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◆記念日に究極の二択を1/2◆




「なあ、いいかげん起きろよ、あんちゃん」


 ベッドの上、まどろみの中、体と鼓膜を揺さぶる振動。


「本当は起きてるんだろ?」


 心地よい状態から抜け出したくなくて狸寝入りしているのは、彼女にはお見通しらしい。

 俺は仕方ないとばかりに、瞼を開け、むくりと体を起こす。


「おはよう、コルト」


 朝日を背に、俺を起こしてくれたのは、冒険者志望の男装少女。

 いや、元、と付けるべきだろう。

 何故なら今の彼女は、口調こそ変わらないものの、髪を伸ばし、すっかり女の子らしくなっている。

 そして、今の役割は――――。


「まだ、『あんちゃん』って呼んでいるのか?」

「……だって、その方が呼びやすくて」


 はにかんだ彼女が、言葉をつまらせる。

 外見は変わっても、中身はあまり変わらないようだ。


「俺達はもう他人じゃないんだぞ。だから、ちゃんと呼んでくれよ?」

「わ、分かったよ――――旦那様」


 ははっ、うい奴め!

 俺は、顔を真っ赤にして照れる幼妻をベッドに引き寄せ。


 そして――――。




「――――はっ!?」


 そこで、本当に目が覚めた。


「……知ってた。うん、知ってたよ。現実はそんなに優しくないって」


 まさしく夢のように消え去った幸せな未来を嘆きながら溜息を吐く。


「やっと起きたのかよ、あんちゃん」


 おや?

 目の前に、本当にコルトが居るぞ。

 ははん、これはあれだな、夢から覚めたと思ったらまだ夢を見ていたって展開だな。

 いわゆる夢の中で夢だと自覚している明晰夢ってヤツだ。


 そうなると、目の前のコルコルは、俺の夢の中の住人。

 つまり、好き勝手に弄んでも問題ない。

 先ほどの夢とは違ってまだ子供のままだが、これはこれで禁忌的な愉しみ方ができる。

 夢の中には十八禁指定などありはしないのだっ!

 さあ、もう一度幼妻ごっこに興じるとしよう!!


「ほら、目を閉じてこっちにおいでよ――――」

「なっ、何するんだよっ!?」

「いてっ!」


 抱き寄せておはようのチューを交わそうとしたら、思いっきりグーで殴られた。

 普通に痛い。

 どうやら俺の嫁は、バイオレンス趣味があるらしい。


「誰が嫁だよっ!? 寝ぼけてないでちゃんと起きろよな、あんちゃん!」

「えっ? ここは、俺のことを好き好き大好き超愛しているコルトが存在する夢の世界じゃないのか?」

「そんな訳ねーだろっ。たとえ夢の中でも、オレがあんちゃんを好きになるなんてあり得ないからっ!」


 そこまで言わなくてもいいだろう?

 おっさんでも傷つくんだぞ。


「ちょっとしたモーニングジョークじゃないか。ケチ」


 何だよ、どさくさで夢の続きをしようとしただけなのに。

 ちょっとくらいサービスしろよ。


「何でオレが悪いみたいに言われるんだよっ!? オレはソマリお嬢様とエレレねーちゃんに頼まれて、あんちゃんを起こしに来ただけなのにっ」


 んん? お嬢様とメイドさんとな?

 夢の世界には出てこなそうな二人の名前を聞くと、とたんに現実味を帯びてくる。

 どうやら俺は、彼女達に依頼されたコルトから叩き起こされたようだ。

 ちょうど似たような夢を見ていたため、混乱していたらしい。

 ふう、危うく十六歳未満の少女に手を出すところだった。

 寝ぼけていたからセーフだよな?


「寝ぼけていても犯罪だからな!!」


 言い訳する俺を、コルトが怒ってくる。

 きっと照れ隠しだろう。

 うい奴め!


