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ブロンド・シスターのハニートラップ 2/2




「……ふう、年甲斐もなくハッスルしてしまったようだ」

「ふふっ、わたくしもでございます」


 最後にお菓子を配って、突発的なミニイベントはお開きとなった。 

 少女達には甘いお菓子を、少年達には激辛お菓子を渡しておいた。

 これで好印象を残せただろうから、次に来た時も歓迎してくれるだろう。

 ただし、少年はどうでもいい。


「さすがは主様。芸達者でございますね」

「シスターだって、凄く運動神経が良いんだな」


「自然現象を追って走り回っていたら、自然とこうなったのです」

「ははっ、シスターらしいよ」


 ハナタレ小僧は余計だったが、子供達のお蔭でシスターとの会話を繋ぐことができた。

 地震の時に手伝ったためか、シスターは俺の全てを肯定しようとするので話しづらい。

 そういうところは、メイドさんと似ているかもしれない。

 反対に、打てば響くお嬢様とは会話しやすい。

 その内容が面倒事に繋がる場合が多いから、なるべく話したくないのだが。



「……さて、いい加減日が暮れてきたし、俺はお暇するよ」

「ああっ、そんなご無体なっ」


 ちょうど間が空いたので別れ話を切り出したら、ガシッと組み付かれてしまった。

 運動神経が良いだけあって、素早くて迷いがない。


「いや、でも、ほら、いつまでもシスターの仕事を邪魔するのも悪いし。運動してお腹も減ってきたし、な?」

「それでしたら、是非ともわたくしどもの神殿にお寄りくださいましっ。教団には料理が得意な者もおりますから、きっとご満足いただけると思いますっ」


「いや、でも、ほら、いきなりお邪魔するのもどうかと……」

「大丈夫でございますっ。問題ございませんっ。むしろ僥倖でございますからっ」


 けっこう腕力もあるシスターに引きずられ、神殿の中へと入っていく。

 料理が得意って言葉には惹かれるところがあるし、若い女性からの熱心なお誘いを断るのもどうかと思った次第。

 これだけ立派な神殿なら、本当に美味い飯が出てきそうだしな。


 せっかくだから、シスターのお言葉に甘えよう。




 ◇ ◇ ◇




「――――」


 甘かったのは、俺の考えだった。


「旅人様、わたくしどもの料理はお口に合いましたでしょうか?」

「はい、けっこうなお点前で……」


 シスター・セシエルの言葉に、嘘はなかった。

 ちゃんと食事を用意してくれ、この世界にしては及第点以上の内容だった。

 災害を知らせるため世界各地を回っているそうだから、そこで知った料理の知識を活かしているのだという。

 地域特産物の酒も用意されているところもポイントが高い。

 仕事目的の出張ついでに現地を楽しむのも大事だ。

 社会人として、郷土料理を食べたりお土産を買ったりして地域に貢献するべし。


 そう、料理と酒だけなら、何の問題もなかったのだが……。


「それはようございました」


 食卓を囲むのは、俺とセシエル嬢だけではなかった。

 彼女は俺の隣に座っているが、対面の席では立派な祭服を着た老婦人が笑っている。

 その横にも同じように、キッチリと身だしなみを整えた者達が陣取っている。

 食事の前に聞かされた紹介では、自然崇拝教の総裁様と幹部達らしい。

 知人のセシエル嬢は幹部だと聞いていたし、忘れたわけでもなかったのだが。


「どうしてこうなった……」


 その幹部会に混ざって食事するのは想定外すぎる。

 いくらセシエル嬢が幹部とはいえ、個人的なただの知り合いだし、教団とは何ら関係ないはずなのに。

 不幸中の幸いというべきか、一応好意的な様子なのが救いである。


「「「…………」」」


 総裁をはじめ幹部の多くは女性だ。

 権力に興味が無さそうなセシエル嬢が幹部であることを考えるに、予知スキルの有無が重要である可能性が高い。

 そうなると、水の巫女もそうだから、予知系のスキルは女性の方に発現しやすいのだろう。

 卑弥呼や伊予など、日本でも霊能力は女性の方が優れていた気がするし。

 ああ、でも、漫画や映画で大活躍の安倍晴明は男だし。

 そもそも、予知スキルと霊能者とは似て非なるものだろうか?


