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無職と冒険者の付き合い方 1/3




「おやぁ、ようやく見つかったねぇ」

「運命の再会だね、僕の終生のライバルよっ」


 昼飯時に、オクサードの街をぶらぶらしていると、急に影が射した。

 晴天だったはずなのに、と不思議に思い空を見上げるたら、巨大な男女が俺を覗き込んでいた。

 人の顔を覚えるのが苦手な俺でも、しっかりと記憶している。

 それ程までに目立つ体型と強烈な個性の持ち主――――巨人族の姉と弟である。


「……何か用か? 最初に言っておくが、決闘のお誘いは二度と受けないぞ?」


 巨人族姉弟は、冒険者の街オクサードの中でもトップクラスの冒険者らしい。

 そんな彼女と彼から因縁をつけられ、血で血を洗う死闘を繰り広げた事は記憶に新しい。

 あの時は何となくその場の流れに乗ってしまったが、勝っても負けても大した損益が無い勝負をしても時間の無駄。

 ちゃんと釘を刺しておかねばなるまい。


「そいつは残念だ。私はともかく、私の可愛い弟はアンタと戦いたくてウズウズしてるんだがねぇ」 

「僕の迸るような猛りを鎮めてくれるのは君だけだと思っていたのに、本当に残念だよ」


 他人が聞いたら誤解しそうな言い方をしないでくれ。

 ただでさえ上半身裸の筋肉隆々な青年が、おっさんに迫るという怪しすぎる構図なのに。

 モブおじさん扱いされたら本気でキレるからなっ。


「アンタは働かずにふらふらしていると聞いていたのに、いざ探してみると中々見つからなくて困っちまったよ」


 巨人族の姉――――ビビララ嬢が、ガハハと豪快に笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。

 女性からボディタッチされるのは喜ばしいが、普通の大人だったら脱臼しているレベルの痛さだ。

 

「俺を探す奇特な奴はお嬢様だけだと思っていたんだがな。……それで、どんな用だ? 言っておくが、俺からの用は一切無いぞ?」

「相変わらずつれないねぇ。せっかくの再会なのに、すぐに用事を済ましちまったらもったいないだろう?」

「そうだとも、僕のライバルよ。ここは一つ、酒でも飲んでお互いのことをもっと深く理解し合おうじゃないかっ」


 なあ、故意にやっているのか?

 わざと変な言い回しをしているのか?

 それとも、本当にソッチの気があるのか?

 もしそうだったら、今度は本気の本気で決闘して息の根を止めるぞっ。


「いい酒場を知ってるから、私に任せておきなって」

「今日はオールナイトで楽しもうじゃないか、僕のライバルよ」

「おいっ、俺は一緒に行くなんて言ってないぞっ」


 巨躯の二人から両脇を抱えられた俺は、抵抗虚しく引きずられていく。

 まるで捕獲された宇宙人のようだ。

 確かに俺は異世界から来た宇宙人かもしれないが、人権を蔑ろにするんじゃねーよ。


 ……まあ、いいか。

 どうせ暇だし、外で昼食を取る予定だったし。

 つまらない話だったら、お前らのおごりだからな?




