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お嬢様とメイドの奮闘記⑫/興味と好意




「それでねそれでね――――」

「…………」


「次はね次はね――――」

「…………」


 矢継ぎ早に繰り広げられるお嬢様からの質問。

 すっかり慣れてしまった俺は、嘘だとバレない範囲でおざなりに答える。


 今夜は、動く人形売り関係者による月末の定例会。

 その実、誰かさん達の乱入で、ただの雑談会と成り下がってしまった食事の最中。


 メンバーはいつものように、関係者であるコルトとミシル、無関係者であるお嬢様とメイドさん、加えて食事係のリリちゃん。

 地球産の料理に舌鼓を打ちながら、お嬢様からの質問にも適当に相槌を打っている。


「……お嬢様、ぶしつけに質問してばかりでは、お優しいグリン様も困ってしまいますよ?」


 いつも以上に口が回るお嬢様を、口を尖らせたメイドさんが注意してくれる。

 その調子でもっと叱ってくれ。

 コルトとミシルは権力者に気を使って強く言えないから、お目付役であるメイドさんに頑張ってもらうしかない。


「どうして止めようとするのよ、エレレ。お食事会でお話ししないでどうするのよ?」

「会話ではなく、お嬢様が一方的に聞いているのが問題なのです」


 同意。圧倒的同意。


「グリン様に興味を持つのは仕方ないと思いますが」


 残念。それは同意できない。


「お嬢様、どれほど興味を引かれる相手でも、あまりに露骨に接しては淑女と言えませんよ」

「駄目ねぇ、エレレは。そんな奥手な考え方だから、いつまで経っても恋人ができないのよ」


 むかつく顔と口調で反論するお嬢様。

 メイドさんは殴ってもいいと思うぞ。


「いい、ちゃんと聞きなさいよエレレ。異性に対して質問するのはね、『あなたに好意を持っています』っていう隠れたアプローチなのよ?」

「はっ!?」


 本人の目の前で説明されても、全然隠れてないのだが。

 メイドさんも、はっとした表情で感心しないでくれ。


「誰かに興味を持つってのは好意の表れだから、自分から聞くだけじゃなくて、相手からも質問されるようにならないといけないわ」

「な、なるほど……」


「ほら、よーく思い出してみなさい。私とエレレが、これまで旅人さんに質問されたことってある?」

「…………あり、ませんっ」


 対局で負けた女流棋士のように、項垂れて否定するメイドさん。

 俺が言うのも何だが、そんなに落ち込まなくても。


「そもそも、これだけの美女が集まっているのに、ろくに目も合わせずにご飯ばかり食べている旅人さんが一番悪いのよ。前々から思っていたのだけど、旅人さんは誰に対しても興味を持たなすぎだわっ!」


 ははっ、そんなわけなかろうて。

 そりゃあ、好奇心の権化であるお嬢様と比べたら些細なものかもしれないが、人並みにアンテナ立てているつもりだぞ。

 たとえばこうして、中年男のファッションリーダーを目指し機能美に溢れる作業着を着こなしているだろう?


「その絶望的なまでの自覚のなさが一番の問題なのよね」


 阿呆の子を諭すようなお嬢様の顔がむかつく。

 ホールケーキをぶつけたい。


「いい機会だから、これから私が証明してみせるわ。この中に、旅人さんからプライベートな質問をされた人がはたして居るのかしら?」


 調子に乗ったお嬢様が魔女裁判を始める。

 だが、これは俺の冤罪を客観的に晴らすチャンス。

 きっと、お嬢様を除くみんなが俺の味方をしてくれるはずだ。


「あんちゃんからは、オレの仕事について聞かれたことはあるけど、他は無いかなぁ」


 まずは、コルトの証言。


「わわわたしもっ、人形作りのことしか、きき聞かれていませんっ」


 次は、ミシル。


「ご主人様からは、どんなメイド服を着たいかと尋ねられましたが、それ以外は記憶にありませんね」

 

 三人目は、リリちゃん。


「…………」


 項垂れたままのメイドさんは、さっき証言したからパス。


「私なんて、個人的なことはもちろん、仕事についても一切聞かれていないわっ!!」


 最後の証言者は、お嬢様。

 それは証言というよりも、死刑宣告に近かった。

 というか、お嬢様は仕事していないだろうが。 


「――――」


 五人の女性から、責めるような十の瞳を向けられ、冷や汗が流れる。

 俺って、そんなに質問していなかったのか?

