お嬢様とメイドの奮闘記⑬/女子力勝負
そこは、男子禁制の秘密の花園。
具体的にいえば、冒険者の街オクサードの中央に構える領主家の一室。
その部屋では、いつものように内緒の作戦会議が繰り広げられている。
「――それでは、エレレ。旅人さんとの関係について、今月の進捗状況を報告してちょうだい」
「はい。順調です」
「…………」
「順調です」
「え? それだけなの?」
「はい。極めて順調ですので、それ以上報告する必要はないと判断しました」
「その、もう少し具体的に報告してほしいのだけど?」
「街中で出逢うと必ずお菓子をもらえます」
「……それで?」
「それだけですが、何か?」
「それって、順調に進展してると言えるの?」
「当然です。殿方から何度もプレゼントしてもらえるのは、親密な関係である証拠です」
「その程度で言い切ってしまうエレレには感心するけど……。でもそれって、旅人さんと仲が良いコルト君と同じ扱いじゃないの?」
「……え?」
「つまり、大人がお腹を空かせた子供にご飯を与えているのと同じじゃないかしら?」
「まさか……、い、いえ、そんなことは――――」
「本当に違うと断言できるの?」
「…………」
「そもそも、男性が女性の体目当てでプレゼントするのは、もっと華やかな服や宝石だと思うのだけど?」
「それは、そうかもしれませんが……」
意中の相手を見つけ、そこそこ時間が経ち、そこそこ気兼ねない関係にまで近づけているはずなのに。
それ以上進展しない従者のあまりの不甲斐なさに、主人はやれやれと首を振る。
「エレレってあれよね。外見はすっごく恵まれているのに、何というか、女性として成就する能力が不足しているわよね」
「!?」
「シンプルに言えば、『女子力』が低いってとこかしらね」
「ひ、低い? 女としての、力が……?」
「うん、言い得て妙よね、『女子力』って言葉は。これからは、男性を魅了する力の総称を『女子力』と呼びましょう!」
「…………」
女として失格印を押されたエレレが落ち込む。
これまで薄々感じていた残酷な真実を明言化されてしまい、はっきりと認識してしまったのだ。
「これはやっぱり、エレレだけには任せておけないようね」
「……その言い方だと、まるでお嬢様の女子力の方が高いように聞こえるのですが?」
「もちろんよっ。だって私は、旅人さんと一度は婚約するまで仲が進んでいるわ。だから、断然エレレよりも女子力が上回っているはずよっ」
「その件は、領主様の誤解から生じた単なる手違いのはずですが?」
「結婚について異常なほど拒否反応を見せる旅人さんを捕まえるには、そのくらいの積極性が必要なのよっ」
「むしろその件で、お嬢様はグリン様に避けられているようですが?」
「それこそ私を明確に意識している証拠だわ。旅人さんは自由すぎるから、それだけに地に足が着いていなくて周りに流されそうな所があるわ。だから、多少強引にでも外堀を埋めてしまえば、きっと諦めて結婚も受けてしまうと思うのよね」
「た、確かに、そんな感じもしますが……」
旅人の男は自由であるが故に、適応性も低くない。
そこを上手く誘導すれば、型に嵌めることも可能だろう。
「ほら、エレレも認めたわよねっ。それってやっぱり、私の方の女子力が高いって証拠でしょうっ!」
「――――っ。いいえ、それだけは認められません。色気の欠片も無いお嬢様よりも女子力が低いとなれば、末代までの恥です」
「あらあら、そんなことを気にする必要なんてないわよ。どうせエレレを恥に思う子孫なんて生まれてこないだろうしね?」
「……長い間お世話になりました。お嬢様から与えられた苦労は永遠に忘れません」
「そこは普通、エレレが家出する場面でしょう? 何で私を亡き者にしようとするのよ?」
「ワタシの精神を安定させるためには、その方が確実だからです」
主従関係であるはずの二人は、激しく睨み合う。
「でも、暴力に頼ってしまったら、エレレの女子力が低いって認めたことになるわよ」
「……では、どうしろと?」
「ここは一つ、客観的に判定するため、第三者の意見を伺いましょう!」
◇ ◇ ◇
「――――と言うわけで、旅人さんに、私とエレレのどちらの女子力が高いか判定してもらいたいのよっ!」
なんぞ、それ?
