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VS.新人メイドと巨人族の姉弟 5/5




「どうやら今回も、俺を止めてくれる奴は現れなかったようだな…………」


 ビビララが開始早々に降参したため、すぐさま連れ戻された男は、ポケットに手を入れて空を見上げ、いかにも哀愁を漂わせる体裁を取りながら呟いた。


「ああ、私の負けだよ。言い訳になるけど、こんな戦い方をする魔物や盗賊は居ないから、注意が足りていなかったようだね。アンタとの勝負は、姉弟揃って本当に良い勉強になったよ」

「いやいや、あんたら姉弟も中々のものだった。この俺をあそこまで追い詰めたのだから、もっと胸を張って良いと思うぞ。はっはっは」


 弟のググララの時と同じようなやり取りであったため、ツッコむ者は居なかった。


「それで、勝者のアンタは敗者の私に何を望むんだい。約束通り何でも構わないよ?」

「ふむ……。たとえばの話だが、再戦を申し込まれると面倒だから、あんたの弟の首を胴体から切り離してくれと言ったら、どうするんだ?」


「その時はアンタを殺して、私も死ぬよ」

「ごめんなさい。冗談なので許してつかあさい」


 獰猛に笑うビビララが振り上げた武器を前に、男は四十五度の角度で謝った。

 この世で「何でも言うことを聞く」という言葉ほど、当てにならない約束はないだろう。


「かははっ、アンタはそんな低俗な真似をしないって、私には分かっているよっ」

「……ふん、おっさんという人種を舐めるのも程々にしておけよ。若い女を食い物にすることにかけては宇宙一なんだぜ?」


 男は、中年の男性特有のにちゃりとした笑みを浮かべ、自分の懐に手を入れる。


「じゃかじゃか~~~じゃん! はい出ましたー。ビビララちゃんへの罰ゲームはー、今後街を出歩く時にはこの服を着ることでーす」


 愉しげにそう告げる男の手には、お洒落好きの若い女性が好みそうな色鮮やかでふわふたした可愛いワンピースがあった。


「はっ、はあぁぁぁっ!? わ、私がそんな服を着るだってっ!?」

「くくくっ、ようやく慌てた顔を見せてくれたな。愉快や愉快」


「ちょっと待ちなっ。私のような筋肉だらけの大女に、そんな可愛い服は似合わないよっ」

「似合うかどうかは関係ない。要はあんたが恥ずかしがれば、それでいいのさ」


「なっ、なんて男だいっ」

「くくく、ダンディさだけが俺の魅力と思ったかい? ダーティーさという隠れた魅力もあるんだぜ?」


「……まったく隠れていないわよ、旅人さん?」

「……ダーティーさが魅力になる訳ないだろ、あんちゃん?」

「……こんな卑猥な男がエレ姉様の近くに居ると思うだけで吐き気がするです」


「外野はだまらっしゃい」


 ワンピースを掲げた男は、女性陣の非難を物ともせず、ジリジリとビビララに迫っていく。


「そ、そもそも、何で私みたいな大女に合うサイズの服を持っているんだいっ?」

「こんな事もあろうかと、俺は常に多種多様な服を持ち歩いているのさ」


「だ、だけど一着だけなら、毎日着るのは無理じゃないかいっ?」

「だったら、この服よりもっとフリフリした可愛い服を十着ほど用意しよう。もちろん全てオーダーメイドの特注品だ」


「――――ひっ」


 どんな魔物を相手にしても怯えたことがなかったビビララは、この日はじめて恐怖という感情を知った。


「ほらほーら、さっそく今から着てもらおうかー?」

「今からっ!? こんな街中でかいっ!?」


「そこの物陰に隠れて着替えれば、誰にも見えやしないさ」

「だ、だけどっ」


「勝者の命令は絶対なんだろう? ほら、ワンピース! ワンピース!」

「……くそっ、女は度胸だっ。やってやろーじゃないかっ!」


 囃し立てる男の手からワンピースをひったくるように受け取ったビビララは、物陰へと移動し、無骨な鎧を脱ぎ捨てて着替え始める。

 そしてしばらくすると、大きな体を縮めるようにして戻ってきた。


「…………」

「…………」


「……何か言ったらどうなんだい?」

「なーんだ、散々勿体ぶった割には普通に似合うじゃないか。面白くないな」


「おっ、お世辞は要らないよっ。笑ってくれた方がマシさっ」

「俺の言葉を疑うのなら、自分の目で確かめてみるがいい」


 そう言って、男が取り出した大きな鏡には。

  

