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漂流物と漂流者 1/3




「……なあ、あんちゃん?」

「……なんだ、コルト?」


「池が大きくなった奴って聞いてたけど、そんな大きいとか小さいとかの問題じゃないよな」

「世の中の全ての物体は、大きいか小さいかのどちらかなんだぞ」


「小さすぎても見えないけど、大きすぎても見えなくなるって、初めて知ったよ」

「ふむ、海は人を詩人にさせるって話は、本当のようだな」


 俺は、コルトと一緒に海岸に立ち、大きすぎて果てが見えない海を見ている。


 何故こんな状況になったのかと言うと、お嬢様に誘われたからだ。

 何故断らなかったのかと言うと、何故か断れなかったからだ。

 コルトも同行するので、行かない選択肢は無かった。

 海か山かと問われ、理由は不明であるが、山だけはどうしても嫌だった。


 だから、海に来た。消去法で。

 致し方あるまい。世界の大半は、消去法で決まっているのだから。


「海って、何でこんなにでっかいのかな、あんちゃん?」

「これまた、詩的な質問だな。なあ、コルトや、人はどこから生まれてきたと思う?」


「それはもちろん、人と人が結婚して、人から人が生まれるんだよな?」

「その通りだが、だったら最初の一人は、どこからやってきたんだ?」


「あれ、そう言われると、分からないよ……」

「人を含めた全ての生物は、この海から生まれてきたって言われているんだ。そんな訳だから、海は全ての母親。だから大きくて当然なのだよ」


「……あんちゃんって、常識とかけ離れているくせに色々な事を知っているよな。それに、妙に浮ついた例えをするし」

「中年男はロマンチックの中から生まれてきたのさ」


 うむ、やはり海を前にすると詩人になるらしい。

 おっさんはロマンの中から生まれてきたから、ロマンが無いと生きていけないのだ。


「水魔法が得意なコルコルにとっては、水の親玉である海と接して理解を深めておいた方がいいだろう」

「理解を深めるって、大きい以外には何も分からないよ。あとコルコル言うな」


「水の本質を確かめるには、まず触れて、そして飲んでみることだ。海には美味しい魚がたくさん暮らしているんだから、その水もきっと美味しいと思うぞ?」

「そっか、魚が飲んでいるなら、人が飲んでも大丈夫だよな。…………って、しょっぱっ!? 口が、口がっ!?」


 促されるがまま、両手ですくい上げて海水をがぶ飲みしたコルトが、喉を押さえてのたうち回っている。

 ちょっと可哀想だが、海を初めて見る者の通過儀礼だから仕方ない。

 海水はしょっぱくて飲めないと知れただけで良い勉強になっただろう。

 こうして少女は、大人の階段を登っていく。

 これもまた、ロマンの一つである。



「やっぱり海って壮大で綺麗よねっ。私も初めて海を見た時は感動して涙を流した記憶があるわよっ。美しい思い出ね~」

「ワタシには、興奮したお嬢様が海に特攻して溺れて泣いていた記憶しか残っていませんが……」


 ロマンに浸る俺とコルトの隣で、お嬢様とメイドさんがロマンの欠片も無い話をしている。

 まあ、いつものことだ。


「海水はミネラルが豊富で体に良いらしいから、お嬢様も飲んでみたらどうだ?」

「せっかくのお誘いだけど遠慮しておくわっ。だって、溺れた時にいっぱい飲んじゃったからねっ」


 威張って言うことではないぞ、お嬢様よ。


 そんなこんなで今回は、お嬢様とメイドさんとコルトと一緒に、海辺の街へと来ている。

 領主家の主従コンビに一般人の俺とコルトが同行しているのは、領主襲撃事件の時にウォル爺の頼みで手伝ったお礼として海旅行に誘われたからだ。


 傍目から見ると可愛い女の子に囲まれてウハウハなはずなのに、期待感がまったく湧き上がってこない。