「旅人様、どうかなさいましたか?」

「……いや、少し考え事をしていただけだよ」


 いかんいかん、食事中なのに手が止まっていたようだ。

 教団の方々に不快な思いをさせると、超常的なスキルで呪われそうだから気をつけねば。


「ご遠慮なさらず、どんどんお食べください」

「あっ、はい、大変美味しくいただいておりますです、はい……」


 自然崇拝教の総裁様が、自分はろくに食べずにやたらと勧めてくる。

 こうして正面から対峙すると、総裁キラー歴のある俺としては後ろめたさを感じてしまう。

 でも視線を横にずらしても、総裁と似たような表情をする幹部達が並んでいる。

 ニコニコと笑顔で接してくる集団に囲まれて実感する。

 これって絶対裏があるぞ。



「――――ところで、同志セシエルから聞いたのですが」


 食事が終わり一段落したところで、総裁様が口を開いた。

 どうやら、ここからが本番らしい。


「貴方様はとても自然現象にお詳しいそうですね?」

「……特に調べた訳ではないので、そう言われると語弊がありそうですが、俺の地元では災害が多かったので多少の知識はあるかもしれません」


「ご謙遜を。貴方様から助言いただいた地揺れについて、恥ずかしながら私ども教団は誰一人として知識に無かったのですから」

「海を渡った小さな島国だったので、偶々地震が多かっただけですよ」


「私どもが日々追っている自然現象は、その地域によって千差万別です。ともすれば先日のように、その地域の住民でさえ知識に無いような事態が発生しています」

「それが一番の問題でしょうね。自然災害に限った話ではありませんが、災禍の最も厄介なところは本人が実際に体感しないと本当の恐ろしさに気づけないこと。知らないが故に被害が増大してしまう悲劇なんて救われようがありませんから」


「……そのような見方をされるとは、やはり広い知識をお持ちだとお見受けします。自然崇拝教が世間に認知されてきた今、私どもが解決すべき喫緊の課題が、まさにそれなのです。そこで各地を旅し自然現象にお詳しい貴方様に、私どもがまだ掴めていない現象について是非ともご教授いただければ、と思う次第です」


 ようやく相手の意図が読めてきた。

 さすが聖母の化身シスター・セシエルが勤める教団だけあって、仕事熱心である。

 世界の平和を祈るだけでなく、糾弾を恐れず積極的に行動する。

 これが本来の宗教のあるべき姿かもしれない。


「そういった話であれば、是非もありません。既知の災害も多いでしょうが、俺が知る限りの話をしましょう」


 良い子ぶるつもりはないが、彼女達が率先して各地の災害を食い止めてくれれば、これから旅するかもしれない土地が破壊されずに済む。

 まだ見ぬ異世界の特上料理が災害のせいで食べられなくなったら困るからな。


 よってこれは、先行投資に等しい。

 俺は、己の道楽のためには妥協しない男なのだ。




「――――驚きました。私どもの知識に無い自然現象がまだこれほどあるとは思っていませんでした」


 食後の講習会を終えた後、自然崇拝教の総裁様はそう言った。


「絵を交えたご説明は、実に素晴らしいものでした」


 言葉では伝わりにくい箇所は、画用紙に色鉛筆で描いた再現図を元に説明した。

 さながら紙芝居劇場だっただろう。

 そんな視覚的工夫もあって、色々な災害を上手く伝えることができたようだ。

 総裁をはじめとした観客の満足した顔が窺える。

 セシエル嬢なんて涙を流して感動しているし。


「まさか、星が落ちてくるような自然現象まであろうとは…………。やはり神々の御業であらせられる自然現象は、私ども人類の想像を遙かに超えていらっしゃる」


 規模が最も大きい災害についても聞かれたので、ついついメテオインパクトだと答えてしまった。

 宇宙から隕石が落ちてくる現象を災害と呼んでいいのか不明だが、地球そのものを破壊しうる最大級の脅威には違いないだろう。

 この世界には魔法があるものの、小惑星を爆破できるような石油採掘のスペシャリストや、サイボーグじーちゃんは居ないから、メテオの到来を予知できてもどうしようもない。

 俺が生きているうちに、そんな事態が起きないことを祈る。


「ありがとうございます。大変勉強になりました。これからの教団の活動に役立たせていただきます」

「……ええ、ご活躍をお祈りしております」


 実際に俺が体験した災害は少なく、大半が漫画やテレビから得た上辺だけの知識なので、あまり当てにされても困る。

 俺の隣ではセシエル嬢がうんうんと頷きながら、我が子が褒められたように満足げな顔をしているから居心地が悪い。

 これで食事と雑談が終わったので、そろそろ帰っていいですか?