「――――こ、これが、私……?」


 ビッグサイズであるものの、荒々しい筋肉が長い袖とスカートで隠されたためか、ピンク色の可愛らしいワンピースを着た魅力的な女の子が映っていた。

 ……少なくとも、ビビララ本人にはそう感じられた。


「ほら、鏡の中に居るのは、普通に可愛らしい女性だろう? ……特に、服の色とお揃いの紅潮した顔、とかな?」

「――――みっ、見るなぁぁぁーーーっ!!」


 自分で自分を可愛いと思ってしまったことを気取られた巨人族の大女は、スカートを翻し、真っ赤な顔のまま大股で走り去っていく。

 どんな男にも臆せず渡り合ってきたビビララは、この日はじめて羞恥という感情を知った。


「ふむ、気に入ってくれたようで何より」


 冒険者の街と呼ばれるオクサードの中でも、指折りの実力を持つ姉弟を撃退した男は、満足気に頷く。


「どうだ、コルト? 俺の格好良い姿を見ていてくれたかな?」

「……むしろ格好悪いところしかなかったと思うぜ、あんちゃん?」


「それは変だな。俺が最後に使った足下を崩して相手を転ばせる魔法は、コルトも魔物相手に使ったそうじゃないか?」

「あっ、あれはそのっ、違うっていうか、違わないっていうかっ…………」


 女泣かせの異名を持つ男は、大きな女の子を泣かせたばかりなのに、今度は小さな女の子にまで魔の手を伸ばす。


「それはそうと、コルトに依頼したい仕事があるんだが?」

「……何だよ、仕事って?」


「先程のレディから催促された追加のワンピースが用意できたら、届けておいてくれ」

「…………あんちゃんは、いつか絶対地獄に落ちると思うぜ」


「そうかそうか、俺が他の女に服をプレゼントしたから怒っているんだな?」

「そんな訳ねーだろっ!」


「くくくっ、いつか絶対コルトにもフリフリの服を着せてみせるからな?」

「い、いやだっ、ぜってーいやだぁぁぁーーー!」


 そう叫ぶと、男装少女も走って逃げていく。


 そして後には、領主家の若い女性三人と中年男だけが残された。



「まったく、コルトと楽しいデートのはずが、とんだ災難に巻き込まれてしまったな」

「……三人もの相手に精神的ダメージを与えておいて被害者ヅラする旅人さんって、本当に凄いと思うの」


「はははっ、そんなに褒めてもワンピースしか出てこないぞ、お嬢様?」

「うっ……、ちょっと欲しいと思ってしまった自分が憎いわ」


「グリン様、ワタシにはいただけないのでしょうか?」

「エレレ嬢はメイド服が一番似合うから、以前イメクラで触ったことがある服を再現して今度プレゼントするよ」


「ありがとうございます。ところで、いめくら、とは?」

「女性が可愛い服を着る展示会みたいなものだ。気にしないでくれ」


 初対面である巨人族の姉弟と、自称デート相手である少女を追っ払い。

 最後にお嬢様とメイドを丸め込んでハッピーエンドと思いきや。


「…………」


 その場には、まだ不穏な空気が流れていた。

 男が生まれた故郷には、こんな言葉がある。

 そう、「二度あることは三度ある」だ。


「――――あの、少しよろしいです?」


 小さな口をきゅっと閉ざし、しばらく黙していたシュモレが、抑制の効いた声で男に話しかけた。

 