 せっかくのロマンチックな海なのに、水着を着る文化が無いため露出度がアップしないからだ。

 一緒に風呂に入っているコルトや、性的魅力を一切感じさせないお嬢様はともかく、黒髪色白美人のメイドさんの水着姿は見てみたかったのに残念である。


 それに、このメンバーだと恋人ではなく保護者としての立場が圧倒的に強い。

 疲れ切った週末に無理やり海へと連れてこられ、結局休日が子守で終わってしまう全国の父親たちもこんな気持ちなんだろうなぁ。

 はあぁぁぁ……。




 ◇ ◇ ◇




 俺の予感は悪い場合に限ってよく当たるので、その日は一日中女性陣に振り回される惨状となった。


 お嬢様はオクサードの街の代表として、海産物を購入しているこの海辺の街に書状を届けに来たらしい。

 文字通り書状を届けるだけの簡単な仕事だったので、朝一で早々にやり終えたお嬢様は、遊びたおす気満々だった。

 あのなー、お嬢様よ-、仕事ってのはそんな形だけじゃ駄目なんだよー。

 もっと取引先と雑談したり会食したり乳を押し付けたりして親睦を深めろよー。

 俺は接待なんて絶対したくないけどな。


「さあ、行くわよ旅人さんっ。楽しい楽しい観光の始まりよっ」


 その後は、言わずもがな。

 海に来て水を得た魚になったお嬢様に引っ張られて、俺達四人は街中を渡り歩く。

 山育ちの俺は海に詳しくないのだが、それでも数回しか来たことがないお嬢様とメイドさんよりはマシなので、結局俺がエスコート係になった。

 エスコートといえば聞こえは良いが、実際は便利な説明係兼お財布係。

 都合がいい男、ここに極まれり。

 若い女性から全く相手にされないよりはマシであろうと思ってしまう非モテな自分が悲しい。

 コルトも珍しくはしゃいでいたから、まあいいか。


 海が近くにある街とそうではない街とでは、文化が大きく違う。

 それはお土産品にも反映されていて、珍しい物が大好きなお嬢様だけでなくメイドさんやコルトも興味津々で露店を眺めている。

 この四人で旅行するなんて今回限りだろうから、記念として適当にプレゼントしておこう。

 自分で選ぶのは億劫だから、露店で各々好きな物を見つけてもらい、それを購入してそのまま渡す。


 コルトは、魚の骨で作ったナイフっぽい武器もどき。

 少女には似合わないが、冒険者志望の血が騒ぐのだろうか。

 金属探知機に引っかからないから、飛行機に持ち込むのかもしれない。

 ぶっちゃけ耐久性は無いだろうから、ちょっと尖ったアクセサリー代わりだろう。

 銀貨三枚。日本円で三千円也。


 好奇心旺盛なお嬢様は、海岸に流れ着いた漂流物セット。

 別名、ただのゴミ。

 いつもの嫌がらせではなく、お嬢様が自ら選んだのだから是非もない。

 珍しければ何でもいいお嬢様は、案外コストパフォーマンスが良いのかもしれない。

 だからといって、恋人や嫁には向かないけどな。

 銀貨一枚也。日本円で一千円也。


 メイドさんは、真珠の腕輪。

 彼女はどうしても俺に選んでほしいと駄々をこねたので、渋々見繕った品だ。

 別に一人だけ依怙贔屓したわけではない。

 宝石の価値は、美しさと希少性で決まる。

 故にこの世界では、魔物が落とすアイテムの中にド派手な宝石類が含まれるため、天然のジュエルは軽視されろくな値がついていない。

 だから、天然の真珠二十個を繋げた腕輪が銀貨二枚という破格の値段で売っていたりする。

 こんな超お買い得品を見逃すのもどうかと思い、お年頃のエレレ嬢にプレゼントしてみた。

 戦闘メイドなのに肌がきめ細かいから、ホワイトパールブレスレットはよく似合うだろう。

 コブシに装着すればナックル代わりにもなるし。

 銀貨二枚。日本円で二千円也。


 総額、日本円で六千円也。

 まったく、金がかかる女どもだぜ!