一応理由を説明されたのだが、全く意味不明なのだが。
ただ一つ確実なのは……。
「それって、俺には全く関係のない話だよな?」
だから、無関係で善良な一般市民を巻き込むのはやめてくれ、って非難を込めた目でお嬢様とメイドさんを見る。
「無関係じゃないわよっ。私達の女子力が低かったら、旅人さんも困るでしょうっ!?」
女子力って、たぶん、女の子らしさって意味だったと思うが……。
女性の生態に詳しくない俺の目から見ても、お嬢様とメイドさんの女子力とやらが平均を大きく下回っているのは明白である。
この二人にいつも振り回されている立場からは、もっとお淑やかさを身に付けてほしい、と願わずにはいられない。
だから、今回がきっかけとなり大人しくなるのなら、協力するのも吝かではない。
「ね? そうでしょう? ねっ?」
「……そりゃあまあ、女子力が無いよりは、有った方がいいとは思うが」
女子力について考えていたら、異様な意気込みを見せるお嬢様に押されてついつい頷いてしまった。
仕方ない、下手に逃げるよりもさっさと解決して禍根を残さない方が良さそうだ。
「旅人さんの理解が得られて良かったわ。ふふっ、これで私の女子力の高さが証明できるわねっ」
随分と自信満々だな、お嬢様よ。
五十歩百歩の非常に低レベルな争いだが、どちらがより女性らしいかと問われれば、答えは明白。
中身だけでなく、見た目もお子ちゃまなお嬢様に勝ち目なんて無いはずだが。
その無駄な自信はどこから来るのだろうか。
「まあ、いいさ。こうなったら、真面目に判定役とやらを受け持とう」
そんなこんなで、異世界に来て巻き込まれ体質になった俺は、お嬢様とメイドさんとの茶番に付き合うことになったのである。
「それで、俺はどう判定すればいいんだ?」
「ルールは簡単よ。私とエレレが女子力について交互に出題し、女性としてどちらが相応しいのか旅人さんに判定してもらい、それで選ばれた数が多い方が勝ちよ」
なるほど……。
シンプルな方法に思えるが、出題者が本人達ってところがポイントだろう。
高度な心理戦の様相が想定される。
「それじゃあ、先攻はエレレに譲ろうかしらね?」
いつも以上に調子に乗っているお嬢様が、いつも以上のむかつく顔でメイドさんに先攻を譲った。
疑問だったのだが、このお嬢様は何故いつも自信満々なのだろうか。
もっと自分を知って謙虚に生きるべきではなかろうか。
たとえばそう、俺みたいに。
「大した自信ですね、お嬢様。その無意味に高い鼻をへし折って差し上げましょう」
メイドさんも静かに闘志を燃やしている。
お嬢様のしょうもない戯れに乗っかっているのだから、似た者同士な二人であろう。
「それでは、最初はワタシからの質問です。窮地において頼りになるのは、お嬢様とワタシのどちらでしょうか?」
「…………」
え?
そんな答えが決定しているような当然の質問はありなのか?
そもそも、女子力の要素とはかけ離れていると思うが?
ちらりとお嬢様の方に視線を向けると、「中々やるわね。さすがは私のライバルだわ」みたいに感心した表情をしている。
どうやら、ありな質問らしい。
「……それはもちろん、エレレ嬢だろうなぁ」
「ありがとうございます、グリン様。これでまずは、ワタシが1ポイント獲得です」
女の戦いに、心理戦や高度さは必要ないらしい。
ただ単に、自分の良いところをアピールしているだけである。
まあ、だからこそ、難しさもある。
常に自分が優れている箇所を探して提示するのは、けっこう難しいはず。
「どちらが美人?」みたいに、見る人次第で答えが変わる曖昧な質問はNG。
よほど自分自身を知っていないと難しいルールだろう。
「次は、私からの質問ね。若々しくてお肌がピチピチしているのは、さあ、どっち?」
「……その聞き方だと、どうしてもお嬢様になるだろうなぁ」
予想通り、無難どころか当たり前の質問しか出てこない。
まるで、ではなく、完全に子供の喧嘩レベル。
実はこの二人、仲が良いのではなく、精神年齢が同レベルだから気が合っているのかも。
良家のお嬢様とメイドのはずなのに、どうしてこんなにも残念なレディに育ったのだろうか。
もしもし領主様、完全に子育てに失敗してますよ?