「んん? 君は確か、新人メイドのシュモレちゃんだったよな。俺のことは遠慮せず、エレレ嬢を呼ぶ時のように『グリン兄様』でいいんだぞ? 俺も『シュモシュモ』って呼ぶからさ」

「承知しました。これからは『変態さん』と呼びますです」

「あれ? もしかして翻訳アイテムが誤作動している? それとも文化の違いってヤツかな?」 


 変態と呼ばれた男は、首を傾げながらも嬉しそうにしている。


「先ほどの巨人族を撃退した腕前、見事だと思うのです」

「おや? シュモシュモは俺を卑怯者だと罵ってくれないのかな?」


「間違いなく卑怯で姑息で変態だと思いますが、格上の相手を倒すために策を練り、どんな手段を使ってでも勝つところはメイドとして見習うべきだと思うのです」

「うんうん、メイドさんは汚れ仕事も多いだろうからなぁ」


「そこで、お願いがあるのですが……?」

「よしよし、何でも言ってごらん? おっさんという人種は、可愛い女の子のお願いならだいたい何でも叶えてしまうぞ。もちろん、衛兵さんに逮捕されない範囲でな」


 16歳の少女から上目遣いでお願いされた36歳の男は、大変ご満悦である。


「……ねえ、エレレ。何だか旅人さんが、私達よりもシュモレに優しいのは気のせいかしら?」

「……殿方は何においても新しいモノがお好きだと聞きます。グリン様は大変素晴らしい方ですが、それでも男としての性には逆らえないのでしょう」


「その理屈で考えちゃうと、出会ってからそこそこ時間が経つ私達は、もうすでに飽きられているのじゃないかしら?」

「ですから新しさや若さよりも、最後に勝敗を左右するのは大人の魅力なのです」


 その態度を不服に思った女性二人がコソコソ言い合っていたが、新しい女に夢中な男は気づかなかった。


「では遠慮なく――――このシュモレとも決闘してほしいのですっ!」


 新人メイドは、まず相手を褒めて油断を誘い、次に言質を取って逃げ場を塞ぎ、最後に短剣を突きつけながら宣戦布告した。


「決闘ってのは、先ほどの筋肉マン&レディと同じような勝負をしたいってことかな?」

「その通りですっ」


「なるほどなるほど……。一応理由を聞いてもいいかな? 俺はまだシュモシュモにはセクハラしていないはずだが?」

「その言い方だと、やっぱりエレ姉様にはセクハラしまくっているのですねっ!」


「い、いやー、それはどうかなー。被害者のプライバシーに関わる繊細な問題なので、俺の口からはなんとも……」

「隠しても無駄ですっ。こんなにも魅力的なエレ姉様と親しくなって、セクハラしない男なんて居るはずないのです!」


「ふむ、確かにちょっかい出したくなるような相手であることは認めるが」

「だからこれ以上、あなたのような変態さんをエレ姉様に近づける訳にはいかないのですっ」


「ほうほう、それで決闘なのか」

「シュモレが勝ったら、今後一切エレ姉様との接触を禁止にするです!!」


 シュモレの熱弁に、男は納得したように頷く。


「シュモシュモの気持ちはよーく分かるぞ。俺のような紳士はそうそう居ないが、一番大切な人に見知らぬ男が近づく状況は許容できないものだ。俺もコルトが同世代の少年と話しているだけで殺意が湧いてくるしな」

「その通りですっ。エレ姉様に近づく男は消すべきなのですっ」


「あの、話が盛り上がっている時に申し訳ないのだけど、護衛兼メイドのシュモレが一番大切にすべきは私じゃないのかしら?」

「関係ないオジョーサマは黙っててほしいのです」


「そうそう、これは俺とエレレ嬢とシュモシュモの三角関係的な話だから、お嬢様は完全に無関係なんだぞ?」

「ええーっ!?」


 男とシュモレの会話に混ざろうとしたソマリは、すげなく拒否されてしまい、すごすごとエレレの元へと戻ってきた。


「……ねえ、エレレ。私の言い分は間違っていないわよね? 私ってちゃんとした貴族令嬢よね? 旅人さんの元婚約者だから十分関係あるわよね?」

「……どんな話にでも無理矢理加わろうとするのは、お嬢様の悪い癖ですよ」


「でもでもっ、旅人さんと自分のメイドが決闘する話になっているのだから、放っておく訳にもいかないでしょう?」

「どうやらシュモレはグリン様に良くない感情を抱いているようなので、この際仕方ないでしょう。正面から対決すれば誤解も解けるはずです。グリン様はお優しいので、シュモレが怪我することもないでしょうし」


