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◆記念日に究極の二択を2/2◆




「壁の花」という言葉がある。

 パーティー会場で、仕方なく、あるいは故意に会話の輪から外れ、壁側に立って物言わぬ花のように静かにしている女性を指す。


 では、これが男性の場合は、どう呼ぶべきだろうか。

 キラキラと輝く洒落た格好をしたイケメンな青年なら、「壁の太陽」でも良いかもしれないが。

 特に褒めるべき箇所が無い黒い格好をした中年男なら、「壁の黒いシミ」とでも呼ぶべきだろう。


 つまり、それが、今の俺である。


「――――」


 社交界の皮を被った単なる女子会は、つつがなく始まり、つつがなく進行していた。

 事前に聞いていたように世界各地の女傑に声を掛けたらしく、結構な人数が集まっており、ヒロイン達と同じ数の護衛が居るのだから男性も少なくない。

 ただし、彼らは基本的に護衛対象と一緒に行動するから、自由に行動することはできない。

 だから、男同士の会話は成立しにくい。


 それだけなら、まだいい。

 コルトのように、メイドさんの護衛をしている振りをしながら近くで好き勝手に食べ回っていれば何の問題もない。

 俺もそうしたいのだが、お嬢様とメイドさんの近くに居ると女傑達との接触が避けられないので、非常に困る。

 どうせ護衛なんてメイドさん一人で十分だから、こうして俺は壁のシミとなり、ちびちびと酒を嗜みながら極力目立たないよう努めている。

 肩身の狭い立場だが、会社での飲み会も似たようなものなので苦にならない。

 そんなことよりも、この場で一番重要なのは、顔見知りの女傑とエンカウントしないことなのだ。


「…………はあ」


 己の迂闊さに溜息を吐きながら、改めて会場を見渡す。

 ここは、水の都ヴァダラーナの中央に鎮座する水の神殿の中。

 女子会の主催である都の代表とは、もちろん水の巫女。

 水の巫女とは、すなわち、俺の娘を自称する、泣き虫メイちゃん。

 つまりここは、俺が定期的に通っている、お気に入りの昼寝場所がある都だったのだ。


「何でこんなことに…………」


 都の名前を覚えていなかったのは仕方ないが、「美しい都」と「湖」というキーワードで気づくべきだった。


「お嬢様め、なーにが湖の近くにある都だよ。正確には湖の真ん中にある都だろうがよ」


 正確に教えてくれていれば事前に気がついて逃げ出せたのに。

 知ってか知らでか、曖昧な情報で誤魔化して逃げ道を塞ぐお嬢様をさすがだと褒めるべきか。

 いや、街に戻ったら絶対イジメてやる!


