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強面ドワーフのコネづくり② 大貴族からの依頼 1/2




 オクサードの街には、いくつかの名物店がある。


 付与魔法の常識を覆した踊る人形が並べられた店。

 果物を乾燥させ極上の甘味に昇華させた農家の露店。

 街外れの小さな店で美味しい料理を提供する料理店。

 不思議な異国の服を作る店。


 そして、冒険者を引退したものの、未だオクサードの街で最も高いレベルを誇るドワーフの買取店。


 その店には、名前が無かった。

「ドワーフの店」や「ウォル爺の店」など、適当な名前で呼ばれている。

 営業時間は基本日中であるものの、決まっていない。

 店員は彼一人であるため、他の用事が優先され一日中閉まっている場合も多い。

 なのに、買取店を利用する客は困らない。

 不思議なことに、必要に駆られた者がどんな時間に来店しても営業しているからだ。

 不定期営業というよりは、誰かが必要とする時にしか開いていない店、と表現する方が正しいだろう。


 客が少ない店だから、夜間に営業されるのは珍しい。

 本日は、その珍しい夜に当たる日。

 偏屈ドワーフと名高い彼――――ウォルは、店の扉を開けたまま、カウンターで一人、晩酌を楽しんでいた。



「……相も変わらず美味い酒じゃ」


 ウォルは、誰に話すでもなく口を開く。

 来客の予定があるわけではない。

 ただ、何とはなしに、扉を閉める気にならなかっただけ。


 晩酌自体は珍しくなく、むしろ日課というべきだろう。

 長年体を蝕んでいた毒が消えたのが大きな理由の一つだが、最大の理由は他にある。

 

「まったく、誰よりも酒にうるさい儂らドワーフを唸らせる極上の酒をオマケとして置いていくとは、恐ろしい話じゃわい」


 最も大きな要因は、希少なアイテムを道端で摘み取った花のように気安く売りにきては、それ以上に珍しい酒をついでに渡してくる中年男の存在。

 どんな相手であれ、理由であれ、誰よりも酒を愛するドワーフの晩酌タイムが増えてしまうのは当然であった。


「極上の酒の前には全てが言い訳と化す、か……」


 それは、ドワーフ族に伝わる諺。

 酒を得るためにはどの様な行為も許される、といった非道な言葉ではない。

 美味い酒と出会うのは運命に等しく、言葉では言い表せない理由以上の必然性がある、と思われている。


「酒は毒にも薬にもなる。この美味い酒と比べるのは業腹じゃが、あの馬鹿は酒のような存在やもしれん」


 適量の酒は薬になるが、度を超えると毒に変化する場合も多い。

 そして世の常として、酒好きは適量では満足できない。


「…………」


 薬でもあり、毒でもあり。

 最後には蒸発して、無害となるのか。


 淡い期待というより、願いだろう。

 明確な悪意を持たないのに、全く安心できないところが、胡乱な男の危うさである。


「それもまた、酒と似た独特の味わいだと感じる儂は、もう既に酔っておるのじゃろうな」


 あの男の言動を個性と称していいのかは、非常に悩むところ。

 そんな風にウォルが、極上の酒が入ったグラスを傾けていると……。

 



「――――久しいな、ウォルよ」


 足音を隠して扉から入ってきた男が、そう言った。


「……よもや、お主が儂の店に来るとは夢にも思わなかったぞ、バミューダス?」

「ああ、私も同意見だ」


「ふん、嬉しくもない一致じゃわい」

「それについても、同意見だ」


 二十年ぶりに再会した二人の間には、険悪な空気が流れていた。

 それもそのはず。

 二十年前、彼らが冒険者だった時代には、天敵同士と言われる間柄だったからだ。

 

