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最強の花嫁 2/6




 結婚詐欺から勧誘を受けた夜が明けてからのこと……。

 いつものように街中をぶらついていた俺は、お嬢様とメイドさんに遭遇。

 これまたいつものように他愛もない世間話に花を咲かせる。


 冒険者の街オクサードに住む女性の中でトップを飾りそうな有名人と往来で長話しても気にしなくなってしまった状況が怖い。

 ほんと、慣れとは恐ろしいものである。


「――――そういえば旅人さん、最近、冒険者を相手に起きている襲撃事件を知っているかしら?」

「いいや、初耳だな」


 元々噂話には疎い方だし、冒険者やギルドには関わりたくないし。

 もしどこかで聞いていたとしても、記憶には残していないだろう。


「冒険者の中でも男性の実力者が狙われていて、主に夜間一人で歩いている際に襲撃された模様です」

「ふーん、冒険者は金を持っているから狙われたのかもなー」


 何か引っかかるキーワードがあった気もするが、考えるのも面倒なのでメイドさんの補足説明にも適当に返事する。


「レベルが高い冒険者相手にお金目的で襲うって発想が旅人さんらしいわね」

「そうは言うが、金目的以外に男を襲う奴は変態だけだと思うぞ?」


「でも実際に、被害者は何も奪われていないから物取りの線はなさそうよ」

「全く被害が無いのか?」


 被害が無ければ、そもそも事件じゃないよな。


「物損は無いけど、冒険者として鍛え上げてきた肉体と、冒険者として築き上げてきたプライドが傷つけられたそうよ」

「襲撃者は相手が降参すると、ご丁寧に回復薬を置いて去っていくそうです」


「そうなると、怨恨の線も無くなるわね」

「愉快犯でしょうか?」


 お嬢様とメイドさんが交互に考察を述べている。

 そんな内部情報を提示して、俺にどうしろと?

 俺は名探偵スキルなんて持っていないんだぞ。

 探偵に近い能力を持っているのは、お嬢様の『好奇心スキル』だろうに。


 お嬢様が本当に探偵役だったら、証拠や動機などすっとばして犯人だけ当ててしまいそう。

 そういえば、まず超感覚で犯人を特定した後に証拠を集めるって漫画があったよな。

 胸の先っぽがキュンってなるヤツ。

 実際の探偵や刑事も経験則で候補を絞り込み、後付けで証拠を引っ付けているだけかもしれない。


「物取り、怨恨、愉快犯……。どれもしっくりこないわね。これ以外の動機となると…………」


 調子に乗ってきたお嬢様が迷推理っぷりを発揮する。

 普段のお嬢様はアホっぽいが、偶に核心を突いてくるから困る。


「分かったわ! ただ暴行するのが目的ではなく、相手の実力を試しているのよっ!」


「――――んふふっ。お見事、正解ですわ」

「えっ?」


 お嬢様が導き出した犯行動機を肯定する者が居た。

 それは…………、誰?