 ……これが言いたかっただけ。




「今日はすっごく楽しかったわねっ。街中は見終わったから、明日は船に乗って遊びましょうっ!」

   

 海辺の街には、一泊二日の滞在予定だ。

 一日目は、本命のお仕事である書類届けと、ついでの街中観光。

 二日目は、船に乗って周辺の海上巡りをして、昼過ぎから帰宅。

 忙しないスケジュールだが、海初心者のコルトだけでなく、お嬢様とメイドさんも船に乗るのは初めてらしく、ウッキウキである。

 明日、船酔いしてゲロゲロする姿が愉しみだ。


「明日もよろしくねっ、旅人さんっ」

「へいへい」


 夕食を済ませ、お嬢様方を宿まで送り届けたら、俺の仕事は終わり。

 ……あれ、仕事って何だ?

 確か今回の俺は、お礼として海に招待されたんだよな?

 まったく接待されていないんですけど?

 むしろ接待しまくりなんですけど?


「……それじゃあ大人の俺は、もうひと飲みしてくるから」


 こうなったらもう、自力で接待してくれるおねーちゃんの店を探すしかない。

 そして明日こそは、好き勝手させてもらおう。

 船の上では案内役も財布役も必要ないだろうし。


「では、大人のワタシもお付き合いしましょう」

「ちょっとちょっと、エレレが居なかったら誰が私とコルト君を護衛するのよっ」


「そうだぞ、エレレ嬢。書類を届けて用済みのお嬢様はどうでもいいが、コルトはちゃんと守らないと駄目だぞ」

「……そうですね。お嬢様はともかく、コルトを一人にしてはいけませんね」

「酷くない? ねえ、酷くない?」


 お怒りのお嬢様が俺を見てくる。

 酷い扱いをされているのは俺の方だ。

 人様の振りを見て我が振りを直してくれ。

 

「未来ある若人は明日に備えて早く寝てくれ。夜はおっさんの時間なのさ」


 片手を上げてサヨナラの挨拶を済ませ、独り夜の街へと消える俺。

 最高に格好いい。

 見送りしてくれる三人の冷めた目を気にしちゃ負けだ。


 さあ、ここから先は俺の時間だ!




 ◇ ◇ ◇ 




 終了。

 マイタイム、終了。

 理由はとっても簡単。

 この街には風俗店が無かったのだ。


 けっこう大きい街なのに、そんなことありえる?

 海の荒ぶる男達を慰める場所が無くて大丈夫なのか?

 暴動が起きても知らないぞ?


 転送アイテムを使えば他の街へ一瞬で行けるし、ネネ姉妹の所へ行くのもありだが、それだと負けた気がする。

 郷に入っては郷に従え。

 旅の楽しみは、その地域特有の文化に触れてなんぼ。

 調査不足でデリヘル禁止のビジネスホテルに泊まってしまったと思って潔く諦めよう。


「今日が無理なら、明日の船旅で盛り上げるしかない」


 世界には船の上専用のコールガールも居るらしいが、連れが一緒に乗る船で事に至る勇気はない。

 他に船の上特有の遊びといえば、フィッシュ&クッキング。

 釣り上げたばかりの新鮮な魚をその場で調理して食べまくってやる。


 そこで必要となる人材は、釣り人と、料理人。

 最悪釣りの方は魔法でどうにかなるだろうが、魚を捌いた経験が無いため料理人の方は探して押さえておきたい。

 だが、朝が早い海の街は、居酒屋が閉まるのも早かった。

 これでは料理人を確保できない。

 今日は諦めて、明日の朝一で探すしかないのか。


 そんな感じで、諦め半分で宿に戻っていた途中……。



「旦那さまっ、お魚のご入り用はありませんかっ?」


 意気消沈している俺の心に、元気な声が届いた。

 声が聞こえた方に視線を向けると、夜の暗さに溶けるようにこんがりと日に焼けた少女と目が合った。

 男と見紛うほど髪をバッサリ切っているが、質素な服を押し上げる確かな胸元が彼女が少女であることを証明している。

 年は十四歳くらいだろうか。

 叶うなら、数年後の君に声を掛けてほしかったが。

 どうやら、この街に住む娘さんが魚売りしているようだ。


「……魚って、焼き魚なのか? それともお刺身?」

「わっ、すごいっ、外から来た人なのにお刺身を知ってるんですねっ。でもごめんなさいっ、まだ生きたままのお魚なんですっ!」

 