「戦えば仲良くなれるみたいな冒険者的思考はどうかと思うけど……。それに、今までの決闘内容から考えると、シュモレが酷い目に遭う未来しか見えないのだけど?」

「この世の中にはどんなに頑張っても手の届かない相手が居ます。シュモレも良い勉強になるでしょう」


「エレレって、けっこうなスパルタだったのね」

「知らなかったのですか? ワタシが甘いのは、お嬢様だけですよ?」


 ソマリとエレレが会話するのと同時に、男とシュモレも決闘の話を進めていく。


「俺と勝負したい理由は、よーく分かったよ」

「ご理解いただけて嬉しいです」


「つまり、先ほどの巨人族の姉と同じように、俺が勝ったらシュモシュモに何でも要求していいんだよな?」

「あっ、それは嫌です」


 にやにや笑う男からの質問を、新人メイドはあっさりと否定した。


「んん? ……もしかしてシュモシュモは、俺と勝負して、俺をコテンパンにし、俺に命令を聞かせるのが目的だけど、もしも自分が負けた場合には罰ゲームお断りって言っているのかな?」

「当たり前ですっ。変態さんに弄ばれるだなんて、まっぴらゴメンです!」


 シュモレは、きっぱりとした表情で答えた。


「……これがジェネレーションギャップってヤツか。話が通じなすぎて怖い」

「何でいきなりやる気を無くしたのです、変態さん?」


「俺を変態と呼ぶのなら、もっと変態が望むモノを理解してもらいたいのだが」

「変態さんに慈悲など必要ないです。死、あるのみです」


「……怖い。自分が正しいと信じて疑わない人って本当に怖い」

「さあ、変態さん。早くシュモレと決闘するです!」


 シュモレが近づくにつれ、男は後ずさる。

 変態と呼ばれる男が、可愛い少女からの接近を嫌がるのは、非常に珍しい。


「……ねえ、エレレ。あんなに困った顔をしている旅人さんを見るのは初めてよね」

「……そうでしょうか? お嬢様から婚約者扱いされていた時も、とてもお困りだったと思いますが?」


「あれは、男としての責任を問われて焦っていたのよ。まったく、覚悟がない男に限って女にすぐ手を出し、後からうろたえちゃうのよね」

「グリン様の彼女ヅラするのは止めてください。非常に不愉快です」


 困った男はお嬢様とメイドに助けを求める視線を向けたのだが、主導権争いに夢中な二人は気づかなかった。



「――――仕方あるまい。俺にとっては何のメリットもないが、『苦労した経験こそが最大のメリット』という社畜御用達の有り難いお言葉があるし、謹んで勝負を受けようではないか」

「ようやく覚悟を決めたようですね、変態さん。変態なら変態らしく、さっさと地獄に落ちるべきだと思いますよ、変態さん」


「くくくっ、ここまで徹底して変態扱いされたら、本当に変態的な行動を取らないと失礼だよなぁ。俄然やる気が出てきたぞっ」

「残念ですが、変態さんが変態できるのも今日で終わりなのです」


 一転して喜びだした変態が、両手の指をわきわきさせながらニタリと笑う。


「いいねいいねぇ、ますます滾ってきたぞ。……それで、勝敗の決め方はどうする? 今回は逃げるつもりはないから、時間制限は不要だぞ」

「それでは、時間は無制限で、変態さんが死ぬか、シュモレが降参するまで決着が付かないルールにするです。それに、シュモレはこの短剣を使った戦闘が得意なので、武器の使用可にしてほしいです。もちろん、変態さんは素手のままでお願いしますです」