 不幸中の幸いで、たくさんの女傑が集まっているので全員と挨拶するのは難しく、会場も広いから注意しておけばそうそうかち合う心配はない。

 お嬢様とメイドさんは水の巫女と面識がないそうだから、主催者がわざわざ会いに来ることもないはず。

 それに、ばっちりと決まった黒服とサングラス姿が変装としても機能している。

 普段ラフな格好をしている俺が、こんなにも凜々しい姿をしているとは誰も思うまい。


 ジョーカーである水の巫女一人だけに気をつけておけば問題ないのだ。

 どうせ、他の女傑に知り合いなんて居ないし。






 ……そう思って気を抜いたのが、全ての敗因だったのだろう。

 全部終わった後になら、どうとでも言えるよな。



「――――あっ、旦那じゃないかっ」

「――――本当だっ、旦那様も来ていたのですねっ」


 警戒していなかった所から聞こえてきた声。

 それもそのはずで、警戒などする必要がない声。

 そう、それは、俺の愛すべき愛人であるネネ姉妹の声だった。


「……おや、妙な場所で会うな?」

「妙なのは、女性限定のパーティーに居る旦那の方だよ」

「そうですよ、旦那様。わたし達はこのパーティーに行くって伝えたじゃないですか」


 今や王都で有名になってしまった、劇場アイドルの二人。

 そういえば、どこぞのパーティーに呼ばれたと言ってたっけ。


「その様子だと、あたいらを心配して来てくれたんじゃなさそうだね、旦那?」

「わたし達が誘っても来てくれなかったのに……」


 劇の責任者として俺も一応誘われたのだが、裏方が表に出ても仕方ないので断っていたのだ。

 すっかり忘れていたよ。


「いやいや、違うぞ。ここには遊びで来たんじゃないんだぞ。ちゃんとした仕事なんだぞ?」

「…………」

「…………」


 男は「仕事」と言っておけば大抵誤魔化せると思っていたが、そう簡単でななかったようだ。

 すっかり慣れてしまったネネ姉妹のジト目が心地よい。

 もしかして世の結婚している男性は、妻との駆け引きが楽しくて浮気しているのだろうか。

 いや、俺は浮気なんてしてないけどさ。

 そもそも、結婚さえしてないけどさ。


「それにしても、よく俺だと気づいたな? ばっちり変装しているはずだが?」

「旦那はよく変な服を着るから慣れちゃってるよ」

「ふふっ、旦那様だったらどんな格好でもすぐ分かりますよ」


 仮初めの愛人関係でも、付き合いが長いとこうなるのか。

 嫁さんに気づかれないように浮気するのって大変なんだなぁ。

 やっぱり、結婚って大変だよなぁ。






 ……こんな風に取り込んでいたため、横から近づいてくる新たな気配に気づけなかった。



「――――あれっ、ご主人様じゃないっスかっ!?」

「――――えっ、何で最低男がここに居るのっ!?」


 次に聞こえてきたのも、聞き覚えがある声。

 以前、馬車の中で出会ったもう一組のお嬢様とメイドさんだった。


「膝枕が上手なマフラーメイドさんと、膝枕が下手なお嬢様じゃないか」

「やっぱり、また出逢えたっスね……。逢えて嬉しいっスよ、ご主人様っ」

「私は全く嬉しくないわっ。それに、膝枕なんてしたことないわよっ」


 俺に対して、やたらと好意的なメイドさんと、やたらと嫌悪しているお嬢様を見るに、どうやら本物らしい。


「ふむ、一応聞いておくが、完璧に変装している俺にどうやって気づいたんだ?」

「自分、好きな匂いは忘れないっスよ?」

「最低男はどんな格好をしても変態だわっ」


 ピコピコと犬耳と尻尾を振るメイドさんと、鼻息を荒くするお嬢様。

 そうか、マフラーメイドさんは鼻が利く犬族だったな。

 忘れていた設定がこんな場面で活かされるとは思わなかった。

 ツンツンお嬢様も気づいたらしいから、よほど悪い印象を残していたんだろうなぁ。


「しかし、何でこんな場所に?」


 もう一組のお嬢様とメイドさんは、確か逃亡の身だったはず。

 まさか、こんな所で再会してしまうとは、な。

 彼女達とは二度と会えず、それ故にいつまでも記憶に残るような格好いいおっさんのままでいたかったのに……。


「それがっスね、路銀を稼ぐために大きな闘技会に参加したら、女性初の優勝者になったんでここにお呼ばれしたっスよ?」


 中々ワイルドな生活を送っているな。

 自分達がお尋ね者だと忘れてしまったのだろうか。

 まあ、彼女には強化アイテムフルセットを渡しているし、奴らも居るから大丈夫か。


「……うん、息災で何よりだ」

「あはっ、ご主人様も変わらず最高っスねっ!」


 我が侭なお嬢様連れだから、一人残して魔物を狩るわけにもいかず、そんなことでしか稼げないのだろう。

 まったく、お嬢様が独り立ち出来れば危ない橋を渡らずに済むだろうに。


「……相変わらず、嫌らしい目で見てくるわね?」

