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強面ドワーフのコネづくり② 大貴族からの依頼 2/2




「――――呼び立てて、すまんかった」

「いえいえ、ビジネスの話は時間帯なんて関係ありませんし、残業代が出ないのも諦めていますから、お気になさらず」


 翌朝、コルトを介して呼び出された男は、にこやかに嫌みが籠もった返事をした。


「お主はあれじゃな、いつもは上手く感情を抑えておるが、慣れた相手だと表情も返事も雑じゃわい」

「ご忠告、感謝します。今度からはもっと完璧に偽装してみせますよ」


「そんな意味で言ったわけじゃない。まったく、お主という男は…………」

「はあ、よく分かりませんが、すみません」


 何故わざわざ足を運んでまで怒られるのだろうか、と釈然としない気持ちを抑えながら男は頭を下げる。

 長年サラリーマンを務めてきた中年男にとって、とにかく何かあったら謝るべしといった条件反射が身に付いていた。


「まあ、よい。お主を呼んだのは、用意してほしい薬があるからじゃ」

「その様子からすると、随分と貴重な薬をご所望みたいですね?」


「……そうじゃ。病気回復薬のランク10が必要じゃ」

「それはそれは。しかも近日中に、ですね?」


「うむ、二十日以内が望ましい」

「それはそれは」


 ことビジネスに関して、男の察しは悪くない。

 何故それが自身にも反映されないのかと、ウォルには不思議で仕方ない。


「……まずは、用意できるかどうかを聞いておきたい」

「まあ、一本程度であれば大丈夫だと思いますが」


 あっさりと、男は答えた。

 大貴族が血眼になって探しても手に入らない品について。


「そうか…………」


 ウォルも慣れたもので、今更驚いたりはしない。

 ただ、思わず漏れる溜息は隠しようがない。


「では、次が本題じゃ。――――その薬、儂に売ってくれるか?」

「…………」


 その質問に、男は即答しなかった。

 男にとって、ランクや本数は問題にならない。

 それは相手も察しているはずであり、敢えて聞いてきたのは、別の問題があるからだろう。


「一応聞いておきますが、何か問題でも?」

「……お主も知っておるはずじゃが、最高ランクのアイテムは王族が法律で独占しておる」


「ああ、そういえば、そんな話を聞いた記憶があります」

「だから儂は、これまでランク9以下のアイテムしか取り扱ってこなかったのじゃ」


「なるほどなるほど、そういえば、そうでしたね」

「…………」


 聞いたことがあり、覚えてもいるが、指摘されない限り記憶の中から取り出そうとしない。

 つまり、男にとって、大した情報ではないということ。

 ウォルは誰よりも理解しているつもりだったが、改めて男の危うさに懸念せざるを得ない。


「でも、どうせ裏で流すのだから、どんなランクでも関係ないのでは?」

「儂は今まで、裏取引をしているとは言ってないと思うが」


「でも、表市場には出していないのでしょう?」

「当然じゃ。多くの高ランクアイテムを表に出せば市場が混乱するわい」


 遠慮しなくなった男が売ってきたアイテムの数は多い。

 ウォルの人脈を以て、なおかつ慎重に売る相手を選んでいなければ、不審に思う者も多いはず。

 

「お主が言うように、ランク10であっても扱いは今までと同じじゃ。そしてそれは、偽装にも限度があることを意味する」

「要するに、ランク10は王族管理だから注目度が高く、ランク9以下と比べて足が付く可能性が高くなるんですね?」


「その通りじゃ。むろん、これまで以上に慎重に取り扱う。……しかし、何よりも目立つ品である以上、完全に抑えきれる自信は、ない」

「それでも、物は欲しいと?」


「儂が疑われるのは構わない。それ以上の得を取るつもりじゃからな」

「ははっ、本物の商売人はさすがですね」


「儂は良くとも、お主はそうじゃない。お主が得るのは、いつもより多めの金貨だけ。正直な話、いらぬ危険を背負ってまでやる価値はない。これまで通りリスクの低いランク9までのアイテムを扱った方が安全じゃ」

