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漂流物と漂流者 3/3




「……ねえ、旅人さん。海賊って何かしら?」


 暢気なお嬢様が、何故か俺に聞いてくる。

 海に馴染みがないから、海賊も知らないらしい。


「山に出る賊は山賊、空に出る賊は空賊、海に出る賊は海賊。宇宙に出る賊は宇宙海賊コブラ。これが社会の常識だぞ、お嬢様」

「空の上でどうやって賊が出るのかは不思議だけど、何となく分かったわ。その海賊さんは、海を泳いでやってくるの?」


「そういう海賊も居るかもしれんが、船員の大慌てぶりからすると、俺達と同じように船に乗って大勢で近づいてきているんじゃないのか?」

「えっ、それって大変じゃないっ」


 だから、船員さんが慌てているのだよ。


「まさか本当に船が沈むような事態になっちゃうなんて、旅人さんの呪いの儀式は凄いわね」


 俺の所為にするんじゃねえよ。

 タイタニックの呪いというより、死亡フラグの恐ろしさだろうか。

 船だけにな。


「船員さんに状況を確認してくるわっ」

「あっ、オレも行くよ、ソマリお嬢様っ」


 お嬢様とコルトが、海賊船が見えるらしい船の先頭部へ走っていく。

 コルトは不安そうだが、お嬢様は明らかに楽しそうな顔をしていた。

 ほんと、いい性格してるよ。


「……いかがしましょうか、グリン様?」


 メイドさんが、俺を見ている。

 彼女の落ち着きようからは、「どう対処する方が安全だろうか?」ではなく、「いかようにも対処できるけどどう料理しましょうか?」的なニュアンスが感じられる。

 魚料理に夢中な観光客に尋ねられても困るのだが……。


「エレレ嬢は、お嬢様とコルトの子守りをしながら、しばらく海賊船の様子を見ていてくれ」

「承りました」


 俺が役に立たない指示を出すと、メイドさんは疑問にも思わず優雅にスカートを摘まみ上げてからお辞儀してシュタっと走っていった。

 無駄に高い信頼が怖いが、これで邪魔者は居なくなった。


「あの、旦那さま……、その、大丈夫なのでしょうか?」

「か、海賊が乗り込んでくる前に、泳いで逃げた方がいいのでは……」


 料理姉弟が手を止めて、不安そうにしている。

 こらこら、料理に集中しないと駄目じゃないか。


「うーん……」


 そう注意するのは簡単だが、危機的状況で暢気に釣りと調理に勤しめってのも無理がある。

 千里眼アイテムで確かめたところ、略奪を目的とする船が近づいてきているのは間違いない。

 見るからに殺戮と金と女にしか興味がなさそうな者達が乗船している。

 他人の趣味にどうこう言いたくないのだが、もっと視野を広げて平和的な楽しみを模索した方がいいぞ。

 たとえばほら、この魚料理みたいにさ。


 ……そうこう考えているうちに、海賊船はもう目の前まで近づいていた。


「はあ……」


 だいたいさぁ、たった半日コースの船旅で、何で海賊と遭遇するんだよ。

 観光船に乗るような奴らは金持ち揃いだから狙われたのだろうか。

 相手方に相応の理由があったとしても、俺の食い倒れツアーに茶々を入れられては困る。