「いやー、そちらのメイドさんも子守で大変だなーって思ってな?」


「し、失礼ねっ。私だってちゃんと働いているわっ」

「へー、具体的には?」


「…………料理屋で皿洗いとかよ」

「ほう、一流のプロンジュールを目指すとは素晴らしいではないか。――――それで、実際のところはどうなのかな、マフラーメイドさん?」

「マリーお嬢様は凄いっスよ! 毎回計算したように、割った皿の弁償金とお給料とが完璧に一致してるっスっ!」


 それってプラマイゼロで、お給料がゼロってことじゃねーか。

 見てくれは良いんだから、もっと職場に花を咲かせていこうぜ、嶺上開花の如く。


「それでも、何もしないよりは遙かにマシか。よしよし、偉い偉い」

「頭を撫でないでよっ。あなたみたいな最低男から褒められても嬉しくないわっ」


「ははっ」

「あはっ」


 とにかく、元気にやっているらしい。

 世間知らずなコンビなので、本物の子守役が裏でフォローしているのだろう。

 やはり、おっさんには日陰者がよく似合う。


 憂鬱なパーティーだと思っていたが、こんなサプライズがあるのなら来て良かったかもしれない。






 ……この気の緩みが、更なる惨劇を引き起こすと知らなければ、な。



「――――まあまあっ、そのお声はやはり主様……、いいえ旅人様ではありませんかっ」


 三度、横から聞こえてきたのは、またしても若い女性の声だった。

 俺を主様などと変な呼び方をするのは、一人しか居ない。


「……やあ、シスター。そうか、シスターも選ばれてしまったのか」

「はいっ。正確には自然崇拝教自体にお誘いがあったそうですが、何故だかわたくしが代表に選ばれたのです」


 それって、最初から百発百中の予知スキルを持つシスター・セシエルを呼ぶつもりだったのでは?

 裏事情は置いといて、自然崇拝教は最近世間から認められるようになったらしいから、セシエル嬢も女傑の一人として数えられたのだろう。

 権力とはほど遠い温和なシスターだから、全く予想していなかった。

 俺の変装がバレた件については、もう聞く気も失せたぞ。


「それも、シスターの頑張りが認められた結果だよ」

「滅相もございません。全ては旅人様のご協力があってこそでございます」


 そう言って微笑む彼女の肩には、黒い子猫が乗っていた。

 海岸で渡した彼女専用の使い魔である。


 ……何故だろう。

 子猫を見ていると頭痛がしてくる。

 もしかして、俺が選ばなかった選択肢の向こう側にトラウマがあるのかもしれない。


「今日はシスターもドレス姿なんだな。よく似合っているよ」

「ありがとうございますっ。教団の代表としてはいつもの格好の方が相応しいかと思ったのですが、皆がどうしてもドレスの方が良いって教えてくれたのです」


 服に無頓着なところは彼女らしいが、いつもの服は保母さんが着ているような刺繍が入っているユルユル系だからな。

 教団の他の皆さんは、綺麗なドレスを着せることで公の場での印象を良くしておきたいのだろう。

 

「……確かに、強烈すぎる印象を残せそうだ」

「どうかされましたか、旅人様?」

「シスターの珍しいドレス姿に、周りが注目していると思ってな」


 シスター・セシエルが着るドレスは、体のラインがしっかりと浮かび上がるデザイン。

 しかも、ウエディングドレスのように肩から胸元までの服がカットされたタイプ。

 つまり、いつも以上にその大きすぎる乳が強調されており。

 巨乳嫌いの俺じゃなくとも、紳士な男性なら目のやり場に困る姿だ。

 自然崇拝教の本気さが窺える。


「あの、旅人様はどうしてわたくしの方を見てくださらないのですか?」

「うん、その、ドレス姿のシスターが眩しくて、な?」


「まあまあっ、ありがとうございますっ。旅人様も、本日は大変珍しいお召し物ですねっ」

「……うむ、これが男の戦闘服なのだ」


 現代社会における男の戦闘服は、スーツ。

 対する女性は、ドレス。

 社会の光と闇を象徴するような構図である。






「…………はあ」


 一体全体どうなっているんだろうな、今日は。

 顔見知りと一堂に鉢合わせるとは、どんな偶然だろうか?

 何か明確な悪意を感じずにはいられないのだが……。

 しかし、偶然ではなかったら何だというのだ。

 偶然ではない方が、もっと怖い。


 一度目は偶然、二度目も偶然、そして三度目は必然、だとして。

 良くも悪くも、もう三度のノルマをこなしているはず。

 二度あることは三度あるそうだが、縁起が悪い四度目に関する諺は無かったと思う。

 三回もの予期せぬ出遭いがあったが、三の字信者としてはある意味縁起が良い数値だろう。

 そうでも思わないとやってられない。


 ……いや、待てよ。

 四の字が付いた有名な諺があった。

 それこそは、四面楚歌!!!!