「あっ、貴女は、サイベリア様っ!」

「イエス! 今朝方ぶりですわね、ソマーリ。それに、エレーレも」


 唐突に横から口出ししてきた女性は、お嬢様の知り合いみたいだ。

 見事な金色の髪をつむじの少し後ろで結わえ肩元まで垂れ流した、上品さを感じさせるポニーテール。

 前髪も長く、前頭部の中央から両側に分けられており、綺麗なおでこが覗いている。

 スマートな体型で絵になる立ち姿。

 成人男性並みの身長と生気に満ちた目が相まって、格好いい女性だ。


 ソマリお嬢様と同じ金髪ポニーなのに、印象がまったく違う。

 それは格好のせいでもある。

 下半身は青色の長いスカートだが、上半身には体のラインに沿った空色のアーマーを装着しており、強キャラ感を醸し出している。

 ここがゲームの世界だったら、彼女の属性は「姫騎士」で間違いないだろう。


 歳の程は二十歳くらいか。

 喋り方も特徴的で、欧米人が日本語を話しているかのような、ちょっとクセのあるお嬢様口調。

 最近、どこかで聞いたような…………。



「サイベリア様、正解とはどういった意味なのかしら?」

「その襲撃者の目的は相手の実力を試すこと、で間違いないという意味ですわ」


 少し緊張した感じでお嬢様が問いかけている。

 一応貴族のお嬢様が様付けで呼んでいるのだから、相手の方もお嬢様なのだろう。

 お嬢様が二人も居るとややこしいな。


「なあ、メイドさんや」

「エレレとお呼びください」

「……エレレ嬢、お宅のお嬢様よりお嬢様っぽいお嬢様はどちらのお嬢様で?」


 何やら込み入った話になりそうなので、メイドさんと一緒に距離を取り、小声で聞いてみる。

 こうやって離れた所から二人のお嬢様を眺めると、仲が良い姉妹に見えなくもない。


「あちらはシュテル家のご令嬢であるサイベリア様です。先日から客人として当家に宿泊中です」

「お貴族様なのか?」


「はい、貴族の中でも最上位に数えられる名家の一角です。ぶっちゃけ当家よりもかなり格上なので頭が上がりません」

「貴族社会も大変なんだなぁ」


 どうやら、後から登場したお嬢様は、ソマリお嬢様の上位互換らしい。


「シュテル家が貴族の中でも大きな力を持つのには、特別な理由があります」

「特別な理由?」


 血筋以外に理由があるのかと気になり、ついつい問い返してしまった。


「シュテル家は、代々最強の女性を輩出する家系なのです」

「それは、どんな意味での最強なんだ?」

「言葉の通りです。分かりやすく言えば、シュテル家の次期当主であるサイベリア様こそが、全人類の女性の中で最も高いレベルを誇っているのです」


 オクサードの街で最強の女性が、世界最強の女性について語る。

 メイドさんはいつものように淡々と話すので今ひとつインパクトに欠けるが、今回初登場の新しいお嬢様こそがこの世界で最も強い女性らしい。

 最強の座を奪われた格好になるメイドさんの顔色を窺うと、やはりいつものようにお澄まし顔だ。


「へー、だったらエレレ嬢のライバル的な存在になるのかな?」

「ワタシは冒険者を引退した身ですから、今更強さを競うつもりはありません」


「へー」

「それに、サイベリア様のレベルは40を超えていると聞きます。30代前半のワタシとの差は明らかでしょう」


「へー」

「…………」

 

 本当に気にしていないようだ。

 レベルの高さでは負けていても、年齢の高さだったら勝っているのに。

 実際のところ、姫騎士ちゃんのレベルと年齢は如何ほどであろうか。

 久しぶりに鑑定してみよう。


 名前:サイベリア(シュテル家 長女)

 種族:人族

 年齢:20歳

 レベル:43

 魔法:「風系統5」「身体強化5」

 スキル:「感覚加速4」「空間認識4」


 うん、確かに強い。

 この街で最強のウォル爺に迫る勢いだ。

 しかもメイドさんより若いから、更に強くなる余地がありそう。

 まあ、俺から見たら戦闘に特化した力だけだから、ヘンテコスキルを持っているソマリお嬢様の方がやっかいだけどな。


 やったな、ソマリお嬢様よ。

 家柄、容姿、気品、女としての魅力、そして戦闘力とボロ負けかと思ったけど。

 一つだけ勝っているところがあったじゃないか。



「……サイベリア様、どうして犯人の目的を断言できるのですか? まさか――――」


 メイドさんとの雑談が済んだので意識を戻すと、お嬢様同士の会話も終盤に差し掛かったようだ。


「イエス! なぜなら、わたくし達が犯人だからですわ!」


 そして、明かされる真実。

 犯人は、お前だ!

 って、自白かよ。


 もう一つ気になる単語を言ったな、「わたくし達」って。

 つまり、共犯者が居るってことか。


「ほっほっほっ」


 ……その共犯者って、いつの間にか一歩後ろを陣取り、まるで俺が逃げ出さないよう笑って待機している爺さんじゃないよな?