 どこぞの寿司屋の社長がやったように、他の職業を斡旋したら穏便に済むだろうか。

 でもなぁ、高い船まで持ち出して襲ってくる海賊が理想論で納得するとは思えないしなぁ。

 丸く収めるには、やはり実力行使が一番だろうか。


 寿司屋の社長で思い出したが、ソマリお嬢様がソマリア海岸のように海賊と遭遇するってのも嫌な共通点だよなぁ。

 ……うん、お嬢様の顔を思い浮かべたら、俄然やる気が出てきたぞっ。


「旦那さま……」

「旦那様……」


「心配しなくてもいい、すぐに終わるから。……ところで君達姉弟は魚に詳しいと思うが、アイテムの中に魚の名前が付くものがあるって知っているかな?」

「そ、そうなのですか? わたしは初めて聞きました」

「は、はい。ぼくも知りませんでした」


 姉弟が仲良く首を傾げるのも当然だ。

 そんなアイテムは存在しないのだから。


「ほら、これがそうだよ」


 俺は、懐から存在しないはずのアイテムを取り出す。

 付与紙で創った、オリジナルのアイテムもどきだ。


「わあっ、本当に魚っぽい形をしてますね」

「……いったい、どんな名前なのですか?」


 質問に答える前に、件のアイテムをぽいっと海へ落とす。

 海の中に入ったソレは、水飛沫を立ててある方向へと進み出す。

 向かう方向は、もちろん――――。


「あのアイテムの名前は、『魚雷』だ」


 ドッゴーン!


 答えると同時に、海賊船は派手に爆発して燃え上がり、そして沈んでいく。


「うむ、彼らも最後は母なる海へ還れて満足しているだろう」


 これで心配のタネは消え去った。

 もちろん本物の魚雷ではない。

 付与紙を使って創った、追尾機能を持たせた火魔法。

 魚雷の姿と名前にしたのは、おっさんギャグを言いたかっただけ。


「「――――」」


 釣り人と料理人が絶句しているが、早く正気を取り戻してほしい。

 まだ最後の締めである鍋が完成してないぞ。



「……ちょっとちょっと旅人さんっ、海賊船が勝手に燃えて勝手に沈んじゃったのよ。せっかく面白そうな展開になりそうだったのにっ」


 船員がざわついている中、不謹慎なお嬢様一行が帰ってくる。

 ちらりとメイドさんに視線を向けると、小さく頷いてくれた。

 どうやら上手く気を逸らせたらしく、お嬢様は海賊船が炎上した理由を掴めていないようだ。


「海賊ってのは冗談で、船旅を盛り上げるためのアトラクションだったんじゃないのか?」

「ええーっ、それにしてはみんな大慌てしていたと思うのだけど……」


「海賊船に乗っていたスタッフも手を振っていただろう?」

「あれって、沈没するから助けを求めていたと思うのだけど……」


「観光用の船のスタッフだから、演技にも慣れているんじゃないのか?」

「そんな問題かしら……」


 お嬢様はまだ疑っているようだが、曖昧で推測的な回答をしておけば、好奇心スキルでも真偽判定できないはず。

 後は知らぬ存ぜぬで押し通そう。

 証拠は文字通り海の藻屑と消えたのだから、それでまかり通るだろう。

 完全犯罪の極意は、事件だと認識させないことである。

 