「それで、先の質問に戻るわけですか……」


「――――そうじゃ。もう一度聞くが、儂にランク10のアイテムを売ってくれるか?」


 先ほどと同じ質問。

 だけど、先ほどよりも多くの意味を込めた質問をウォルは投げかける。


 

「うーん…………」


 それに対して男は、わざとらしく腕を組んで眉間にシワを寄せた頭を揺らし、いかにも考えていますよーといったポーズを取る。


「…………」


 ウォルは、相手が答えを出すのを、黙って見守る。

 ウォルの答えは、決まっている。

 先ほど答えたように、リスク以上の大きなメリットがある。

 だから、バミューダスの法律的にも時間的にも心情的にも無理がある要望を聞き入れたのだ。


 だが、ここから先は、目の前の男次第。

 バミューダスの運があるか否かに、かかっている。



「――――ひとつ、質問していいですか?」


 さして時間をかけずに結論を出したらしい男が、口を開いた。


「根が深い問題じゃ。疑問があるのなら何でも聞いておけ」

「いえいえ、一つで十分ですよ。欲張りすぎは失敗の元です」


「……して、何を聞きたいのじゃ?」

「俺が知りたいのはただ一つ。その薬を使うのは誰なのか、です」


「…………」

「もちろん個人情報に抵触する恐れがあるのは重々承知しています。昨今は情報漏洩に厳しい時代ですからね。なので、性別と年齢だけでいいのですが?」


「……その程度なら大丈夫じゃろう。薬を必要としている相手は女で、年は近々10歳になるそうじゃ」

「おおっ、それはそれはっ」


 男は、感心したように頷く。

 その顔は珍しく普通の笑顔であり、率直に喜んでいる様子が窺える。

 だが、いったい何が嬉しいのか、ウォルには見当がつかない。


「その様子だと、引き受けてくれるようじゃな」

「ええ、前向きに考えるべき案件だと思いますよ」


「本当にいいのか? お主に迷惑が及ぶ場合も少なからずあるのじゃぞ」

「ウォル爺が何度も聞き返すだなんて、よっぽどですね。もしかして、商売人としては乗り気でも、個人的には嫌だったりするのですか?」


「……薬を使う当人ではないが、その関係者とは因縁がある」

「ほうほう」


「それに、儂らドワーフ族は病気に対して独特な考えを持っておる。怪我や毒といった外傷は摂理とは無関係なものじゃから、癒やすべき対象。しかし、先天的な病気は当人が持って生まれた業。いわゆる寿命と同然だから、アイテムのような外部の力に頼って治すべきではない。……そんな考えじゃ」


 このような考え方は、ドワーフやエルフなど自然の中を拠点とする種族に多い。

 命の長さは種族で決まっているのではなく、個人に対して定められていると信じられているのだ。


「ああ、何となくですが理解できますよ。俺の地元でも意識を持たぬ者に延命装置を使うことや、輸血することを拒む人が居ましたからね」

「エンメイソウチ? ユケツ?」


「医療用語なのでお気になさらず」

「……して、お主自身は、どう考える?」


「俺の地元は医療技術が進んでおりまして、どんな病気も人の力で治そうとしていました。一度死んでしまった者にショックを与えて無理やりに寿命を延ばすのも珍しくありません。これはドワーフ族の考えと比較した場合、神の意志への挑戦になるのかもしれませんね」

「…………」


「そんな所で育ってきたものですから、治す技術があって、それが他人の迷惑にならず、何よりも本人が望むのなら、どんな手段を使っても構わないと思います。たとえ、死者を蘇らせる方法であっても」