「シュモシュモが勝負にかこつけて俺を殺す気満々なのはよーく分かったが、さすがに依怙贔屓が過ぎるんじゃないのか?」

「変態さんのレベルは25ですが、シュモレのレベルは20。だから、当然のハンデなのです」


「その自己愛には、もはや感動すら覚えるぞ。……よし、ならばその条件で勝負を受けよう! どうせ俺が勝てば済む話だしなっ」


 これにて、決闘のルールは定まった。

 今までとは正反対に、男の方が圧倒的に不利で、しかも得るものなど何も無いかのように見える。

 それでも、男は不敵に笑う。


「くくくっ、口では分かったような事を言っているが、シュモシュモはまだ本当の変態を知らない……」

「どういう意味です?」


「これから俺が、本当の変態って奴を知らしめるって話さっ!!」

「それを遺言に死ね、です!!」


 三度目の決闘は、開始の合図を待たずに始まった。

 シュモレは両手に短刀を握り、ジグザグに走りながら男に迫っていく。

 対する男は、首と手首を回して準備運動しながら待機している。


 そして、両者が激突し――――。


「……あら、意外にも普通に戦っているように見えるわね。動きが速すぎて実際に何をしているのか、私にはよく見えないけど」

「シュモレは小柄な肉体と身体強化魔法を駆使したスピードが武器ですから、一般人が視認するのは難しいでしょう」


「シュモレって本当に強かったのね。あまり私に懐いていないから、知らなかったわ」

「お嬢様の護衛として、ワタシが直に鍛えているのですから当然です。特にシュモレは、魔物相手ではなく人の襲撃に備えた技能に特化させているので、武器を使った対人戦だとグリン様と同じレベル25程の力を持っています」


「エレレの指導力は認めるけど、シュモレの性格はどうにかならなかったの? どんなに強くても私を守る意志が無いなら、護衛の意味がないじゃない」

「メイドは実力が第一ですから。それに、口ではああ言ってますが、お嬢様のことは気にかけているはずなので、有事の際にはちゃんと働くはずですよ」


「でも、シュモレにとって一番大事なのはエレレで、護衛対象であるはずの私は二番よね? しかも、一番と二番の差がとてつもなく大きいわよね?」

「……お嬢様の生活面でのお世話係は他にも居るので、護衛メイドに性格まで求める必要はないと思います」


 短時間で決着した一回目と二回目の戦闘とは違い、お嬢様とメイドが暢気に考察するほど三回目の戦闘は長引いていた。

 両者は放出系の魔法を使わず、シュモレは短剣で、男は素手で、超近接戦闘を繰り広げている。

 

「シュモレ以上に驚きなのが旅人さんよね。レベルはそこそこ高いけど、それは色んな場所を旅して得た知識によるものだと思っていたのに……。いつものったりしている旅人さんが、あんなに機敏に動けるだなんてビックリだわ」

「……たとえ知識の積み重ねで上がったレベルでも、身体能力は向上します。それに、まだ体が出来上がっていないシュモレと成人男性であるグリン様とでは、基本的な性能の差もあるため、そういった要素が噛み合って拮抗しているのでしょう」


「――――あら、今のエレレの説明って嘘っぽかったわよ?」

「……いつもアホな言動ばかりしているのに、不意にスキルを使って核心を突くのはずるいと思います」


 武器と素手、戦闘訓練を受けた者と受けていない者、それに覚悟を持つ者と持たない者の戦いとはいえ、両者の間には絶対的な力の差があった。

 それもそのはず、男は実際のレベルは三桁を優に超えるのだから。


 なのに実力が拮抗しているように見えるのは、実力が上の者――――男の企みに他ならない。

 だから、男がそう望む限り、勝負は長引くと思われたのだが……。


「この俺に挑んでくるだけの力は、確かにある。……しかし、まだ未熟だな」

「――――こっ、この男っ、正真正銘の変態ですぅーーーっ!?」


 男と何度も交差して傷一つ負っていないように見えたシュモレは、顔を真っ赤にして大声で叫び、突然走り去ってしまった。

  