「そんなことより、これからメインディッシュの鍋が始まるぞ」

「……そうね、旅人さんを見ていたらどうでもよくなってきたわ」

「そうですよ、お嬢様。客人であるグリン様にご迷惑を掛けてはいけません」

「そうそう、あんちゃんに聞くだけ無駄だよ」


「うむ、清く正しく逞しく生きていくためには、ありのままの現実を受け入れる潔さが必要なのだよ。さあ、お姉ちゃんと弟君も釣りと調理を再開しておくれ」

「「は、はいっ!」」


 姉弟から若干怖がられている気もするが仕方ない。

 大人の威厳を示すためには、時には恐怖も必要なのだ。


 ……炎の塊となって沈みゆく船は迫力満点である。

 とんだ邪魔者かと思ったが、ラストに花を添える立派なアトラクションになったようだ。

 赤く燃える船を見て楽しみ、鼻孔をくすぐる潮の香りに懐かしさを感じ、鍋料理を食べて腹の虫を満足させる。

 なんだ、結果的だけど、案外良い船旅になったじゃないか。

 物凄く癪だが、ほんの少しはお嬢様に感謝してもいいのかもしれないな。




 ◇ ◇ ◇




 昼過ぎに出発した馬車の中。

 十七歳の少女は憤慨し、二十五歳の成人女性は嘆息し、十歳の少女は疲れて眠っていた。

 そこに、三十六歳の男の姿は無い。


「まったくもう、いくらあの姉弟に料理を教えてほしいと頼まれたからって、一人だけ街に残って遊ぶだなんて団体行動ができない旅人さんには困ったものね」

「グリン様はお菓子をはじめとした料理文化を進化させる使命をお持ちですから致し方ありませんよ、お嬢様」


「そんな大層な使命、誰が決めたのよ、もうっ」

「グリン様の優しさは、今回で知れたはずです」


「……あれを優しいと表現していいのかは、とっても疑問だけどね」


 今回海の街へと赴いたソマリの目的は、書状を届けるため、だけではなかった。

 未だ謎を多く残す旅人の男が、オクサードの街以外でどのような行動を取っているのか調査したかったのだ。

 このため、昨日の夜、男が単独行動している最中にこっそりと後をつけて様子を観察していたのである。


「私の婚約者の浮気現場を押さえようと楽しみにしていたのに、まさかこの街に娼館が無いなんて想定外だわ」

「……いい加減、婚約ネタを引っ張るのはやめてください、お嬢様」


「雰囲気を盛り上げるためだからいいじゃない。……それにしても、行く先々であんなことを繰り返しているのだとしたら、旅人さんが自分で申告していた愛人とやらも怪しいわよね」

「…………」


「旅人さんはあんな調子だから本気で愛人だと思っているのでしょうけど、きっと相手は違うわよね。それこそ、現地妻って表現がぴったり合いそうだわ」

「それは、そうかもしれませんが……」


「エレレはこれからも苦労しそうね」

「こんな時ばかり他人事みたいにするのはいかがかと思いますよ、お嬢様」


 主従コンビは、顔を見合わせて深い溜息を吐いた。

 今回の調査で判明した事実は、薄々感じていた疑惑が明確になっただけ。

 しかも、彼女達にとって得する情報ではない。

 これでは、自分達の首を絞めただけに等しい。


 

「――――でも、現地妻については凶報だけど、それ以上の吉報もあったわね」

「えっ?」


 これまでの茶化した口調から一転し、ニンマリと笑みを深めたソマリに、エレレは驚く。


「今回の旅行で、旅人さんの素性が概ね掴めたわ」

「……それは本当ですか、お嬢様」


「ええ、まずはこれを見て頂戴」


 そう言ってソマリは、バッグの中から透明の小さな切れ端を取り出す。


「お嬢様、それはグリン様に買っていただいた、海岸に流れ着いた様々な品の一つ、ですね」

「一見ただのゴミ切れに思えるけど、実はとっても凄い物よ」


「……透明なのに、ガラスではない。折れ曲がるのに、耐久性もある。このような物体は初めて見ました。これはもしや?」


 エレレが知らないのも当然だ。

 それは、彼女が住む世界ではまだ発見されていない技術で作られた物質。

 地球なる惑星では、プラスチックと呼ばれる代物である。


「そう、これが『漂流物』よ!」


 漂流物。

 本来は海流を漂う物体全てを指し示すのだが、ソマリが使用する単語の意味はもっと限定的だ。

 正確には海だけでなく陸地でも発見される場合があるのだが、大半が海辺で見つかるためそう呼ばれている。

 特徴は、誰がどのような技術と素材を用いて創り出したのか、謎である点。

 ほぼ全てが原型を留めておらず、役に立たない切れ端ばかりなのだが、それでも一部の好事家の間では珍しさという理由だけで注目を集めている。

 それ故、好事家の筆頭であるソマリが見逃すはずもなかった。


「漂流物は、価値が無さそうなゴミ切れでも、出すとこに出せば金貨に化ける希少品よ。露店の店主が価値を知らなくて幸運だったわね」

「……その漂流物と、グリン様に、どのような関係が?」


「漂流物の作り方は誰も知らないから、誰も辿り着けていない大陸の外から流れてきたと考えられているわ。ただの消去法だけど、私達が知らない土地なら、知らない技術や物質があってもおかしくないものね」

