無職と冒険者の付き合い方 2/3
「よし、これで話は終わったよな」
要件は済んだ。
もう、俺がこの場に残る意味は無い。
何だかんだですっかり話し込んでしまったから、もう夕方が近い。
カラスの鳴き声が聞こえるから、おうちに帰る時間なのだ。
「……本当は、アンタに言いたいことがあったんだけどねぇ。でも、言ったら嫌がられそうだから止めておくよ」
巨人族の姉ビビララが、彼女にして曖昧な笑みを見せる。
そうそう、どんな内容かは知らんが、相手が嫌がることはしちゃ駄目だぞぉ。
「それじゃ、俺は帰らせてもらうぞ」
「私の話は、これで終わりだよ。だから……」
「次は僕の出番さっ。――フンッ!」
巨人族の弟ググララが、ニカッと気障な笑顔を作りながらポージングしてくる。
筋肉ダルマのくせにイケメンだから、最高にむかつく。
「…………」
「おやぁ、話は終わってないと言ったはずだよねぇ」
「そうだとも、僕の終生のライバルよ。ここからが本番だよ」
無言で立ち去ろうとした俺の両肩を、姉弟が強引に押さえて座らせてくる。
金剛力士像のように馬鹿でかい四つの手の平から逃げ出すのは難しそうだ。
「俺にはビジネス以外で男と話す趣味はない、と前回も言ったはずだが?」
「まあまあ、そんなしかめっ面せずにもっと飲みなっ」
「ここは僕の奢りだから、どんどん飲んでくれっ」
相手が本気で嫌がっているのを察せない陽の者は、これだから困る。
自分が断られる理由がないと思い込んでいる相手を拒否するのはとても疲れるのだ。
陰の者には頼まれたら断る勇気が無いんだぞ。
「……取りあえず話を聞こう。一応忠告しておくが、あんたも結婚の報告をするのなら速攻で帰るからな?」
「そんな訳ないじゃないか。僕とエレレさんとが結ばれる道を閉ざしたのは他ならぬ君だろう?」
そうか、巨人弟にはそんな設定があったな。
元々、他人を覚えるのが苦手なのに、特に男性キャラには興味の欠片も湧かないからすっかり忘れていた。
「あれは、女性をダシに決闘して、しかも負けたあんたが悪い。だから、俺は悪くない」
「それは耳が痛い話だね」
「それを蒸し返しに来たんじゃないだろうな?」
「残念ながら別の話だよ。その件は、また別の機会に相談させてもらうよ」
そんな機会は永遠にやって来ねーよ。
「だったら、何の話だ?」
「実はね、あの決闘の時に見せてくれた君の技を見込んで頼みがあるんだよ」
自分で言うのも何だが、あの戦いで俺に褒めるところなんて皆無だと思うぞ。
「……もしかして、逃げ足を鍛えたいのか?」
「少し違うね。確かに逃げ足も見事だったけど、その前に君が披露した体術に興味があるんだよ」
「体術ってのは、空中で回転する技のことか?」
「そう、その通りさっ」
「あれは見映えが良いが、あんたら冒険者が必要とするような技能じゃないはずだぞ?」
「正確に言うとね、君が身に付けている格闘術に興味があるんだよ」
仕方なく話を聞いてみると、体操競技のような己の肉体を駆使した徒手格闘術がお目当てらしい。
この世界における格闘は、基本的に凶暴な魔物を相手にするため、殺傷能力の高い武器や魔法で戦っている。
だから、空手のような素手で戦う技能が熟れていないのだ。
徒手格闘は武器を喪失しないと出番が無い技術なのだが、魔物の厄介さは一筋縄ではいかない。
ランク6を超える上位の魔物になると、理不尽な耐性スキルを持つモノが増えてくる。
耐性スキルの多くは、「武器耐性」か「魔法耐性」。
武器や魔法の攻撃が全く通じない訳ではないのでゴリ押しすればどうにかなるが、それでは効率が悪い。
そこで有効となるのが、第三の攻撃手段である徒手格闘術。
不思議なことに、武器耐性を持つ魔物には、剣で斬りかかるよりも素手で殴った方がダメージが大きい。
物理法則を無視しているが、元々常識が通じない魔法で創られた相手なので、深く考えるだけ無駄。
大半の冒険者はランク5以下の下位魔物ばかりを相手にするので気にしなくていい問題だが、巨人族姉弟のように上位と戦うトップクラスになると、無視できない問題である。
「……それで、俺の体術に目を付けたのか」
「そうだとも。自身の肉体を巧みに操り空中でも自由に動く技能は本当に見事だった。そんな見事な体術を使える君なら、格闘術も身に付けているんじゃないかと思ってね」
ふむ、姉の夢見がちな結婚話とは違い、こっちは現実的な話だ。
俺にとっては、どちらも興味がない点で同じだが。
「俺は冒険者じゃないから魔物の生態に詳しくないのだが、素手の攻撃が有効な相手だったらご自慢の腕力で思いっきり殴ればいいんじゃないのか?」