「ふっ、たわいもない。覚えておくがいい。正義が勝つのではなく、勝った方が正義なのだ」


 一目散に逃げるシュモレを妙に満足した顔で見送りながら、男は勝利宣言をした。

 ここに、三回目の決闘が幕を下ろしたのである。


「ちょ、ちょと待ってよ旅人さんっ。何でいきなり勝負が終わっちゃたの? 二人ともまだまだ元気だったでしょう?」

「一定の実力を持つ者は、少し戦うだけで相手の真の力が感じるもの。だから、俺の隠された実力を恐れた彼女は、自ら負けを認めこの場を去ったのであろう」


「あっ、その説明も嘘っぽいわ」

「嘘ではない。現に彼女は逃げてしまったではないか」


「でもでも、シュモレは怖じ気づくというより、何かに恥ずかしがって逃げたように見えたわよ?」

「くくくっ、いくら鍛えられた戦闘メイドとはいえ、所詮は男性経験の無い十六歳の乙女。戦闘中に偶然俺の手が彼女の胸や尻に触れてしまったようだから、それを恥ずかしがっているのかもしれないなぁ」


 先ほど男が言った「未熟」とは、戦闘能力のことではなく、「体が未成熟」という意味であった。


「……ワタシにも見えないよう死角に隠れ、そんな離れ業をしていたとは、お見事ですグリン様」

「……見直して損したわ。どうやら旅人さんは、シュモレが言うように本物の変態だったのね?」

「なんだ、今更気づいたのか? 貴族令嬢としてそんな変態に近づくのは自重すべきだと思うがな、お嬢様よ?」


「大丈夫よ、旅人さん。貴族の男性には変態趣味が多いって聞くから、そのくらい覚悟しているわ」

「……俺は常々、お嬢様の貴族としての覚悟は間違いだと思っているのだが。エレレ嬢もそう思うよな?」


「はい、ワタシも同感です。お嬢様には領主家の一人娘として、淑女らしい振る舞いをしていただかないと困ります」

「今まで私を散々雑に扱っておいて、こんな時だけお小言を言わないでよ……」



 ……戦いが終わり、最後に残った者は、いつもの三人だけ。

 最初に全員が集まった時の騒がしさが懐かしく感じられる。


「分かっていたことだが、争いとは虚しいものだ。これだけ血を流しても、得るモノなど一つもない…………」

「良い感じにまとめて忘れようとしても、旅人さんの行いは私がしっかりと記憶しておくからね」


 ソマリはそう言うと、スカートのポケットの中からメモ帳を取り出し、何かを書き始めた。

 

「ええっと、今日の旅人さんの成果は、女性三人を泣かせ、男性一人を喜ばせた、と……。メモメモ」

「誤解される表現はやめろっ。俺は男同士のネタが苦手なんだっ!」


「えっ、なになにっ? 男同士でも何か出来ちゃうのっ!?」

「……仮に何かが出来たとしても、何も生まれてきません」

 

