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最強の花嫁 1/6




 この日、俺はしこたま酔っていた。


 日本に居た頃は、休日でも呼び出しや翌日の体調を考えて控えめにしていた。

 だが、この世界に来てからは周りを気にせず飲めるようになり、酒を飲む頻度が増えている。

 この世界の酒は料理と同様に激マズなので、自給した地球産を飲むしかないのだが。

 日が高い時間帯から気兼ねなくアルコールに浸る開放感が素晴らしい。

 ふと思い立った時に好きなことをやれるのは、簡単なようで難しいのである。


 そんなわけで、朝っぱらから酒を飲みつつ往年の名作漫画を一気読みして一日を過ごした俺は、眠気が訪れるまで散歩に洒落込むことにした。

 夜も更け、すっかり静まりかえったオクサードの街を一人歩く。

 レベルアップによる耐性があるのでどれだけ飲んでも泥酔はしないが、思考はすっかりご機嫌だ。

 酩酊状態ってのは楽しい。

 何が楽しいのか認識できないほど頭がぽわぽわしているのに、とにかく楽しい。

 酒で身を滅ぼす者の気持ちがよく分かる。

 人は誰しも破滅願望を抱いているそうだし、酒は体のいい言い訳なのかもしれない。


「左半分が欠けた月……、上弦の月ってヤツか」


 今夜の月の明かりは、半分だけ。

 この街には街灯なんて無いから、深夜の仄暗い世界を出歩く物好きは居ない。

 人気の無い廃墟を探索するような、ちょっとした特別感が雰囲気を盛り上げてくれる。

 心地よい風を受けながら、目的もなくふらふらと彷徨い続ける。

 夜の散歩を楽しむ俺、ちょっと格好いい的な補正もあり、多幸感に包まれるようだ。


 どうやら、眠気に襲われるのはもう少し先になりそうである。

 そんな風に、ボーッとしながら歩いていると……。



「――――わたくしを、助けてくださいっ!」


 物陰から突然出てきた誰かさんに、すがりつかれてしまった。

 俺の視力はレベルで向上しているため暗闇でも機能するが、フードで隠れている相手の顔までは見えない。

 ただ、声色とフォルムから若い女性だと思われる。

 そうでなければ、たとえ酔った状態でも抱きつかれる前に躱していただろう。


「どうかしましたか……、おぜうさん。何か……、お困りですか?」


 女性から頼られると自然にイケボとなる不思議。 

 助けてほしいって言ってるので、あえて困っているかと聞く必要はないのだが、まあ様式美というヤツだ。


「はい。わたくしは、見知らぬ男に襲われて、たいへん困っています」


 よほど怖い目に遭ったのか、英語を翻訳したような口調で説明してくれる。

 目標に気取られるとはストーカーとしてのレベルが低い男のようだ。

 コルトやリリちゃんで鍛えたストーカーのプロである俺が教示するべきだろう。

 ……いや、違う違う。

 似非紳士としてここで言うべき台詞は、と。


「この紳士かつダンディな俺に……、任せておけば大丈夫ですよ……、おぜうさん。あなたの柔肌には……、指一本触れさせません」


 酒のお陰でキザな台詞がホイホイ出てくるな。

 やはり、酒の力は素晴らしい。

 