 なるほど、漁師が住む街だから捕ったばかりの生魚も購入可能なのか。

 せっかくなので見せてもらおう。

    

「へー、たくさんの魚を揃えているね。全部君が捕ったのかな?」

「はいっ、そうなんですっ」


 捨てる神あれば拾う神あり、か。

 最後の最後で欲しかった人材の片方が見つかるとは思わなかった。


「ほう、それは凄い。だったら、魚料理も得意だったりするのかな?」

「ごっ、ごめんなさいっ、魚を捕るのは得意なんですけど、料理はからっきしで……」


 残念、天は二物を与えずか。


「でもっ、わたしの弟がすっごく料理が得意なんです!」

「おおっ!」


「……でも、体が弱くて、家から出られないんです」

「おお?」


 上げて落とすのは基本として。

 男ってのは気に食わないが、釣り人と料理人の姉弟セットで確保できるのは魅力的だ。

 まずは確認してみるか。


「その弟さんの名前は? それと家はどの方向にあるのかな?」

「あっ、その、弟の名前はモーリで、家はあっちの方、ですけど……」


 姉が指さす方向に視線を移しながら、千里眼と鑑定アイテムを発動。

 遮蔽物が透過され、お目当ての名前を持つ少年の姿が見つかる。

 ……うん、料理スキルを持っているのは間違いない。

 しかもランク3で、魚料理に特化している。

 海の街とはいえ、これほどの人材は多くないだろう。

 体が弱い原因は、先天的な病気でランク6。

 まあ、ランクが何であれ関係ないのだが。


「……美味そうな魚達だ。全部もらおう」

「ぜ、全部ですかっ!? ありがとうございます。でもっ、こんなにたくさん持って帰るのは大変じゃ……」

「大丈夫、収納アイテムがあるから」


 たくさんの魚が入った大きな桶に手をかざし、全て回収する。


「えっ、あれ、魚が消えちゃったっ?」

「それで、料金はいくらかな?」


「あっ、その、魚一匹が銅貨一枚だから、えっとえっと」

「それじゃあ、百匹よりも少なかったと思うから、金貨一枚でいいかな」


「ええっ、こんなにいいんですかっ」

「活きのいい魚ばかりだったから、妥当な金額だよ。……そういえば、弟君は体が弱いそうだね?」


「は、はい」

「なら、この果物を食べさせるといい。ネクタルと言ってね、体にいい果物なんだ。もしかして、弟君の体にもいいかもしれないよ」


 そんな建前で、懐から取り出した桃を渡す。

 桃は、「桃源郷」って言葉や、「桃太郎」にも使われるように、特別な果物。

 そしてネクタルとは、ギリシャ神話において神々が好む滋養ある飲み物。

 もちろん、日本製の桃にそんな効用は無い。

 だけど、俺が渡した桃は特別製。

 桃の中に、魔法薬をたっぷり染み込ませている。


「とっても高そうな果物ですけど、本当にもらっていいんですかっ?」

「たくさんあるから、気にせずもらってくれ。……それでもし弟君が元気になったら、明日の朝、君と一緒にあの宿に来てくれないか? 観光船の上で魚を釣って調理する仕事を頼みたいんだ」