「残念ながら、そう簡単な話じゃないんだ。これも魔物特有の不思議なところなんだけどね、同じ力で殴っても格闘スキルを持つ者の『技』と、ただの『打撃』では、ダメージに大きな差が出るんだよ」
弟君の説明を聞きながら、感心する。
レベル40程度なのに、よく調べたものだ。
これまで姉弟が語った内容に、間違いはない。
俺もこの世界に迷い込んだ当初の修業時代に色々試したから、魔物の特性には詳しい。
ググララが言ったように、「力」よりも「技」の方がダメージ認定が高い。
以前に出会った三姉弟に教えたように、ただ突くよりも回転させた槍の方が、普通に射るよりも同時に矢を当てた方が、魔物へのダメージは跳ね上がる。
人類に有益なアイテムをドロップするだけでなく、こんな意味不明な仕様が、やはりゲームっぽい。
「まあ、話は分かった」
「そうかっ、納得してくれたんだねっ」
「正直なところ、俺は素手の格闘術スキルを会得していない」
「えっ、そうなのかいっ!?」
姉弟は驚いているが、嘘ではない。
俺に備わっている戦闘系スキルは、武器を前提とした剣術のみ。
これは、少年時代に剣道を習っていたお蔭で発現した唯一の戦闘スキル。
だから本当に、徒手格闘に関する技能は持っていないのだ。
「……だが、知識としては多少覚えているから、入門レベルなら教えることも可能だと思う」
実際に習った経験は無くとも、知識だけならたくさん有る。
空手に、ボクシングに、バリツと何でもござれ。
漫画を三十年近く愛読しているのは伊達じゃない。
漫画で描かれる技能は誇張されたり省略されたりしているが、それでもある程度は役に立つはず。
それにこの世界ではスキルや魔法のサポートがあるから、間違った知識でもそのうち自分で改善できるだろう。
だから、教える分には問題ないのだが……。
「さすがは私が見込んだ男だねぇ。基礎的な知識だけでも十分だっ。格闘系のスキル所持者は上位の冒険者にも少ないから、良い教師が見つからなくて困っていたのさっ」
「さすがは僕の終生のライバル。君なら出来るって信じていたよっ」
「喜ぶのは勝手だが、その前に忘れていることがあるだろう?」
「いったい何のことだい?」
これだから脳筋どもは嫌いなんだ。
ストレートに言わないと気づかないとは、もっと空気を読む力も鍛えろよ。
「俺とあんたらは一度会っただけの関係。そんな他人に頼み事をするのだから、当然それ相応の対価を用意しているよな、って念のため確認しているんだ」
「「えっ!?」」
俺の言葉に、目と口を大きく開けて驚く姉弟。
「……え?」
驚く二人を見て、驚く俺。
「お、おい、もしかしてあんたらは、俺から無償で教わるつもりだったのか?」
「「うん」」
仲良く頷くな。
「私とアンタは、命を懸けて戦った仲じゃないか。こいつはもう、友達を超えた親友と呼ぶべきだろう?」
「そうだともっ、僕と君とはライバル同士。これはもう、親友を超えた関係だろう?」
勝手に仲良し認定するな。
どう考えても仲間より敵側の間柄だろうが。
これだから、一度戦った相手を友達認定してしまう脳筋は嫌なのだ。
「……俺の地元には『親しき仲にも礼儀あり』って言葉がある。どんな間柄でも、相手に負担をかけ過ぎるのは失礼だ。それに、何でもかんでも人に聞いて解決していては、自分の力にならないぞ?」
子供に諭すように言葉を選びながら説教する。
自由気ままを信条とする俺が説教するなんて余程だぞ。
「そうだねぇ、アンタの言葉はもっともだよ。アンタの懐の深さに甘えて無理なお願いをしてしまい悪かったよ」
「僕も謝るよ。確かに礼儀を欠いていたようだ」
「うんうん、分かれば良いんだ分かれば」
良かった良かった。
脳みそが筋肉まみれじゃなくて、本当に良かった。
「だけど、困っちまったよ。対価については全く考えてなかったからねぇ。……そうだっ、私を一晩抱くってのはどうだい? まだ結婚前だから、不貞には当たらないよ」
「やめろやめろっ、俺を不倫に巻き込むなっ!」
先ほどは旦那の浮気を心配していたはずなのに、とんでもない提案をしてきやがる。
これって、もし旦那にバレたら間男の俺を殺して証拠隠滅する展開じゃねーか。
「妙案だと思ったんだけどねぇ」
「もっと旦那に操を立てていこうぜ、な?」
どうして俺が他人の夫婦仲を心配せにゃならんのだ。
「もしかして、婚約者や既婚者でなければ、姉さんのような美しい女性は対価として認められるのかい?」
「……それは当然だ。若くて美しい女性の柔肌は、それだけの価値がある」
巨人弟からの質問を肯定する。
実際にそれが目当てで助け船商法をやっているから、否定できない。
「それなら話が早い。僕が君に、女の子を紹介するよっ」
「…………はぁ?」
何を言っているんだ、コイツは?