「…………」


 未だ顔の見えぬレディーは、頷いて感激しているようだ。

 うむ、男冥利に尽きるぞ。


「あっ、あの男、です!」


 レディーが指差す方向から、誰かが突進してくる様子が見えた。

 この暗闇なのに、彼女も目が良いみたいだ。


「ふむ……」


 中々の身のこなし。

 ストーカーにしておくには惜しい。

 いや、高尚なストーカースキルを手に入れるには強さも必要なのだろろう。

 そう、俺のように。


「――――」


 そんな阿呆なことを考えていたせいで、どう対応するか決まらぬまま接近されてしまった。

 どうやらストーカー2号は、レディーに寄り添うストーカー1号こと俺を排除するようだ。

 手に持った剣が、俺の喉元に迫ってくる。


「困った時は、丸投げってな」

「!?」


 身を躱しながら腕を伸ばして相手の懐に潜り込ませ、突進してきた勢いを利用してそのまま後方へと押し出す。

 すると2号は、ポーンと擬音がつきそうな感じで跳ね上がり、慣性の法則に従って遠くまで飛んでいった。

 その後に聞こえてきた音から察するに、どこかの建物にぶつかったようだ。


 手加減を間違えてちょっと飛ばしすぎな気もするが、2号も手練れだったし、死にはしないだろう。

 悪漢に手心を加えるつもりはないのだが、何となく殺すのは躊躇ってしまった。

 寛容さ云々ではなく、具合が悪そうな感じがしたのだ。


「どうやら賊は去ったようですよ……、おぜうさん。お怪我は……、ありませんか?」


 ともあれ、悪漢を撃退したことに違いはあるまい。

 怪我などしているはずもないのだが、これまた様式美で問いかける。


「…………」


 顔は窺えないが、ぽかんと口を開けて驚いているようだ。

 まだ助かった実感が湧かないのだろうか。


「んふふっ――――」

「おや?」


 気のせいかな。

 気弱なレディーであるはずの彼女から、不気味な笑い声が聞こえてきたぞ。


「――――見つけましたわ、ツワモノ様。一次試験は合格でしてよっ!」

「は?」


 問い返す間もなく、今度は横から別の剣が飛び出してくる。

 その剣の持ち主は、信じたくないがこれまで被害者だと信じていた彼女だ。


「いけませんよ……、おぜうさん。刃物は……、食材と浮気した旦那に向けるモノですよ?」

「イエス! やはりお強いっ。わたくしの奇襲を簡単に躱して軽口まで叩けるとは驚きですわっ!」


 どうやら冗談ではないらしい。

 もしかして、どさくさ紛れで胸をモミモミしてしまったのを怒っているのかな。

 だって、程よく大きくてハリがあって触りがいがある胸だったんだよ。


「申し訳ありません……、おぜうさん。先ほど胸を触ってしまったのは……、偶然なんですよ。ついつい……、手が滑ってしまったんですよ。お互い……、不幸な事故だったんですよ」

「んふふっ、その溢れんばかりの余裕、本当に素敵ですわ! わたくしに勝ったら胸といわず、体中を好きに触って結構ですわよっ!」


「マジでかっ!!」

「――――なっ!?」


「あ…………」


 しまった。

 ついつい挑発に乗った俺は、次々と襲いくる剣を片手で掴んでしまった。

 しかも、自分で掴んだくせに、驚いた拍子でポキッと折れてしまっている。

 真剣白羽取りの極意はまだまだ遠いようだ。


「まさか、わたくしが手玉に取られるとは…………。お母様が言っていたように、世界は広いですわ!!」


 俺の曲芸を見て手を止めてくれたのはいいが。

 何故か、いたく感激しているようだ。


「イエス! 二次試験も文句なく合格ですわっ!」


 知らぬ間に、二つめの試験にまで合格していたらしい。 

 いったい何に合格してしまったのだろうか。


「あなたを『最強』と認めましょう! よって、わたくしの婿として迎え入れますわっ!!」

「…………」


 ……あー、なるほどねー。

 これはあれだ、手の込んだ美人局ってヤツだ。

 おかしいと思ったんだよなぁ。

 こんな俺に、行きずりの女性から助けを求められるドラマチックな展開が起こるはずない。

 お姫様を守るナイトっぽくって良い気分だったのに。


 夜中に独り寂しく歩いていたから、いいカモだって思われたんだろうな。

 酒の力を借りて調子に乗るとこれだよ。

 やはり俺には、ヒーロー役は似合わないってことだ。

 これに懲りて、女性からのキャッチセールスには気をつけよう。

 くそっ、泣いてなんかないやいっ!


「あー、そういうのは間に合っていますから。ほんとお腹いっぱいですから。だからモテないおっさんをからかうのは勘弁してくださいっ」

「えっ、間に合っているとは、どういった意味ですの?」


 こんな時は、きっちり断らないといけない。

 動揺して黙ったままでいると、どんどんつけあがって攻めてくる。

 そう、こんな時は断ってから――――。


「本当に間に合っていますからーっ」

「ちょ、ちょっと、どこへ行きますのっ!?」


 さっさと逃げるに限る。

 なお、間に合っていると言ったのは嘘である。

 女性から真剣に求婚された経験なんて、人生でただ一度もない。


 でも、いいよな?

 詐欺から逃げる時くらい強がってもさ。




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