「ショートカットな黒髪が似合う方は?」
「金髪ポニーテールが似合う方は?」
「家事が得意そうな方は?」
「活発的な方は?」
「大人の魅力がある方は?」
「少女らしさがある方は?」
聞く前から答えが決まっている質問が延々と続いていく。
自分の良さ以前に、ただ特徴を言っているだけな気がする。
これはもう、ポイントの集計方式ではなく、どちらかが一問しくじった方が負けるサドンデス方式だな。
たった一つの問題で決着がつくとはいえ、安パイな質問を続ければいいから、切りがない。
……そう、思っていたのだが。
「――――それでは、結婚するとしたら、お嬢様とワタシのどちらでしょうか?」
おっと。
メイドさんが切り込んできたぞ。
鬼手と言っても差し支えない勝負手である。
「それは……、まあ、エレレ嬢だろう、な」
性格的にも、家事スキル的にも、見た目の好みからしても、そう判定せざるを得ない。
第一、お子ちゃまなお嬢様との結婚生活なんて、まるで想像できない。
かといって、メイドさんとの甘々な新婚生活も想像できないのだが。
「くっ、これは厳しいわね……」
お嬢様は少なからずダメージを受けているらしい。
相手から際どい質問をされれば、負けず嫌いなお嬢様はそれ以上のギリギリな線を攻めようとするだろう。
お嬢様の性格を熟知しているメイドさんならではの攻撃だ。
「――――と、言うとでも思ったかしら? 私はずっと、その質問を待っていたのよっ!」
焦った表情から一転させ、お嬢様はニヤリとほくそ笑んだ。
どうやら、この展開を予想していたらしい。
相手の性格を見抜く勝負は、お嬢様の方に軍配が上がるようだ。
お嬢様の方が性悪だから当然だな。
「エレレの質問を踏まえたうえで、私からも同じ質問をするわ。――――今から5年後、22歳になった私と、30歳になっちゃったエレレとでは、どちらが結婚相手に望ましいかしら、旅人さん?」
「なっ!?」
お嬢様の逆転の一手を受け、メイドさんが驚愕している。
同じ質問のように見せかけて、年齢差という大きなアドバンテージを十二分に活かした素晴らしい質問である。
先ほどまで優位に立っていたメイドさんを失意のドン底に突き落とす、意地が悪すぎる攻撃。
さすがお嬢様、やり方が汚い。
「さあ、旅人さんっ。正真正銘の本音で答えてよねっ!」
勝利を確信しているお嬢様は、「好奇心スキル」を発動させ、俺の嘘を見逃すつもりはないらしい。
最初からこの終局まで、完璧に計算尽くだったのだろう。
何から何まで、お嬢様の企み通り。
見事という他にない。
「その質問の答えは……」
そんなお嬢様に、ピッタリな格言がある。
それは、もちろん――――。
「エレレ嬢だ」
策士、策に溺れる、である。
「そ、そんなっ…………」
ご自慢のスキルで俺の返答に偽りがないと分かってしまったお嬢様は、地面に両手と両膝をついて落ち込むポーズを取った。
負け犬がよく似合う彼女に最も相応しいポーズだ。
「――――グリン様、それはプロポーズと受け取ってよろしいでしょうか?」
「違うからな? 二択だからお嬢様よりはマシって意味だからな?」
まったく、出題者が趣旨を忘れてどうするよ。
「その件については、とりあえず今回は置いておきましょう。……ともかく、これでワタシの勝ちが確定しましたね、お嬢様?」
珍しく頬を紅潮させたメイドさんが、お嬢様に向かって勝利宣言をした。
よほどお嬢様に勝ったのが嬉しいのだろう。
「わ、私の負け? そ、それじゃあ、今夜は晩ご飯抜きなの?」
お嬢様がショックを受けているかと思ったら、そんなしょうもない賭けをしていたのか。
どうせ勝負するなら、もっと人生賭けろよ。
負けた方が裸で逆立ちして街中を一周するとかさ。
「よし、これではっきりしたよな。お嬢様には、女の子らしさが決定的に欠落しているんだ。これに懲りたら、今後はもっとお淑やかにするべきだぞ」
そうなれば、平穏が保たれる。
主に俺の。
「――――納得いかないわっ」
よほど悔しいのだろう。
涙ぐんで顔を真っ赤にしたお嬢様が抗議してきた。
さすがお嬢様、諦めが悪い。
「俺は虚偽申告なんてしていないぞ?」
「そ、それはそうかもしれないけど、でも旅人さんは以前に言ったじゃないっ。若い女性の方が好きだってっ!」
あー、確かに言った記憶がある。
お嬢様と雑談し始めた頃、うっかり愛人の存在を漏らした時だったかな。
よくそんな昔の話を覚えているものだ。
「それは揺るぎない事実だから仕方ない。女性にとって、若さは最大の武器なのだよ」
俺は胸を張って答えた。
メイドさんの周囲の温度が下がった気がするが、自分に嘘はつけない。