 焦った男は止めようとしたが、好奇心旺盛なお嬢様に危険なネタを提供しただけであった。


「――――真面目な話、今日は本当に何だったのだろうな。チャンバラごっこしていただけで、一日が終わってしまったよ……」


 最後に男は、本当に疲れた顔をして天を仰ぐ。

 いつの間にか地平へ沈もうとしていた太陽が、最後の力を振り絞るかのように空を真っ赤に染めている。

 そんな赤い空と白い雲を背景に、たくさんの黒いカラスが飛んでいた。


「まあまあ、こんな日もあるわ。だから気にしない方がいいわよ、旅人さん」

「……慰めてくれるのは嬉しいが、そもそもお嬢様が俺を見つけ出さなかったら、何の変哲もない平和な日で終わっていたと思うが?」


「自分の不運を人の所為にするのは良くないわよ、旅人さん」

「…………そうだな、俺の最大の不運は、好奇心が旺盛すぎるどこぞのお嬢様に目をつけられてしまったことなんだろうな」

「グリン様、心中お察しします」


「しんどい時に優しくされると身に染みるよ。……エレレ嬢、今夜は外で誰かと飲みたい気分なんだ。付き合って、くれるかな?」

「はい、どこなりと……」


 男と女は、夕暮れ時の街へと消えてゆく。


「……あれ、私は? ねえ、私は?」




 今日という日の出来事――――。


 巨人族の姉と弟にとっては、今後の人生を左右する切っ掛けとなった出来事。


 冒険者志望の少女にとっては、逃げる事の重要性を知り勉強になった出来事。


 領主家の新人メイドにとっては、生涯最大の怨敵を認識してしまった出来事。


 古参のメイドにとっては、自分を巡って争う男達の姿を見れて得した出来事。


 好奇心旺盛なお嬢様にとっては、男の実力の一端を垣間見て満足した出来事。


 中年の男にとっては、旅先で遭遇する異変と比べたら取るに足らない出来事。


 ――――同じ出来事だけど、それぞれの出来事。






◆ ◆ ◆






―――― ?日後 ――――






「――――よお、久しぶりだね、冷血メイド」


 決闘三連戦から幾日か過ぎた後。

 街中で買い物をしていたエレレは、旧友から話しかけられた。


「……一瞬、誰だか分かりませんでしたよ、ビビララ。あの時の約束を守ってワンピースを着続けているとは、あなたも意固地ですね」

「かははっ、この服も慣れたら悪くないものさ。ご丁寧に大柄な私のサイズに合わせた可愛い服をたくさん送ってくれたあの男に感謝しないといけないね」


「グリン様は律儀な方ですから」

「おやおやぁ、服をもらった私に嫉妬とは可愛らしいねぇ」

「…………」


 意外なほど似合っている大女のワンピース姿を茶化したメイドは、思わぬ反撃をくらい口を尖らせた。


「ところで、あの男と一緒じゃないのかい?」

「はい、本日は一人で買い物中です」


「ということは、あの男との仲はまだ進んでいないようだねぇ?」

「……余計なお世話です。ワタシの心配をする暇があるのなら、自分の心配をしたらどうですか?」


 エレレの反論を聞いたビビララが、ニヤリと笑う。

 巨人族の戦士は、意図的に挑発してその言葉を引き出したのだ。


「――――悪いねぇ、冷血メイド。私はもう、アンタと同じ立場じゃないんだよ」

「えっ」


 ビビララはそう言って、体を半歩ずらす。

 その大きな肉体に隠れて見えなかったが、彼女の後ろには綺麗な顔立ちをした華奢な男性が立っていた。


「実はねぇ、今度コイツと結婚することになったんだよ」

「っ!?」


「コイツはねぇ、見ての通り冒険者でも何でもない頼りない優男だけど、私のワンピース姿に一目惚れしたそうでねぇ。何度も何度も猛烈にプロポーズしてくるから困っちまったよ」


 全く困ってなどいない顔で、ビビララは説明する。

 そんな彼女を、エレレは呆然と見ることしかできない。


「強さこそが魅力だと思っていたけど、年下の一途な男ってのも悪くなくてねぇ」

「…………」


「まさかこんな事になるなんて、男と女の関係ってヤツは魔族以上に不思議だねぇ」

「…………」


「だから、この服をくれたあの男には本当に感謝しているよ。今度あの男に会ったら、私が礼を言っていたって伝えておいてくれよ」

「…………」


「ああそれと、私達の結婚式にアンタを招待するから、友人代表としてスピーチを頼むよ」

「…………」


「これで、同期で売れ残っているのはアンタだけだから、私を見習って頑張ることだねぇ。かははっ――――」

「…………」


 そう言い捨てた巨人族の姉は、婚約者と仲良く腕を組んで去っていった。

 一人残されたメイドに、冷たい風が吹きつける。



 ……この日からしばらくの間、「三十の悪魔サーティー・デビル」が教官を務める、シュモレをはじめとした護衛役の訓練で血反吐を吐く者が続出するのだが――――――それはまた、別のお話。




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