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VS.新人メイドと巨人族の姉弟 4/5




「どうやら僕の筋肉は、まだ修行不足だったようだね。これからも鍛え上げる必要があると身に染みたよ」


 負けを認めた後のググララは潔かった。

 卑怯な策に翻弄され我を失う場面もあったが、巨人族の男は本質的に生真面目で誠実なのだ。

 ただ、その融通の利かなさが少しばかり残念な方向に向かっているだけ。


「そうだともそうだとも。筋肉には硬さだけでなく、柔らかさも必要なのだ。そこに自分から気づくとは、中々見所のある若造ではないか。はっはっは」


 コルトから説明され、自分の立場を思い出した中年男は、偉そうに説教をたれる。

 旅人の男は、終始一貫して不真面目であった。


「僕の完敗だ。君との勝負はとても勉強になったよ」

「うむ、これからは力だけに頼らず、俺のようなダンディな紳士を目指して精進するがいいさ」


 過酷な決闘を終え友情が芽生えたのか、二人の男は爽やかに笑い合いながら握手を交わす。


「……友好的になるのはよろしいのですが、約束は約束です。今後ワタシにプロポーズする権利を持つのは、この世界でグリン様だけだという決定事項を忘れないでください」


 仲が良くなりすぎて約束事まで忘れられるのでは、と心配したメイドが慌てて口を挟んでくる。

 その約束の内容は、自分の都合が良いように拡大解釈されていた。


「もちろんですとも、エレレさん。僕の筋肉は、約束を守る筋肉なんです」

「ええ、信じていますよ」


 ググララは、負けたショックなど気にならないように、気障ったらしく語りかける。

 エレレは、若干後ずさりながらも笑顔で応える。


「こんなにも信じてもらっていたのに、勝つことができず申し訳ありませんでした」

「……お気になさらず」


「エレレさんも僕からのプロポーズを待ちわびているはずなのに、不甲斐ない姿を晒してしまって本当に申し訳ありませんでした」

「……本当にお気になさらず」


「――――でも、次は絶対に彼を倒してみせますので、それまで待っていてくださいっ」

「…………え?」


「次って何だろう?」と皆が首を傾げる中、ググララは自信満々にこう言った。


「今回は負けたので、約束通りエレレさんにプロポーズするは一旦中止します。ですが、次こそは彼との再戦で勝利を収めてプロポーズする権利を取り戻しますので、その時に受け取ってくださいっ!」


 どうやらググララの頭の中では、今回の約束事は次の勝負までの一時的な決まり事だと解釈されているらしい。

 そう言われてみれば確かに、今回の勝負では再戦を禁止するルールが無かったため、次回の勝負において前回の決まり事を打ち消すルールを設けることも可能だろう。


 ……言うまでもなく、今回の勝者である中年男がプロポーズすれば、再び勝負が行われる必要なんてないのだが。

 結婚からも逃げている男にとっては、無限ループを意味していた。


「お、おいっ、それは反則なんじゃ――――」

「それではっ、僕はこれから筋肉の修行を開始するからおいとまさせてもらうよ。愛しのエレレさん、麗しきお嬢様方、それに終生のライバル。また会う日を楽しみにしているよっ。――フンッ!!」