誰が、誰に、誰を、紹介するって?
「僕はこう見えて女の子の友達が多いんだ。その中に君との相性が良い子もきっと居るはずだよ」
そういえば以前、お嬢様が言っていたよな。
この世界における男の最大ステイタスは、金。
そして、稼ぎが良いトップクラスの冒険者は、当然お金持ち。
加えてコイツは、暑苦しいほどの筋肉だが、顔は良い。
性格も鬱陶しいが、悪気はない。
だから、女性にモテても、おかしくない。
――――つまり、コイツは、自分の取り巻きの女性を俺に紹介する、って言っているのだ。
「はっ、ははっ、はははっ!」
いやー、知らなかったなー。
これまで年配の親族からお見合いの話はあっても、自分よりも若い男性から女性を紹介されたことはなかった。
だから、知らなかったのだ。
イケメンから、お情けで、女を譲られることが。
こんなにも。
腹立たしいとはなっ!!
「よかろう、其の方の望み、今すぐ叶えようではないか。――――だからとっとと表に出やがれっ!」
覚悟しやがれ。
おめーは非モテな中年男のデリケートな心を傷つけた。
その罪、万死に値する。
俺のなんちゃって格闘術でメッタメタのギッタギタにするからなっ!!!
◇ ◇ ◇
店を出ると、路地裏に移動し、すぐに特訓という名の報復を開始。
選んだ格闘技は、プロレス。
空手やボクシングなどの打撃系は、戦いながら相手に伝えるのが難しい。
そもそも、漫画で見ただけの俺が使えるような代物じゃない。
だけどプロレスだったら、力任せで強引にでも型に嵌めさえすれば、一応技として成立する。
剣と魔法の世界に生きてきた奴らは関節技なんて知らないだろうから、多少雑でもそれなりに勉強になるはず。
「これぞプロレス技の頂点に君臨する必殺技! 筋肉バスターだっ!」
普通のプロレス技では物足りないので、ファンタジーな世界にぴったりな漫画技を伝授する。
その名も、カメハメ殺法100手!
地味な関節技から魔法が無いと使えないようなトンデモ技まで繰り広げていく。
伝授する、と言うと聞こえがいいが、その実、俺が一方的に技を仕掛けるだけ。
巨人弟は教わる側だから、抵抗が許されておらず、無防備に攻撃を受け続けるしかない。
これはもう、小学生のいじめと大差ないだろう。
「最後は本物の殺人技! 筋肉ドライバーだっ!!」
まだ怒りが収まらない俺は、相手を空中に投げ飛ばすと自分もジャンプして追撃。
空の上で逆さ吊りになった相手の両腕を自分の両足で押さえ付けながら、そのまま落下して地面に頭から叩きつけるという、現実でやったら普通に死んでしまう技でフィニッシュ。
ふぅ……。
これでようやく、溜飲が下がったぞ。
「……おーい、生きてるかー?」
少し冷静になった俺は、地面に転がって動かなくなった筋肉の塊に話しかける。
「も、もちろんだとも、僕の筋肉を、侮ってもらっては、困るよ。こ、これで全部、終わったのかい?」
まだ倒れたままだが、ちゃんとした返事が聞こえてきたので安心する。
どれほど有害なイケメンだったとしても、こんな街中で殺害しては言い訳のしようがない。
第一、被害者の姉が目の前で見ているし。
相手が頑丈な巨人族で助かった。
通常、筋肉ドライバーを食らった奴は、脳天がかち割れて、更に両腕も千切れてしまう結末を迎えるのだ。
「格闘技の練習は、これで十分だよな。……俺も良い運動になったから、対価は無しにしておこう」
「そ、そいつは助かるよ」
本気で殺しかけた相手から対価を受け取る訳にはいくまい。
そもそも、巨人弟が差し出そうとしているのは取り巻きの女の子なので、全く対価にならない。
紹介された瞬間に泣かれてしまい、俺が悪者になるのは目に見えている。
「それじゃあ、俺は疲れたから帰らせてもらうぞ」
漫画で読んだ技を思い出しながら手探り状態でやっていたので、本当に気疲れしてしまった。
プロレス技って、蹴ったり殴ったりするより何倍も疲れるんだな。