「――――あら、旅人さんってば随分と人気者なのね」

「――――グリン様、そちらの方々は、いったい?」

「――――あーあ、オレ知らねーからな」


 いつの間にか俺の近くに居たお嬢様とメイドさんとコルトが、こちらを見ていた。


 お嬢様は、愉快そうに。

 メイドさんは、不愉快そうに。

 コルトは、そっぽを向いている。


 この会場にはお嬢様が好きそうな未知の女傑が溢れているのに、よりにもよって最悪のタイミングで介入してくるお嬢様は本当にお嬢様である。

 俺がこの場に居るのは、全てお嬢様のせい。

 やはり、彼女が全ての元凶だろうか。


「……こうなったら、最後の手段だ。お嬢様は酔って暴れたあげく湖に落ちて土左衛門になってしまったと、領主様には伝えておこう」

「ちょっと、私の護衛のはずの旅人さんが、何で私を殺そうとしているのよっ!?」


「味方だと思っていた相手が実は敵という展開は、けっこう多いんだぞ」

「なるほどね、要するに愛情の裏返しってことねっ」


「違わい!」


 放り出したい。

 誰も見てなかったら、本当に窓からポイッと投げ捨ててしまいたい。

 

 くそっ。

 三度あることが四度あるなんて、反則じゃないか。

 四なんて縁起が悪い数値はお断りだ。

 それなら、もう一度起こって五度になった方がマシだ!






 ……嘘ですっ、冗談ですから、ほんと勘弁してくださいっ!



「――――パパ?」

「――――お客さん?」


 しかし、時すでに遅く。

 俺の望まぬ願いは叶えられ、五度目の声が聞こえてきた。


 その相手こそは、本命。

 もっとも避けたかったはずの水の巫女様。

 しかも、隣にはミズッちまで一緒だ。

 ほんと、神様って奴は余計な時ばかり願いを叶えてくれやがる。


「ヒトチガイデスヨ?」


 他はまだどうにかなるかもしれないが、女子会の主催者である水の巫女は本気でヤバい。

 俺と彼女の偽りの親子関係からしてもヤバい。

 まだまだデレ期が遠いミズッちにこれ以上誤解されるのもヤバい。


 ここはもう、人違いで済ませるしかない。

 一応変装しているから、相手も確信を持てないはずだ。

   

「パパだよね?」


 ヤンデレ気質がある巫女さんが、下側からサングラスの隙間を狙って覗き込んでくる。

 目を合わせてはいけない。

 合わせたら、やられる。


『どうして返事してくれないの、パパ?』


 業を煮やした彼女が通信アイテムを使って話しかけてくるが、無視無視。

 沈黙に優る金はない。


『どうして無視するのパパ?メイのこと嫌いになったのパパ?最初っから好きじゃなかったのパパ?やっぱりミズチさんの方が好きなのパパ?それに周りの女は誰なのパパ?メイは何も聞いてないよパパ?ちゃんと説明してパパ?でもどんな理由でも許さないよパパ?どうしてメイ以外の女にばかりいい顔するのパパ?メイの何が駄目なのパパ?メイはいつも良い子にしているのに……パパ、パパ、パパ、パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ――――』


「俺をパパと呼ぶなぁぁぁっ!!!」


 あかん。

 恐怖のあまり思わず叫んでしまった。


「ほらっ、やっぱりパパだった!」


 他の人には聞こえないアイテム通信に反応してしまった俺を、浮気の証拠を見つけた妻みたいに水の巫女が責め立ててくる。

 百歩譲ってそれは仕方ないとしても、先ほどのヤンデレ通信は演技だよな?

 俺を動揺させるためのジョークだよな?

 そうだと言ってくれっ!?