 来客の名は、バミューダス。

 王都に豪邸を構え、王族に続く地位を持つ大貴族の当主。

 まさに貴族の中の貴族である。


 壮年の域を超え、老境に差しかかろうとしており。

 若かりし頃は血気盛んで野心的な顔つきをしていたのだが、今はもう感じられない。


 それは、年齢の積み重ねだけが原因ではない。

 優遇される貴族とはかけ離れた疲れ切った姿は、並々ならぬ心労を窺わせた。



「……それで、本日は何用じゃ。まさか、酒を飲み交わすために来たわけじゃあるまい?」


 もしそうなら断固断る、といった拒絶を言外に強く込め、ウォルは問い質す。


「年と毒とで丸くなったと聞いていたのだが、どうやらガセネタだったようだ」

「ふんっ」


 ほんの少しだが以前の調子を取り戻して悪態をつく相手に、ウォルはようやく肩の力を抜いた。

 そして、机の下に備えておいた武器から手を離す。

 最強のドワーフがこれほど警戒するまでに、因縁浅からぬ珍客なのだ。


「しかし、毒から回復した話は本当だったか……。魔物から受けたあの猛毒から助かるとは、お前の悪運はさすがだ」

「…………」


 鑑定アイテムを使い、ウォルの状態を確認したバミューダスが呟く。

 その言葉には、羨望と自嘲が含まれていた。


「どうした? 悪運と罵られて、否定しないのか?」

「悪が取り持つ運、か。言い得て妙じゃわい」


「…………どうやら、真っ当な手段で解毒アイテムを手に入れたわけではなさそうだな?」


 大貴族の目が怪しく光る。


「ふん、もしそうだとしたら、何だと言うのじゃ?」


 挑発的な視線を受けても、ウォルは動じない。

 しかし。


「――――」

「……何の真似じゃ?」


 突然、深く頭を下げた大貴族を見て、強面ドワーフは驚きを隠せなかった。

 ウォルが知る限り、目の前の男が誰かに頭を下げたことなど一度もない。

 こうして直接見てもなお、信じられない珍事である。


「ウォル、お前の人望を見込んで頼みがあるっ。譲ってほしい薬があるんだっ!」


 どれほど頭を下げても、上から目線な口調が残ってしまうのは、職業病と呼ぶべきだろうか。


「お主ほどの男が他人に物をねだるとは、まさか……」

「そうだっ、ランク10の薬だっ! 最高ランクの病気回復薬がどうしても必要なんだっ!!」


 その言葉に、ウォルは眉を顰めた。

 ランクが上がる毎に回復可能な病気の種類が多くなる病気回復薬。

 その最高ランクである10ともなれば、治せぬ病気はない。


 薬系のアイテムは生死に関わるため、一般市場に出回るのは下位ランクだけであり、上位ランクは貴族連中が独占している。

 その中でも最上位のランク10は、王族しか所有できない法が定められている。

 馬鹿げた話ではあるが、どのみち上位アイテムを入手できるだけの資金を持っていない庶民には関係のない話だ。


「儂はランク7程度の薬を探すのに、20年近くもかかったのじゃぞ。その程度の奴がランク10を持つと本気で思っておるのか?」

「病気薬よりも解毒薬の方が遙かに出現率が低い。そんな解毒薬の上位ランクを、しかも二本も手に入れるのは、病気薬ランク10の入手難度と大して変わらないはずだっ」


 バミューダスが指摘したように、薬系アイテムは種類によって出現率が大きく違う。

 体力回復薬、魔力回復薬、病気回復薬の出現率は比較的高いのだが、毒回復薬や状態回復薬だと急に出現率が下がってしまう。

 まるで利用頻度に鑑みて、需要と供給のバランスが取られているかのように。



「……禁じられているランク10を使ってまで回復させたい相手とは、お主の身内か?」

「そうだっ、私の娘だっ」


「世継ぎではないのか。ならば、王族も譲ってくれぬか」

「そう、だ……」


 大貴族の跡取り息子であれば、王族も特例として薬を譲ってくれたかもしれない。

 貴族の中でも最上位の権力を有する大貴族には、それだけの価値がある。

 しかし、政略結婚に利用される娘であれば、それも叶わない。

 さっさと諦めて、次を仕込む方が効率的だと一蹴されるだろう。


「あの子は、女児が生まれにくい私達夫婦が初めて授かった唯一の娘。私はもう年だから、これから授かるのは難しいだろう。……いや、そうじゃないっ、あの子が無事でないと意味がないっ。私はただあの子が可愛くて仕方ないのだっ」

「それが、お主が変わった理由か……」


 傲慢の塊であった男を変えたのは娘の存在だったのかと、ウォルは得心した。

 自身は子供を持った経験がなかったが、親友であるこの街の領主もまた、結婚し子供を授かり大きく変化したことを思い出したからだ。


「……詳しく話してみい」


 事情を知った店主は、客の頭を上げさせて、話を続ける。


「実は――――」


 バミューダスの家系は代々男ばかりが生まれており、女に恵まれるのは稀だという。

 通常の貴族は娘を差し出すことで力を繋いでいるが、最高峰に位置する大貴族はその必要がなく問題にならなかった。

 バミューダスも特に欲しいとは思っていなかった。


 だが、いざ生まれてみれば、どうだ。

 傲慢な男性貴族に囲まれて過ごしてきたバミューダスにとっては新鮮な体験ばかりであり、可愛さや儚さだけでなく、何よりも無垢さに心を掴まれた。

 俺が守らねばならぬと、これまで幾人も産まれてきた男児とは違い、初めて親心が生まれたのだ。


 しかし、時に運命は残酷さを好む。

 よりにもよって、唯一の娘に病を押しつけた。

 それも、最も重い病であるランク10を…………。


「発病して、もう二ヶ月が経つ。我が家の総力を尽くして薬を探しているが、まだ入手できていない。王族にも娘だという理由で断られた。試しにランク9を与えてみたが、治るどころか延命することもできなかった。だからどうしても、ランク10のアイテムでないと駄目なのだ」