 ピシッとした紺色のスーツと直立不動の姿勢がよく似合っている白髪の老人。

 痩せていて頼りない外見なのに、殺し屋のような鋭さと好々爺を併せ持った御仁である。

 そんな人物に、理由も分からず背後に立たれると怖いのだが。


「サイベリア様ほどの方が、どうしてそんな蛮行をっ?」

「心配しなくても大丈夫ですわ。ちゃんと裏から手を回しているので、この件が明るみに出ることはありません。ですから、ソマーリのお家にも迷惑は掛かりませんわ」


「そんなことはどうでもいいわっ。私は理由を知りたいのっ!」

「んふふっ、お噂どおり、ソマーリは素敵なご趣味をお持ちですわね」


 ここに至って、ソマリお嬢様の知りたがり病が爆発してしまったらしい。

 それは、つまり、この事件の面倒さを保証しているようなもの。


「わたくしは説明が苦手ですの。ですからここから先は、爺やに任せましょう」

「ほっほっほっ――――かしこまりました、サイベリアお嬢様。それでは僭越ながら、ここから先はこの爺めがご説明させていただきます」


 俺の後ろを陣取る爺さんが喋り出す。

 やっぱり関係者だったのかよ。

 もうここまできたら、俺も最後まで話を聞くからさ。

 姫騎士ちゃんと挟み込むような位置のまま進めるのは止めてもらいたい。


「シュテル家は、代々女系でございまして――――」

「あっ、それ聞いたことあるわっ。必ずと言っていいほど、代々女の子しか産まれてこないのよねっ」

「左様でございます」


 ノリノリのソマリお嬢様が合いの手を入れながら、説明が進んでいく。

 確かに男女が偏る家系ってのはある。

 俺の甥っ子は男ばかりなのに、会社の上司の子供は三人揃って女性だった。

 妹に聞いた話だが、続けて男が三人だと、四人目に挑戦する気力が失せるそうだ。

 ついぞ姪っ子を拝めなかったのが地球での未練である。

 どっかに姪っ子が落ちてないかなー。


「このためシュテル家は、代々余所様から婿を迎えているのですが、婚礼において代々の約束事がございます」

「そう、代々なのね」


 代々言いすぎだろう。


「シュテル家に婿入りする条件、それは当代となられる奥方よりも強い男性でなくてはならないのです」

「なるほどね、そうやって最強の血筋を保っているのね」


「左様でございます。このため二十歳となったサイベリアお嬢様は、次期当主としての資格を得るため各地を訪問しているのでございます」

「そうだったのねっ!」


 えっ、どういうこと?

 物々しく語り出したと思ったら、あっさりと終わったので頭が追いついていないぞ。


「だから襲撃者は、男性の冒険者ばかりを狙っていたのね!」

「イエス! その通りですわ!」


「だから目的は、物品や怨恨ではなく、実力を確かめることなのね!」

「イエス! その通りですわ!」


 無駄に察しが良いソマリお嬢様はすぐ分かったようだ。

 そこまで言われれば、思考が鈍っている俺にも分かる。

 要するに、無差別に乱暴を働いていたのではなく、戦いを挑むことで自分よりも強い男性を見つけ出そうとしていたのだ。

 その結果が冒険者のプライドをへし折る事件へと発展したのかよ。

 穏便な方法は他に幾らでもあっただろうに。

 どうやらお嬢様という人種は、人様に迷惑をかけてしまう隠しスキルを持っているようだ。


「……それで夜襲とは、やりすぎではないでしょうか?」


 このメンバーでは一番の常識人であるメイドさんが疑問を呈する。

 甘味ジャンキーの色惚けメイドさんが唯一まともとは、世も末である。


「それは余儀ない事情ですわよ、エレーレ。どのような状況でも、いいえ、むしろ逆境でこそ発揮される強さが真実ですわ」

「それもそうですね」


 常識人だと褒めたのに、あっさり納得するメイドさん。

 常在戦場も程々にしろ。

 もうやだ、この脳筋集団。


「そういったやむを得ない事情だったら、相談してもらえれば私達も手伝ったのに」

「お気遣いは大変嬉しいですが、これはシュテル家の問題。わたくし達で成し遂げねばいけない試練なのですわ!」


 我らがソマリお嬢様もすっかり納得しているし。

 この場には脳筋と変人しか居ないようだぞ。

 俺が一番まともに思えるってどんだけだよ。

 ツッコミ不在の空間がこれほど恐ろしいとは知らなかった。


 それでも、俺はツッコまない、絶対にツッコまないぞ!