 慌てて否定しようとした中年男の声は届かず、ググララは最後にポーズを決め、猛烈な勢いでどこかへと走っていった。


「うふふっ、ずる賢い旅人さんも一本取られたようね」

「元々、反則すれすれの方法で勝ったんだから、あんちゃんは文句言えないよな」

「いい気味です。今度こそコテンパンにされちゃえばいいのです」

「ワタシを巡る男の戦いが、これから何度も行われるのですか……。悪くないです」


「……なあ、勝者には罵声じゃなくて、賞賛を送るべきだよな?」


 勝負に勝ったはずの男は、情けない声を出して肩を落とした。



「――――かははっ! こいつは最高に面白いよっ!!」


 勝負が終わり静けさを取り戻したところで、先ほどからずっと黙っていた姉のビビララが大声を上げる。


「……まだ残っていたのですか、ビビララ? 傷心の弟さんと一緒に帰った方がいいのではありませんか?」

「私の可愛い弟は強い男だからねぇ。私が慰めなくても一人で立ち上がれるはずだよ」


 エレレの冗談を、ビビララは真顔で返す。

 ビビララは勝負の最中、他の者がそうであったように、中年男の言動に呆れていた訳ではない。

 むしろ腕を組んでどっかりと構え、興味深そうに弟に勝った男を観察していたのである。


「まさか、無傷どころか反撃もせずに私の可愛い弟を負かしてしまう奴が居るとは思わなかった。冷血メイドが執着しているだけあって、本当に大したものだよっ」

「ワタシが言うのも何ですが、あなたは弟さんに代わって抗議しなくていいのですか?」


 弟を溺愛する姉のことだ。

 卑怯な手を使い勝利をかすめ取った相手に対して怒って当然の場面なのに、とエレレは疑問を抱く。


「そんな無粋な真似はしないよ。純粋な腕比べじゃなかったのは残念だけど、私の可愛い弟を相手にしてあれほどの立ち回り。並大抵の男じゃ、ああはいかないね。単純に力が強いだけの魔物よりも、よっぽど厄介な相手だよ」

「……女性から褒められるのは光栄だが、魔物より厄介と言われても嬉しくないのだが?」


「この私を女扱いするなんて、やっぱり大した男だねぇ。本当に気に入ったよっ」

「――――それ以上近づくのは許しませんよ」


 獰猛な笑みを浮かべ、男に近づこうとしたググララの前に、エレレが立ち塞がる。


「おやぁ? お互いが冒険者の時には敵わなかったけど、メイドなんかで腕を鈍らせた今のアンタが、戦場でずっと鍛えてきた私に敵うとでも思っているのかい?」

「ちょうど良いハンデだと思いますが?」


「言ってくれるねぇ。冷血メイドと呼ばれるアンタの血が本当に冷たいのか、一度確かめたいと思っていたんだよ」

「ワタシをその名で呼ぶのは、あなただけです。それにメイドとはいえ、毎日魔物よりも厄介な主人のお守りで鍛えてますから、油断していると痛い目を見ますよ?」

「……ちょっと、さりげなく私の悪口を言わないでよ」


 ソマリが抗議するが、臨戦態勢に入っているエレレは当然のように無視。

 男と男の戦いの後には、女と女の戦いが始まろうとしていた。


「――――なあ、俺の出番は終わったみたいだから、もう帰っていいよな?」

「かははっ、極上の女二人がアンタを巡って睨み合っているというのに、そんな呑気な言葉が出てくるとはさすがだねぇ」


「何でもかんでも好意的に解釈するのは、止めてくれないか? おっさんという人種は褒められるのに慣れていないから、どう返せばいいのか困ってしまうんだぞ?」

「おやぁ? 照れるだなんて可愛いところもあるみたいだねぇ。ますます気に入ったよっ」

「…………」


 喋れば喋るほどドツボに嵌まると気づいた男は、口を閉ざして後ろを向き、ぼりぼりと頭を掻いた。


「そう警戒しなくてもいいよ。別に男として興味がある訳じゃないからねぇ。私が知りたいのは、アンタの本当の強さだよ」

「……もしかして、あんたも俺と腕比べしたいとか言うつもりじゃないよな?」


「まさにその通りさっ。私の可愛い弟を一蹴したお手前、もう一度私にも見せておくれよっ」

「…………俺はラスボスを倒した後に、真のラスボスが登場する展開が大っ嫌いなんだが」


「らすぼす?」

「いや、こっちの話だ。……先ほどはあんたの弟の挑発に乗ってついついハッスルしちゃったが、おっさんの体力には限界があるんだぞ。これ以上ハッスルしてギックリ腰になったらどうしてくれる」