特に、筋肉バスターやドライバーみたいに空中で技を決めるのが難しかった。
それでも素人の俺がどうにか技を再現できたのは、高レベルにより向上した身体能力のお蔭。
その肉体も、随分と汚れてしまっている。
プロレス技は上半身裸じゃないと決めにくいから、巨人弟と同じく俺も服を脱いでいるからだ。
汗をかき、地面を転がりまくったから泥まみれ。
早く部屋に戻って風呂に入りたい。
「きょ、今日は本当に、勉強になったよ。こ、このお礼は、いつか、必ず……」
背中越しに聞こえてくる声に対して適当に手を振りながら、その場を去る。
本当に感謝しているのなら、なるべく話しかけてこないでくれ。
今更ながら、男と肌を合わせてしまった事実に気づき、鳥肌が立つ。
プロレスや相撲は素晴らしい格闘技だと思うが、一番の欠点はこれだな。
半裸を強要され男同士で組み合うスポーツだなんて、ある意味セクハラじゃなかろうか。
でも、体操やフィギュアスケートなどで、女性陣は過剰なセクシーさを求められるから、おあいこだろう。
……まだ身体に残る相手の肌の感触が忌々しい。
口直しに娼館にでも行こうかな。
その道で最高の徒手格闘術を会得しているおねえちゃん達が集う場所。
手練手管な房中術で、俺の嫌な記憶を忘れさせてくれ。
◇ ◇ ◇
「……ようやく終わったようだね。訓練だからといって、私の可愛い弟にやりたい放題やってくれたもんだよ」
「か、彼はああ見えて、真面目な性格かもしれないよ、姉さん」
「本当によく分からない男だねぇ。言動がチグハグしているのに安定している感じがするよ。それにしても、いくら訓練でもただ技を受けてばかりじゃ身に付かないんじゃないのかい?」
「ふ、ふふ…………。そうか、姉さんにも、僕が無抵抗にやられているように見えたんだね」
「おやぁ、それはどういう意味だい?」
「最初は、技を教わるために、無抵抗だったよ。だけど、姉さんが言ったように、それでは勉強にならないから、少しずつ抵抗を強めていったんだ」
「――――」
「でもね、この有り様だよ。スピードか技の凄さかはよく分からなかったけど、彼の方が上手のようだ」
「……もしかして、本当に動けないのかい?」
「そうなんだよ、姉さん。どうやら、体中の骨が折れているようだよ。これは、自然治癒だけじゃ無理だ。上位の回復薬を飲まないと駄目だろうね」
「そ、そこまでかい……」
「結局、手痛い出費になってしまったよ」
「そうかい、やっぱりあの男は、本当に強かったんだねぇ」
「間違いないよ。何より凄いのは、技を受けただけの僕に、格闘技スキルを発現させたことだろうね」
「かははっ、ちょっとしたヒントになればと思ってたのにスキルまで覚えるとはねぇ」
「本当に凄い技だったよ。あれを習得できれば、上位の魔物にも十分対抗できるはずだ」
「私の結婚相手のみならず格闘技スキルまで、あの男には世話になりっぱなしじゃないか」
「そうだね、姉さん。エレレさんには、彼の方が相応しかったようだよ」
「そんなに落ち込まなくても、冷血メイドよりもイイ女なんていっぱい居るさっ」
「エレレさんよりも、素敵な人かぁ。そんな人が居るとは思えないけどなぁ…………」
「まあ、そこはこれからの頑張り次第だねぇ。この私を見習って、早く素敵な結婚相手を見つけなきゃぁねぇ」
「……なるほど、彼の気持ちが少し分かった気がするよ。実の姉ながら、これは確かに、ウザい」
◆ ◆ ◆
―――― ?日後 ――――
数ある種族の中でも最高峰の強靱な肉体を持つ巨人族。
恵まれた体を最も効率的に活かす格闘技を身に付けた姉弟は、上位の魔物に対抗する力を手に入れ、オクサードの街だけでなく世界でも有数の冒険者に成長していくことになる。
その一方で、上半身裸で抱き合いながら汗を流す男二人を見かけた女性がきっかけとなり、オクサードの街では倒錯したある趣味が婦女子の間で大流行してしまうのだが――――――それはまた、別のお話。