 こんな相手に何を言っても無駄だって分かっているからな。

 この世の中には、己自身では決して理解できない他者特有の常識ってものがあるのだ。



「それでサイベリア様、成果はどうだったの?」

「残念ながら芳しくありませんわ」


「あら、オクサードは冒険者が集う街だから、かなりの猛者が居るはずよね、エレレ?」

「はい。サイベリア様と同等のレベル40前後は、オクサードの街にも幾人か存在しています」


「むろん事前に調査して、レベルが高い殿方から襲っていますのよ。でも、わたくしの方が強かったのですわ」

「えっ!? でもっ、サイベリア様よりもレベルが高い冒険者も居たのでしょう?」


「レベルだけが強さの指標ではありません。魔法、スキル、武器の熟練度、経験、戦略らが一体となって真の強さが形成されるのですわ」

「ほっほっほっ。サイベリアお嬢様は、対人に特化した強さを身に付けていらしゃいます。魔物とばかり戦っている冒険者は少々分が悪いでしょうな」


 どうやら、この街の男連中は総ナメされているらしい。

 ちと情けないぞ。

 しっかりしなさい。


「それに、わたくしの目的は婿捜しですから、既婚者や高齢の方は除外していますわ」

「つまり、私の父親やウォル様は、最初っから対象外ってことね。……良かったわ。いきなりサイベリア様がこれからお母さんと呼びなさいって言ってきたら卒倒していたわね」

「ワタシもウォル老師が結婚する姿なんて想像がつきません」


 うん、俺も想像つかない。

 あの爺さんは、俺以上に結婚とほど遠い存在だろう。


「結局、オクサードの街にはサイベリア様の御眼鏡に適う相手は居なかったというわけね?」

「んふふっ、ですから本日中に他の街へ移動するつもりでしたの」

「……なぜ、過去形なのでしょうか?」


 サイベリアお嬢様の含みを持たせた言葉に、メイドさんが過剰に反応した。

 これまで物騒な話題を和気藹々と話していたのに、一転して緊張感が漂う。

 えっ、何この空気?


「実は昨晩、狩り尽くして諦めかけていたところに見知らぬ殿方が通りかかりましたの。せっかくなので襲撃してみたら、なんとまあ、爺やもわたくしも軽くあしらわれてしまいましたわ」

「ほっほっほっ。あれ程のツワモノを見抜けぬとは、この爺も耄碌したものですな」


「「「…………」」」


 あれ?

 何故だかダブルお嬢様が俺の方を見ているような?

 隣のメイドさんからも呆れたような視線が突き刺さるのだが?



「……まだ思い出さないようですわね。でしたら、これでどうでしょう?」


 そう言ったサイベリアお嬢様は、いきなり上半身の鎧を脱ぎ出す。

 下には普通に服を着ていたから、安心したやら残念やらでもやもやしていると、スタスタとこちらに歩いてくる。

 そして、両手で俺の右手を掴むと、その弾力に富むお乳に押しつけた。


「んん? この柔らかくもしっかりとした弾力性を持つ感触は…………、もしかして昨晩に会ったお嬢さんなのか?」

「イエス! 記憶に留めてくださったようで大変光栄ですわっ、ツワモノ様!」


 そうか、そうだったのか。

 ようやく話が繋がった。

 これで全ての謎が解けた。

 ……同時に、全てが手遅れだと、よーく分かった。


 うん、何だろうな、我ながら鈍すぎやしませんかね。

 でもさ、まさか俺が話題の中心になるとは考えないだろう、普通。


 ああ、ソマリお嬢様の軽蔑した視線が心地よい。

 メイドさんは、控えめな自分の胸を見下ろしながら悲しい表情をしている。

 大丈夫、ちゃんと需要があるぞ。

 俺はそのくらいの方が好きだぞ。

 もみもみ。


 そんな風に現実逃避しながら、名残惜しくお胸様から手を離し、何食わない顔で実際の現実からも逃避するため後退すると……。


「ほっほっほっ――――まだ話の途中でございます、ツワモノ殿」


 逃げ出そうとした俺の肩を、老執事ががっしりと掴んだ。

 そうか、やっぱり包囲網だったのか。


「はあ……」


 前門の虎後門の狼ならぬ、前門のダブルお嬢様、後門の老執事、そして隣のメイドさんに囲まれて逃げ場を失った俺は、深い溜息を吐いた。




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