「……はあ、もういいよ。あんちゃんに説教しても無駄だからな」


 釈迦に説法という奴だな、うんうん。


「それじゃあ気を取り直して。いったい誰が誰に何の用だって?」

「気を取り直すのはこっちだぜっ、まったく……。さっきも言ったように、ソマリお嬢様とエレレねーちゃんにあんちゃんを呼んできてくれって頼まれたから、ここに来たんだよ」


 ふむ、いつもは街中でばったり会うのが暗黙の了解となっているが、本日は急ぎの用があるらしい。

 この部屋に直接乗り込んでこなかっただけマシと思おう。


「それで、話の内容は?」

「長くなるから、会ってから話したいって。それに、オレにも用があるそうなんだ」


 お嬢様とメイドさんが、俺とコルトに用事か。

 何だろう、心当たりがまったく無いのだが。

 俺とコルトとの新たな人生の門出を祝ってくれるのだろうか。


「……仕方ない。目も覚めてしまったし、諦めて外に出てみるか」

「はあ……。誰かを呼んでくるってだけの簡単な仕事のはずなのに、すっごく疲れたぜ」


 寝た子を起こすのは母親か妻の役割だからな。

 コルトには少し早かったらしい。

 早めに慣れてくれよ。




 ◇ ◇ ◇




「それで、いったい何の用だ、お嬢様? 内容次第によってはデコピンするからな、デコピン」


「……ねえ、コルト君。旅人さんはどうしてこんなに不機嫌なの?」

「た、たぶん、何だか良い夢を見ていた時にオレが起こしちゃったから、かな?」


「夢ってことは、もう昼間なのに、旅人さんはまだ寝ていたの?」

「あんちゃんは、好きな時に寝て好きな時に遊ぶ駄目な大人だから……」


 少女二人が呆れた表情でこちらを見てくる。

 ふん、大人には大人しか分からない辛さがいっぱいあるんだぞ。


「メイドさんは、俺が呼び出された事情を知っているのかな?」

「ワタシのことはエレレとお呼びください」


 メイドさんも勿体ぶって教えてくれない。

 こう見えても俺は忙しいのだから勘弁してほしい。


「こほんっ。……ほら、以前にお父様と私達が襲われた事件があったでしょう?」


 無言の圧力に屈したお嬢様が、ようやく話し始めた。

 俺は大抵の粗相ならスルーできる余裕を持った立派な大人だが、道楽を邪魔された場合は例外なのだ。


「領主の襲撃事件か……。そんなこともあった気がするな」

「もうっ、私達がもうちょっとで死んじゃうくらい大変な事件だったのだから、ちゃんと覚えておいてよね」


「そうは言われても、俺とコルトはウォル爺に頼まれて店番していただけだし。なっ、コルト?」

「う、うん」


「そうそう、その件なのよ。旅人さんとコルト君が店番してくれたお蔭で、ウォル様が気兼ねなく私達の救出に来てくれた訳でしょう。だから、領主家の代表として、私とエレレが旅人さんとコルト君にお礼をしようと思ってね」


 なるほど、一応まともな理由があったようだ。

 仕方ない、デコピンは勘弁しておこう。


「そいつは殊勝な心がけだ。それで、幾らくれるんだ?」

「旅人さんはお金持ちだから、今更お金なんて要らないでしょう?」


「何を言うか。この世の全ては金次第。地獄の沙汰も金次第。何でも金で買えるとは言わんが、何でも金が無いと上手くいかないんだぞ?」

「そ、それはそうかもしれないけど、何でもかんでもお金で解決するのは良くないって思うのよね、ね?」


 俺が差し出した手の平を見て見ぬ振りをするお嬢様。

 厄介事を持ち込むのが得意な彼女だから、どうせあれこれ理由を付けて面倒事に繋げるに決まっている。

 シンプルに解決できるお金で手を打とうとしたのだが、案の定企みがあるようだ。


「――――だからねっ、お金よりよっぽど素敵なお礼を持ってきたのよ!」


 ほら、きたきた。

 お金より確実なモノなんてありはしない。

 世の中は不確かなモノばかりだから、お金という通貨が発明されたのだ。

 愛はお金で買えないかもしれないが、お金よりも価値があるとは限らないのだ。


「まあ、いい。俺は良識ある立派な大人だから、一応聞いてから拒否しよう」

「拒否を前提にしないでよっ。ちゃんと内容で判断してよねっ」


「……善処しよう。それで?」

「まず最初に聞いておきたいのだけど、旅人さんは海と山、どっちがお好きかしら?」


 これまたベタな質問がきたな。

 定番の選択なだけに、究極の二択とも言える。

 山育ちの俺としては海に物珍しさを感じるが、海はパリピの集まりってイメージがあるのでそんなに好きじゃない。

 この歳になって海で泳ぐのもあれだし、この世界では水着のおねーちゃんも期待できないだろうし。


【海 or 山】


 あれ、まだ寝ぼけているのかな?

 目の前に変な文字が見える。

 知らぬ間に選択肢が可視化されるスキルを会得したのだろうか。

 俺の脳内選択肢が異世界ラブコメを全力で邪魔しているのかっ!?