「えっ、で、でも……」

「まあまあ、弟君が元気になって、気が向いたらでいいから」


 戸惑う姉の背中を押して、家に帰らせる。

 自然な流れで少女にタッチ成功。

 後は、成り行き次第。


 今日の俺は、できるだけの事はやった。

 さてさて、明日の俺は、ご馳走にありつけるのだろうか。




 ◇ ◇ ◇




「ただいまーっ」

「……おかえりなさい、メーアお姉ちゃん」


 いつも以上に弾んだ声で帰ってきた姉を、ベッドの上から弟が出迎える。


「今日はね、魚が全部売れちゃったんだよっ」

「それは良かったね」


「うんっ、だから夕食は奮発して美味しいお肉を食べようねっ、モーリ!」

「だったら、ぼくが料理するよ」


 ベッドから上半身を上げようとした弟を、姉が慌てて止める。


「モーリは最近特に調子が悪いんだから、無理せず寝てていいんだからね。そりゃあ、お姉ちゃんの料理じゃ不安なのは分かるけど」

「……うん、ありがとう、メーアお姉ちゃん」


 姉の心遣いが、弟の心に刺さる。

 ベッドから起き上がる体力も無いくせに、食事だけは一人前に取るお荷物。

 少年は、役立たずな自分の細い腕を見つめる。

 せっかく料理スキルが備わっていても、使い手がこれでは意味がない。


「でも、今日は本当にラッキーだったよ。生の魚なんて、街の人は自分で捕れるから買ってくれないし。外から来る人も持って帰る間に腐っちゃうから、あまり買ってくれないんだよね」

「今日のお客さんは違ったの?」


「そうなのっ、ほんと凄かったよっ。こうやって、魚が入った桶に手を向けたら全部消えちゃったの。アイテムって凄いよね」

「……それはきっと、収納用アイテムの中でも最上級の物だよ。低級だと直接入れないといけないし、どれほど入っても腐り方は同じはずだから。そのお客さんは、すっごくお金持ちな貴族様か商人様じゃないかな」

「そうかなー、そんな感じは全然しなくて、どこにでも居る普通のおじさんって感じだったけどなー」


 少女は魚を買った相手の姿を思い出すが、高貴さを漂わせるどころか、記憶するのに苦労するほど特徴が無い普通の中年男だった。

 くすんだ緑色の髪と服とが、珍しいと言えばそうかもしれない。


「そうだっ、そのお客さんから体にいい果物をもらったから、料理ができるまでモーリが食べておきなよ」

「そんなに良い物なら、ぼくなんかよりメーアお姉ちゃんが食べた方がいいよ」


「だめだめっ、早く元気になるためには、いっぱい食べなきゃだめだよっ」

「……うん、ありがとう」


 高価な薬アイテムに頼らない限り、弟が健康な体を取り戻せない現実は、姉もよく承知している。

 どれほど滋養に優れた果物だったとしても、難病が治るはずがない。

 だけど、姉の厚意さえも無駄にしては、ただでさえ邪魔者な自分がここに居座る意味が無いと、弟は懸命に笑みをつくる。


「ほらっ、とっても柔らかくて甘そうな果物だから、パクっといっちゃいなよ、パクっと!」

「うん、それじゃあ……」


 見るからに、美味しそうな、果物。

 貴重で、高価な、果物。

 きっと、いや、間違いなく、自分よりも、価値が高い、食べ物。

 己よりも高価な物を食したことがあるのは、貴族にも居ないだろう。

 もしかして自分は、世界一の贅沢者かもしれない。

 

「甘い……」


 そんな自虐めいたことを考えながら、少年は皮ごとかぶりつく。

 まるで、価値が高い物を体内に取り込んで、己の価値を上げるように。


「…………」

「ねえ、モーリ、果物のお味はどう?」


 慣れない手つきで肉を焼きながら、姉は後ろ向きで弟に尋ねる。


「……?」


 だけど、返事は戻ってこない。


「どうしたの、モーリ――――」


 心配になって振り向いた姉の視線の先には。


「お姉ちゃん、ぼく…………」


 呆然としながらも、自分の足でしっかりと立つ弟の姿があった。

▼あとがき

文庫版(ヒーロー文庫)の1巻が本日発売です。

初回特典でイラストカードや栞が付くそうです。

ともぞ先生の書き下ろしは必見であります!

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― 新着の感想 ―
[一言] 又しても、良い話し! 前回がギャグ落ちだから、油断してました。 この調子で世のオッサンの株を上げてって下さい。
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