「…………」


 淡々と人の命を語る男。

 それは、男にとって、他人の命の価値を示すに等しいか。


「だけど、蘇生アイテムだけは存在しないですよね」

「……誰もが欲張りすぎなのじゃ。どんな怪我や病気でも治る薬があるだけ僥倖だというのに」


「それもそうですよね。人の欲望は、本当に限りがない」

「…………」


「だからこそ、発展する力となり得る。難儀なものです、ほんと」

「――――話を戻そう。出所がお主だと気づかれる結果になったとしても、本当にいいのか?」


 改めて、ウォルは問う。

 死生観なんて、人それぞれ。

 長く語っても、結論は出ない。

 それに、胡乱な男の死生観をこれ以上聞くのは、何故か躊躇われた。


「もちろん、面倒事は困ります。そんなことになったら、せっかく慣れてきたこの街を離れるしかないでしょうね」

「…………」


「――――でも、各地を旅するようになって、気づいたことがあるんですよ」


 男は、笑っているような、悲しんでいるような、よく分からない表情で語りはじめた。


「俺は、この世で最も強い力は、運だと思っていました。

 ……いやまあ、今も思っているのですがね。

 運があれば、レベルが低くても幸福になれるだろうし、そのレベルだって簡単に上がるでしょうし。

 裕福な家に生まれ、健康な体に恵まれ、整った容姿が与えられ、可愛い幼なじみが隣に住んでいる。

 このような勝ち組の条件は、全て運。

 後から努力して手に入るものではありません」


 独り言のような先の見えない話を、ウォルは黙って聞く。


「だからこそ、運に振り回されない確固とした力を欲してきました。

 でもそれは、いずれ襲いくる不運に備えているに過ぎない。

 何をどうしても、運という大きな流れはけっして変わらない。

 そう、思っていました」


 そこから男は、ほんの少しだが、語気を強めた。


「でも、そうじゃなかった。

 運を変える方法があったんですよ。

 あの時、彼女達は、きっと強く願ったんだと思います。

 決まっていたはずのその先を、『意志』の力で変えてみせたんですよ」


 断片的に語られる言葉からは、全容を知ることはできない。

 それでも、男が伝えたい核は見えている。


「強い『意志』は、自分が望む運を呼び込む力を持っている。

 とはいえ、生まれた時からの境遇や全般的な流れは変えようがないから、やっぱりどうしても運が最強と思いますが」

「………………」

 