 ◇ ◇ ◇




 引っ張られるがまま、酒屋に入り、席に着き、注文する。

 真っ昼間から酒を飲めるのは、駄目な大人の特権。

 月を見上げながらの晩酌とは、また違った趣きがある。


 席の配置は、ぼっちな俺が一人で、その対面に姉弟が揃って座っている。

 巨大な二人から見下ろされると威圧感が半端ないが、弟の方――――ググララに隣に座られるよりは良いだろう。


「……それで、本当に何の用なんだ?」


 比較的マシであるものの、やっぱり不味い飯と酒を食らいながら、俺は三度尋ねた。

 ゴーイングマイウェイな姉弟を相手にすると、否応なしにツッコみ役に回らざるを得ない。

 ボケ役が本分の俺とは相性が悪いのだ。


「そう急かさなくていいじゃないかい? どうせ暇なんだろう?」

「暇ってのはな、自分を楽しませる時間を指すんだ。決して他人のくだらない用事に付き合わされるために使っていい時間じゃない」


「相変わらず理屈っぽいねぇ。それでいてあんな大胆な戦い方をするんだから、本当に大した男だよ、アンタは」

「当然だよ、姉さん。だって彼は、僕の終生のライバルだからね」


 そっちこそ、相変わらずな褒め攻撃は止めろ。

 背中が痒くなるだろうがよ。


「――――」

「かははっ、分かったからそう睨まないでおくれよ。アンタを怒らせると、本当に怖そうだからねぇ。……実はね、今日はアンタに許可をもらいにきたんだよ」


 俺の不機嫌な表情を読み取った姉が、ようやく話し出した。

 しょうもない頼みかと思っていたが、ちょっと違うようだ。


「何に対しての許可だ? 俺は人様に命令や許可を出せるようなお偉いさんじゃないぞ。観光目的の普通の旅人様だぞ?」

「アンタのような奴が普通のわけないだろう。許可ってのはほら、私が着ているこの服のことさ」


 そう言いながらビビララ嬢は、自分が着ている黄色いワンピースを摘まんでヒラヒラさせてくる。

 あの時の約束通り、俺が用意した服を普段着として使っているようだ。

 豪放な体つきと性格の割には義理堅い。


「ワンピースばかりで飽きたのか? だったら、もっと女の子向けの可愛い服を用意するぞ? 禁断のロリータファッションにチャレンジしちゃう?」

「そいつは勘弁だね。ようやくこの服に慣れてきたのに、これ以上ヒラヒラした服を着たら死にたくなっちまうよ」


「ふん、贅沢な悩みだな。そんなに服を着るのが嫌いなら、裸で出歩くことも許可するぞ?」

「その時は、アンタに命令されてこんな格好をしているって、泣き叫びながら歩くよ」


「ごめんなさい。冗談です。絶対に止めてください」


 すぐさま俺は、テーブルに両手をつけて謝罪した。

 そんなことされたら、もうこの街で暮らせなくなるじゃないか。


「繊細かと思えば豪快、大胆かと思えば平気で小物の真似をする。いったい、どっちが本当のアンタなんだろうねぇ?」


 またもや笑いながら、巨人姉が問うてくる。

 本当の俺だって?

 その答えは、ダンディな紳士に決まっている。


「……話を進めよう。その服が、どうかしたのか?」

「さっきも言ったように、ワンピース姿に慣れてきたし、アンタとの約束を反故にするつもりはないんだけどねぇ。ちょっと困った事態になっちまったんだよ」


「あんたを困らせるなんて、よほどの事態だろうな?」

「そうなのさ。――――実は、今度、結婚することになってねぇ」


 お相手はどこのゴリラですか?

 ……と、滑りそうになった口を閉じる。

 俺としては、嫌がっていても結局ワンピースが似合ってしまう美女に対する冗談なのだが、相手がそう受け取るかは分からない。

 女性の容姿や恋愛に関する話題は、それほど複雑怪奇なのだ。


「それは、めでたい話だな」

「かははっ、やっぱりアンタは大した男だ。この私が結婚すると聞いて驚かなかったのは、アンタだけだよ」


「別に驚く要素は無いと思うが?」

「そうかい? あの冷血メイドは、目玉が飛び出るくらい驚いていたんだけどねぇ」


 最近、メイドさんのポーカーフェイス設定が忘れられている気がする。


「正常な男女は、結婚して子供を産み、次世代に貢献するってのが社会の風潮だ。生物の在り方としても、それが当然なのだろうさ」

「アンタが結婚という習性を受け入れているとは、正直意外だねぇ」


「ふん。俺は結婚なんぞに興味がないし、幸福を得る手段だとも思えないが、恋愛は個人の自由。本人が幸せだと感じるのなら、それに文句を付ける筋合いはないさ」

「……なるほどねぇ、あの冷血メイドが手こずる理由が少し分かったよ」


 メイドさんを引き合いする理由はよく分からんが、お一人様歴が長い彼女も後5年もすれば、俺の域に達するだろう。

 

「それで、まさか結婚自慢の報告が目的じゃないだろうな? もし本当に惚気るためだけに俺の貴重な時間を食い潰したのなら、今度こそ弟君の命はないぞ?」

「おおっ、怖い怖い。そんなにやる気があるなら、私の可愛い弟と再戦しておくれよ」


「僕はいつだって大歓迎さっ」

「ジョークジョーク。酒に酔って口が滑っただけだから、さっさと話を進めてくれ」


 危ない危ない。

 結婚の幸せオーラを受けて、危うく我を失うところだった。


「こっちはそのつもりなんだけどねぇ。アンタとの会話は、すぐ話が逸れてしまうんだよ」

「…………」


 それについては、俺も反省せねばなるまい。

 何でも茶化そうとする芸人気質な俺にも非がある。

 埒が明かないので、しばらく黙ってビビララ嬢の話を聞こう。


「ここからが本題で、今度結婚式を挙げることになったんだよ」

「……」


「私は別に、式なんて挙げなくてもいいんだけど、私の男がどうしてもやりたいって言い出してねぇ」

「……」


「そうなるとほら、普段着用のワンピースで結婚式を挙げる訳にもいかないだろう?」

「……」


「私としては本当にどうでもいいんだけど、男の見栄っていうヤツだろうねぇ。せっかくの結婚式だから、私の綺麗な姿を是非とも見たいそうなんだよ」

「……」


「それで結婚式の日だけでいいから、ワンピース以外の服を着ても良い許可が欲しいんだよ。あっ、欲しいのは私じゃなくて、私の男だけどねぇ」

「……」


 うん、要件は、よーく分かった。

 実にシンプルで、真っ当な要件だった。

 だから、断る理由は、ない。


 でもな?

