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ウエディングブーケを君に




 冒険者の街オクサードには、様々な種族が集まっている。

 このため雑多な文化が混じり合い、基幹産業である冒険者の簡素な気質に適合するかのように独自性が削ぎ落とされ、共通する最小限の仕来りが適用されるケースが多い。

 結婚式も例外ではなく、親族や知人を集め、新郎新婦からの簡単な挨拶の後にお祝いの料理が振る舞われるのが通例だ。

 

 しかし、その結婚式は妙に凝っていた。

 新婚カップルは真っ白な服で身を固め、華やかな音楽とともに登場し、出席者の前で愛を誓い、その証拠としてペアの指輪を嵌める。

 また料理においても、ウエディングケーキなる巨大な甘味をはじめ数々の品が並び、酒も極上品だ。

 

 手の込んだ催しが功を奏し、新郎と新婦のみならず出席者の誰もが満足して、めでたい今日この日を笑顔で祝っていた。

 ……たった一人の女性を除いては。


「あむあむ」


 椅子に座り、優雅にケーキを食する妙齢の女性。

 美しく整った素顔に、洗練されたドレス。

 背筋をピンと伸ばし、小さく口を開け、これ以上ないほど上品な食事風景。


「あむあむ」


 それなのに、彼女の周りには女性だけでなく、飢えた男性さえも近寄ってこない。

 見た目は完璧なまでに美しいのに、内側から溢れ出すオーラが酷く淀んでいるからだ。


「おいおい、こんなにたくさんの料理があるのに、ケーキだけを食べなくてもいいだろう?」


 唯一声をかけた勇者は、本日の主役である花嫁。

 オクサードの街に住む女性冒険者のエースであり、本日人妻となったばかり。

 今現在、世界中で最も幸せな女性といっても過言ではないだろう。


「何もせず、ただ座っているだけでいい。そして、好きな料理を好きなだけ食べていい。それが結婚式に参加する条件だったはずです」

「アンタが友人代表のスピーチを死ぬほど嫌がったからその条件でいいって言ったけどさ……。でもね、せっかくの機会だから他にすることがあるんじゃないかい?」


「……例えば?」

「新郎の友人の中から独身男性を見繕うとか」


「……他には?」

「同世代の女性と結婚について情報交換するとか」


「…………」

「…………」


「…………」

「いや、その、悪かったね……。ほら、好きなだけ食べな、私のウエディングケーキを」


 慰めた効果が無いどころか、余計に悪化させてしまい、花嫁は溜息を吐く。


「まったく、こんな気の抜けた相手に突っかかっていた自分が馬鹿らしくなるよ」

「…………」


「本当にアンタは厄介な女だよ、冷血メイド」

「こんな場所にワタシを呼び出すあなただけには言われたくありません、ビビララ」


 そう、本日は巨人族ビビララの結婚式。

 そして、友人の一人として、二十五歳独身のエレレも参加していた。




「やれやれ……」

 