「…………」


「だけど、それを立証できる人物は居ないわ。何故なら、大陸の外から物が流れ着くことはあっても、人が流れ着いたことはない。だから、確かめようがないのよ」


 造船技術がまだ未熟なため、現在人類が住んでいる大陸から遠く離れた海の向こう側には未知の島があると言われている。

 今回の船旅で見た小さな離島のように、まだ誰も辿り着けていない大地が隠れていても不思議ではない。


「この大陸よりも発達した技術を持つ外の世界の住民だったら、その人物も不思議な力やアイテムを持っている可能性があるわよね?」

「…………」


「つまり、旅人さんは、海の外から来たのじゃないかしら。言うなれば、『漂流物』ならぬ『漂流者』ってとこね」

「……かなり強引な推測だと思いますが?」


「でも、そう考えるのが一番しっくりくるでしょう。力やアイテムだけでなく、私達が見たこともないお菓子や玩具など様々な知識を持っている。それに、今回の旅行で海にも詳しいって分かったでしょう?」

「それは……」


「外の世界から来たから力を持っているのではなく、元々力を持っていたからこの大陸まで無事に辿り着けたのかもしれないけど、どちらにしろ同じことよね」

「しかし……」


「何より旅人さんが自分で言っていたじゃない。『遠方の島国からやってきた』ってね」

「…………」


 その言葉は、男が文化の違いを誤魔化すため、何気なく口にした説明であった。

 実際、大陸とそう離れていない島国とは交流が行われているため、間違った説明ではなかった。

 それを「誰も行き来したことがないほど遠い海の外の世界」に結びつけてしまうソマリが異常なのだ。


「漂流者、ですか」


 突拍子もない話だったが、エレレは内心では納得していた。

 ソマリの話が事実である保証は、どこにもない。

 断片的な手掛かりから無理やりこじつけたのだから当然だ。

 だが、大きな謎に反応し、謎をもっと楽しむがために真相を暴く力さえも発揮する「好奇心スキル」を持つソマリが出した結論である。

 きっと、「当たらずといえども遠からず」以上に、的を射ているのだろう。



「仮に、グリン様が外の世界から訪れた漂流者だとして、これからどうするおつもりですか?」


 常識では辿り着けないような未踏の地の出身者であれば、それだけで価値が生じる。

 ソマリのような好事家だけでなく、国の研究機関も興味を抱くに違いない。

 その結果、件の男にとっても、エレレにとっても、都合がよろしくない事態になるのは目に見えている。


「あら、別にどうもしないわよ。旅人さんが犯罪者ってわけではないし、変に注目されて私の目が届かない所に連れていかれても困るしね」

「……どうもしないのなら、そもそも素性を探る必要はないと思いますが?」


「それとこれとは別の話よ。謎の正体を知るのって、とっても楽しいじゃないっ!」

「…………」


 自分は、ただ知るだけで満足なのだと……。

 あっけらかんと話すソマリを見て。

 従者は、主人の本当の怖さを知った。


 ソマリの言葉に、嘘はない。

 これからも、悪意なく、無邪気に、ただ好奇心が反応するがまま、男の正体を暴き続けるのだろう。

 そして、丸裸にされた男は、どのような行動を取るのだろうか。


 さすがに怒るだろうか?

 何も言わず消えてしまうだろうか?

 それとも、清濁を併せ呑もうとする男のことだから、笑って受け入れてしまい、全てを知る相手に気を許すようになるかもしれない。

 いずれにしても、エレレにとって望ましい未来にはならないだろう。


「……もう、待ってばかりはいられないようですね。やはり、あれを実行しないと――――」


「えっ、何て言ったの、エレレ?」

「お気になさらず。ただの独り言ですから……」


 今更、お嬢様を止めるのは難しい。

 ならば、自分が先手を打つしかない。


 これまでのような受け身ではなく、もっと積極的かつ計画的に行動しようと、メイドは固く決心するのであった。





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