忠告する。
「お任せください。全て承知しております」
本当に大丈夫だろうか。
このメイドさん、冷静沈着な大人の女性に見えて、案外子供っぽいからなぁ。
そんな一抹の不安を感じたのだが、考えるのは面倒なので、いつものように成り行き任せにするのであった。