「つれないねぇ……。そういえばアンタは、勝負に損得を求めるタイプだったね。だったらどうだい、アンタが私に勝ったら何でも言う事を聞くよ?」

「それはつまり、お互いの望みを賭けて戦おうってことか?」


「いいや、私はアンタと決闘するっていう望みを先に使うから、勝った後には何も要らないよ」

「そいつは大盤振るまいだな。……その、俺が勝った時の何でもって、本当に何でもいいのか?」


「ああ、そうさ。アンタさえ良かったら、毎晩抱いてくれても構わないよ?」

「…………」


「……グリン様?」

「いや、違うぞ? 女性の筋肉は触り甲斐がありそうとか、スポーツウーマンはベッドの上でも凄そうとか、そんな事は微塵も思っていないぞ?」


 男は首を横に振って否定したが、その目はメイドの顔を見ようとしなかった。


「――――こほんっ。それはそれで大変魅力的なお誘いだと思うが、遠慮しておこう。こう見えても俺は、巨乳の女性が苦手なんだ」

「かははっ、私の鍛え上げた胸筋を乳だと言った男はアンタが初めてだよ。どうやら度胸だけでなく、優しさも持っているみたいだねぇ」


「だから褒め殺しは止めろ。本当に止めろ。背中が痒くなって困るだろうがっ」


 実際に男は、手を後ろに回して背中を掻こうとする。


「この場はワタシにお任せください。グリン様のお手を煩わせる必要はありません。主人を守るのはメイドの仕事です」


 男の背中掻きを手伝いながら、怒気を孕んだメイドが進言してくる。


「それ、わたしよわたし。エレレの主人は旅人さんじゃなくて私でしょう?」

「お嬢様、今は大事な話の最中なので茶々を入れないでください」

「ええー…………」


 割と本気で怒られたソマリお嬢様が、割と本気でしゅんとする。

 傍から見るとコントのように思える三人――――ビビララとエレレと中年男は、割と真面目に話をしているつもりであった。



「――――よかろう。そこまで言うのなら、この俺が相手になろうではないか」

「本当によろしいのですか、グリン様?」


「女性からの熱烈なお誘いを断っては、男が廃ってしまう。それに、メイドさんの可憐なメイド服は、戦うためじゃなく、男を喜ばせるためにあるんだぜ?」

「グ、グリン様……」


 今更体裁を気にする男を、メイドが潤んだ瞳で見つめる。

 本日の男は、珍しく能動的であった。


「それにしても、今日の旅人さんはノリノリよね。何か変な物でも食べたのかしら?」

「そういえば、あんちゃんは今朝まで徹夜で飲んでいたって言ってたから、まだ酔っ払っているのかも」

「何であんな飲んだくれにエレ姉様が……」


「旅人さんって、駄目な大人の見本みたいよね」

「駄目な親の方が、しっかりした子供が育つって聞くけど、よく分かる気がするなぁ」

「何であんな駄目男にエレ姉様が……」


 下手な恋愛劇を演じる年長組を、年少組は呆れた顔で見ていた。



「やる気になってくれて嬉しいねぇ。さすがは私が見込んだ男だよ」

「ふん、その褒め殺し口撃ができるのも今のうちだ。戦いが終わった後には、怨嗟の声しか出せなくなっているだろうからな」


「これまた期待させてくれるねぇ。それで勝負のルールはさっき言ったように、私が勝った時は何も望まず、アンタが勝った時は私を好きにできるって事でいいのかい?」

「ああ、俺が勝利した暁には最高の恥辱をプレゼントするよ。それともう一つ、決闘はこれっきりにしてくれ」


「それも了解したよ。ただし、アンタがすぐ降参したり手を抜いてわざと負けたりした時は、このルールは無しだよ」

「……どうやら姉だけあって、弟よりも頭が回るようだな」


「おいおい、本気で負けて終わらせるつもりだったのかい。本当に油断も隙もない男だねぇ」

「ふっ、俺の地元には『負けるが勝ち』って教えがあるのさ」


 男は、今度のルールだと自分が負けても実害がないため、開始直後に降参して台無しにする作戦を企てていた。

 しかし、対戦相手の性格をよく観察してきたビビララが事前に看破したため、どうにかまともな勝負が行われるようであった。


「もう一度確認しとくけど、ルールは私の可愛い弟が勝負した時と同じで、武器の使用以外は何でもあり。本当に駄目な時だけ降参あり。三十分経ったらアンタの勝ちってことでいいね?」

「そんなに俺に都合が良いルールで大丈夫なのか? 何だったら三十分を三十五分に伸ばしてもいいんだぞ?」


「一度見失ったらどうせ終わりだから、時間の長さは関係ないよ。私の可愛い弟は油断していたから見逃してしまったけど、アンタの作戦が最初から分かっているなら、逃すようなヘマはしないよ」