「やはり貴方様は、自然崇拝教に必要な人材のようです。……どうでしょう、幹部の席を用意しますので、私どもと一緒に神々なる自然との調和にご尽力いただけませんか?」

「いやいや、俺のような無責任男には荷が重すぎるお話です。ですから、謹んでお断りします」


 異世界に来て「NO」と言える日本人に進化した俺は、きっぱりと断った。

 話の流れから勧誘されるかも、と思っていたのでドンピシャである。

 これが、本日の本題だったのだ。

 美味しい料理をご馳走し、酒を飲ませてほろ酔い気分にさせ、べた褒めして調子に乗らせた後で、このお誘い。

 俺は場に流れやすいので、事前に心の準備ができていなかったら危なかったぞ。


「そうですか……。とても残念ですが、仕方ありませんね」


 老婦人は少しだけ寂しそうに笑ったものの、それ以上は追及してこなかった。

 無理強いしないのが宗教の原則であるとよく分かっていらっしゃる。

 隣の席で残念そうな顔を隠そうとしないセシエル嬢は見習うべきであろう。



「――――ところで話は変わりますが、同志セシエルを補佐している黒猫は、貴方様が魔法で作られたそうですが?」


 よしよし、勧誘話は無事に回避できたようだ。


「あの使い魔は確かに俺がプレゼントしたものですが、元は旅先で偶々手に入れたアイテムですよ」

「そうだったのですか。かようなアイテムまであるとは思いませんでした。熟練の冒険者に匹敵する戦闘力だけでなく、緊急時には馬のような乗り物にまで姿を変える変幻自在な意志を持つ魔道具。同志セシエルの指示のもと、大変重宝しております」


「災害の回避や復旧には、大変な労力を伴いますからね。お力になれたようで幸いです」


 セシエル嬢専用として渡した、付与紙で創った使い魔は無駄ではなかったようだ。

 付与魔法の使い手ミシルと俺との合作特注品だから、どこか余所の場所で偶然見つけた品ってことにしておいた方が良さそうだ。

 魔物がドロップするアイテムは多種多様だから、どれほど珍しくても完全には否定できないだろうし。

 製作者が特定されなければ、それでいい。

 アイテムといえば、少し気になっていた点があるのでついでに聞いてみよう。


「しかし、今更の話かもしれませんが、神を敬う教団の方々が神と敵対する魔族から得られるアイテムを使っても問題ないのですか?」

「疑問に思われたように、神への反逆としてアイテムの使用を禁じている教団はあります。ですが私ども自然崇拝教はこの世の全ての自然現象を神として崇めており、そして魔法より生まれたとされる魔族は生物よりも現象に近い、と考えております」


 自然崇拝教は、日本の八百万神に通じるだけあって懐が広いというか、全てを受け入れる余裕を持っている。

 今は有名になったようだが、金が無い時代からその思想を貫き通してきたのは本当に凄いと思う。

 宗教が苦手な俺が、自然崇拝教を嫌いになれない理由がそれだ。

 

「……世界の全てが神の意志に準ずるのなら、そうなるのかもしれませんね」


 もしも本当に、魔族が自然現象の一つだとしたら。

 奴らが発現した原因は、何だろうか。

 地震、津波、台風といった災害は全て、地面が、海が、空があってこそ。

 人類が恵みを受ける土台があるが故の歪み。

 ……だとしたら、魔族は何から生じた歪みなのだろうか?