 一つだけ、言わせてもらっていいか?


「――――やっぱり惚気じゃねーかっ!!」


 前言撤回。

 結婚なんかするヤツは、やっぱり呪われてしまえ。




「……すまん、結婚の幸せオーラがウザすぎて、拒否反応が出てしまったようだ」


 我を忘れ、大声で叫んでしまったことを謝罪する。

 店員と周囲の客の視線が痛い。


「まったく、急に叫び出すから驚いちまったよ」


 本当にスミマセンデシタ。

 でも原因は、ルンルンな新婚気分で頭がお花畑になっているあんただぞ。

 始めて出会った時は、少し野蛮だけど硬派な女性だと思っていたのに。


 恋は女を変えるって話は、本当だったようだ。

 本人に自覚がないところが手に負えない。

 これが弟君の結婚話だったら、本気でぶん殴っていただろう。


「粗相したお詫びに、結婚式での服装は好きにしてくれ。……というか、元々冠婚葬祭みたいな特別な時にまでワンピースを強要するつもりはないぞ。あくまで普段着として使ってくれれば問題ない」

「それでも、決闘で決めた約束だからねぇ。きちんと筋を通しておきたいんだよ」


 律儀というか、案外融通が利かない性格かもしれない。

 それとも、そんな事も許さないほど俺の度量は小さいと思われているのだろうか。

 つい先ほど自分を見失った身としては弁解の余地もございません、はい。


「……ついでと言っては何だが、結婚祝いとして、結婚式に相応しい服をプレゼントしようか?」

「へえ、どんな服なんだい?」


「真っ白なドレスだ。俺の地元では新婦の定番だな」

「そいつは助かるねぇ。実は結婚式に特別な服を着るにしても、まだ決まってなくて困ってたんだよ」


「どうせなら、新郎の方にも白いタキシードを用意するぞ? あんたの旦那が嫌がらなければの話だが」


 女性にとって純白のドレスは憧れらしいが、男にとって白いタキシードは気後れしてしまう。


「私の男は細い体格だから、きっと似合うはずだよ」


 はいはい、ご馳走様。

 幸せそうで何より。


「俺の行きつけの服屋があるから、一度そこに行って採寸してくれ。服屋には話を通しておくよ」

「本当に感謝するよ。このワンピースもそうだけど、アンタはけっこう服装に気を使える男なんだねぇ」


 意外そうに言うな。

 服ってのはな、中身が無い男が装着できる唯一の鎧なんだぞ。


「よかったら、アンタも結婚式に出席してくれないかい?」

「……遠慮しておこう。また拒否反応が出て暴れたら迷惑になるしな」


 知人の結婚式に出席するのは、もうこりごり。

 失敗した経験は無いのだが、参加するだけで結構なご祝儀を支払う義務が生じてしまう。

 自分が結婚する時に戻ってくるから相殺される、と人は言うが。

 それは、間違っている。

 結婚できる者の上から目線な屁理屈に過ぎない。

 異世界へと迷い込み、もう二度と取り返す機会を失った俺が生き証人である。


「そいつは残念だねぇ。冷血メイドは、私の友人代表としてスピーチしてくれる予定なのにねぇ」


 それはちょっと見たいかも。

 でも、震える拳を握りしめ、歯を食いしばりながら、慣れない笑顔で祝辞を述べるメイドさんを見ると、こっちが泣きそうになるから、やっぱり不参加が正解のようだ。

 そんな尊い犠牲の上に成り立つ結婚には、幸せになる義務がある。


「ふん、精々旦那に浮気されないよう気をつけることだな」

「その時は、ソイツを殴り殺して私も後を追うよ」


 違うからな?

 バッドエンドにならないよう事前の配慮が大事だぞ、って意味だからな?

 あんたが言うと洒落にならないからな?


「――――やっぱり、結婚ってヤツは大変だな」


 浮気は男の甲斐性だから、少しくらいは許してやれよ。

 せっかくプレゼントした純白のドレスとタキシードを真っ赤に染めないでくれ。

 式に顔を出すつもりはないが、旦那の方にはこっそりと「浮気=死」だと忠告しておこう。


 ……思い返すに。

 結婚式に呼ばれた経験はあっても、こんな風に事前に相談された経験はなかった。

 今回は悩みというほどではないし、結婚に対する忌避感は強いのだが。

 誰かが変化していく様子を間近で見ると、見守りたい気持ちになる。

 男としてか、年長者としてか、決闘した仲としてか、友人もどきとしてか……。 

 どんな立場でそう感じているのかは、ハッキリしない。

 けれども、他人の幸せを妬まない程度には、自分の中に余裕が生まれている証拠だろう。

 だから。


 末永く爆発しやがれ、バカップルめ!





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