 上位ランクは下位の一切を回復可能だが、下位ランクは上位を一切回復できない。

 万能に見えるマジックアイテムの過酷な仕様である。


「鑑定アイテムによると、残された時間はもう一ヶ月もない。このままでは、あの子は10歳の誕生日を迎える直前に死んでしまうだろう」


 十に満たぬ命というのは、あまりにも短い。

 この世に生を受けた意味があったのだろうか、と考えてしまうほどに。


「だから私自身もこうして有力な都市を回っている。これでも大貴族なのだから、顔が利くかもしれないと思ってな」


 最後の言葉は皮肉であったのだろう。

 嫌われ者が多い貴族では逆効果になりかねないこと。

 そして、娘一人さえ助ける力の無い自身に対しての……。


「そこで思い出したのがお前だ、ウォル。上位ランクの毒に侵されていたお前と領主のクラマークが回復した話は私の耳にも入っていた。いくら冒険者が集う街とはいえ、ランク7の解毒薬二本を手に入れるのは至難だったはず。何か特別なルートを持っているのではと思い、オクサードの街に立ち寄ったのだ」

「……それは、ご苦労なことじゃわい」


 バミューダスが住む王都とオクサードの街とは、遠く離れている。

 しかも、仲が良いどころか、敵対しているような相手に対して、だ。

 それほど追い詰められている証拠だろう。

 今のバミューダスは、たとえ相手が人類の天敵である魔族であっても縋りたいのだ。



「事情は概ね理解したわい」


 ウォルは、まずバミューダスが自分達の解毒について情報を掴んでいた事実に驚いた。 

 冒険者時代は何かと目の敵にされ嫌がらせを受けてきたが、どうせ暇潰しの一環だと思っていたからだ。

 どうやら思っていた以上に自分とこの街の領主とは、大貴族様に気に入られていたらしい。

 むろん、悪い意味で。


 それ以上に驚いたのが、仮に消去法であったとしてもこの場に辿り着いた嗅覚の鋭さ。

 若い頃は特筆するような能力を持ち合わせていなかったはずだから、引退し結婚した後に身に付けたのだろうか。

 これも、子を守ろうとする親の力、なのかもしれない。


 ――――そう、バミューダスの嗅覚は間違っていない。

 このオクサードの街は、王都を除けば最高級のアイテムが入手可能な唯一の場所かもしれないからだ。

 だとしても、ウォルにとっての問題は、それ以前にあって……。


「事情は理解できるが、それでも、よくおめおめと儂に頼みにこれたものじゃなと、言わずにおれんわい」


 理性や利益よりも、禍根が重視されるケースは多い。

 それほどまでに人の感情というものは、厄介で、尊いものだ。


「……ウォル、お前の怒りはもっともだ。こうして人の親となり、頭を下げる立場になってようやく、私がこれまで踏みにじってきたものがいかに大切なものだったのかを知った。いや、貴族生まれの俺には、所詮理解などできないのかもしれないが…………」

「…………」


「私がどれほど悟った顔をして許しを請うたとしても、お前は納得できないだろう。だから、許してくれる必要なんてない。お前が対価として望むのなら、私が持つ全てを差し出そう。この大馬鹿者の首で済むと言うのなら、この場で喜んで切り落としてみせよう。――――だから、どうか今回だけは力を貸してもらえないだろうか」

「……それほどの、覚悟か」


 人は、変わる。

 良くも、悪くも。

 それは、ウォルも例外ではない。

 毒に侵され、冒険者を引退し。

 解毒した後も、様々な気苦労に見舞われ。

 だけど、今は、最高の酒を飲んでいる。 


「お主が言うように、馬鹿貴族がどれだけ改心しても、庶民の気持ちなぞ分からんじゃろう」

「…………」


「だがそれは、子を持たぬ儂が、お主の気持ちを分からぬのと、同じじゃろうな……」

「……すまない」


 その日、ウォルは初めて笑みを見せた。

 それを見たバミューダスは、もう一度頭を下げた。


 

「――――今後の予定は、どうなっておる?」

「二十日ほどかけて、他種族の都市を回る予定にしている、が……」


 人族以外が統治する他国であれば、王族の邪魔も入らない。

 しかし、他国では大貴族としてのコネも通じにくいため、結果は変わらないだろう。


「ならば、王都に帰る際に、もう一度この街に寄ることじゃ」

「で、ではっ――――」


「それまでに、儂の方でも探してみよう。……だが、物が物じゃから、期待はするな」

「お前が私に力を貸してくれるだけで十分だっ」


「儂の力など、ちっぽけなモノじゃ」

「そんなことはないっ、お前には私が持っていない力がある。あの頃の私は、それが羨ましくてお前に迷惑ばかり掛けていたのだろう……」


「昔話は、もういい。今はお互い、先を見る立場じゃ。ほら、次の都市に行く時間が惜しいのじゃろう?」

「そうだったっ。それでは任せてばかりですまないが、次の都市へ行かせてもらう。少し時間がかかるが、必ずもう一度寄らせてもらうぞっ」


 真夜中の珍客は、そう言い残し、走っていってしまった。


 残された店主は、客の居ない店内で、ぼそっと呟く。



「――――儂に、期待するな。決めるのは、儂ではない」




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