「人類と魔族との力の差は、まさに回避することしかできない自然現象そのままでしょう。アイテムとは、弱き者を一助する神からの思し召しなのでしょう」

「恵みを与えるのも絶望を与えるのも神、ですか……。万物に平等である神らしい行いですね」


「……やはり貴方様は、自然崇拝教の教義に近しい考えをお持ちのようです。同志になれないのが本当に残念です」

「…………」


「困らせてしまい、申し訳ございませんでした。立場は違えど、自然と調和を図ろうとする気持ちは変わりません。機会がありましたら、またご助言をいただいてもよろしいでしょうか?」

「……今回お話しした以上はもう無いかと思いますが、この程度であれば、はい」


 今後は教団に近づかないようにすればいいし、セシエル嬢以外に連絡手段はないから、このくらい頷いておいても問題ないだろう。


「ありがとうございます。――――それでは、早速で申し訳ないのですが、先ほどの話に出た使い魔を作れるというアイテムをもう幾つか融通していただけないでしょうか? 同志セシエルの使い魔には大変助けられておりますが、広い地域に対応するにはどうしても数が足りません。そこで彼女以外の予知能力を持つ者にも持たせておきたいのです。もちろん、対価はお支払いします」


 総裁の表情に、変化は見られない。

 だが、周りの幹部達は明らかに目の色を変えていた。


 ……なるほど、これが本当の目的だったのか。

 最初は無理なお願いをして敢えて断らせておき、胸の内に罪悪感を抱かせ、その後に比較的簡単なお願いをして譲歩を引き出す手法。

 しかも、つい先ほど協力すると約束してしまった手前、二度連続では断りづらい場が形成されている。

 きっと、こういう相手に老獪という言葉を使うのだろう。

 俺のような中途半端な中年が敵う相手ではなかったのだ。

 巧みな話術には、素直に称賛せざるを得ない。


「……分かりました。知り合いの商人に相談してみましょう。ただ、希少なアイテムだと聞いているので、おそらく一つか二つが限界かと思いますが」

「引き受けていただけますかっ」


 総裁の喜ぶ声に同調するように、幹部勢が腰を浮かす。

 椅子取りゲームのように空いている席が少ないから当然だ。

 推測になるが、今までの反応を見るに幹部の中でも優劣や競争意識が存在しており、今現在は使い魔を持つセシエル嬢が一歩抜きん出ているのだろう。

 自分の命令通りに動く有能な使い魔を持つことは、大きなステイタスとなる。

 俺の隣でニコニコしているセシエル嬢には出世欲が無さそうだが、宗教とはいえ社会の構造に迎合した歯車の一つ。

 上下関係はあって然るべき。

 

 災害防止は俺の良好な道楽探しにも繋がるから、過剰にならぬ範囲で協力しておきたい。

 しかし、そう思うのは、全てセシエル嬢があってこそ。

 純粋に人助けのために奔走する彼女を権力争いなんぞに巻き込みたくない。

 とはいえ、彼女に使い魔を渡した時点で手遅れっぽい気がする。

 ならばせめて、彼女が自由に動ける場だけは残しておきたい。


「ただし、アイテムを譲渡するにあたり、三つの条件があります」

「はい。何なりとおっしゃってください」


「ぶっちゃけた話、俺は組織に関わるのが苦手です。この場でこうしているのもセシエル嬢という知人が居るからに過ぎません。ですから、追加の使い魔達もセシエル嬢の管理としてください」 

「……同志セシエルの友人として当然の配慮でしょう。私どもに反対する理由はございません。ですが、同志セシエルの許可を得れば貸し出し可能と考えてよろしいのですよね?」