「ほう、神速の逃げ足と呼ばれる俺を前に大した自信だな」


「鍛え上げた筋肉は、敏捷性にも優れるってことを弟に代わって私が証明して見せるよ」

「ならば俺は、勤勉なウサギにはカメがどう頑張っても敵わぬ事実を証明して見せよう」


「かははっ――――」

「はははっ――――」


 ルールを確認した両雄は、距離を取って睨み合い、戦いに備える。



「……では、僭越ながらワタシの仕切りで開始したいと思います。お二人とも、準備はよろしいですか?」


「あっ、ちょっと待った!」

「なんだいなんだいっ、私に焦らし作戦は通じないよ?」


「すまないが、靴紐が緩んでいるようだ。締め直させてくれ」

「……アンタ、本当に逃げる気なんだね」


 突然しゃがみ込んでしまった男を見て、用心深いビビララも呆れた声を漏らす。

 だが、どれほど本気で逃げようとも、彼女には負けない自信があった。

 ビビララは、鍛え上げた脚力もさることながら、身体強化の魔法を得意としている。

 魔法で強化した脚力を以てすれば、逃げるために一度振り返る動作を行う必要がある男の隙をついて捕まえるのは容易い。

 弟の時みたいに奇抜な動きに惑わさなければ、女性最強の冒険者であるビビララが少し足が速い程度の中年男に置いてきぼりを食うはずがないのだ。


「……待たせたな。これで準備万端だ」

「私としても、ちょうど良かったよ。アンタがぐずぐずしてるうちに、しっかり準備運動させてもらったからね」


「――――それでは、勝負開始!」


 メイドが声を上げて宣言し、勝負は開始された。


「はっ!」


 大方の予想通り、男は開始と同時に後方へと跳び上がり、空中で何回も回転して身体の向きを180度変え、着地と同時に逃げ出してしまう。


「遅いよっ!」


 ジャンプ力と空中感覚は大したものだが、追いかけっこ勝負ではタイムロスにしかならない。

 男が着地した時には、猛烈なスターダッシュを切ったビビララがあと一歩の所まで迫っていた。


「アンタの本当の力、見せてもらうよ!」


 捕まえるまでは余興に過ぎない。

 両者が激突してからが本番だと、ビビララはワクワクしながら手を伸ばし――――。


「へぶっ!?」


 男の背中を手で掴もうとする直前、豪快にすっ転んでしまった。


「いっ、いったい何がっ!?」


 慌てて足下を確認したビビララが見たもの。

 ……そこには、ドロドロにぬかるんでいる地面があった。


「ま、まさかあの男、靴紐を結ぶ振りをしながら水魔法で足場を崩していたのかいっ!?」


 正々堂々と勝負を受けたかのように見せかけていた男は、その実、落とし穴を事前に仕込んでおき、まんまと相手を陥れたのである。


「してやられたね……。たかが逃げるためだけに、ここまで用意周到な男は初めてだよっ」

「お考え中に申し訳ないですが、グリン様はとっくに逃げてしまわれましたよ、ビビララ?」


 いつものお澄まし顔で、だけど笑いをこらえながら、審判役のエレレが尋ねてくる。


「どうしますか? まだ時間は残っていますので、グリン様を追いかけますか?」

「…………いいや、私の負けだ。どうやら、私達姉弟が敵う相手じゃなかったようだね」


「当然です。グリン様は素敵なお方ですから」

「ああ、アンタの見る目は確かだったよ」


「当然です。ワタシの男運は悪くなんてないのですから」

「かははっ――――」


 勢いよく地面に転び泥だらけになっているビビララに、エレレが手を伸ばす。

 一人の男を巡り、二人の女の友情が確かめられた美しい瞬間であった。


「……ねえ、コルト君。何だか良い感じに終わっちゃったのだけど、勝負の前から罠を作るのはさすがに反則じゃないかしら?」

「う、うん、オレもそう思うけど、戦った本人と審判が納得しているから、もうそれで良いんじゃないかな、ソマリお嬢様」

「あんな男と関わったせいで、エレ姉様までポンコツに…………」


「そうよね、どんな卑怯な手を使ってでも一応勝ってしまうのだから、旅人さんを褒めるべきかもしれないわね」

「魔物との戦いは逃げ方も重要って聞くから、オレもあんちゃんを見習って本気で逃げる練習もした方がいいのかなぁ」

「ああっ、おいたわしや、エレ姉様…………」



 ――――こうして二戦目は、一戦目以上にあっけなく決着を見たのである。




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