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冒険者の街オクサード④/酒と薬




「……ウォルか、随分と久しぶりじゃないか」

「何をぬかすか、先月も会ったじゃろうが」


 ノックも無く部屋に入ってきた巨躯。

 人族と比べ寿命が長いドワーフ族にとっては、1ヶ月程度を長いと感じる事はない。


「良い酒が手に入ったんでな、お裾分けじゃ」

「相変わらず元気そうだな。毒の影響は無いのかよ。俺なんか杖を使って歩くのがやっとだぞ」

「ふん、鍛え方が違うわい」


 ドワーフ族は頑丈で健常な種族である。

 それでも彼らが冒険者だった時に受けた毒が徐々に体を蝕んでいた。

 人族の男は足から麻痺が進行し立つのが困難な状態。

 ドワーフ族のウォルも平気そうな顔をしているが、全身に力が入らずあと数年もすれば人族の男と同じ状態になり、やがて命を落とす遅行性の毒。

 効き目は遅いが解毒が難しく、解毒薬アイテムのランク7以上か相応の回復魔法が必要とされる猛毒だ。

 魔法でも解毒可能なのだが、ランク6以上の回復魔法を会得している者がおらず、アイテムに望みを託すしかない状況であった。


「毒さえ受けなければ、お前はまだ冒険者だったろうな」

「それは隠居しただけじゃ。何時までも棒きれを振り回しておれんわ」


 そうだな、と男は楽しそうに笑う。



「ところで用件は何だ。まさか本当に酒の差し入れじゃないんだろ?」

「いいや、本当に酒じゃよ。儂らにとって、とびっきりのな」


 そう言うと、ウォルは土産を男に投げ渡した。


「なんだ、随分と小さい酒だな。…………って、おいっ、これはまさか!?」

「見ての通りじゃ」


 親友の言葉でも信じられず男が鑑定したその品は、薬系アイテムの中でも希少な効用を持ち、上級貴族でも入手困難なランク7の解毒薬であった。

 そしてドワーフ族にとって、酒と薬は同意語であった。


「……どうやって手に入れた? 金を積んで集まる代物じゃないぞ」

「ふん、いらん心配じゃ。普通に客から買い取っただけじゃ」


 男はその言葉を鵜呑みに出来ない。

 男とウォルは冒険者時代からの古い付き合いで、堅物のドワーフが嘘など吐かないと知っているにも関わらずだ。

 それほど常識から外れた出来事なのだ。


 なにせ二人が毒を受け今に至るまでの二十年ばかり、ずっと探し続けてきた品だ。

 半ば諦めていた代物でもある。

 全く発見されないアイテムではない。

 しかし、出現率の低さとランク7の魔物に挑む人材の少なさ、それに悪意渦巻く貴族社会で需要が高い事から、市場に出回るのは皆無なのだ。


「……お前の店の客か。確かに買取業を始めたのは解毒薬を探すためと言ってたが、ただの方便だと思ってたぞ」

「儂も精々情報が手に入ればいいと思っていた程度じゃ。まさか馬鹿正直に売ってくる馬鹿がいるとは思わなんだ」


「長年続けていればこそか。だが、これはお前が手に入れた物だ。2本目は何時になるか分からん。いくらドワーフが頑丈でも俺が先に飲む訳にはいかんぞ。ウォル、お前が飲むべきだ」

「それこそ余計な世話じゃ。お裾分けと言ったじゃろう。……ほれ、この通り儂の分もあるわい」

「……本物、か?」


 鑑定して親友が持つ品が本物だと分かった男は、更に驚愕する。

 無理もない。街で最上級のコネを持つ2人が20年費やして一つも入手出来なかった代物である。

 それが2本同時に手に入る確率は如何ほどか、考えるだけで頭の痛くなる話だ。


「本当にその客が2本持っていたのか?」

「そうじゃ。それどころか、まだ沢山ある口ぶりじゃったぞ」

「……何者なんだ、その客人は?」

「今日初めて来た客じゃわい。儂が知る訳なかろう」


 疲れたように顔を見合わせた2人は、ふっと笑い合う。



「そうか、お前の分もあるのか。だったら遠慮なく頂こう」

「遠慮は無用じゃ。お主には長生きしてもらわんと皆が困る。それに買取額分は請求するわい」

「それは当然払うが、……幾らだ?」

「金貨1,000枚じゃ」

「おい、それは安すぎ…………いや、冒険者が商人に売る価格としては適正か」

「そうじゃな。貴族連中ならば5,000枚でも買うじゃろうが、最初の売り手に入る額はそんなもんじゃ」


 アイテムは通常、冒険者からギルドや商人が買い上げ、そこから仲買も通しつつ消費者へと渡る仕組みだ。

 最初に冒険者が売り渡す価格を卸値とした場合、最終的な販売額が卸値の数倍となるのも珍しくない。

 だからウォルも安く買い叩いた訳ではなかった。


「分かったら、さっさと飲むんじゃ」

「……そうだな。ウォルも一緒にな」


 2人は頷き合うと、一気に解毒薬を飲み込む。

 そして全身を包む光が消えたのを確認すると、互いを鑑定した。



「……大丈夫じゃ。お主の毒は完全に消えておるわい」

「……ウォルのステイタス異常からも『毒7』が消えてる。――――おおっ、俺の足も問題なく動くぞ!」


 男は立ち上がって屈伸し、ジャンプまでして喜びを表す。

 ウォルはその様子を見て、長年の肩の荷が降りた事に安堵した。

 男はウォルの親友である以上に、この街にとっても欠かせない存在なのだ。



「――――馬鹿とは魔物よりも怖い存在じゃ。無茶ばかりしおる冒険者時代のお主もそうじゃったが、今回はとびっきりじゃ。あの馬鹿は、自分がどれだけの事をしたのか分かっておらんじゃろう」