 なるべく関わりたくないお嬢様やメイドさんはともかく、コルトやミシルにはちゃんと異性的な興味もあるから、それなりに聞いたり聞かれたりしていると思っていたのだが。

 もしかして、サラリーマン時代に鳴らしたスキルが勝手に発動し、無難な世間話しかしていなかったのかもしれない。


「…………」


 そう言われてみれば確かに、ここに居ないネネ姉妹などを含めた知り合いのプライベートな情報は、ほとんど知らない気がする。

 それは、つまり、聞いたことがないから。

 最高ランクの鑑定アイテムを使っても、詳細な個人情報までは見えない。


 そっか……。

 俺はこんな男だったのか…………。


「……お嬢様。誰しもが大人になると、相手の事情を考えて無闇に尋ねることができなくなるのです。ですから、グリン様の寡黙さは立派な大人の表れなのです」


 メイドさんが震える声でフォローしてくれる。

 まるで自分に言い聞かせているような痛々しさを感じるが、その考え自体は間違っていないと思う。


 人との対話は、とても難しい。

 相手に十分配慮しているつもりでも、どこに爆弾が隠れているか分からないからだ。

 以前、会社の同僚の女性と二人っきりになった時、所在なさに一般的な質問を投げかけたことがあった。

 その結果、彼女の両親が既に亡くなっていると、知ってしまった。

 俺は、その時、何も言えなかった。

「込み入った事を聞いてゴメン」と謝るのも違う気がしたし、「大変だったね」と慰めるのも烏滸がましいと思ったからだ。

 ……いや、仮に適切な言葉があったとしても、口にはできなかっただろう。

 あの時ほど、自分の不甲斐なさを実感した経験はない。


 以来、俺は相手への質問を選別するようになった。

 そうするうちに、おのずと口にする数が絞られ、無難な最低限の質問だけが残った。

 今の今まで特に気にしていなかったし、今もそれで十分だと思うが。

 余裕が足りないからだと言われれば、確かにそうかもしれない。


「…………」

「あら、エレレはともかく、何で旅人さんまで落ち込んじゃうのよ。旅人さんは加害者の立場だから、いつも通りふてぶてしくするべきでしょう?」


 真面目に反省する俺に対して、お嬢様が追い打ちをかけてくる。

 死体蹴りは止めてほしいと切に願う。


「誰にだって間違いはあるわ。でも大切なのは、それを悔やんでばかりではなく改善しようと頑張ることなのよっ」

「……お嬢様、それには同意しますが、具体的にどうしたらいいのでしょうか?」


「そうね、過ちに気づいたからって自ら改善するのは難しいから、ここは一つ強制的に正していきましょう」

「強制的、ですか?」


「そうよっ、せっかくこうして大勢が集まっているのだから、一人ずつ質問していきましょうよ!」


 おい待て。

 それはもしかして、集団お見合い的なノリではなかろうか。

 結婚アンチな俺は当然お見合いなんて経験ないから、ハードルが高いぞ。


「そんなに気を張る必要はないわよ。誰か一人に対してではなく、みんなに質問する形式にすれば大丈夫よ」

 

 ふむ、それならどうにかなるかも。

 お見合いクラッシャーなお嬢様のくせに中々まともな提案をするではないか。


「はいっ、それじゃあ開始ね。まずは旅人さんからの質問よ」


 そこはもっと気を使えよ。

 俺の順番は三番目くらいにするべきだろうが。


「…………」


 くそっ、急に言われても思いつかない。

 俺はアドリブが苦手なのだ。

 お見合い、そう、お見合いといえば――――「ご趣味は」、とか?


「「「…………」」」


 定番の質問なのに、微妙な空気が流れる。

 何だよ、俺が悪いのかよ?

 これはもう、いじめだよな。


「今日は最初だから仕方ないわね。次回からはもっと気の利いた質問を考えておいてよね、旅人さん?」


 お嬢様がやれやれと首を振りながら駄目出ししてくる。

 もしかして、毎回やるつもりなのか?


 ……いいだろう。

 だったらお望み通り、次回からはもっとアグレッシブに攻めてやるっ。

 セクシャルでハラスメントな質問をバンバンするから覚悟しておけよっ!



「さあ、質問は質問だから、みんなで答えていきましょう」


 仕切り屋のお嬢様が話を進める。

 とにかく今回は、質問として認められたようだ。

 ふー、セフセフ。

 

「まずは私から答えるわね。特に趣味だと断言できるようなものは無いけど、敢えて言えば旅人さんについて知ることかしらね」


 うん、知ってた。


「ワタシも趣味と言うほどではありませんが、甘味を少々嗜みます」


 次は、メイドさんの答え。

 これも知ってた。

 茶道みたいに格式高く聞こえるが、ただの甘党だよな?


「わわわたしには趣味なんて無いけど、その、にに人形づくり、でしょうか?」


 三人目は、ミシル。

 何故か疑問形。


「オレも趣味なんてねーよ。似たようなヤツなら、お金を稼ぐことかなぁ」


 コルコルの回答。

 それはただ真面目に働いているだけだ。


「わたしも宿の掃除で手一杯ですが、できれば綺麗な大人の女性になりたいですっ」


 最後は、リリちゃん。

 一番まともだが、趣味ではなく女性としての性だろうな。


「「「…………」」」


 ほら、やっぱり失敗した。

 定番の無難な質問のはずなのに、この盛り下がりっぷりよ。

 こんなにワーカーホリックばかりだとは思わなかった。

 答えた本人達も己の無趣味っぷりを自覚して、落ち込んでしまっている。

 あーあ、どうするんだよ、この空気。



 ……その後、一人ずつ質問していったのだが、最後まで沈んだ空気は改善されなかった。


 反省中の俺を合わせて、死屍累々なパーティー。

 誰かに質問するのは難しいと誰もが自覚できたのが唯一の収穫。

 元気なのは、お嬢様だけだろう。

 色々と理由を付けていたが、結局は俺に対して質問できる場を増やした彼女の一人勝ちである。

 

 不満と反省ばかりが残ったが、興味――――好奇心を持つのは、とても大切なのだろう。

 自分自身にも、他人にも、世界そのものにも興味を抱ける者は、きっと余裕がある者。

 だから、何にでも好奇心を持つようにしていけば、余裕が生まれてくるはず。


 今まで厄介とばかりに思っていた好奇心。

 食わず嫌いが多い俺は、好奇心旺盛なお嬢様を見習うべきかもしれないな。



「ところで、個人的にお聞きしたいのですが――――」


 会食が終わり、各々が部屋から退出していく最中、最後にメイドさんが真面目な顔で質問してきた。


「グリン様は、どのような女性がお好みなのでしょうか?」


「……俺に興味を持たない女性、かな?」


 そういうとこやぞ、俺。

▼あとがき

文庫版(ヒーロー文庫)の2巻が本日発売であります。

今回も初回特典で書き下ろしイラストカードが付くそうです。

ご興味がある方は、是非!

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