「もちろんです。一箇所に固まってしまっては複数の意味がないので」


 あくまでセシエル嬢が最優先であれば問題ない。


「ありがとうございます。それで、残りの二つの条件とは?」

「二つめは、セシエル嬢についてです。あの地震が発生した街は、彼女が駆けつけたからこそ助かりました。そんな彼女をこれまで通り自由にさせてほしいのです」


「ええ、それについては重々承知しております。同志セシエルの魅力はどのような自然現象にも立ち向かう強い心ですから」


 よかった。

 組織の長だけあってよく分かっていらっしゃる。

 一つめのセシエル嬢だけを贔屓する話も普通に受け入れていたし、何というか落としどころを完璧に理解している感じがするな。

 最後まで相手が一枚上手だったようだ。


「それでは、最後の一つの条件は何でしょうか?」

「ええと、そう、です、ね…………」


 しまった、条件はこの二つだけでよかったのに、三の字信者なのでついつい三つと言ってしまっていた。

 今更二つに訂正するのも格好つかないし、どうしよっかなー。 

 困ったので正面から目を逸らすと、隣の席でご機嫌にしているセシエル嬢と目が合う。

 意味もなく頷くと、彼女も頷き返してくれる。

 何も通じていない以心伝心である。


「……やはり、そのような事情でしたか。大変喜ばしいことです。来る日まで、同志セシエルの清らかな身の上は必ず守り通すとお約束しましょう」

「はあ、その、お願いします?」


 以心伝心は総裁にまで広がっていたようで、当然のように納得していたから、俺も思わず頷いてしまった。

 よく分からんが、セシエル嬢の安全に配慮してくれるみたいだから、三つめの条件はそれでいいか。

 他に考えつかないから、ちょうどいいだろう。




 こうして、今や有名となった自然崇拝教と、通りすがりの無名なおっさんとの会合は終了した。


 直接的な益は無いかもしれないが、長期的に見れば悪くない取引だっただろう。

 できる大人の取引とは、目先だけに捕らわれてはいけないのだ。


「旅人様。本日は色々とお気遣いいただきありがとうございました」

「いやいや、ご馳走になったのは俺の方だから、こちらこそありがとう、シスター」


「今度はわたくしの方から、通信アイテムでご連絡してもよろしいでしょうか?」

「……うん、その、災害発生の報告ついでに、気が向いたら連絡してくれ。俺も気が向いたら応対するから」


「はいっ、ありがとうございますっ!」


 久しぶりにお偉いさんと話して疲れたが、益々ご健勝なセシエル嬢が確認できたので良しとしよう。

 神に仕え、無償で人々に尽くす役目を疑うことなく突き進むことができる彼女には、不幸になってほしくない。

 人の最大の敵は悪魔や神ではなく、やはり人なのだから、組織の中では不自由を強いられる場面も多いだろう。

 付与紙で創った使い魔達が、災害からだけでなく、彼女の私生活も守ってくれるといいのだが。  



 ……別れ際、総裁様が普通の老婦人のような顔をして近づいてきて。


「そうそう、言い忘れておりましたが、自然崇拝教は結婚もかくあるべき自然な現象だと考えております。ですから、誰と誰が結ばれようと一切反対しませんのでご安心ください」