「馬鹿とは酷いな。俺たちの命の恩人だぞ。どうせ聞いても教えてくれんだろうから、詳しい事は聞かないがな」

「……そうじゃな。今はまだ深入りせん方がいい」

「ウォルが必要と思う時に教えてくれればいいさ。それにしても、冒険者の時から神に祈るのは止めていたが、今日ばかりは神に感謝していいかもな」

「…………神か。だったらいいのじゃが」



 アイテムを売りに来た時の馬鹿を思い出しながら、ウォルは考える。

 その客の姿を見た瞬間に違和感を覚えた。

 気になって鑑定したのだが、レベル25とそこそこ強い程度。強力な魔法やスキルも持ち合わせていない。

 それなのに直感スキルが騒いでいる。


 客はランク5以上のアイテムを幾つも所持し、無造作に扱っていた。

 アイテムの価値を知らず、金を欲しつつも値上げを要求しない無頓着さ。ランク7のアイテムを初対面の相手に渡す無謀さ。

 本人のレベルと年齢、それと行動が噛み合っていないチグハグした違和感が目立った。


 ただの田舎者ではない。

 知識は乏しいが、最初の品の買取額でアイテムの価値を認識したはずだ。

 そしてランク7の解毒薬を表に出す危険性も感じていただろう。

 それでも客人は、リスクを承知で売る事を選んでくれた。

 もちろん金が目的だろうが、そこには気遣いも感じられたのである。



 ――――それでも、だ。


 深く感謝しつつも、客人の違和感は拭い消せない。


 ウォルは神の存在を信じている。

 神とは人類を超越した力を持つ者であり、その者が人助けする場合には神、しかし人に害する場合には悪魔と呼ばれる同一の存在であることを識っている。

 これは与太話ではない。

 実際にこの世界では、魔王と呼ばれる超常の力を持つ人類の敵が存在するからだ。


 あの馬鹿が神の力を持つ訳ではないだろう。

 似ていると感じるのはその性質、その危うさだ。

 馬鹿の懐に仕舞われている多くの上位アイテムは、使い方や売り方次第で世界に大きな影響を与えるだろう。まさに懐次第といった状況だ。


 そのことを誰よりも当人が自覚していない。

 矛先は、気分一つでどの方向にも傾きかねない。

 それは、危機管理の出来ない子供に剣を与えるような愚行といえるだろう。



 …………彼の客人が、何者であるのか。

 いや、『何者になる』のか。



 今のウォルに出来る事は少ない。

 客と店主として言葉を交わし、人となりをそれとなく監視する程度だ。

 下手に近づいて藪を突つき、蛇を出すのだけは避けねばならない。

 幸い、とは断言出来ないが、客人はコルトに興味を抱いていた。

 ならば彼女は、人類と馬鹿の良い橋渡し役になるかもしれない。


 ――――そして、いずれ来るかもしれぬその日までは。


 自由に動く体に感謝しつつ、今は酒を楽しもうではないか。




「今度は祝い酒じゃ!」

「本当に酒も持ってきてたのか。用意周到、いやドワーフにとっては当然か」


「今日は体の心配もない。気兼ねなく飲めそうじゃ」

「……ウォルは元々遠慮して飲んだ事なんてないだろ?」


「ツベコベ言わず、さっさと飲まんかっ」

「ああ、今日ばかりは遠慮なく頂くよ。――――うおっ、なんだこれっ、喉が焼けるようだっ。こんな強い酒はじめて飲んだぞ。……まさかこれも?」


「そうじゃ、土産にと馬鹿が置いていきおった。故郷の酒とぬかしておったが…………………………」

「ど、どうした?」


「美味い! 実に美味い酒じゃ!!」

「ウォルが叫ぶなんて久しぶりに見たぞ。気のせいか、解毒薬を飲んだ時よりも嬉しそうに見えるんだが」


「当たり前じゃ! こんな極上の酒を飲んで喜ばんドワーフがおるものかっ」

「おい、暴れるなよ。テーブルが倒れたじゃないかっ」


「失敗したわいっ。解毒薬なんかよりこの酒を買い取るべきじゃった!」

「……ええと、こんな時は何て言うんだっけ?」


 台無し、である。





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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、おっちゃんがウォル氏を視た時に『レベルそれなりに高いのに弱々しい(要約』と感じてたのは毒のせいでしたか。 ヒドラみたくヤバいモンスターにやられたのか、貴族等を始めとする人間に盛ら…
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