「……旅人さんが各地で愛人を作っているのは知っていたけど、まさか子供まで居るなんてね。しかもそれが水の都の巫女様だなんて、さすがにビックリよね」

「浮気は男の甲斐性……、浮気は男の甲斐性……」


 すかさず追い打ちをかけてくるお嬢様。

 俺を窮地に立たせることにおいては右に出る者がない逸材だ。

 その隣で自分を納得させるようにブツブツ言っているメイドさんも怖い。


「女の影があるのは分かってたけど、こうしてずらりと並ばれるとさすがにキツいものがあるね」

「旦那様、甲斐性の有り過ぎもどうかと思いますよ」


 ネネ姉妹は、比較的おとなしめに苦笑している。

 浮気に慣れてしまった芸能人の妻みたいな対応が逆に痛々しい。


「あはっ、自分達と似たような子がこんなに居るとは気づかなかったっスよ」

「最低男は何処に行っても最低なのね。今度こそとっちめてやるんだからっ」


 ああっ、良い感じで別れたはずのマフラーメイドさんとツンツンお嬢様にも愛想を尽かされてしまった。

 最後まで美しい思い出でありたかったのに。


「ま、まさか主様に人と子を成す奇跡まで備わっているとは……。 ああ! それでしたら是非わたくしとも――――」


 シスターは、よく分からないところに感心しているようだ。

 水の巫女が俺の子供ってのは誤解なのだが、まだ枯れていない男性としては否定しにくい。

 それに、何だかとんでもないことを約束させられそうで怖い。


「やっぱり、お客さんって…………」

「あんちゃんって、やっぱり…………」


 ミズッちとコルトが、低いトーンで囁いている。

 やっぱりって何だよ、やっぱりって。

 正直な話、この二人から誤解されるのが一番キツい。

 特にコルトは、いつもの純粋な子供らしい善悪の判断ではなく、女性として嫌悪感を抱いている。

 コルトの女性らしさをこんな形で見ることになるとは、複雑な思いである。



「ちっ、違うんだっ…………」


 四面楚歌を超えた五面楚歌に追い込まれた俺は、コルトの方を向いて、口を開く。

 実際に愛人を作っているので女遊びについては弁明しようもないが、子供まで作っているのだけは明確に否定しておかねばならない。


「信じてくれコルトっ。俺は、俺はちゃんと――――避妊ができる男なんだ!!」


「「「「「………………」」」」」


 あ、あれ? 

 俺の真摯な訴えに対して、どうしてだか冷たい視線が返ってくる。

 しかも、全員からだ。

 もしかして、避妊って単語が通じなかったのかな?

 この世界には薄いゴムが存在しないから、完璧な避妊という概念が無いのかもしれない。


「その、避妊っていうのは――――」

「もういいよ、あんちゃん。言葉の意味はちゃんと分かってるから。だからこれ以上、みっともない姿を見せないでくれよ」


 元気印がトレードマークのコルトが、本当に本当に悲しそうに訴えてくる。

 こんなにも彼女を悲しませる奴は、いったい誰なんだっ。

 絶対に許さんぞっ!



「旅人さん?」

「グリン様?」

「あんちゃん?」

「旦那?」

「旦那様?」

「ご主人様?」

「最低男!」

「パパ?」

「お客さん?」


 本当に壁際の汚物と化した俺を、女性達が逃げ場を塞ぐようにぐるっと囲み、真剣な顔で問い掛けてくる。

 今更何を聞きたいのだろうか?

 各人との関係性を詳しく話せばいいのだろうか?


 ……いいや、違う。

 そんな雰囲気じゃない。

 ギスギスしているはずなのに、どこか笑えてしまう空気は、漫画でよく見るアレ。

 そう、ハーレム系主人公がヒロイン達に問い詰められる修羅場シーンにそっくりだ。


 人様に極力迷惑をかけまいとそれなりに自制している俺が、何故こんな理不尽な展開に巻き込まれにゃならんのだ。

 こういうのは、普段からいい思いばかりしている鈍感男が陥るべきなのに。

 俺にその役を押しつけるのなら、もっと普段からラブコメさせろよ。

 とらぶるなエロイベントをバンバン起こしてこいよ。

 話はそれからだっ!


「オーマイガーッ!」


 堪らず俺は、誰かに祈った。

 困った時の他人頼み。

 この状況を打ち壊してくれるのなら、もう何だって構わない。

 悪魔にだって魂を売ってやる!!






 ……学習能力が無い俺は、またしても間違いを起こした。

 最悪の状況ってのは、実のところ、本人が思っているほど最悪ではない。

 そのことに、本人が気づく方法は、ただ一つ。

 実際に、もっと最悪な状況になった時だけ。



「――――キイコ達を呼んだっすよね、マスターっ?」

「ピンチの時だけエンコ達に頼るんじゃないわよっ。もっといつでも呼び出しなさいよ!」

「……マスターは、最後に頼るのはアンコ達です」


 悪魔に願ってしまった俺のもとに現れたのは、ポンコツトリオ。

 変装もせずに魔人型のままいきなり登場し、ふよふよと呑気に空を飛んでいる。


「…………」


 いや、な?