 ビビララが冒険者時代のライバルであるエレレを結婚式に招待したのは、意趣返しの目的も少なからずあった。

 だが、純粋に友人として祝ってもらいたいのも事実であり、宴を楽しんでほしいという気持ちも強い。


「あむあむ」


 それなのに、大好物を食べているはずの本人は、負のオーラを出しまくっている。

 これでは周囲まで萎縮してしまい、せっかくのおめでたい席が台無しになってしまう。


「仕方ないねぇ。本当は最後のお楽しみにしておきたかったけど、ほら――――」

「何ですか、これは」


 他に打つ手は無いとばかりに、ビビララは手に持っていた小さな花束をエレレに投げて渡した。


「そいつはねぇ、花嫁から受け取った相手が次に結婚できるっていう縁起物さ」

「……なるほど、手の込んだ嫌がらせですね」


 未婚の女性が欲しがるはずのウエディングブーケを手にしても、エレレの気持ちは晴れない。

 むしろ、明確な殺気が増していた。


「なんでアンタは、悪い方にばかり考えてしまうんだい? そんなんじゃ、本当に幸せと縁がなくなっちまうよ?」

「もうこれ以上のどん底は無いので、問題ありません」


「まったくもう、正気に戻ってその花束の本当の意味を考えてみな」

「……何か別の意味があるのですか?」


「そうだよ。正気を失っているアンタは気づいてないだろうけどね、今回の結婚式はいつものとは違うんだよ」


 そう促され、エレレはまだ淀んでいる意識のまま思い返す。

 ビビララが言ったように、これまでの結婚式では見たことがない催しが多かった気がする。

 夫婦でお揃いの白い服を着たり、指輪を使った誓いの儀式を行ったり、大きなケーキに入刀するパフォーマンスをしたり……。

 そしてこの、ウエディングブーケなる小さな花束。


「言われてみれば確かに、珍しい催しが多いですね。ですがこれは、巨人族の伝統的な儀式なのでは?」

「かははっ、悩むより殴れを信条とする巨人族が、こんな手の込んだ結婚式を考えつくはずがないだろう」


「だったら、なぜ…………」


 淀みが驚きで晴らされ、少しずつ頭が回りはじめる。


「お節介な誰かさんがやってくれたんだよ。……ほら、アンタの近くに居るだろう、そんな男が」

「――――」


 晴れた視界の先には、一筋の光が差し込んでいた。


「そう、今回の結婚式の仕込みは、アンタがご執心のあの男の仕業だよ」

「で、では、まさか、この花束はっ」


「その花束が縁起物だって話も、全部あの男から聞いた話だよ」

「…………」


「まあ、アンタに渡してくれと直接言われてはないけど、わざわざ私に説明して用意までしてくれたんだから、当然この結果も見越しているはずさ」

「…………」


 ビビララは、エレレがぎゅっと握りしめている花束を指さして笑う。


「まったく、私ら姉弟をあしらうだけあって、一筋縄ではいかない男だねぇ」

「――――それこそが、グリン様の魅力です」


「おっ、ようやく調子が出てきたじゃないか」

「何のことでしょう? ワタシは常にこの通りです」


 付き合いが長い相手にしか判別できない微かな笑みを浮かべる冷血メイドを見て、花嫁はようやく肩の荷が降りた気分だ。

 エレレはビビララよりも強く、美しく、器量も良いはずなのに、こと男女の恋愛に限っては奇跡的な不器用さを発揮する。

 冒険者時代から、からかいのネタだったのだが、伴侶を得て心の余裕が生まれたビビララは、かつてのライバルの幸せについても願えるようになっていた。

 脆く、儚いだけに、美しさも極まれり。

 それが、女の友情である。




「――――あっ、ビビララさんっ。結婚おめでとうございますっ」

「おっ、コル坊も来てくれてたか。ありがとうよ」


「エレレねーちゃんも、こんにちはっ」

「あら、コルトもお呼ばれしていたのですね」


 温和な空気を取り戻した二人の間に現れたのは、帽子を被った少女。

 街中の雑用を引き受けているため顔が広いコルトだ。

 そして、先ほどの話題に出てきた中年男と最も仲が良い女性でもある。


「あれ? エレレねーちゃんが持ってる花束って、もしかして……」

「これはウエディングブーケという花束だそうですが、コルトはどういった物なのか知っているのですか?」


「ううん、知らないけど、あんちゃんが花嫁から花束をもらったら立派な冒険者になれるジンクスがあるぞってしつこく言ってたから、ちょっと気になって」

「…………」


「でも、そんなの迷信だって分かってるし、エレレねーちゃんのように花束が似合う人がもらうべきだと思うよ」

「……本当にいいのですか?」


「うんっ。それじゃあオレ、もっと料理食べてくるからっ」


 そう言って笑いながら、少女は去っていった。


「……」

「……」


 ビビララとエレレは、先ほど少女が口にした言葉の意味するところを吟味する。


「…………」

「…………」


 晴れていたはずの淀みは、いつの間にか元に戻っていた。


「そ、そういえば、あの男が結婚式の準備を手伝う代わりに、コル坊を是非とも参加させろって言ったんだよねぇ」

「………………」


「つまり、その花束は――――」

「……………………」


 真相に気づいてしまった二人の間に、深い沈黙が流れる。

 ビビララは、決闘から始まった交流の中で、かの中年男がいかに気まぐれで型破りなのか承知しているつもりだった。

 しかし、さしたる悪気も無く周囲を引っかき回す性質までは把握できていなかった。


「その、何というか、私の勘違いで期待させちまって悪かったね」

「…………」


「私の見立てだと、脈がありそうに思えたんだけどねぇ」

「…………」


「ほ、ほらっ、私の分のケーキも食べなっ」

「……もう、これ以上、慰めないで――――」



 人は、つらい時の涙は、我慢できる。


 だけど、つらい時に優しくされると、我慢できない。




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― 新着の感想 ―
[一言] もう、娶ってやれよー、オッサン。読んでて泣けてきたわ。 はっ?! これも、作者お得意の泣かせ落ちパターンの一つだったのであろうか。
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