 そう言ってきたのだが、その教義の意味するところが理解できなかったので、適当に頷いておいた。

 隣で何故かセシエル嬢が喜んでいたが、毎度のことなので気にしまい。


「是非ともまたお寄りください」との社交辞令に、「機会があれば遠慮無く」と返しながら、円満なお別れとなった。

 大人の付き合いは面倒だが、こうした形式美は嫌いではない。

 恩を売っておけば、何かあった時に隠れ蓑程度にはなるだろうし。

 あちらさんも少し災害に詳しくて便利なアイテムを持っている程度のおっさんと認識しているだろうし。


 積極的に関わる予定はないが、適度な距離を保ってお互い利用し合う関係なら悪くないだろうさ。




 ◇ ◇ ◇




 ……同日、深夜。

 自然崇拝教の会議室には、総裁と一人を除く幹部全員が集まっていた。


 その一人とは、シスター・セシエル。

 故意に呼ばれなかった訳ではない。

 彼女は毎晩、床に就くのが早く、睡眠を多く取るようにしている。

 いつなんどき起こるやもしれない災害に備えて体力を蓄えているのだ。

 本日は偶々、それで都合が良かった、だけ。


「総裁様。本当にあの方が件の人物で間違いないのでしょうか?」

「ええ、間違いないでしょう」


「し、しかし、とても例のアイテム――――『御使い』の主だとは思えませんっ」


 本日ふらりと現れた客人が「旅先で偶々手に入れたアイテム」と説明した代物は、自然崇拝教の中では「御使い」と呼ばれていた。

 自然現象を追い求め世界各地を飛び回る彼らは、アイテムの種類についても熟知している。

 このため、シスター・セシエルを補佐する黒猫の形をしたナニカがマジックアイテムでないと確信していた。


 そもそも、強さや汎用性だけでも規格外なのに、人語を理解し意思を持って行動するソレが無機質なアイテムであろうはずがない。

 神がかった性能を有するため、誰よりも多様な神々を認める自然崇拝教から「神より遣われし御使い」といった名で呼ばれるのも当然であった。


「そのような疑問が出るということは、同志達が思い描いたイメージ像とは違ったようですね」

「それはそうですっ。確かに自然現象に関係した知識は見事なものでしたが、それ以外は至って普通。……いえ、それ以下ですらあります。礼儀はまるっきり庶民のそれ。若い女性には好奇の視線を向けるものの、男性とは目を合わせようともしない。特に同志セシエルを侍らせて当然といった顔をしている。とても御使いの主だと思えるような威厳は感じられませんでしたっ」


「ふふっ……」


 困惑する幹部を諭すように、総裁は笑う。


「あの方の外見上についてはもっともな意見だと思いますが、私の印象としては逆です」

「逆、ですか?」


「自然体であり自由奔放、それなのに泰然としている様は、自然崇拝教が敬う自然現象によく似ています」

「――――っ」


「何よりも、自然現象にしか興味を示さない同志セシエルがあれほど執着を見せる相手です。ただの人であろうはずがありません」

「で、では、やはりあの方こそがっ」


「御使いの主で間違いないでしょう。あの方はそう、人類と自然との中間に位置するような存在…………。もしかするとあの方こそが真の御使いかもしれません」


 自然崇拝教の総裁であり、自らも予知スキルを持つ老婆の言葉は重い。

 幹部にとっては最も神に近しき相手からそう説かれては納得するしかない。


「私どもの予知スキルに、あの方から授かる御使いのサポートが加われば、自然崇拝教は盤石となるでしょう」

「……ですが、御使いの全てが同志セシエル一人に集中してしまうのは如何なものかと」


「こればかりは、どうしようもありません。今日対面したばかりの私どもに信頼が足りないのは当然ですし、今後も二人の間に割って入るのは不可能でしょう」

「そ、それはっ……」


「そこで本題となります。本日を以て同志セシエルを最高幹部とします」

「…………」


 総裁の決定に、幹部達の胸の内は複雑だ。

 従来の高い予知能力に加え、格別の力を持つ御使いを三体も保有するのだから、昇進して当たり前。

 といった納得する気持ちもあるが、同僚と差がついてしまって焦る気持ちも隠しきれない。


「ふふっ、同志セシエルについては、もはや別格として扱う他ありません。……とはいえ、彼女は元から幹部である自覚がなく、私の後継になるつもりもないのでしょう。常に最前線で自然現象と向き合う彼女にとって、地位など自由に動くための手段でしかないのです」


 そんなセシエルを最高幹部とするのは、隔離する意味合いが強い。

 あえて高い位置に置くことで、余計な権力争いに巻き込まれないための特別措置。   

 ……同時に、どれほど大きな力を持ったとしても、総裁の地位には座らせないという明確な意思表示でもあった。


「――――自然現象に関する深遠な知識の持ち主。多彩な能力を有する御使いの主。そして、世界の君主たる神から遣わされた真の御使いであるのかもしれないあの方との関係は大切にしなくてはなりません。そのためにもまずは、花嫁候補である同志セシエルに最大の配慮を……」

「――――」


「全ては、自然と調和を図り、人々の生活を守るために」

「「「はいっ」」」






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――






 後日、付与紙で創った使い魔を二体送ったところ、連絡用アイテムを使ってセシエル嬢からお礼の言葉が届いた。


 どちらかというと、オマケで入れておいたお菓子の方を喜んでいたようだが、平和で何より。

 雑談の中で彼女は、「何故か最高幹部に任命された」と言っていた。

 世間一般として出世はめでたいことだが、大きな責任を負わされるくらいなら安月給の方がマシだと思う俺には関係ない話である。


 シスターの良さはフットワークの軽さだから、権力を与えて動きやすくする狙いかもしれない。

 老獪な総裁様だから、色々と考えているのだろう。


 ともかく、シスター・セシエルをはじめとした自然崇拝教の皆様方には頑張ってほしい。


 全ては、俺の道楽を守るために。




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