 確かに思ったけどさ。

 でも、本当に悪魔に登場されても困るだろう?




「ははっ、はははっ――――――」


 最悪に最悪を重ねた状況。

 まさに地獄の中の地獄。


 だけど、この地獄には、蜘蛛の糸のような一筋の光明が差し込んでいる。


「そういう、ことか…………」


 いつもはお邪魔虫にしかならないポンコツども。

 害虫は駆除すべきだが、蜘蛛のように毒を持つと同時に、益虫ともなり得る。


 冷静に考えれば……。

 こんな人混みの真ん中に、行動が制限されている魔人娘が出現できるはずがない。

 その証拠に、パーティー会場に集まった人々は誰も騒ぎ立てず、普通に会話を続けている。


 よって、俺が取るべき行動は――――。


「――――目を覚ませ!」


 躊躇せず全力全開の魔力を込め、ポンコツトリオへと打ち放った。

 目を覚ます時は、頬をつねるもの。

 誰かが痛い思いをすれば、目が覚めるはず。

 害虫死すべし!!!



 ……かくして長い長い悪夢は、ようやく終わりを迎えたのである。




 ◇ ◇ ◇




「――――」


 俺は、ベッドの上で目を覚ました。

 いつも通りオクサードの街に借りた宿のベッドで、いつも通り裸で、いつも通り隣には誰も居ない状況。


「最初の方に冗談で明晰夢だと思ったら、本当に明晰夢だったのか…………」


 特殊な場所で、顔見知りに次々と遭遇する状況は、もはや偶然ではない。

 だからといって、必然性も感じられない。


 偶然でも必然でもなければ、残るは夢オチしかない。

 うん、理にかなっている。

 長年の疑問が解けてすっきりした気分だ。


「そうだよなぁ。この俺が、あんなラブコメ空間に入り込めるはずがないよなぁ。はははっ……」


 自虐的な悲しい台詞だが、今はそれが喜ばしい。

 漫画やアニメで見ると愉快な修羅場なのに、当事者にとっては地獄そのもの。

 世のイケメンスケコマシ野郎共も案外苦労しているのだろうか。

 今度から問答無用で殴るのは勘弁しておこう。


「ああっ、日常って素晴らしい!」


 全裸のまま立ちがり、窓を全開にして、朝日に向かって感謝する。

 宿の近くを通っていた連中が、こちらを見て嫌そうな顔をしているが気にならない。

 そのさげすみの視線こそが、現実である証しなのだから。


「あんな悪夢を見るほど悪いことばかりしていないはずだが、とにかく夢でよかった。夢オチバンザイ! ビバ夢オチ!」


 漫画で見るとガッカリしてしまう最低のオチだが、こうして現実で起こると本当の素晴らしさに気づく。

 古くから愛されてきたネタは凄いよな。

 古典文学は神である。



「――――あっ、起きてたのかよ、あんちゃん」


 裸で小躍りしていると、軽くノックをした後にコルトが部屋の中に入ってきた。

 俺が全裸であることよりも、既に目を覚ましていることに驚いている。

 うむ、これぞいつもの日常だ。


「おおっ、愛しのコルコルよ。俺が真に愛するのはお前だけだ。信じておくれ!」

「……そっか、まだ寝ぼけてるんだな」


 浮気がバレそうになって優しさで誤魔化そうとするロミオみたいに変なテンションで語りかけると、コルトがウンザリした顔で対応した。

 これもまた、現実である証拠。


「それで今日はどうしたんだ、コルト? 朝食のお誘いか?」

「もう昼過ぎだぜ、あんちゃん。それはいいとして、実は――――」


 いつもと変わらない、愛しのコルコル。

 だけど、彼女の言葉を聞いて、嫌な予感がした。


 ……思い返せば、本日は「夢」に関するネタが満載だった気がする。

「明晰夢」に、「悪夢」に、「夢オチ」に、「夢から覚めたらまた夢」。

 有名処はあらかた盛り込まれているけど、まだ一つ残っているネタがある。


 それは――――。


「ソマリお嬢様とエレレねーちゃんが、オレとあんちゃんに用があるから来てくれってさ」



 正夢、である。




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