「……どちらかと言われれば、山、かな」


 幻覚を気にしても仕方ないので、素直に好きな方を選ぶ。

 選ぶと同時に「山」の文字が赤く光り、選択肢は消えてしまった。


「それじゃあ、行き先は山で決定ね!」


 俺は、ただ質問に答えただけなのだが、どうやら本当に重要な選択肢であったらしい。


 その後は、まるで何かの強制力が働いているみたいに問答無用で話が進んでいき。

 そして。

 お礼という名の旅行が決まってしまったのである。




 ◇ ◇ ◇




「――――と、いうわけなのよ」


 勝手に暴走するお嬢様の話をまとめると、こんな感じになる。


 とある山中に、知る人ぞ知る美しい都があり、女性が代表を務めている。


 この世界では女性が第一人者となるのはまだ少ないため、地位の向上と団結を図るため世界各地の有名な女性を集めてパーティーを開いている。


 そのパーティーに、人族を代表する都市の一つである冒険者の街オクサードを統べる領主家の一人娘ソマリお嬢様と、高いレベルを誇るエレレ嬢がお呼ばれした。


 パーティーに参加できるのは原則呼ばれた女性だけだが、各人に一人ずつ護衛を付けることが可能。


 そこで、お嬢様の護衛役を俺、メイドさんの護衛役をコルトとした名目で、旅行に誘っているそうだ。


 これを聞いた俺の感想は……。


「女子会じゃねーか」


 そう、これは女性だけが集まってキャッキャウフフする女子会に違いない。

 そんな場所に護衛とはいえ男が紛れ込むのは場違いも甚だしい。

 いたたまれない思いをするのは火を見るより明らかだ。


「あー、大変残念ではあるがー、その日はとっても重要な用事があるから断固断る!」


 だから、俺は拒否した。

 ただでさえ見知らぬ女性と話すのは苦手なのに、どんな拷問だよって話だ。


「ねえ旅人さん、私はまだ、日程については言ってないのだけど?」

「申し訳ないが、俺は半年間のスケジュールがぎっしり埋まるほどの売れっ子なんだ。だから急に言われても困る。ちゃんとマネージャーを通してくれ」

 あながち嘘ではない。

 この街に来た時は完全無欠の暇人だったが、最近は段々と予定が入るようになっている。

 道楽を求めているだけなのに、何故行動が制限されてしまうのか不思議である。


「ふーん、だったらそのマネージャーさんにお伺いを立てようかしらね。……ねえ、コルト君は行きたいわよね?」

「う、うんっ。オレ、他の街に行ったことないし、そんなに有名な場所だったらすっごく行きたいよっ」


 お嬢様は俺が断るのを見越していたようで、特に怒りもせず、ターゲットをコルトに変えてきた。

 この卑怯者め!