「えーと、そんなわけで無神論者の俺としては、薬を探している相手がウォル爺に辿り着いたのは、偶然だけではないと思う次第でして……」

「つまりお主は、依頼人の『意志』とやらを尊重したいのじゃな」


「強い意志を持つ相手とお近づきになっておけば、俺の凡庸な運も変わるかもしれませんしね」


 男は、柄にもなく真面目に語った自分を恥じるように、最後にオチをつけた。



「そうか…………」


 男からリスクを無視してまでも売っていい理由を聞き、ウォルは少し考えを改める。

 元々、良識は持っていると思っていた。

 良識はあるが、簡単にそれ以外を優先させる危うさがあるとも思っていた。


 ……だけど、他人の気持ちを汲み取ろうとする優しさがあるのなら、違った展開が望めるかもしれない。



「――――先に言ったように、儂にとっては利益が上回る話じゃ。お主がそれでいいのなら、この話、進めよう」

「ええ、せっかくだから、そうしましょう。この時間が無駄にならずに済みますしね」


 話は、まとまった。

 元々自分が持ってきた商談なので、ウォルに文句はない。

 謎が多い男の意外な一面が知れて、有意義な長話であった。

 商談が成立した理由を一言で表現するとしたら、男が言ったように「せっかくだから」になるのだろう。


「それでは、ご要望の品は近日中にお持ちします」

「……ああ、頼んじゃぞ」


 事も無げに、確約を交わす男。

 以前はそれが恐ろしかったが、今は、頼もしく感じる。

 散々心配してきたが、これからは男を見る目を変えていいのかもしれない。

 でも、その前に、念のために聞いておきたいことがある。


「お主の考えを今更どうこう言うつもりはないが、一つ聞いておきたい」

「はあ、何でしょうか?」


「それほど相手を気遣えるのなら、別に薬を使う者の情報を知る必要はなかったじゃろう?」

「――――え?」


 素朴な疑問から生じた何気ない質問のはずなのに、男は心底驚いた顔をした。

 その様子を見て、ウォルは悪い予感を覚えた。


「おいっ、まさかとは思うが、お主が言っていた『意志』とは――――」

「ええ、もちろん、若い女性が前提の話に決まっているじゃないですか」


「……なら、もし相手が、男だったらどうしたのじゃ?」

「もちろん断っていましたよ。若い女性は全て俺の嫁になる可能性があるので、身内も同然です。ですが、男連中はそんな嫁候補を俺から奪う危険性があるので、敵です。そんな奴らに塩を送るほど、俺は自分に自信がありません。舐めプして背後から刺される展開って大嫌いなんですよ」


「つ、つまり、お主が熱弁した内容は全部、女性に限った話じゃったのかっ!?」

「はい、もちろんです」


「――――――」

「……?」


 これまで大病を患ったことがないウォルは、特大の頭痛を感じた。

 やはり、この男は駄目だ。

 良識があったとしても、相手を思いやる気持ちがあったとしても、価値観が歪みまくっている。

 つい先ほどまで素直に感心していた自分を思い返し、ワナワナと震えるウォルを前にして。

 元凶である男は、睨まれている理由が分からず首を傾げるばかり。


「……まったく、そんなに嫁が欲しいのなら、見込みがある相手に片っ端から求婚すればどうとでもなるじゃろうが」

「ははっ、嫁というのはただの方便ですよ。若い女性とそうでない者とでは、価値に大きな差があるって言いたかっただけです。それに、結婚ってものは色々と込み入ってしまいますからね。全く別次元の問題ですよ」


「方便、か……」

「ええ、俺の地元には『嘘も方便』って言葉がありますし。嘘も悪い奴ばかりじゃありません」


 確かに、方便なのだろう。

 だが、どこからどこまでが方便なのか、判別できない。

 それが、この男の掴めないところ。


「まったく、お主という男は…………」

「はあ、よく分かりませんが、すみません」


 こんな風に、自分達は怒り謝る関係がお似合いかもしれないと。

 強面で偏屈で苦労性のドワーフは溜息を吐いた。




 ◇ ◇ ◇




 街中から光と音が消え去った深夜。

 今度は足音を隠そうとせず、大貴族の男は再びその店を訪れた。


「…………」


 バミューダスは、用があって入ってきたはずなのに、無言だ。

 声を出すこともできないまでに、憔悴しきっている。

 わざわざ尋ねずとも、全ての交渉が失敗してしまったのだと分かる。


 最後の希望に縋り、どうにかオクサードの街へ辿り着いたものの。

 彼の心は、既に折れかかっていた。

 やはり、無駄な努力であったのかと。

 何かをせずにはいられなかったから、何かをしている振りをしていただけなのだと。


 後は、仇敵であるドワーフから、トドメを刺されるのを待つだけ……。


「ふんっ」


 客の情けない姿を見て、店主は鼻息を荒くする。


「その様子だと、成果は聞くまでもないようじゃな」

「…………」


「どうやら、儂の苦労が無駄にならずに済んだようじゃわい」

「――――っ!?」


「これが、依頼の品じゃ」


 そう言ってウォルは、最高ランクの病気回復薬を台の上に乗せた。


「あっ、あああぁぁぁっ――――――」


 手に取って確かめたバミューダスは、人目もはばからずに叫ぶ。

 