「それなら、旅人さんはどうして若い私を選ばなかったの? 5年も経ったら、エレレなんて30歳を超えちゃうのよ? もうおばさんなのよ?」
「――――」
「ぐぎゃーーーっ」
メイドさんから制裁されたお嬢様が絶叫している。
どつき漫才は余所でやってくれ。
「……ね、ねえ、どうしてなの、旅人さん? どうして女盛りな22歳の私よりも、曲がり角な30歳エレレを選んだの?」
それでも懲りないお嬢様は、しつこく質問してくる。
これ以上痛い目に遭わないよう一応言葉を選んでいるようだが、大して変わっていない。
「そ、そんなに私のことが嫌いなの……?」
そして最後は、妙に殊勝な表情を作って見上げてくる。
いつもこれくらい大人しかったら可愛く見えなくもないのだが。
「別に好きとか嫌いとかの話ではない」
「だったら、どうして?」
「先ほども言ったように、以前の俺なら年齢を第一に女性を選んでいただろう」
「…………」
「だけど、今は違う。今の俺にとって、年齢なんて取るに足らない問題でしかない。年齢で人を判断するのは愚の骨頂なのさ」
そう、俺は成長したのである。
人は常に進化する生き物。
もう以前のままの青臭いグリンさんではないのだ。
緑だけにな。
「す、すごいわっ。あの旅人さんがまともなことを言っているわっ」
「グリン様の度量の大きさには感服するばかりです」
よせやい、照れちゃうだろうが。
「でも、女を若さでしか判断できなかった旅人さんが、どうやって心を入れ替えたの?」
「価値観ってヤツは、きっかけさえあれば案外簡単に変わるものなのさ」
「そのきっかけとは……?」
お嬢様とメイドさんが、ごくりと唾を飲み込んでこちらを見てくる。
そうかそうか。
そんなに俺の秘密を知りたいのか。
よかろう、まだ誰にも話していないトップシークレットなのだが、とくと聞くがいいっ。
「そのきっかけとは、これだっ!」
俺は、高らかに宣言しながら、ソレを掲げた。
「……えっ、それは何なの?」
「……もしかしてそれは、アイテム、でしょうか?」
「――――そう、これこそは全人類の夢と呼んでも差し支えない幻の秘薬。『若返り薬』だっ!!」
「…………」
「…………」
「若返り薬を手に入れた俺にとって、もはや年齢なんて問題じゃない。これさえ使えば、どんな世代の女性でも十代のお肌ピチピチな少女に変身できるからなっ」
「…………」
「…………」
「つまり俺にとっては、この世の全ての女性がうら若き少女であるのだっ。まさにパラダイスっ。エリシオンはこの地にあったのだっ!!」
「…………」
「…………」
おや?
若返り薬という世紀の大発見を発表しているのに、反応が薄い。
二人とも微妙な表情をしているぞ。
この薬を手に入れるためには、この俺でも苦労したのに。
「…………お嬢様、いかがでしょうか?」
「残念なことに、そして信じられないことに、旅人さんの話は全て本当みたいよ、エレレ」
「そうですか……。若返りの秘薬、ですか…………」
「ええ、そんなとんでもない薬が本当に存在するなんて大問題なのだけど、恐ろしいことに、問題はそこじゃないのよね……」
お嬢様とメイドさんが、俺を無視して秘密の話をし始めた。
密談とはいっても、これ見よがしに俺の目の前でやってるのでまる聞こえなのだが。
「ねえエレレ、最近少し進歩があったと思っていたのだけど、大間違いだったわね。むしろ、退化している気がするわ」
「非常に残念ですが、同意見です。お嬢様」
「この調子だと、やっぱり私達が死ぬ気で頑張らないと駄目みたいね」
「女性側に頑張る必要があるのは同意見ですが、お嬢様の手を煩わせるまでもありません。全てワタシにお任せください」
「あら、大きく出たじゃない。でも、私も引き下がるつもりはないわよ」
「では、お互い死力を尽くしましょう」
いつの間にか話がまとまったようで、お嬢様とメイドさんは神妙な表情で向かい合って頷いた。
よく分からんが、仲直りしたようだ。
きっと俺の説得が心に響いたのだろう。
一日一善。
あー、今日も良いことしたなー。
「仲直りできたようで良かったが、一応うら若き乙女としてもっと女子力を鍛えるべきだと思うぞ、お二人さん?」
「――――ええ、私達も頑張るから、旅人さんも早くまともになってよね?」
「――――お願いします、グリン様」
最後は何故か、俺の方がお願いされてしまった。
女子力が低いと、繊細な男心が理解できないらしい。
俺を見習って、異性に対して細やかな気遣いができる立派なレディーへと成長してほしいものである。
▼あとがき
書籍版(ヒーロー文庫)の3巻が明日に発売です。
「二度あることは三度ある」が証明された瞬間であります。
今回はなんと、ヌードシーンのイラストが2箇所もありますよっ!