「あらあら、でも残念ねー。旅人さんの都合が悪ければ人数が揃わないから、今回の旅行は見送るしかなさそうね?」

「あ、あんちゃん…………」

「くっ、単細胞なお嬢様のくせに効果的な作戦を仕掛けてきやがってっ」


 コルトが悲しそうな瞳で見上げてくる。

 こんな表情の少女を見捨てる奴は、紳士ではない。似非紳士だ。


「グリン様、その都は大変美しく、豪華な料理も食べ放題だと聞いております。ですから、是非ともご一緒してください」

「……分かった。俺も行こう」


 仕方あるまい。

 若い女性三人から懇願されては、非モテのおっさんとして断る術がない。

 女性はずるいよなぁ。

 ちょっと誘うだけで男がホイホイついてくるのに、男からの誘いは渋ってきやがる。

 そんな彼女達が集まる女子会が男にとって楽しいはずがないのだが、これも貴重な経験には違いないだろう。


 全国各地の女傑が集まる魑魅魍魎な女子会。

 戦々恐々と楽しんでやろうじゃないか。




 ◇ ◇ ◇




「それで、行き先はどこなんだ?」


 思い立ったが吉日、とまでは行かないものの、早速翌日には出発する運びとなった。

 つまり、お嬢様は出発の前日に誘ってきたことになる。

 行き当たりばったりにも程があるぞ。


「ええっとね、私とエレレも初めて行く都だから、よく知らないのよねー」

「人様を誘っておいていい度胸だな、おい」


 お嬢様とメイドさんとコルトと俺の四人は、馬車へと乗り込み、目的地を目指す。

 出席者が当人と護衛に限定されているとはいえ、本当にこの四人だけで外出させるとは領主様も大概放任だよな。

 メイドさんっていう本物の護衛が居るから安心しているのだろうか。

 以前誤解された婚約者の話とは無関係だと思いたい。

 というか、今回の旅行もどきでまた誤解されるんじゃ……。


「旅人さんは、コルト君と一緒ならどこだって良いのでしょう?」

「俺はお礼される立場だと記憶しているのだが……」


 やっぱり、お嬢様の暇潰しが目的じゃねーかよ。

 お礼を名目に俺を連れ出して遊び倒すつもりだな。

 まあ、コルトが楽しそうにしているからいいけど。

 コルトとはそれなりに仲が良いつもりだが、二人っきりの旅行に誘う勇気が無いので、その予行練習と思えば悪くない。


「グリン様、都の名はヴァダラーナだったと思います」

「そうそう、そうなのよ。近くに大きな湖があって、とっても綺麗な都みたいなのよね」


 おや?

 何だか聞き覚えがある気がするぞ。

 覚えはあるが思い出せない程度だから、気にするまでもないか。


「それはともかく、旅人さんのその格好は何なの?」

「むろん、護衛に相応しい格好に決まっている」


 お嬢様とメイドさんは、今はいつもの格好だが、都に到着した後はちゃんとしたドレスでパーティに参加するらしい。

 そこで、護衛役の俺達はどんな格好で行くべきかコルトと相談したところ、護衛っぽくて礼服でもあるスーツ姿となった。

 せっかくの機会なのでコルトにもドレスを着てほしかったのだが、強い拒否反応を示されたため断念。

 そこで千差万別な服を取りそろえている俺のレパートリーから、それっぽい服を選び出したのだ。


「この服じゃ駄目だったかな、ソマリお嬢様?」

「コルト君はきっちりしていて、何の問題もないわ。でもどうせなら、ドレスでも良かったのよ?」


「ほれ見ろ、今からでも遅くない。こんなこともあろうかと持ってきたヒラヒラでフワフワのドレスを着るんだ、コルトよっ」

「い、いやだっ。あんな服、オレに似合うわけないだろっ」


 素材的には申し分ないのだが、髪が短いボーイッシュな出で立ちでは確かにドレスを持て余すかもしれない。

 活動的なコルトにはレオタードとか似合うんじゃないかな。


「そう、コルト君は問題ないわ。問題があるのは、旅人さんの方よ」


 俺が着用しているのは、護衛にぴったりなスーツ。

 真っ白なシャツの上に真っ黒なスーツとネクタイを組み合わせ、トドメとばかりに大きなサングラスを装着。

 やはり、護衛にサングラスは欠かせない。

 これぞ正しき護衛の姿である。


「俺もコルトと同じスーツ姿じゃないか。格好よく着こなせているだろう?」

「きっちりした服かもしれないけど、真っ黒で怪しすぎるわよ。護衛じゃなくて、暗殺者に見えるわ」


「護衛ってのは荒事もこなすから、似たようなものだろう?」

「護衛と暗殺者では正反対でしょうっ。旅人さんはいつもは無気力なのに、変なところで悪乗りしてくるから厄介よね」


 失敬な。

 俺はふざけてなどいないぞ。

 至って真面目だぞ。

 アイル・ビー・バック!


「くくくっ、お嬢様の護衛役として恥じぬ格好をしないとな」

「……やっぱり嫌がらせじゃない、もう」


 お嬢様が諦めたように項垂れる。

 俺とコルトをダシに遊ぼうとしているのだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。


「ワタシはとても格好いいと思いますよ、グリン様」

「サンクス。エレレ嬢のドレスもベリーベリーキュートなんだぜ」

「……これはまだ、いつものメイド服です」

 


 そんなこんなで、馬車で移動し続けること、数日。

 ようやく、目的地へと到着した。


 馬車の旅は嫌いじゃないのだが、二日以上乗り続けるのは苦痛に感じる。

 狭い馬車の中ではお嬢様の質問攻めから逃げられないので、天井の上に寝そべり、本を読みながら時間を潰しているうちに無事終点へ辿り着いたようだ。


「んん? 何だかすっごく見覚えがある気が……」


 都の入り口まで来て、ようやく気がついた。

 この都って、もしかして……。


 俺の心配を確定させるかのように、門番が口を開く。



「ようこそ、水の巫女様が守護する水の都ヴァダラーナへ!」

▼あとがき

主人公と同じく予想外の出来事です。

本作の書籍版が文庫化されます。

詳細は、活動報告にて。



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