「――――――」


 その声は近所迷惑になるほど大きかったが、ウォルは注意しない。

 子を持つ親の絶叫。

 しかも、歓喜の慟哭を見る機会など、今後おそらくありはしないだろう。 

 特に、家族を持とうとしない者にとっては。

 この場に薬の提供者が居ないことを、ウォルは残念に思った。



「――――ありがとう。ありがとう…………」

「もう、よい。それに、商談はまだ終わっておらぬぞ」


 ようやく言葉を話せるようになった客を立たせ、店主は話を進める。


「儂は慈善家ではない。対価は十二分にいただくぞ」

「あ、ああっ、もちろんだともっ。何でも言ってくれ!」


「その品を引き渡す条件は五つ。一つめは、金貨。これについては、王族が冒険者から買い上げる時の相場で良い」

「そんなもので本当に良いのかっ!? 必要ならその何倍でも出すぞっ?」


「その金は頭金のようなものじゃ」

「な、なら、他の四つは?」


「二つめは、薬の入手先が儂であることを全力で秘匿することじゃ」

「うむっ、それはもちろんだっ」


「まずは、回復した娘を即座に人が少ない僻地に隔離せい。そして表向きには、病気はまだ回復しておらず、養生のために環境が良い場所に移したことにするのじゃ」

「なるほど……。病気が治った事実自体を隠しておくのだな」


「世継ぎではない娘は軽視される。その立場を逆に利用して、注目を集めないよう配慮せい。数年ほど隔離しておき、ほとぼりが冷めた後に屋敷に戻せば噂も抑えられるじゃろう」


 バミューダスは、薬を探すためなりふり構わず周囲に協力を依頼していた。

 このため、彼の娘がランク10の大病に侵されている事実を知る者は少なくなく、王族の手を借りず治ったとなれば追及する者も出てくるだろう。

 そこで娘の情報を全て遮断して話題に上がらないようにし続け、人々の記憶が薄れるのを待つ方法が有効と考えられる。

 たとえ大貴族であっても、10歳にも満たない小娘の生き死にを長く気に留める者は少数のはず。

 少なくとも、時間は稼げる。

 時間が稼げれば、薬の出所を探るのが難しくなり、別の対処方法を思いつくかもしれないし、何か大事件でも起きてそれどころではなくなるかもしれない。

 他人と運任せではあるが、当面はそれで十分。


「そして三つめ、これが最も重要じゃ。今回の件は大きな貸しとして、今後儂からの協力要請に従え」

「それは私としても願ったりだ。今日の恩を完璧に返さなければ、私の貴族としての誇りが損なわれる。いつでも何でも言ってくれて構わない」


「本当によいのか? 場合によっては、王族を敵に回すかもしれんぞ?」

「……今回の件で、王族は市民だけでなく貴族の味方でもなかったのだと知れた。だから、王族に逆らうのも抵抗はない。ただし、一族が打ち首になるような蛮行は断固拒否させてもらうが」


「安心せい。さほど無茶な頼みはしないつもりじゃ」

「それは助かる。大貴族の肩書きが伊達ではないと証明できる機会を待っているぞ。……それで、残りの二つは?」


 必須だと思われる条件は、この三つ。

 他にどのような条件があるのかと不思議に思い、バミューダスが尋ねると。


「……これじゃ」


 先刻まで厳しい顔をしていたウォルは、急に疲れた顔になって、両手で抱えるほど大きな箱を取り出した。


「ウォルよ、この大きな箱は何なんだ?」

「誕生日プレゼントじゃ」


「へっ? ……いったい、誰の?」

「お主の娘に決まっておるじゃろうっ。もうすぐ10歳の誕生日だと言っておったじゃろうがっ」


「う、うむ。それは間違いないし、親として喜ばしい話だと思うが、……なぜ?」

「お主の娘はこれから、友人どころか同世代の子供も居ない場所へ隔離される。それでプレゼントでもあった方が気が紛れると思ったのじゃ」


「――――あの偏屈で酒と戦闘にしか興味がなかったお前が、他人の子供を気遣って、プレゼント、だと?」

「それ以上失礼な物言いをすれば、この話なかったことにするぞ」


「うわっ、すまないっ、許してくれっ。……でも、やはり気になるのだが?」

「ふんっ、その気持ちは儂もよく分かるわい。だから、この四つめの条件について詳しく聞くな、というのが五つめの条件じゃ」


「…………お前がそう言うのなら、もちろん従おう。こちらとしても飲みやすい条件で助かるしな」

「儂が言うのも何じゃが、四つめと五つめは理解できなくとも必要な条件として受け入れてくれ。その代わりに、これを渡そう」


「おおっ、これは転送アイテムじゃないかっ」

「ここから王都までは何日もかかるし、途中で盗賊にでも奪われたら無駄骨じゃ」


「そこまで気遣ってのことかっ。最初から最後まで手を貸してくれて、本当に感謝する!」

「…………」


 本当に感謝されるべきは、少女向けのプレゼントと転送アイテムをオマケで渡してきた無駄に心配性なあの男だという愚痴を、ウォルはぐっと飲み込んだ。



「……しかし今更の話だが、担保が無いただの口約束で本当にいいのか、ウォルよ?」

「反故にされたら、それまでじゃ。儂の見る目がなかっただけだし、お主がその程度の男だったということ」


「そうか……。いや、すまない、くだらない質問をしてしまった」

「――――早く行け。病気が治らんことには話が進まんわい」


「ありがとうっ。一段落したら、改めて礼に来る!」


 最後に大貴族の男はもう一度頭を下げ、薬と箱と転送アイテムをしっかり抱え大慌てで出ていった。

 その表情は、店に入ってきた時とは正反対であった。




「……馬鹿者が。何度もこの街に来たら疑われるに決まっておるじゃろうが」


 ようやく静けさを取り戻した店で、ウォルは一人呟く。

 色々と気苦労の多い取り引きだったが、メリットは大きい。

 王族に次ぐ大貴族の一角を味方にできたのだから。

 特に他の貴族との繋がりが薄いオクサードの街にとっては、大きな戦力となるだろう。


「これで、二つ……。いや、上手くいけば三つか…………」


 窮地に役立ってくれそうな力は、三つ。

 酒で約束したドワーフ族。

 薬で約束した大貴族。

 そして、若い女性限定という馬鹿げた条件があるものの、その条件内では馬鹿げた力を遺憾なく発揮しそうな旅人の男。

 万全とは言えず、不確定要素も多いが、それなりに頼りになる力が揃った。

 

「後は、これらの力が必要となる事態が発生するかどうかじゃが……」


 最高ランクの薬をたった十日間で納品した男は、こう言っていた。

 大きな運命の流れは、避けることができない。

 その言葉の通り、大きな厄介事が近づいている予感がする。

 時期的に見て、おそらく「大襲来」と絡んでくる可能性が高い。


 だけど、あの男は、こうも言っていた。

 強い意志があれば、別の運命を味方にすることができるかもしれない、と……。

 これまで自分がつくってきたコネが、まさにその意志となるだろう。


「意志とやらが本当に、不運に負けない力となり得るのか……。まずはバミューダス、娘を助けることでお主が証明してみせるのじゃ」


 強面ドワーフは、酒が入った杯を傾けながらそう呟くと、ただの親馬鹿になった元仇敵が愚かな貴族に戻らぬことを祈った。






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――






「――――ふわぁ~」


 少女は一人、目を覚ます。

 現在住んでいる小さな家は、王都から遠く離れた田舎にあり、お世話係も最小限しか用意されていない。

 何よりも、少女の家族――――父も、母も、兄達も、居ない。

 家族と会えるのは、年に数回程度だと聞かされている。

 しかも、少女の方から会いに行くことは許されておらず、いつも待つばかり。


「…………」


 だけど、少女は、寂しさを我慢できる。

 動かない体でベッドに寝たきりのまま、暗闇に引き込まれるような恐怖に怯える日々と比べたら、なんともない。

 元気な体で自由に遊べる毎日が、楽しくて仕方ない。


「おはようっ」


 それに、少女は一人ではない。

 いつも一緒に、大きなぬいぐるみが居てくれるのだから。 


「おはよう、くまさん!」




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